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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと37

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 霞ヶ浦北部、小美玉市内。
 広大な農地に囲まれた県道脇に、剣持の〈スモーオロチ〉が停車していた。
 元から交通量の少ない地域かつ、年末の深夜ということで、ここが最も適した集結地点だと、AIの指示に従ったまでのことだ。
 剣持は時として指揮権に介入するAIに対して不信感を抱いているが、道具としては一定の信用を置いている。
 コクピットの中で、剣持は渋い顔をして押し黙っていた。
 今しがた、霞ヶ浦南部に展開していた第二小隊との通信が途絶したのだ。
「この日本で……自動車爆弾だと」
 訓練内容としては異常すぎる。
 対ゲリラの非正規戦を想定した訓練だとしても、実際に人を乗せてデルタムーバーに突っ込ませる超実戦的内容なぞ聞いたこともない。イギリス軍やアメリカ軍ですら、こんな訓練はやったことがないだろう。
 いや――あってたまるか。
『ゴラン高原 PKO活動への第37次自衛隊派遣の 輸送隊護衛任務を 思い出しましたか』
 忌々しくも、ウルが余計な口を挟んできた。
『現役自衛官で 自動車爆弾による攻撃に 対処した経験があるのは 剣持一尉 あなただけです』
 私語を慎めと言ったくせに、自分は余計なことを言う……。AIのくせに嫌味のつもりなのか。
 剣持は、モニタの中のアイコンを静かに睨んだ。
「人の……デリケートな過去に触れる権利は誰にもない。理解できるか、カーナビ野郎……」
『私は カーナビゲーションでは――』
「人間のメンタルについての学習が足らんと見えるな。いいか? この場合は口ごたえするな。素直に謝罪しろ。『でも私にだって言い分がある』なんて腐った言い訳は相手の感情を逆なでするだけだ。機械のお前に、人の心の傷に触れたことを理解できるか?」
 これでも、剣持は感情を抑えている。理性的に説明したつもりだ。
 珍しく、ウルに暫しの沈黙があった。
『イエッサー 私は 私の 越権行為を 謝罪します』
「分かれば良い……」
『そして 我々は 学習しました』
「なに……?」
 ウルの不可解な言動に疑問を抱いた剣持だったが、すぐに通信の入電に意識が向いた。
『剣持隊長、お待たせしました』
 別の輸送機から降下した部下の〈スモーオロチ〉3機と、2個分隊規模16体の〈アルティ〉が集結していた。
『集結の間に合わなかった 残存ドロイドは 南部の支援に 向かわせます』
 続いて、ウルの提案。
 南部には橋で強襲をかけてきた謎の戦力以外にも、火力支援を行う伏兵がいる。
 それの捜索、掃討、もしくは足止めに戦力を割くのはいたしかたない。
「分かった。許可する」
『偵察用ドローンの使用許可を』
「構わん。コントロールは任せる」
『イエッサー』
 ウルは直ちに剣持機のロードブースターから、ドローンを3機放出。
 それらを同時に制御して、夜空に高く舞い上げた。
 直径40cm程度の小型機が夜間に100メートルほど高度を取れば、もう肉眼で捉えることは出来なかった。
 程なく、ドローンが何かを捕捉したようだった。
『小美玉市内 ゴルフ場付近に 大型トレーラークラスの熱源あり』
「それが作戦の捕獲対象か?」
『障害物が多く 断定はできません』
「ふん……他に該当するトレーラーの熱源は?」
『ありません』
 剣持は思案した。
 マップ上に表示されるゴルフ場近辺は小道ばかりだ。
 敢えて幹線道路を避けて小道で逃走を計った――と考えられなくも、ない。
 百里基地および茨城空港へのアクセス道路を経由して、ゴルフ場近くに潜んで、こちらの捜索をやり過ごすつもりなのかも知れない。
 捜索に充てられるこちらの戦力は少なく、網というには隙間だらけだ。そこを抜かれたら、第二小隊が壊滅した今となっては、もう捕捉できない。
「トレーラーの位置は、そう遠くない。直線距離にして2kmもないから……」
『道路をまたいで 農地を突破すれば 3分とかかりません』
 その程度の所要時間ならば、接近して確認するのも手間ではない。
「分かった。全機、指定位置に移動開始。カメラの有効範囲に入り次第、トレーラーの画像認識を行う」
 時間的リスクには余裕があると、剣持は決断した。
 もはやこうなっては農地を踏み荒らすのも致し方なしと諦めて、田畑を突っ切り、農道を踏破し、藪を飛び越え、剣持ら第一小隊は指定ポイントに向かった。
 デルタムーバーは市街戦用の装輪装甲車であり、不整地の踏破能力はお世辞にも高くないが、冬場の野原程度なら問題ない。
 街灯もない林道を一列になって進み、交差点では〈スモーオロチ〉の頭部を旋回させて安全を確認、一応ウィンカーを出して右折した。
 訓練中に民間車両と接触事故など冗談ではない。
 更に100メートルほど前進すると、暗視モードのカメラに映る物体があった。
 トレーラーだ。
 ハザードランプを点灯させ、路上に駐車してある。
「トレーラー発見。全機、停車せよ」
 剣持の命令に従い、部下の〈スモーオロチ〉は散開しつつ停車した。
 剣持機のセンサーが、トレーラーの状態を解析する。
『エンジンはアイドリング状態 車内は無人です』
「トレーラーの車種は?」
『大型重機運搬用トレーラーです 捕獲対象と一致しません 別の車種です』
 要するにハズレ――ということだが、事はそう単純ではない。
 このタイミングで不自然に乗り捨てられたトレーラー。荷台は空。
 これらが何を意味しているのか、剣持は理性と直感で瞬時に察知した。
「罠かッ!」
 とっさに機体をバックさせようとした矢先、剣持は妙な声を聞いた。
『聞こえてまーーすか~~~? じえーたいのみなさァ~~~んんんん?』
 機体の集音マイクが、ガラの悪い男の声を拾った。
 どこかに設置された野外スピーカーから流れているようだった。
「なんだ、この声は! どこからだ!」
『トレーラーの荷台です』
 モニタの暗視映像が拡大される。無線機のレシーバーが無造作に置かれているのが見えた。
 そこから最大ボリュームで、男が話し続けていた。
『昔のよしみで警告しとくぜ~~? お前らはァ! 騙されているぞッ! お前らは悪の■■に利用されているッ! 人類支配を企む、悪の■■にィ~~~ッッ!』
 意味の分からない内容だ。薬でもやっているのか、イカレているのか?
 それに、音声の一部にノイズが混じって聞き取れない。
「マイクの調子が悪いのか? 音声解析は出来るか?」
『不能です レシーバー自体の 不調と 予測されます』
 ウルの説明に、剣持は引っかかりを感じた。
 これまで高い解析能力を散々披露してきたというのに、音声は解析できないだと?
 意図的にやれない理由があるのではないか。いや、あるいは集音した音声自体を――
『だから! 一度だけ警告するぜッ! 今すぐ! 武装を解除して降ォ伏しろォ! 五つ数える内に、機体を降りろ! 降伏を拒む場合は、お前ら全員悪の戦闘員と判断して――全☆殺し☆だ』
 男は到底承服できない条件を提示してきた。
 言っている内容も滅茶苦茶だった。
「これも……訓練なのか? 頭のイカレたテロリスト役でもやっているのか、あいつは……?」
 いずれにしても、あんな脅迫めいた台詞は無視するだけだ。
 論理的に考えて、第三世代型デルタムーバー1個小隊を全滅させられるような戦力があるとは考えにくい。
 対戦車装備を持った歩兵を運ぶなら露天式のトレーラーを使うのは非合理的だし、サーマルセンサーで周囲に人間がいないのは確認済みだ。
 重機用トレーラーにしても最大積載量は40トン程度であるから、フル装備の戦車は一部を分解しない限り搭載できない。
 より軽量な装輪式の戦闘機動車やデルタムーバーを積むにしても、あの車種の荷台には単機しか積み込めないだろう。
 どう考えてもハッタリだ。
『いーち、にぃー、さぁ~~ん』
 それでも男はカウントを開始した。
 相手にする必要はない。ここは陽動だったのだと判断して、剣持がギアをバックに入れようとした矢先
『アラームメッセージ 地表に 振動を感知しました』
 ウルが、奇妙な情報を告げた。
 確かに、僅かに地面が揺れている。
「地震か……?」
『否定 警戒してください』
 AIのくせに不明瞭なことを言う。
 その間に、男のカウントは終わろうとしていた。
『しぃ~~、ごぉ~~! ハイ、全滅ゥゥゥゥゥゥ決定ェッッッッッ!』
 やけに嬉しそうな声だった。
 まるで、こうなることが望みだったような、狂喜の叫びだった。
 剣持は地面の揺れが、本格的に大きくなったのを感じた。
 ロードブースターとドッキングした20トン超の剣持機が体制を崩すほどの震動が、地鳴りが……いや、何かの駆動音が足元から聞こえた!
『エマージェンシー! 直下からの攻撃!』
「ッッッッッッ!」
 剣持が息を呑み、とっさに機体をサイドステップで跳躍させた。
 一瞬の判断だった。ベテランオペレーターの直感だった。
 ほんの0.5秒前まで剣持機が立っていた道路が、地中から弾け飛んだ。
 アスファルトが砕け、大量の土砂が巻き上がり、凄まじい駆動音を発する何かが、猛烈な勢いで回転しているのが見えた。
 ギィィィィィィィィィィィッッッという、耳障りなエンジン音だった。何の防音処理もない軍用ヘリコプターのターボシャフトエンジンのそれに近い。いや、そのものだ。
 それは、大地を貫く二本の回転する槍だった。
 有り体に言えば、ドリルだった。
「な、に……?」
 異常な光景に慄く剣持の眼前で、地中からドリルの持ち主が現れた。
 全身を土に塗れた金属の、いや装甲の恐竜が、生物的な動きで以て、ずるり、ぬるりと、地上に這い出てきたのだ。
 そう――恐竜だ。
 四本足で、頭に巨大なフリルと三本の角を持った、とても特徴的な見た目の――アレだ。
 男の子なら、子供の頃に誰しもが一度は見たことがあるだろう、草食恐竜の代表的存在。
 トリケラトプス――そうとしか見えない、異様すぎる物体がいる。
 だが、温厚なイメージのトリケラトプスに反して、目の前の金属恐竜は凶悪なデザインをしていた。
 目にあたる部分には呪術的な刺青を思わせるマーキングがされ、目は炎のように赤く燃えている。
 背中には巨大な二門の火砲が備わり、頭の二本角はドリル、鼻先の角もまた矢じりのような返しがついていた。
 剣持が自分の目と正気を疑う中、ウルの無感情な声がコクピットに響いた。
『敵データ照合 戦闘機械傀儡 ゴウセンカク 脅威判定Aプラス』
「なに? お前、アレのデータを……?」
『対処方法は指示します 警戒してください!』
 ウルに対する剣持が疑念は、より大きな生命の危険に掻き消されてしまった。
 〈ゴウセンカク〉と呼ばれたトリケラトプス型機動兵器が、巨大なる咆哮を上げたのだ。
 猛牛の雄叫びを何万倍にも増幅したかのような、激しき闘志が込められた叫びだ。
 木々が揺れ、〈スモーオロチ〉の装甲が震え、集音マイクが破壊され、矮小なる人類は本能的恐怖で怯む。
 その瞬間、〈ゴウセンカク〉の巨体が動いた。
 爆発的な加速による――正面突撃。
「う、おおおおおおおおおお?」
 剣持がとっさに操作レバーを倒した横を、暴風が通り抜けていった。
 剣持機のすぐ後に立っていた1機の〈スモーオロチ〉が、真正面から二本のドリルホーンに貫通されていた。
『ぬはははははははは! 死ねェ! 藁のようにィィィィィィ! 弾けろぉェェェェェェェェ!』
 あの男の狂った叫びが響き渡って、〈ゴウセンカク〉が雄叫び、串刺しにされた〈スモーオロチ〉は頭上に掲げられて、ドリルの回転によって四散した。
『ぎぃああああああああああああああ!』
 通信越しの聞こえたのは、部下の断末魔。
 質実剛健、重装甲で名高い〈スモーオロチ〉の巨体が、解けた藁人形のように――弾け、飛んだ。
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