上 下
128 / 235
第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと35

しおりを挟む
 加茂貝焔は、中年暴走族である。
 現在、41歳。既婚者。三児の父。
 暴走破壊集団、死斗龍軍団創設時から在籍しているメンバーである。
 ちなみに、死斗龍軍団のメンバーは加茂貝含めて残すところ4人だった。
 高校時代の加茂貝は正に狂犬。
 警察に捕まっても吼えて吼えて吼えまくり
「俺はよォー! 大人ンなっても走り続けっしよォ! 走りとブッコミで嫁もガキも食わせていって死ぬまで走り続けんだよォーーー! こちとらァーーー! 生涯ィィィィ! 現役ィーーーーーッッッッ!」
 などと具体性のまるでないイキリっぷりを披露。
 警官は心底呆れて対応していたが、加茂貝たちの中では「ポリ公相手に啖呵を飛ばしてビビらせた」武勇伝として歴史修正され、酒の席での語り草として長く持ちネタにされることになった。
 それを居酒屋で強制的に聞かされる後輩たちは苦笑いしつつも内心「ウゼーなこのオッサン……」とか「威張れるようなネタかよジジイ……」と殊の外に時代遅れのロートル暴走族を見下していたのは言うまでもない。
 大人になっても、結婚しても、子供が出来てもイキリ続けた加茂貝の人生に転機が訪れたのは、32歳のある日のこと。
 死斗龍軍団の仲間たちと高校時代と同じ気分でファミレスで騒いだところ、威力業務妨害で逮捕されたのである。
 キッカケはささいなことで、休日昼間に混雑するファミレスで席が空くまで15分ほど待たされたことに腹を立てて
「いーつまで待たせんだよ、おーーーー!」
「あー、あー、お客さん帰っちまったよ~~~!」
 と、田河一臣(当時35歳)らと共に入口で30分ほど騒いでいただけだ。
 店側が警察に通報し、直ちにお縄となったわけたが――
 この程度で逮捕されるなんて納得いかなかった。
 店側は騒ぎ過ぎだと思った。
 後日、加茂貝は謝罪の電話をかけたが。
『そういうのは結構ですので。後は弁護士を通して連絡します』
 店舗側の担当者は取りつく島もなかった。
 そして容赦なく送検、起訴。執行猶予。加えて民事訴訟のお手紙届く。
 コケにされていると思った。
 ナメられていると思った。
 この俺がこんなにも謝っているのに、許さないのは間違っている。絶対におかしい。
 なので、思い知らせてやることにした。
 社会のド底辺が集うことで有名な某ネット掲示板には
 〈この店は客をナメてる! 店長は社会不適合のゴミ!〉
 と悪評を書き立て
 〈客を客とも思わない最低ファミレス。行くと気分が悪くなる!〉
 と大手検索サービスでの評価も☆1をくれてやった。
 SNSのシュリンクスでも毎日のように写真つきで店と運営母体の企業を貶し続けて三ヶ月――
 今度は偽計業務妨害で訴えられた。
 執行猶予中であったので、問答無用で起訴、有罪となった。
 裁判の判決は懲役1年。
 加えて、禁断の民事裁判二度打ち!
 ファミレスの運営母体である企業の現社長は
「ゴミはきっちり分別廃棄でゴミ箱に! 社会のゴミもブタ箱に!」
 をスローガンに、クレーマーや反社会団体に断固かつ徹底的に対応することで有名な人物だった。
 そして顧問弁護士も
「被害者面する加害者のゴミはァーーーーーッ! 徹底的にブッ叩きますぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 と笑顔で法の小槌のガベルを振り下ろす、暴走族や任侠者を徹底弾圧することで有名な人物だった。
 暴走族とは、主に二種類に分けられる。
 一つ目は、実家が裕福なボンボン。
 親が社会常識のない成金のゴミだから、表面上は「やれやれ仕方ない」みたいな顔をしつつ、子を甘やかしてバイクだの車だのを買い与えて、同様のゴミクズに育て上げるのである。
 この場合、子供の起こしたトラブルも社会的地位もしくは金で揉み消すので、示談金や賠償金を無尽蔵に搾り取れる。
 二つ目は、実家が貧困家庭でグレたタイプだ。
 貧すれば鈍する――とは良く言ったもので、経済的に困窮すれば精神の余裕もなくなる。元から精神的に問題のある両親、あるいはアルコールや薬物で身を持ち崩した両親を持った子供は、悲惨な境遇から逃避するために、暴走族という疑似家族に居場所を見つけるのである。
 なので、彼らは仲間とかファミリーとかいう建前に憧れる傾向がある。
 こちらのケースでは民事裁判を起こしても無いモノは取れない、やるだけ無駄骨、徒労――と思われがちだが、そこを更に追い込めるのが民法なのである。
「賠償金が払えない? では債務不履行と見なして差押の強制執行となりますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
 弁護士は合法的な手続きで差押命令を発行。
 結果、加茂貝の実家は破綻した。
 加茂貝の実家はそこそこ大きな農家で、バブルの頃の残滓で比較的裕福な方だったが、保有していた農地を賠償金に充てるために売却させられ、落ちぶれた。
 これが手切れ金とばかりに、加茂貝は実家から勘当された。
 ブタ箱にブチ込まれて1年後――出所した加茂貝を迎えに来たのは、家族でも族仲間でもなく
「よぉ~~、加茂貝! なんかこう、落ち着いた顔ンなったっぺな~~!」
 訛りに訛った方言で話す、暴走族の大先輩、斉木流だった。
 斉木の実家は貧乏だったが、彼も民事裁判でケツ穴の毛までむしり取られて一家は離散。
 それから裸一貫で人生をやり直したのだと……迎えの軽トラの中で、しみじみと語ってくれた。
「俺サ、いまカボチャ農家やってんだァ~~」
 斉木は二つの小奇麗な化粧箱を誇らしげに見せた。
 金銀の文字で〈ふゆつき〉〈すずつき〉と書かれた箱の中には、小振りなカボチャが納められていた。
 ビッグカボチャを戦艦、通常のカボチャを重巡洋艦とするなら、さながら駆逐艦サイズといったところか。
「ブランドカボチャつってナ、大評判なんだべ。農業勉強しながら頑張ってバイトして金貯めてサ、もう使わネ畑さ分けてもらって、苦労して作ったんヨ~~」
 斉木の見た目は相変わらずのハゲバイクだったが、まるで別人のような穏やかな声だった。
「なあ、加茂貝ヨ。仕事のアテがねぇなら……俺の畑さ手伝わねぇか?」
 前科者、更に忌み嫌われる暴走族とあっては、世間の風当たりは厳しい。
 以前の加茂貝なら「人を見た目と肩書きで判断してんじゃあねぇーーよッッ!」と憤っただろうが、今は違う。
 社会の中で生きる一人の人間の小ささと、責任の重さを痛感していた。
 これから生活費を稼ぎ、家族を養っていくには、なんとしても職が必要だった。
 自分と同じ境遇を持つ、斉木の思いやりに、人情に思わず涙がこぼれた。
「斉木さん……ありがとうございます……!」
 加茂貝は狭い車内で、出来る限り深く深く頭を下げた。
 もうバカをやって良い年齢ではないのだ。
 無責任な迷惑行為から足を洗わねばならない。
「俺が言えだ義理ネェけどもよ、田河たちにもヨ……もう族なんか卒業しろって、おメェから言っといてくんろ」
 斉木の声には明らかな後悔があった。
 自分が興した暴走族を田河に継がせてしまったのだ。
 慚愧に堪えないのは十分に理解できるし、直に注意できない気負いも分かる。
「は、はい……」
 加茂貝は一応、承った風の返事をしてしまったが――
「カモちゃ~~ん! お勤めご苦労様ァーーー! 出所祝いに走っぺーーーー!」
「ありしゃーーース! オ――――――ッッッ!」
 田河の暴走の誘いに、自分から乗ってしまった。
 結局、加茂貝は昔からの人間関係を壊すのに億劫になって、ズルズルズルズルと相も変らぬ暴走行為に身を投じたのだった。
 焦燥する。
 厭な汗がダラダラと垂れる。
 こんなことを続けて良いわけがない。
「俺らンこと暴走族の残党とか言ってる奴もいっけどよォーーー! 軍隊ってのは、残党の方がタフでしぶとくってカッケェんだよなぁーーーーッ!」
 田河は良く、ワケの分からないイキリをしていた。
 恐らく有名なロボットアニメの敵軍隊のことを言っているのだろう。
 暴走族というのは意外とオタク趣味で、アニメやゲームも一通りライトに楽しむ習性があった。
 尤も、田河はライトオタクの部類なので、設定にはあまり詳しくない。
(その残党って連邦軍が予算捻出のための都合いい仮想敵として支援したり、共和国内のタカ派が極右かぶれの若者や軍人を送り込んでるから、人的資源も兵器も枯渇しないだけなんだよな……)
 とか、割とヘビーオタクな加茂貝は、彼の浅い知識に呆れつつも内心ツッコむのだった。
 いつまでもガキのようにイキり散らして、行く先々に迷惑をかけるなんて恥ずかしい。
 俺たちは、もう40越えてるんだぞ?
 居酒屋やコンビニで大声で武勇伝を語らないでくれ。
「俺はよォ~~! 死斗論軍団のヘッドだからよぉ~~! この辺のポリにゃ顔が効くんだよ顔がぁ~~?」
 なんだよ、その絵に描いたようなチンピラ小悪党の大言壮語は……!
 周りの冷ややかな目に気付かないのか? 見ているだけで胸が痛くなってくる。
 家族ぐるみで来店したファミレスで、隣の客に因縁をつけて子供の前で〈強くて格好いいパパ〉みたいな仕草をするのも本当に止めてほしい。
「おいテメーよぉ~~。さっき俺の子供がドリンクバー取ンの邪魔しただろ、あーーーーーっ?」
 そんなのは全然格好良くないのだ。最低最悪のクソ親父なのだ。クソ親父を見て育った子供はクソガキになってしまうのだ。
 俺や、お前のように……!
 ――と、心の中では思っていても口には出せず、暴走行為に付き合い続けた。
 今日こそは終わりにしよう、次で引退するんだと思い続けて、今年の年末。
 望んだ通りの、しかし意にそぐわない形での、加茂貝焔の人生ラストスパートがやってきた。
「うわああああああああああああ!」
 絶叫している。
 喉が枯れるほどに。
 疾走している。
 風で顔が凍りつくほどに。
 夜の国道354号。
 体をバイクの後ろに縛り付けられて、口だけは自由にされて。
 代わって愛車のハンドルを握るのは、異形の自動人形。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ! 止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 何を叫んでも、人形は反応しない。
 恐怖も自省もなく、限りなくアクセルを吹かして加速していく、夜の彼方に。
 命の終点に……!
 走らされているのは加茂貝だけではない。
「はなせぇぇぇぇぇぇ! はなしてくれよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「俺たちが何したってんだぁぁぁぁぁぁ……!」
 何十人もの、絶望の悲鳴が重なって聞こえる。
 圏内と県外から集まった数十人の族仲間が、愛車に固定されて、詰め込まれて……何を、何をさせられているのか。
『お前らの大好きな楽しい楽しい特攻だっつってんだろ』
 人形の後頭部にテープで張り付けられた無線機から、男の声がした。
 加茂貝たち全員を殴り倒して、こんな狂った暴走行為を強いる、あのサザンクロスとかいう怪人の声だ。
『喜べ。お前らみたいなゴミクズには勿体ない死に場所を用意してやった』
「うへへへぇぇぇぇぇぇ? なに言っでんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 恐怖と冷気で喉がまともに動かない。
 こちらの声が聞こえているのかいないのか、サザンクロスは淡々と
『人類の自由と平和と、ついでに俺のために――死ね』
 意味の分からない死刑宣告を、した。
 人形の頭の向こうに、幾重にも連なる電灯が見えた。
 年末暴走で何年も見てきた、霞ヶ浦大橋の街灯だった。
 その灯りの下に、見たことのない妙な車が、いや兵器が立っていた。
 タイヤのついた四脚に人型の上半身が乗った、武骨な戦闘車両は軍オタ界隈の話題で良く知っている。
「でっ、でっ、でっ……デルタむーばぁーー……?」
 バイクが更に加速する。
 加茂貝の首が、ぐいっとGに引っ張られた。
 一直線に、デルタムーバーの部隊に向かって。
 カウルには大量の爆薬が括りつけられている。
 サザンクロスの目的と、自分たちの運命を悟って、加茂貝は絶叫した。
「うぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
 壊れた悲鳴が幾重にも重なる。
 前を走る族車から、どこかのバーチャルアイドルの電波ソングが垂れ流されている。
『塩分取り過ぎダメっダメ―♪ 山盛りもやしはカリウム満点♪ お店の人の思いやり♪ ダヨッ♪』
 素っ頓狂な音楽に、中年暴走族の悲鳴がコーラスとなって、年末の国道に爆音を奏でていた。
 混沌なる地獄に、死の軍勢が走っている。
 一人一人の人生も人格も塗り潰して、ただ一つの狂った目的のために、彼岸の彼方に散華するために。
 これが、本物の特攻――。


 13式装輪機〈スモーオロチ〉4両で編成される空挺第2小隊は、AIの指示に従って降下した。
 想定外の緊急降下であったため、武装を搭載したコンテナと随伴歩兵である支援ドロイドは空中でバラけて、広範囲に投下された。
 投下地点はマップ上に赤い点で表示され、第2小隊の小隊長は額を抑えて舌打ちした。
「チッ……民家への被害は……?」
『ドロイドコンテナ 3基が民家に衝突 2基が商業施設の敷地内に 落下しました 負傷者はなし 以後の処理は 地元消防 警察に 移管します』
 コクピットのスピーカーから、ウルというAIが報告してきた。
 こういう場合、相当な厄介事になる。
 役所間の縄張り争いだの、責任の所在だの、マスコミの対応だのを想像するだけで頭痛がする。
 しかし、ウルと名乗った支援AIは
『問題は 全て クリアされています 訓練に 支障は ありません』
 不穏な内容を、さらりと言ってみせた。
「コンテナ落下は明らかな事故だろう! 隠蔽工作でもする気か!」
『その質問は 許可 されていません 状況を 進行してください』
 小隊長の抗議を遮り、ウルは一方的にモニタ上に作戦指示を展開した。
『第2小隊は 霞ヶ浦 西対岸 国道354と国道355の 十字路に布陣 道路を封鎖してください』
 現在位置は、霞ヶ浦大橋手前の田園だ。
 あろうことか民間人の土地を踏み荒らす形で小隊が集結していた。
「橋を渡ることになるな」
『索敵を厳に 敵の襲撃に 注意 してください』
「敵? 仮想敵でも配置してあるのか?」
 小隊長は呆れ半分に吐き捨てた。
 仮想敵の情報を要求してもウルは答えないだろうから、諦めて従うことにした。
 〈スモーオロチ〉の頭部には、小型化されたフェーズドアレイレーダーが搭載されている。このレーダー素子のパターンが蛇の目に見えることから、日本製の第三世代型デルタムーバーにはオロチの愛称がつけられている。
 頭部を旋回させ、レーダー以外にも熱探知、光学、音声などの複合方式で索敵を行い、ウルが情報解析を行う。
 幸いにも霞ヶ浦周辺は平坦で、探知を遮る遮蔽物は少なかった。
『半径500メートル以内に 民間車両の感あり』
「民間……? 通行規制もしていないのか!」
『それを含めての 訓練 です』
 ウルに対して口論しても意味がない。
 小隊長の声には苛立ちが多分に含まれていた。
「民間車両の詳細知らせ……!」
『乗用車4台 オートバイ17台 いずれもガソリン車 騒音 排気音から推定して 違法改造車です 現在 アイドリング中』
「チッ……暴走族か」
 その類の連中が毎年、年明け暴走だの何だのと騒がしいのは有名な話だ。
 小隊長は無視を決め込むことにした。
「全機、移動開始。AIのナビに従うように」
『意見具申 民間車両の確認に 随伴歩兵を向かわせてください』
「戦力を割けと?」
 〈スモーオロチ〉の足元に、数機の人型ドロイドが待機していた。
 人間サイズの汎用ロボット〈アルティ〉である。
 武装としてアドオン式グレネードランチャーを装備した20式小銃を携えている。
 デルタムーバーの移動速度に追随できる、文字通りの機械化歩兵というわけだ。
 だが、数が少ない。
 降下に失敗して集結に手間取っている。
 この僅かな随伴歩兵を割いて、暴走族の監視に充てるなど冗談ではなかった。
「却下だ。それよりも仮想敵の襲撃に警戒する」
『本当に それで 良いのですか』
「くどい……! 決定権は人間にあるのを忘れるな」
『…… イエッサー』
 感情のないウルの反応が、どこか不満気に感じられた。
 すぐさま、第二小隊の移動が開始された。
 ディーゼルエンジンの駆動音が響き、四脚歩行で乾いた田畑を踏み越えて、国道354号に乗り上げた。
 後は時速60kmの巡航速度で霞ヶ浦大橋を渡る。
 大橋とはいうものの、実質的な長さは700メートル程度だ。渡り切るのに大して時間もかからない。
 両岸から挟み撃ちにでもされない限り危険はない、と判断した。
 そもそもデルタムーバー1個小隊を挟撃できるような機甲戦力の反応もない。
 この程度の移動に、何を怯える必要があるのだろうか。
『アラームメッセージ 民間車両 接近中』
 ウルが報告してきたのは、一列に並んだ小隊が橋の中ほどに達した時だった。
「チッ……暴走族の相手などしてられるか! とっとと渡り切る」
『アラームメッセージ 民間車両 加速しています 急速に接近中』
「あ?」
 オートで〈スモーオロチ〉の頭部が旋回、後方確認を行った。
 無補正の望遠赤外線映像は白黒二色で画質も粗かったが、異様な光景なのは分かった。
 バイクのシートに異形がまたがり、その後に縛り付けられた人間がもがいている。
 さながら百鬼夜行の暴走車両の一団が、一直線にこちらに突っ込んできている!
「なっ! なんだこれは!」
『敵集団の急襲です 対処してください』
 ウルが使用武装のアイコンをモニタに表示した。
 主武装の35mm機関砲と、対歩兵用のM2機関銃の使用を推奨している。
 非装甲の民間車両に向かって撃てば、前者なら掠っただけで人体諸共に血とオイルの混合した煙と化す。後者なら一瞬で蜂の巣どころか粉々である。
「ふっ……ふざけるな! 民間人相手に発砲だとぉ!」
『訓練の 仮想敵です 対処 してください』
「そんなことが許さっ、れると――」
『何も 問題 ありません 敵 更に加速中 接触まで20秒』
「はぁぁぁぁぁぁぁ?」
『早急に 対処してください 敵 尚も加速 接触まで10秒』
 無感情に、人も気も知らずに、ウルは急かす。
 バイクに繋がれた、丸裸の人間を撃てと。
 小隊長の脳裏に法的責任、良心の呵責、訓練の異常性、AIへの不信感、それらが一斉に押し寄せ、ごちゃ混ぜになって、判断を下すには10秒はあまりにも短く、一瞬で。
『接触します 回避してください』
 狭い橋の上では旋回もままならず、最後尾の〈スモーオロチ〉が新地旋回をしようとした矢先、特攻の鏑矢が激突した。
 湖上に赤い火球が花開き、僅かに遅れて爆音が、衝撃波が、黒い水鏡に波紋を広げた。

しおりを挟む

処理中です...