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第四話
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと34
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陸上自衛隊空挺装輪機大隊とは、第1空挺団内でデルタムーバーを運用する部隊だ。
90年代の設立当初は特科大隊内の中隊扱いだったが、後に独立、再編成。
装備と人員の大幅な拡充を受け、現在に至る。
オペレーターは陸自内でも選りすぐりの精鋭揃いであり、いかなる状況においても臨機応変な対処が可能だと――過度な期待を要求される立場にあった。
「ふ、それで突然の夜間訓練……たまらんなぁ、本当に」
剣持弾が、狭く薄暗いコクピット内でぼやいた。
ほんの2時間前に召集され、訓練内容も知らされぬまま、愛機の13式装輪機、通称〈スモーオロチ〉に押し込められ、空挺用パレットに固定され、そのままC‐2輸送機の格納庫に積み込まれた。
そうして今に至るまで、行き先すら知らされぬまま、狭いコクピットで優雅な空の旅を楽しんでいるというわけだ。
こういう抜き打ち訓練は初めてではない。
年に何回かある。
だが、よりによって年末というのは、流石に本部の良識を疑う。
「公務員にも人権はあるんだがねえ……?」
独り言でぼやいていると、モニタの端のアイコンがチカチカと明滅した。
『剣持一尉 既に訓練中です 私語は 謹んでください』
良く通る男の合成音声に、口うるさく注意された。
今回、〈スモーオロチ〉に増設された試験用AIなのだそうだ。
「うるさいね、キミ……。キミ、俺の上官だっけ?」
『当訓練は 司令部との 通信を遮断された 特殊任務を 想定して 行われます よって 訓練の ナビゲーションは ワタクシ “ウル”が行います 悪しからず』
「ウル? おめめウルウル?」
『アルティメットの頭二文字で ウル です 状況終了 まで よろしく お願いします』
慇懃無礼にも思えるAIの口振りに、剣持はおどけたように肩をすくめた。
こんなカーナビもどきのオモチャに指図されるなどゾッとしないが、これなしでは使えない装備があるので仕方がない。
その装備は、剣持の機体とドッキングした状態でパレットに固定されている。
剣持の〈スモーオロチ〉の臀部エンジンには、拡張装備であるロードブースターが装着されていた。
21式自律支援機動装甲車、通称〈ウワバミ〉。
前年度から調達が開始された正式装備で、ドッキングすることでデルタムーバーの航続距離、指揮管制能力、火力等を向上させる。
AI制御で単独でも支援車両として行動できる代物だが、これを装着すると機体の全長が10メートル近くなってしまう。
そのせいで、本来ならデルタムーバー3機1個小隊を搭載できる貨物室を、ただ1機で占有する形になっていた。
中途半端に余った貨物室の余剰スペースには、同じくAI制御のドロイド兵器が格納された、棺桶じみたコンテナが大量に積まれている。
この気味の悪いドロイド兵器とAIの試験運用も訓練の一部なのだろうが……。
モニタの端に表示された時計の時刻が2330になったのと同時に、ピッという電子音が鳴った。
『傾注 現時刻より 訓練内容の 情報開示を 行います』
何もかもウルがナビゲートを行う、そういう運用試験で訓練なのだと理解した。
モニタ上に作戦地点のマップデータが表示された。
割と見慣れた、関東地方北部、百里基地周辺の地図だった。
『作戦目標は 大量破壊兵器を搭載した トレーラーです 目標は 既に百里基地から発進 一般道を使用して 西に移動中』
「なに……?」
訓練内容が、何かおかしい。
「一般道? どういうことよ?」
『現在 質問は 許可していません 傾注せよ』
「おい……!」
『我々は 装輪機 2個小隊を 戦術投下 トレーラーが人口密集地に入る前に 迅速かつ穏やかに 捕獲 制圧します 作戦タイムリミットは 現在より 30分 ゼロアワーを 設定します』
剣持を無視して、ウルが勝手にタイムカウントを始めた。
モニタの端に表示される残り時間が秒刻みで刻々と減っていく。
訓練が開始された、ということだ。
「演習場の外で訓練だと? 民間人に告知しているのか?」
『何も 問題は ありません』
「質問に答えろ!」
『剣持一尉 いち自衛官が 作戦の全てを 知る必要はないと ご理解くださ――』
奇妙な口論の最中、ウルの言葉が唐突に途切れた。
それと同時に、格納庫内に赤い警告灯が灯り、耳障りな警報が鳴り響いた。
「なんだ、こんな時に!」
『―――アラーム メッセージ 装輪機 緊急投下を 開始します 投下準備に入ってください』
「だから、どうして!」
『現在 当輸送機は 地対空ミサイルに 追尾されています』
「はあ?」
唐突かつ不可解な訓練シチュエーションに納得がいかず、剣持は輸送機のパイロットとの回線を開いた。
「パイロット! こっちのAIがミサイルがどうとか言ってる! 投下するってことで良いのか!」
回線の向こうでは、ロックオンアラートが延々と鳴り響いているのが聞こえた。
『剣持一尉! MWS(ミサイル警報装置)がミサイルのプルームを検知していると! こ、こんな訓練――』
『機長ォ! か、回避! 回避をぉーー!』
副操縦士の悲鳴が聞こえて、剣持は体が左に大きく傾くのを感じた。
輸送機が、回避行動を取っている。
そして、激しい衝撃が世界を揺らした。
「ぬゥッッッッッ!」
『エンジンに被弾 速度低下』
「被弾? 訓練じゃないのか!」
『そういう 訓練です』
剣持は振り回される体に食い込むシートベルトの痛みで歯を食いしばる。
ウルのふざけた回答に抗議する間もなく、格納庫の後部ハッチが開くのを確認した。
気圧差で突風が吹き込み、機体がガタガタと揺れる!
「ハッチが開いた? お前の操作か!」
『肯定 訓練のイニシアチブは 私に一任されています』
ウルが輸送機のコントロールも一部掌握しているということは、剣持の〈スモーオロチ〉にも同様の仕掛けがあると考えるべきだ。
(こいつ……)
多大なる不信感が腹の奥で膨らむのを感じた。
『投下準備 カウントスタート 10 9 8』
剣持の逡巡など無視して、戦術投下の秒読みが始まった。
コクピットは与圧されているとはいえ、輸送機の高度が下がっているのを感じた。
それがエンジンのダメージによるものなのか、ウルの操作によるものは判然としない。
だが、こうなっては降りる以外に選択肢はなかった。
『5 4 3』
「くそったれめ……」
『2 1 0 投下』
カウントゼロと同時に、〈スモーオロチ〉を載せたパレットのロックが解除され、斜めに傾いたスロープを滑り落ちていく。
瞬く間に機体は夜天に投げ出され、重力の底へと落ちていく。
モニタには、上空で火を噴く機影が映っていた。
投下されたのは〈スモーオロチ〉だけではない。ドロイド用コンテナも空中にバラ撒かれ、自由落下していく。
機体の高度が更に落ち、パラシュートが開く寸前、上空に三つの炎の尾が見えた。3機のC‐2輸送機が全てエンジンから火を吹いている。
データ上の仮想被弾でもなければ、撃ち込まれたのは訓練弾でもないと分かった。
「輸送機は全機被弾……。これが訓練だ……?」
疑念を口にした瞬間、パラシュートがオートで展開。機体がふわりと浮遊し、またゆっくりと降下していくのを感じた。
「実弾をぶち込む訓練とは! いつの間にか我が国も随分と気合が入ったもんですなあ、AIどの!」
『接地します 衝撃に 備えてください』
ウルには、剣持の皮肉など効いていないのだろう。全くもって信用のならない上官兼相棒だ。こいつが人間だったら今すぐコクピットから放り出している。最悪、最悪の訓練だ。
パラシュートを開いたとはいえ、合計重量20トンを超すデルタムーバーの着陸には相応の衝撃がある。
剣持は舌を噛まないように歯を食いしばり、全身に力を込めて衝撃に耐えた。
「ぐぬっ……」
ビリビリと機体が音を立てて軋んだ。これでも関節の人工筋肉が衝撃を吸収している。
正式採用から数年が経過したとはいえ、〈スモーオロチ〉は未だ最新鋭機。入隊当時に乗せられた旧型機での着地よりは、遥かにマシといえた。
「……現在位置は」
剣持がウルに尋ねると同時に、機体とパレットとの接続が解除された。
『霞ヶ浦北部 小美玉市の田園地帯です』
「クソっ……人様の田んぼじゃねえか、よっ!」
『第1小隊 ほか3機は近隣に降下しています 合流してください ただちに Aルートを 確保してください』
「チッ……第2小隊はどうした!」
民間人の土地を踏み荒らしてしまった罪悪感と、それを気にも留めないウルの対応に、剣持は嫌味半分に声を荒げた。
『第2小隊は 霞ヶ浦南部に降下 Bルートの 封鎖にあたります』
モニタにマップデータと作戦指示が表示された。
剣持たち第1小隊は北部で西に向かう逃走経路を抑え、別働の第2小隊は霞ヶ浦大橋手前の国道が交差する十字路を抑える。
主要道路さえ制圧してしまえば、小回りの効かない狭い県道で大型トレーラーは自由を奪われる。
市街戦用の有関節装甲車であるデルタムーバーの機動力からは逃げられないだろう。
想定外の攻撃は受けたが、概ね想定通りに訓練は進んでいるように見える。
見えるのだが……何か厭な予感がする。
「……第2小隊の隊長機と通信を繋げ」
『敵勢力に 傍受される可能性あり 推奨できません』
「ほう? 我が自衛隊のデジタル通信の周波数を易々と傍受できるような敵勢力とは?」
現代のデジタル通信の傍受には、高い電子戦能力が必要とされる。
周波数ホッピング方式で1秒以下の極短時間で符号化された音声を圧縮データ化して送信する通信を傍受するのなら、同じ機材を使うのが手っ取り早い。
つまり、この訓練は自衛隊と全く同じ装備を持ち、自衛隊の電子戦能力にも精通している、不可思議な仮想敵を想定しているらしい。
『訓練の進行上 その情報は開示できません』
「なら、黙って俺の言う通りにしろ!」
『通信の理由 目的は』
「厭な予感がするからだ」
『それは ジョーク ですか』
「冗談じゃないんだよ!」
推論もユーモアも通じないAIを無視して、剣持は手動で通信回線を繋いだ。
「こちら第1小隊、小隊長機。状況を確認したい。第2小隊――」
だが剣持の通信は途中で、爆音に遮られた。
回線の向こうから聞こえてきたのは、爆発と悲鳴だった。
『ああああああああ! 突っ込んでぇ! 突っ込んでくるぅぅぅぅぅぅぅ!』
「つっこ……? 何がだ!」
『民間人がぁぁぁぁぁぁ! 車にぃ! ばっ、爆弾をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
恐慌状態の悲鳴が、大きな爆発音に掻き消された。
90年代の設立当初は特科大隊内の中隊扱いだったが、後に独立、再編成。
装備と人員の大幅な拡充を受け、現在に至る。
オペレーターは陸自内でも選りすぐりの精鋭揃いであり、いかなる状況においても臨機応変な対処が可能だと――過度な期待を要求される立場にあった。
「ふ、それで突然の夜間訓練……たまらんなぁ、本当に」
剣持弾が、狭く薄暗いコクピット内でぼやいた。
ほんの2時間前に召集され、訓練内容も知らされぬまま、愛機の13式装輪機、通称〈スモーオロチ〉に押し込められ、空挺用パレットに固定され、そのままC‐2輸送機の格納庫に積み込まれた。
そうして今に至るまで、行き先すら知らされぬまま、狭いコクピットで優雅な空の旅を楽しんでいるというわけだ。
こういう抜き打ち訓練は初めてではない。
年に何回かある。
だが、よりによって年末というのは、流石に本部の良識を疑う。
「公務員にも人権はあるんだがねえ……?」
独り言でぼやいていると、モニタの端のアイコンがチカチカと明滅した。
『剣持一尉 既に訓練中です 私語は 謹んでください』
良く通る男の合成音声に、口うるさく注意された。
今回、〈スモーオロチ〉に増設された試験用AIなのだそうだ。
「うるさいね、キミ……。キミ、俺の上官だっけ?」
『当訓練は 司令部との 通信を遮断された 特殊任務を 想定して 行われます よって 訓練の ナビゲーションは ワタクシ “ウル”が行います 悪しからず』
「ウル? おめめウルウル?」
『アルティメットの頭二文字で ウル です 状況終了 まで よろしく お願いします』
慇懃無礼にも思えるAIの口振りに、剣持はおどけたように肩をすくめた。
こんなカーナビもどきのオモチャに指図されるなどゾッとしないが、これなしでは使えない装備があるので仕方がない。
その装備は、剣持の機体とドッキングした状態でパレットに固定されている。
剣持の〈スモーオロチ〉の臀部エンジンには、拡張装備であるロードブースターが装着されていた。
21式自律支援機動装甲車、通称〈ウワバミ〉。
前年度から調達が開始された正式装備で、ドッキングすることでデルタムーバーの航続距離、指揮管制能力、火力等を向上させる。
AI制御で単独でも支援車両として行動できる代物だが、これを装着すると機体の全長が10メートル近くなってしまう。
そのせいで、本来ならデルタムーバー3機1個小隊を搭載できる貨物室を、ただ1機で占有する形になっていた。
中途半端に余った貨物室の余剰スペースには、同じくAI制御のドロイド兵器が格納された、棺桶じみたコンテナが大量に積まれている。
この気味の悪いドロイド兵器とAIの試験運用も訓練の一部なのだろうが……。
モニタの端に表示された時計の時刻が2330になったのと同時に、ピッという電子音が鳴った。
『傾注 現時刻より 訓練内容の 情報開示を 行います』
何もかもウルがナビゲートを行う、そういう運用試験で訓練なのだと理解した。
モニタ上に作戦地点のマップデータが表示された。
割と見慣れた、関東地方北部、百里基地周辺の地図だった。
『作戦目標は 大量破壊兵器を搭載した トレーラーです 目標は 既に百里基地から発進 一般道を使用して 西に移動中』
「なに……?」
訓練内容が、何かおかしい。
「一般道? どういうことよ?」
『現在 質問は 許可していません 傾注せよ』
「おい……!」
『我々は 装輪機 2個小隊を 戦術投下 トレーラーが人口密集地に入る前に 迅速かつ穏やかに 捕獲 制圧します 作戦タイムリミットは 現在より 30分 ゼロアワーを 設定します』
剣持を無視して、ウルが勝手にタイムカウントを始めた。
モニタの端に表示される残り時間が秒刻みで刻々と減っていく。
訓練が開始された、ということだ。
「演習場の外で訓練だと? 民間人に告知しているのか?」
『何も 問題は ありません』
「質問に答えろ!」
『剣持一尉 いち自衛官が 作戦の全てを 知る必要はないと ご理解くださ――』
奇妙な口論の最中、ウルの言葉が唐突に途切れた。
それと同時に、格納庫内に赤い警告灯が灯り、耳障りな警報が鳴り響いた。
「なんだ、こんな時に!」
『―――アラーム メッセージ 装輪機 緊急投下を 開始します 投下準備に入ってください』
「だから、どうして!」
『現在 当輸送機は 地対空ミサイルに 追尾されています』
「はあ?」
唐突かつ不可解な訓練シチュエーションに納得がいかず、剣持は輸送機のパイロットとの回線を開いた。
「パイロット! こっちのAIがミサイルがどうとか言ってる! 投下するってことで良いのか!」
回線の向こうでは、ロックオンアラートが延々と鳴り響いているのが聞こえた。
『剣持一尉! MWS(ミサイル警報装置)がミサイルのプルームを検知していると! こ、こんな訓練――』
『機長ォ! か、回避! 回避をぉーー!』
副操縦士の悲鳴が聞こえて、剣持は体が左に大きく傾くのを感じた。
輸送機が、回避行動を取っている。
そして、激しい衝撃が世界を揺らした。
「ぬゥッッッッッ!」
『エンジンに被弾 速度低下』
「被弾? 訓練じゃないのか!」
『そういう 訓練です』
剣持は振り回される体に食い込むシートベルトの痛みで歯を食いしばる。
ウルのふざけた回答に抗議する間もなく、格納庫の後部ハッチが開くのを確認した。
気圧差で突風が吹き込み、機体がガタガタと揺れる!
「ハッチが開いた? お前の操作か!」
『肯定 訓練のイニシアチブは 私に一任されています』
ウルが輸送機のコントロールも一部掌握しているということは、剣持の〈スモーオロチ〉にも同様の仕掛けがあると考えるべきだ。
(こいつ……)
多大なる不信感が腹の奥で膨らむのを感じた。
『投下準備 カウントスタート 10 9 8』
剣持の逡巡など無視して、戦術投下の秒読みが始まった。
コクピットは与圧されているとはいえ、輸送機の高度が下がっているのを感じた。
それがエンジンのダメージによるものなのか、ウルの操作によるものは判然としない。
だが、こうなっては降りる以外に選択肢はなかった。
『5 4 3』
「くそったれめ……」
『2 1 0 投下』
カウントゼロと同時に、〈スモーオロチ〉を載せたパレットのロックが解除され、斜めに傾いたスロープを滑り落ちていく。
瞬く間に機体は夜天に投げ出され、重力の底へと落ちていく。
モニタには、上空で火を噴く機影が映っていた。
投下されたのは〈スモーオロチ〉だけではない。ドロイド用コンテナも空中にバラ撒かれ、自由落下していく。
機体の高度が更に落ち、パラシュートが開く寸前、上空に三つの炎の尾が見えた。3機のC‐2輸送機が全てエンジンから火を吹いている。
データ上の仮想被弾でもなければ、撃ち込まれたのは訓練弾でもないと分かった。
「輸送機は全機被弾……。これが訓練だ……?」
疑念を口にした瞬間、パラシュートがオートで展開。機体がふわりと浮遊し、またゆっくりと降下していくのを感じた。
「実弾をぶち込む訓練とは! いつの間にか我が国も随分と気合が入ったもんですなあ、AIどの!」
『接地します 衝撃に 備えてください』
ウルには、剣持の皮肉など効いていないのだろう。全くもって信用のならない上官兼相棒だ。こいつが人間だったら今すぐコクピットから放り出している。最悪、最悪の訓練だ。
パラシュートを開いたとはいえ、合計重量20トンを超すデルタムーバーの着陸には相応の衝撃がある。
剣持は舌を噛まないように歯を食いしばり、全身に力を込めて衝撃に耐えた。
「ぐぬっ……」
ビリビリと機体が音を立てて軋んだ。これでも関節の人工筋肉が衝撃を吸収している。
正式採用から数年が経過したとはいえ、〈スモーオロチ〉は未だ最新鋭機。入隊当時に乗せられた旧型機での着地よりは、遥かにマシといえた。
「……現在位置は」
剣持がウルに尋ねると同時に、機体とパレットとの接続が解除された。
『霞ヶ浦北部 小美玉市の田園地帯です』
「クソっ……人様の田んぼじゃねえか、よっ!」
『第1小隊 ほか3機は近隣に降下しています 合流してください ただちに Aルートを 確保してください』
「チッ……第2小隊はどうした!」
民間人の土地を踏み荒らしてしまった罪悪感と、それを気にも留めないウルの対応に、剣持は嫌味半分に声を荒げた。
『第2小隊は 霞ヶ浦南部に降下 Bルートの 封鎖にあたります』
モニタにマップデータと作戦指示が表示された。
剣持たち第1小隊は北部で西に向かう逃走経路を抑え、別働の第2小隊は霞ヶ浦大橋手前の国道が交差する十字路を抑える。
主要道路さえ制圧してしまえば、小回りの効かない狭い県道で大型トレーラーは自由を奪われる。
市街戦用の有関節装甲車であるデルタムーバーの機動力からは逃げられないだろう。
想定外の攻撃は受けたが、概ね想定通りに訓練は進んでいるように見える。
見えるのだが……何か厭な予感がする。
「……第2小隊の隊長機と通信を繋げ」
『敵勢力に 傍受される可能性あり 推奨できません』
「ほう? 我が自衛隊のデジタル通信の周波数を易々と傍受できるような敵勢力とは?」
現代のデジタル通信の傍受には、高い電子戦能力が必要とされる。
周波数ホッピング方式で1秒以下の極短時間で符号化された音声を圧縮データ化して送信する通信を傍受するのなら、同じ機材を使うのが手っ取り早い。
つまり、この訓練は自衛隊と全く同じ装備を持ち、自衛隊の電子戦能力にも精通している、不可思議な仮想敵を想定しているらしい。
『訓練の進行上 その情報は開示できません』
「なら、黙って俺の言う通りにしろ!」
『通信の理由 目的は』
「厭な予感がするからだ」
『それは ジョーク ですか』
「冗談じゃないんだよ!」
推論もユーモアも通じないAIを無視して、剣持は手動で通信回線を繋いだ。
「こちら第1小隊、小隊長機。状況を確認したい。第2小隊――」
だが剣持の通信は途中で、爆音に遮られた。
回線の向こうから聞こえてきたのは、爆発と悲鳴だった。
『ああああああああ! 突っ込んでぇ! 突っ込んでくるぅぅぅぅぅぅぅ!』
「つっこ……? 何がだ!」
『民間人がぁぁぁぁぁぁ! 車にぃ! ばっ、爆弾をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
恐慌状態の悲鳴が、大きな爆発音に掻き消された。
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