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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと32

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 時は正に世紀末!
 ――から、20年と少し。
 世界は核の炎にも包まれなかったし、空から恐怖の大王が落ちてもこなかったし、漫画雑誌編集者が予言や悪の組織と戦っていたかどうかは定かではないが、とにもかくにもおめでとう21世紀。
 しかし、タフなボーイは滅んではいなかった。
 関東地方の北部に位置するI県では、夜な夜な爆音が鳴り響く。
「ヒョポ――――ッ!」
「ぴょぽぽぽぽぽぽぽ!」
 と、翻訳不能な方言を叫びながら、深夜の国道を蛇行運転する、違法改造バイクの数! 平均4台!
 少ない! 明らかに少ない! 絶滅危惧種!
 だが彼らは80年代の黄金時代の特攻精神を脈々と21世紀まで受け継ぐ精鋭暴走族! 「族なんてダッセーんだよ」という現代っ子の冷笑も、「とっとと事故って死ねやゴミクズ」というネットの心無い中傷も、「いつまでもバカやってないで普通に働け」という半ば諦めがちの親の言葉も、全ての自然淘汰を乗り越えて、とことん突っ張って、突破って生きてきた!
 その平均年齢は40歳!
 高齢化の荒波すら凌駕して! 卒業という人生の節目すら踏破して! 心はいつまでも中学生! あの日のまま! 無限大の彼方を爆走する哀の戦士(ファイター)たちなのだ。
 80年代の暴走族や不良というと、当時のテレビドラマなどで往時の雰囲気を大体理解できるのだが、それは端的なものに過ぎない。
 真の80年代暴走族の世界観とは、日本の戦国時代、あるいは中国の五胡十六国時代に近い。
 日本中に群雄割拠する族(ゾク)は各々の軍旗を掲げ、排気ガス臭い違法改造の騎馬にまたがり、日本統一を夢見て壮絶な抗争を繰り広げていたのである!
 彼らは無敵の少年法バリアに守られており、法の使徒である警察はほぼ無力であった。
 殺しでも起きない限りマトモに立件も逮捕も出来ず、危険運転等で捕まえても形式的な説教だけして家に帰し、押収したバイクも一時的に車検が通るような状態に戻せば返却するしか出来なかった。
 中年暴走族となった今は少年法バリアは失われてしまったものの、その他は特に変わっていない。
 I県では深夜の暴走行為は日常化し、住民は通報する気力すらない。
 警察は通報がない限り出動の義務はなく、警察署の目の前を爆走しても無反応。
 ある時は、調子づいた中年族たちが警察署の敷地内に突入し、これ見よがしに暴走するという事件さえあった。
 これには流石に警察も対応せざるを得ず、敷地内で揉み合いになったが、ついに道路上にハミ出して一般車両を巻き込むに至った。
 だが、これに至ってもI県警の対応は事なかれ主義に終始していた。
 事件ではなくあくまで物損事故として処理され、暴走族には特にお咎めなし! それどころか、巻き込まれた一般人が事故の加害者として違法改造バイクの修理代を請求されるハメになったという。
 あろうことか、この事件では警察官が一般人と暴走族との示談の仲介役まで務めたというのだから、ある意味で世も末である。
 事件の被害者である山海経さん(仮名・職業自称ネット小説家。プライバシー保護のため映像と音声は加工してあります)によると
「私の車のボンネット凹んじゃいましてね……。板金と再塗装で8万円かかりましたよ。それで更にゴミのクソバイクの修理費まで払わされて……。保険? 保険なんか下りねえ~~よ! 全部自腹だよ、自腹ァ!」
 尚、山海経さんは相手の家が同じ市内と分かったので、相手の家の敷地内にこっそり竹の地下茎(根付くと除去困難。数年で無限増殖ベトコン・トラップと化す)を埋めてやろうかと思った、とのこと。
 そして! 年末! 年の瀬! 12月末は――サバトの日である!
 I県全域、そして隣接する兄弟県であるC県北部から暴走族残党が終結し、初の日の出まで国道を爆走する!
 スタート地点は、I県中部の湖畔の廃コンビニ。
 そこから列を成して国道を鈍行、I県南東部の工業地帯に続く四車線国道を占拠する形で進む。
 I県南東部は広大な面積に反して、昔から極度に治安が悪いことで有名だった。何故か警察署が設置されないので、通報があっても警察の対応は遅く、凶悪犯罪をやるならここに限る! と北関東随一の犯罪者のメッカと化していた。
 ある意味、ここだけは真の意味で世紀末と言えた。
 そして一晩かけてC県東端の岬に到達し、そこで日の出を迎えて解散という恒例行事である。
 10台を超える違法改造バイクと、数台の改造車のアイドリングが鳴り響く、廃コンビニの駐車場。
 各車両にはぺナントめいた旗が立てられ、各々〈死斗龍軍団ですとろんぐんだん〉だの〈魂罵倒論部隊〉だの〈出刃☆星亜〉だのと80年代族文化の香り漂うインチキ当て字のチーム名が刺繍されてあった。
 たむろするイキリ中年たちと、数人の少年たち。
 そんな、お近づきになりたくない一団に、闇の中からゆらりと人影が歩み寄っていった。
 それは全身黒いライダースーツに身を包み、フルフェイスのメットで顔を隠し、赤いマフラーを巻いた、気合の入った族仲間に見えないこともないのだが――
「良い車乗ってるじゃないか――」
 その男は、異様な雰囲気を漂わせていた。
「あ? 誰、お前?」
 中年がイキリ調子に、黒衣の男を威圧した。
 男の左目が、バイザーの奥でぼうっと光った。
「貸してくれないか、コレ」
「ぁあ? ナメてんの?」
 男の不躾な提案に中年は即座に噛みついたが、直後、顎を小突かれて気絶、声もなく転倒した。
「返事がない。貸してくれるみたいだな」
 男の暴行、敵対行動を目の当たりにして。族の一団が気色ばむ!
「なんだーーーっ! テメー―――ッ!」
「っるされてぇのかおいラァーーーーッ!」
 I県とC県の現地人特有の独特の訛りは、血の気と殺気で聞く者を威圧する。
 数の有利で撲殺、袋叩きにせんと族の一団が男を取り囲む!
 だが、5分後――
 廃コンビニの駐車場には、暴走族が死屍累々と転がっていた。
「あへ、あへ……」
「ぶひょおおおおお……」
 歯を折られ、あばらを砕かれ、血反吐を吐いて、ただ一人に完全敗北していた。
 辛うじて意識を保っていた中年の一人が、何かを思い出して悲鳴を上げた。
「ひぃっ、ひぃっひぃぃぃっ! おま、おまの、おま……サザンクロスゥゥゥ!」
 中年はかつて、この男に暴行され、バイクを奪われた経験があった。後にネット調べて、それが都市伝説で語られるサザンクロスなる怪人だと知ったのだ。
 サザンクロスが、中年の頭をがしり……と掴んだ。
「特攻、好きなんだろ? 今晩、付き合えよオッサン。本物の特攻……俺と一緒にやろうか?」
「は、はひ……? な、なにいってんだぁ……?」
「くだらない走りで今年も来年も再来年もくだらない人生ダラダラ誤魔化し続けるよりさ、一瞬に全てをかけてパァー―っと吹っ飛んだ方がカッコいいじゃん? あんたら、そういうの好きなんだろ?」
 闇の中、サザンクロスの頭部には、欠けた赤色十字星が浮かんでいた。
 バイザーの奥から、笑い混じりの声が響く。
「五体満足で来年迎えたいとか、明日も生きていたいとか……つまんねーこと言うなよ。半端な人生もう止めて、今日くらいとことんやろうや……?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 覚悟を決めろと言われても、どれだけ啖呵を切っていても、公道を走るだけの人生しか送ってこなかった一般市民にそんな覚悟があるわけがない。
 これは、特攻隊員の現地徴兵であった。

 南郷が徴兵を済ませたのと同じころ、
 午後11時を回るころ、静寂の冬の夜は存外に明るかった。
 恒例だった除夜の鐘は何年か前に廃止されて、年の瀬の夜空は青く凍りついていた。
 青い世界の夜の道を。人ならざる者が歩いていく。
 狐の面を被った、赤い袴の巫女装束の少女が、とんとんとんと軽やかな足音を鳴らして歩いて、一軒の家の前で立ち止まった。
 表札には〈東〉の名字。
 少女は、仮面を脱ぐ。
 氷川朱音は、インターホンも使わずに二階に向かって冷たい吐息を吐きかけた。
「東くぅ~ん……迎えに来たよぉ……!」
 楽しげな朱音の声は場違い過ぎて、空恐ろしい。
 家の中から、返事はない。
 まともな人間なら。扉は開けない。
 たとえ相手が知人でも、幼馴染でも、本能的な恐怖で扉は閉ざされる。
 なので、朱音はとっておきの誘惑をしてやるのだ。
「今夜はぁ……瀬織様が帰ってくるの♪ 一緒に迎えに行きましょう……♪」
 歌うような朱音の呼び声から、暫くして――玄関の扉が、開いた。
 扉の隙間から、景が驚いた顔をして朱音を見ていた。
「せ……瀬織が帰ってくるって……どういうことさ……?」
「言ったまま、だよ?」
「せ、説明し――」
 景の追及を遮って、朱音の腕が伸びてきた。
 爪が景の腕に食い込んで、信じられない力でぐぅっと引っ張られて、景は家の外に、朱音の傍に引き寄せられた。
「うるさいなぁ……。黙って来なよ、人間……♪」
「うぅっ……っ」
 間近に迫る幼馴染の顔は、壮絶に妖しく、美しく、景は恐怖に身震いした。
 朱音の冷たい吐息は、かき氷のシロップのような香りがした。
「東くんってかわいい~~♪ このまま食べちゃいたいけどォ……それやったら瀬織様に怒られちゃうから、安心してね♪」
「うぅ……あ、朱音ちゃん、その格好は……」
「この服? 可愛いでしょ? 久しぶりに着てみたのぉ……」
 巫女服のことを指摘されて、朱音はくるりと回って見せつける。
「今宵は神を祀り、祭事と舞を奉ずる。故に、相応しい姿をしなければならない」
 冷静な口調で、朱音は再び狐面を被り
「面をかぶって、人は自分の心を隠す。面を被って、人は魔となり神となる。だから私は今夜、お面を被るの」
 人外の巫女となって、行く先を指した。
「さあ、共に参りましょう。あの方を迎えに――」
 細い少女の指がさすのは、月に照らされる小さな山。
 瀬織が戦い、敗北した、あの山の頂だった。
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