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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと30

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 街も社会も表面上は平穏を保ったまま、時は12月末。
 南郷と園衛は、屋敷の庭園にいた。
 二人だけで話をしたいから、誰も来ない庭園の奥を選んだ。
「どうするのか……決まりましたか」
 南郷が抑揚のない声で言った。
 答を急かすでもなく、回答が是であろうと非であろうと肯定も否定もしない、そんな意思が顕われていた。
 園衛は、厚着だった。
 柔らかなデザインの上着に顔を埋めるようにして、しゃがんだ。
「決められん……。今もまだ……迷っている」
 今の空色のように灰色の顔をして、園衛は呟いた。
「決断力のない女だと……二流の指導者だと罵ってくれて構わん。だが私には――」
「守るものが多過ぎる。動き回るには、重すぎる」
 園衛の言葉を遮って、南郷が代弁のように続けた。
「無関係な何千人もの身内、社員、生徒……みんなの人生を犠牲にしてまで戦って良いのか分からない――そんなところでしょうか」
「ン……大体合ってる」
 本心を見抜かれても、園衛は南郷ならそれも良しと、自然に受け入れたようだった。
 園衛は俯き加減に、白い溜息を吐いた。
「敵の術中にハメられているんだろうな、私は……」
「連中はそれを狙って脅しをかけてきた。心理戦の基本だ」
「分かっていても、逃げられないのが本当の罠か……」
「は……そんな難しい罠ですかね」
 南郷は園衛から視線を外して、庭の竹林を見た。
 仮にも雇い主を上から見下ろすのはどうかと思うし、弱気になった園衛を見続けるというのは彼女のプライドを傷つける気がした。
「抜け道はいくらでもある」
「どうやって……?」
「この家を潰す気かなら家宅捜索して、銃刀法違反なりで摘発するのが手っ取り早い。だから、武器弾薬は全て他の集積地に移しておきました」
 屋敷の蔵に保管されていた諸々の危険物は、ウカとの会談から半月以上かけて、深夜に少しずつ運び出していた。
 仮に今すぐ警察が令状を持って家宅捜索に来たとしても、証拠になる物品は弾丸一発も残されていない。
「俺の方で色んな内偵も進めています。鏡花はデスクワークに回しました。適材適所。フィールドワークは、こっちで雇った人間を使っています」
「雇った……? 誰をだ」
「……信頼の置ける人間、とだけ」
 南郷は言葉を濁した。
 よりによってアズハを雇っていると知られると少し面倒になりそうなので、今はまだ話すべき時ではないと判断した。
 園衛も追及する気はないのか、単に気力が湧かないのか「そうか……」とだけ短く返した。
「キミが頑張ってくれているのは分かる。だが、私が戦いを拒否したら――どうするんだ」
「その時は……俺一人でも戦うだけです」
 竹林が風でざわつく。
 南郷の背筋から体温が消える。北風が服の隙間から入ってきても、何も感じない。
 既に命はここになく、死兵の覚悟が体温を氷のように下げていた。
「敵のサイボーグに言われましたよ。俺が俺として生きる限り、戦いは避けられないと……。その通りだ。神様気取りの機械のバケモノに支配される未来なんざクソくらえだ。だから……俺が死ぬか、奴らが死ぬか、二つに一つ……!」
「受け入れて、妥協するという選択肢は……ないんだな」
「この国は、俺から全てを奪っていった。俺にとって政府は友達でも親でもない。昔からずっと……敵なんだ。俺は敵に降伏する気はない……それだけの話です」
 どんな言い訳を並べようが、日本政府の一部勢力が南郷の人生を破壊した事実は変わらない。
 そして無数の命を蹂躙した果ての成果がウカだというのなら、尚のこと許せるはずがなかった。
 愚かしく不器用な選択だ。
 結局は戦いの中で生きて、戦いの中で死ぬしかないのだろう。
 南郷十字とは、そういう呪われた人生なのだろう。
 人並みの幸せなど、所詮は一時の夢幻。
 だが――そんな夢を僅かな間でも見せてくれた園衛に感謝しているのも、また事実だった。
「後は全部、俺が一人でやることです。園衛さんにも、空理恵にも、迷惑はかけない」
「キミは……捨て駒になる気か」
「頭のイカレたテロリストが暴れて殺されてくたばって、それで終わり。それだけの話です。その程度の事件、何年か経てば誰も憶えちゃいない」
 ウ計画に関わっている政治家と官僚が何人か死んで、犯人も死ぬ。その程度の事件は教科書にも載るまい。取るに足らないテロ事件。歴史の傷痕にもならない。
 背後で、園衛の立ち上がる音が聞こえた。
「そんな結末……私は許さんぞ」
「すみません。他に方法が思いつかない」
「国家を相手に戦う方法……か。知っていそうな奴に一人、心当たりはあるが……」
 園衛の表情が、絶望を物語っていた。
「――ダメだ。この間、あの日に……始末されている」
「東瀬織とかいう……あのバケモノですか」
 南郷は瀬織とは一度会ったきりで、面識はないに等しい。
 話によれば、古代では幾つもの豪族を滅ぼした呪術兵器で、国家や組織を内部崩壊させる権謀策術に長けていたという。
「なるほど。連中が真っ先に潰すワケだ」
 皮肉っぽく南郷は笑った。
 先手を取られて、まんまと唯一の反撃の芽を潰された。
 人外のバケモノとの共闘などゾッとしないが、仮に瀬織が健在なら別の手もあったかも知れない。
 だが、もう何もかも遅い。遅すぎた。手遅れだ。
 少しの無念が肩にかかる。
 振り払うように、南郷は踏み出した。
「恐らく今夜……連中は仕掛けてくる」
 園衛から距離を空けて、南郷は庭園から去ろうとしていた。
「園衛さんに戦う意思があるのなら、例の援軍を……お願いします」
「南郷くん……」
「どちらにせよ、あなたに迷惑はかけない。あなたの守りたいモノを、俺は……」
 それから先は、喉から言葉が出なかった。
 気恥ずかしいのか、自分に彼女と同じ未来を見る資格がないと思っているのか、南郷自身も深く考える気はなかった。
 未来を、明日を、希望を求めれば、覚悟が鈍る。切れ味を失う。
 極限まで己を研ぎ澄まし、脆く鋭い刃でなければ、あの凍れる地獄のサイボーグに拮抗できないと――人間兵器の理性で確信していた。

 5時間後――防衛装備庁小美玉分舎。
 とうに仕事納めを過ぎた官公庁の施設に、不自然なほどに明るい照明が点いていた。
 格納庫内から大量のコンテナが運び出され、フォークリフトでトレーラーに積み込まれていた。
 そして、中身のないがらんとした格納庫に、異形のマシンが二つ在った。
 一つは、〈タケハヤ〉。
 スタンディングモードでハンガーに個体されている。ハードポイントには、計8発の携SAMが装備されていた。
 91式携帯地対空誘導弾。自衛隊に配備されている携帯式地対空ミサイルである。ランチャーは観測ヘリ搭載用のもので、IFFアンテナとセンサーユニットは別途ハードポイントに増設されている。
「ご覧の通りのミサイルキャリアー仕様だ」
 装備の説明をするのは、ここの責任者であり課長である相沢だった。
「こんだけ装備していれば、フレア撒かれても撃墜できる。が、問題は攻撃対象だ。確か? 人間サイズで空を飛ぶサイボーグだってね? 小型かつ高機動の目標に、SAMの旋回半径の内側に入り込まれたらどうしようもない。そういう手合いには弾幕を張れる対空砲が良いワケだが、高射砲なんてとっくの昔に用途廃止で残ってない! タケハヤのOSも対応してない! 他の機関砲を積んでも大量の弾薬を運べるぺイロードがない! だから、キミの運用でなんとかしてもらうしか――ないっ!」
 半ば諦めがちに、相沢は両腕で×マークを描いた。
 話を聞いているのは、南郷ただ一人。
 既に装甲服を着て、マフラーを巻き、ヘルメットも着用していた。
 今夜戦うであろう敵……コキュートスのおおまかな仕様は、とうの昔に相沢含めたスタッフに伝えてある。
 約半月の間に、対コキュートス及び対〈アルティ〉用の戦術と装備を練り上げた、一応の成果品が今日この場に用意されていた。
 バイザーの奥、南郷の左目が〈タケハヤ〉に並ぶ、もう一つの異形を睨んだ。
「そして呪いの鎧……か」
 ハンガーに死体か獣の外皮のように吊るされる、首なしの鎧。
 装甲服に更に増加装甲と人工筋肉を重ね着する狂気の産物、試作アウターマッスルパッケージ。
 だが、以前に見た時よりも幾分かスマートになっている。
 装甲は削減され、腕部も右腕しかない。
 代わりに、脚部が異様に肥大化している。
「それはね~、見ての通り軽量化してバッテリーも増設して、機動性の欠点も一応克服したんだ」
 相沢の方に南郷が首を向けた。
「軽量化? 足が随分とデカくなってるが?」
「それはメタマテリアル式スラスターを応用した、滑走機能があるんだ」
「滑走?」
「簡単に言えば、ホバー走行できる。しかも、ほぼ無音で」
 そんな得体の知れない機能が追加されているなど、初めて聞いた。
 南郷は難色を示したが、ヘルメットの鼻先に相沢がグイッと顔面を近づけてきた。
「想像力だよ、南郷くん! イメージ! イメージトレーニングするんだ! キミ自身がホバー走行する姿をさあ!」
「はあ……?」
「ぶっちゃけ! ロボットアニメでホバー走行する敵メカ! アレ! なんかこう、デブいアレ! アレだと思ってくれたまえ!」
 ぐるぐる渦巻く科学の狂気の瞳が、なんとも分かり易いイメージを提示してくれた。
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