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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと16

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 瀬織がウカと名乗る神と出会った逢魔が刻より、時は1時間ほど遡る。
 いつもは閑散としている防衛装備庁小美玉分舎は、その日に限って慌ただしかった。
 100人を超す外部スタッフが格納庫内を右往左往しては、倉庫から持ち出した機材をコンテナに積み込み、あるいは外から持ち込んだ機材の調整を行っていた。
 その持ち込み機材の一つを、南郷十字は遠巻きに、冷ややかに観察していた。
「ふん……なんだろうなあ、アレ」
 視線の先には、複数の小型コンテナがあった。コンテナというより、サイズ的には人間一人分の棺といった所か。
 尤も、棺にしては異様に薄い。
 厚みは20cm程度しかない。
 コンテナの一つが解放されているので、何が入っているかは見える。
 身長2メートル程度の、人型のロボットだ。
 薄く機体を折り畳んで、小型コンテナに格納されているらしい。
 しかし、そのロボットには……顔がない。
 故に、異様であった。
 顔面にあたる部分は黒いカバーで覆われ、さながら人形浄瑠璃の黒子のようであった。
「ああ~、それ? 気になる、南郷クン?」
 白衣を着た壮年の男、坐光寺明が声をかけてきた。
「それはウチとは別の部署が作ってる汎用ロボットでねェ。試作機は確か……ウリエルって名前だったかナ?」
 聞いてもいないのに、坐光寺は勝手に話し始めた。
 無視するのも悪いし、興味がないと言えば嘘になるので、南郷は会話に少し付き合ってみることにした。
「ウリエル……? 天使の名前だな? ネーミングセンス、ロボットアニメかよ……」
「キミのタケハヤだって、似たようなモンじゃないか。確か、タケハヤってスサノオノミコトのことだろォン?」
「俺が付けた名前じゃない」
「ま、それは置いといて。ウリエルというのは教会の都合で人間になったこともある天使だ。つまり、人と神の狭間にいる仲介者として相応しい。人間以上の存在ながら、我々に近しい機械の同胞……ということで、ウリエルと名付けられたそうだネ」
「由来はともかく、お役所ロボットが天使の名前ってのはどうなんだ? それにコイツ……戦闘用に見えるんだが」
 両肩のハードポイントは〈タケハヤ〉と同規格に見えた。つまり、自衛隊とアメリカ軍に配備されている全ての銃火器を懸架、運用可能ということだ。
 そして両手の甲に備わった偏向ミラーは、自由電子レーザー砲だろう。
 ネーミングにしても、個人が趣味で作ったのなら兎も角、海外メディアにも報じられる公用ロボットに天使を名をつけるのは、宗教的にあまりよろしくない。厄介事の火種になりかねない。
 更に南郷の指摘の通り、このロボットは穏便な用途に使われる機材ではなかった。
 現に、頭部に接続されたハーネスは後方に鎮座する、巨大な兵器に伸びていた。
 それはデルタムーバーと呼称される、四脚の有関節装輪装甲車――陸上自衛隊に配備されている最新機種、13式装輪機であった。
「いや、正式採用型は名前が変わってる。アルティ……って名前だったネ、確かァ……」
 坐光寺は吐き捨てるように言って、何故か13式装輪機から目を逸らした。
 南郷は、〈ウリエル〉だの〈アルティ〉だのと名づけられた人間サイズのロボットに、厭な臭いを感じた。
「アルティ……ウリエル……全部、Uが頭文字だな」
「顔の部分が完成次第、マスコミにお披露目する予定だってサ。最初は自衛隊や公的機関のガードロボットとして先行配備して、ゆくゆくは警察にも大量配備する計画だとかァ?」
「ロボットの警察? SFかよ……」
「オンラインで裁判所のAIと接続されているから、令状も即時発行。刑法も網羅しているから不当逮捕もない。指名手配犯も顔認識で即摘発。警察犬並の追跡能力に、何より言葉が通じるから行方明者の捜索活動もOK。身体能力は人間以上だから、救助活動も行える。硬い装甲はナイフを通さず、拳銃弾をものともしないから、通り魔も凶悪犯もドンとこい――という見事なプレゼンだったヨ。大量生産、大量配備を断る理由……ある?」
 確かに良いコトづくめで、為政者も市民も両得であるが……
 例のウ計画との繋がりが匂ってくるのは、気のせいではないだろう。
 なにより、南郷は生理的嫌悪感を覚えた。
「機械の分際で人間を裁く? 何様だよ、気持ち悪ィ……」
「ワタシが学生の頃、講義でユビキタスって概念を習ったヨ。簡単に言えば人間の生活の全てにコンピューターが介在して、社会はとっても便利になるっていう理想の概念。当時はバカげた夢物語に聞こえたもんだが、今はどうだい? スマホ一つで外出先から家電製品をリモートコントロールできるし、AIサポートアプリが知りたいこと、欲しいモノをな~~んでも教えてくれる。いつの間にか我々の社会はSFの領域に突入してしまった。もはやフィクションではなくリアルだと思わないかい?」
「リアルを受け入れられない、俺の感性が古いって?」
「ハッキリ言ってしまえばそうだネ~? かつてテレビが普及し始めた当時、それを理解できない、あるいは古い利権にしがみつく老人たちはテレビを有害なものとネガキャンしていた。家庭用ゲーム機しかり、パソコンしかり、インターネットしかり。だが時代の流れには勝てない。ネガキャンの末路は等しく敗退、惨めな負け犬。所詮は新しいモノに適応できず、時代に取り残されていく、哀れなロートルのあがきィ……」
 坐光寺は煽り立てるように言った。
 そして一転、自嘲気味に鼻で笑った。
「フフッ、流れに逆らう愚かしきドンキホーテ……。まァ~ワタシも人のこと言えないんだけどサ?」
 坐光寺は明後日の方向に目を向けてチッチッチッ……としきりに舌を鳴らしていた。
「あ~~っ……しっかし、イライラするなぁぁぁぁぁぁぁ……、あのポンコツゥ……」
「ポンコツ? 何が?」
「奥にいる、あのデルタムーバーァァァァ……13式スモーオロチとかいうデブゥゥゥゥ……ッッッ」
 喉を枯らして、反吐を吐くように坐光寺が呻いた。
 〈スモーオロチ〉というのは、現在格納庫内に鎮座している13式装輪機の俗称だ。
 誰が言い出したのかは定かではないが、いつの間にか隊内やマニアの間でそう呼ばれるようになっていた。
 13式は見た目からして太目で、良く言えばパワフル、悪く言えば肥満体形なので確かに相撲取りのようではある。オロチというのは、頭部のレーダー素子のパネルラインが六角形の蛇の目に見えるのが由来だとか。
「嫌いなのか、アレ?」
「大嫌いだネ~~? 陸自の正式採用機の座は、本来ならワタシの! オクトのモノだったんだからサァ!」
 要するに、過去の社内コンペで坐光寺の担当していた試作機〈オクトオロチ〉が負けたのを未だに根に持っているらしい。
 が、それだけではないようだ。
「スモーオロチのケツの部分、見てみなヨ」
 坐光寺が目を向けずに、件の箇所に人差し指を向けた。
 〈スモーオロチ〉のエンジンが格納されている臀部に、別の車両がドッキングしているのが見えた。
「アレがどうした?」
「ケツにくっついてるのは、デルタムーバー用の拡張装備。通称ロードブースター。単体でもAI制御の無人装甲車としても運用できる上に、ドッキングすればエンジン出力、火器やドローンの管制能力、火力その他もろもろを強化できる。今くっついてるのは、ウチで開発した試作車。通称カグツチ。本来ならオクトオロチと合体して、戦場を超音速で噛み千切る最強のデルタムーバー、ヤマタオロチになるはずだった……」
 またしても、ロボットアニメのようなネーミングセンスが乱舞する。
 それは兎も角として、要するに――
「ムカツク相手に我が子を寝取られて、悔しいと」
「憎らしいんだヨッッッッッ! 狂おしいほどに! 見ろよ、あの惨めな姿をさァ! まンるで交尾してるみたいじゃないか! セェックス! 愛憎燃えるマシン×マシンの掛け算でバーニングおセックス!!! それを、ちょっ……産みの親のワタシの前でぇ……ッッッッッッ」
 坐光寺は唸りながら、憎しみを発散させるようにヘッドバンキングを始めた。
 他人のロックな生き様に干渉する気はないので、南郷は黙って立ち去ることにした。というか、関わりたくなかった。
 件の〈スモーオロチ〉の足元では、外部スタッフが役人と揉めていた。
「ブースターと13式のマッチングが良くなくて、現状では動かすことも……」
「ならここの連中に手伝わせろ!」
「ここのスタッフが非協力的で……」
「全ての機材は国の所有物だ! 連中がこれを接収だと勘違いしてるようなら、お前らの私物ではないと言ってやれ!」
 横柄に怒鳴り散らしている役人には、見覚えがある。
 財務監査庁の平松秀忠。南郷の古い知り合いでもある。
 予算使途の監査が仕事だろうが、わざわざ現地まで平松が来ているのは、ある種のペナルティなのだろう。
 平松の苛立った態度は、彼の庁内での立場を証明していると言える。
「そういうパワハラ、恨みを買うぜ」
「あ?」
 南郷の声に、平松が不遜に振り返った。
 後にいるのが南郷だと分かった途端に、平松は青ざめて萎縮した。
「わっ……私はこの件には関わってないぞ……」
「ここの機材を接収するって話?」
「だから知らん……知らんよ! 私は上に言われて仕事をしてるだけで……」
「分かってるよ。別にあんたの仕事を邪魔する気はない。ただ、怒鳴るのは止めとこうぜ」
 南郷は威圧したわけではなく、一般論を言っているだけだ。
 それが平松にはプレッシャーになったようで、怒号は聞こえなくなった。
 特に親しい間柄でもなく、世間話をする気もないし、平松は情報を持っているようなポストでもない。
 関心もなく通り過ぎようとした矢先
「そこの人、ちょっと良いかな?」
 頭の上から男の声がした。
 南郷は自分のことではないだろうと、無視して歩いていたが
「あなたですよ。私服の……」
 ここで私服の人間といえば自分しかいないので、南郷は観念して足を止めた。
 頭上からの声の主は、〈スモーオロチ〉のコクピットハッチ、床から約2メートルの高さから飛び降りてきた。
 陸自の制服を着た、30歳ほどの男だった。
「あのお役人を大人しくしてくれたようで、感謝します。なんとも耳障りで、仕事の邪魔でして」
「あんたは?」
「私は剣持弾といいます。ご覧のとおりの自衛官でして……」
 剣持は、はにかんでペコリと頭を下げた。
 首から下げられたIDカードには、一等陸尉との階級も記されている。割と偉い立場の人間だ。指揮官クラスだろう。
 それがデルタムーバーのコクピットに座っていた。教導団、あるいはそれに比肩するエリート部隊の所属だろうと察した。
 とはいえ、南郷の立場的にここで探りを入れるのも不自然だ。会話は軽く流しておくべきだろう。
「俺は……南郷十字と言います。関係者ですが、民間人ですよ。だから役人にも対等な口を聞ける」
「民間の方……ですか?」
「そうですが」
「私の気のせいでしょうか? あなたの物怖じしない態度、身のこなし、軍人のそれか、あるいは武術の熟練者のようにも見えたのですが」
 剣持は天然なのか、逆に探りを入れているのか、南郷に言の葉の切っ先を突き入れてきた。
 そもそも「見えた」というが、デルタムーバーのコクピットで調整をしながら、外の全周囲をカメラで観察していたとでもいうのか? だとすれば元から南郷を監視していたか、あるいは全方位に常に注意を配っている相当の熟練者か、だ。
「……気のせいでしょう。俺は武術もやってないし、軍人でもない」
「うん……? 自衛隊内では、こんな噂もあるんですよ。10年ほど前に先進装備を試験運用していた非公式の実戦部隊が存在していて、その構成員は民間人だった……と」
「俺はオカルトマニアじゃないんで、そういうのは興味ないですね。それじゃ」
 南郷は手早く話を打ち切って、自然な動きで立ち去った。
 あの剣持という男、勘が良いのか、最初から南郷の事情を知った上で話してきたのか、いずれにせよ油断のならない人物だと思う。
(敵にしたくないね、ああいうのは……)
 杞憂で済めば良いのだが、最近の流れは良くないと感じる。
 この施設に今日になって大量に乗り込んできた外部の人間による機材の接収。それは園衛に対する刀狩と理解すべきだ。
 政府の不穏な動きは南郷も園衛も察知しており、その対応のために今日は二人ともここに来ていた。
 今ごろ、園衛はここの所長と話をしている。
 重要な装備をどうやって接収や解体から逃がすか、どれだけの人員が国を裏切ってまで園衛に味方してくれるか、協議をしているのだ。
 南郷は、それとなく敵方の動きを観察しつつ、暗殺者の出入りがないか監視するのが仕事だったのだが
「ン……?」
 格納庫の隅に、妙な二人組を見つけた。
 片方は背広を着た役人然とした男。もう片方は、場違いな少女だった。
 少女の歳は10代後半。服装はまるでアイドルかアニメキャラのコスプレのようで――
「いや待て、あの子……どっかで……?」
 見覚えが、ある。
 確かUKAのアプリのイメージキャラクターだ。
 そのUKAこそ、ウ計画と何らかの関わりがあると疑惑の対象になっている。
 渦中の存在がアプリの中から現実に現れたなど、あり得ない話だ。今まで非現実的な怪物と戦ってきた南郷ですら混乱していた。
 故に、南郷は気付かなかった。
 駐機状態の人型ロボット〈アルティ〉の額の単眼カメラが、自分に対して向けられていたことに。
 南郷がとりあえず退却しようと決めた時には、背広の役人に気付かれていた。
「南郷十字さん……ですよね?」
 にこやかに、役人は南郷を捕捉していた。
 南郷は、もう逃げられなかった。逃走すれば、不審な行動としてこの場の全員に記憶される。
 少女と共に役人は距離を詰めて、懐から名刺を差し出してきた。
「はじめまして、南郷十字さん。私、菰池志郎と申します」
 名刺には、〈国立開発法人先進技術研究機構〉と長ったらしい、聞いたこともない法人名が記載されていた。
「そして、こちらの方は――」
 菰池が、まるで目上の人間に対するような口調で、傍らの少女を紹介した。
 少女はぺこりと礼儀正しく会釈をして、自分から
「私は若木ウカといいます。私のこと……もうご存知ですよね、南郷さん?」
 信じ難い名前を、笑顔で名乗った。
「ウカ……だと?」
「はいっ! あなたの知りたがっていた、ウ計画のウカですよ」
「~~ッ!」
 無邪気に笑うウカ、身構える南郷。
 こちらの殺気を知ってか知らずか、ウカは笑顔のままだ。
「あなたと宮元園衛様が、私のことを知りたがっていましたので、来ちゃいました! 私の方から!」
 完全に予想外の展開に、南郷は心臓が握り潰されるほどの衝撃に、ぐらりぐにゃりの眩暈に世界が歪んだ。
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