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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと11

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 軽トラが逃げた先は、山中のドライブイン跡だった。
 国道沿いの立地だが今は廃墟と化し、自動販売機だけが稼働している。
 平日ということもあって人気はなく、ときおり休憩の車が立ち寄るだけで、その駐車場の端に、南郷たちの軽トラは停まっていた。
 軽トラは二人乗りなので、左大も入れて車内で会話は出来ない。
 よって、外で情報交換することになったのだが――
「まっず! ぬはははははは! このカレーまっっっず!!」
 左大の下品な笑いが、緑あふれる駐車場に響いた。
 カレーを食っている。
 タッパーに、みっちりと詰まったペースト状の、緑色のカレーを食っている。
「大体、弁当にカレーって意味わかんねぇよ! ギャハハハハ! ヒッヒッ! さっ、冷めて脂質が固まって泥みたいになってやんの! しかもこれ? グリーンカレー? 雑草カレーの間違いじゃねぇの? ヨモギとかミントの味がするんだけどよぉ~~!」
 昔のSF映画に出てくる宇宙食もしくはディストピア飯さながらの、グリーン・ペーストをプラスチックスプーンですくい、口に入れる。
 そして冷めきったナンを放り込む。
 もぐもぐと口の中で混ぜ合わせて、咀嚼して、ごくりと胃袋に流し込んだ。
「ははーっ! 全ッ然! うまくねぇな! カレーとナンを弁当って、どういうセンスしてんだよ! インド人も別の意味でビックリだよ! オイ!」
 忌憚のない意見もとい文句を垂れ流しながら、左大はもりもりと食い続けていた。
 酷評されたグリーン・ペーストを作った当人である鏡花は、憎悪と憤怒にまみれた視線で左大を睨んだ。
「あなたに作ったんじゃないんです! それを……勝手に食べて勝手に文句言って……信じられない……っ!」
「信じらンねェのはこっちだよ! こんなモン人様に食わせようとか、おまっ、ホント……神経疑うわ!」
「じゃあ食べないでくださいよっ!」
「誰も食わないんだから勿体ねぇだろ! つーか、コレ本当にレシピ通りに作ったのかよ?」
「ハーブが無かったから……代わりにシソとかミント入れたんです! きっと南郷さんが食べてくれますから!」
 鏡花は力強く断言した。レシピに勝手なアレンジを加えたことには何も感じていないらしい。
 左大が確認のために顔を向けると、南郷は目を逸らした。
「南郷くん、コレ食うの? マジで?」
「誰も食べるとは言ってない……」
「だとよ! オイ、鏡花ちゃんよォ! 善意の押し売りは悪意のカマ掘りと変わらんぜ~~? 恐竜絶滅地獄への街路樹には善意の広葉樹が植えられてるって言うしな~~っ! 南郷くんもよ、クッソメシマズならそうとハッキリ言ってやりゃ良いンだよ! メシマズが許されンのはよ~~っ、イギリス人とラブコメ漫画のヒロインだけと昔っから決まってンだからよォ!」
 意味不明な内容と言いたいことをズケズケまくし立てる左大に、鏡花は涙目になっていた。
 が、最後の一言が気になったのか鏡花は南郷に目線を向けた。
「私……ラブコメヒロイン……?」
「なんで俺を見る……」
「そうですよね……。二十歳超えてラブコメとか、もう手遅れですよね……」
「ああああああ……」
 雑談に精神が疲弊する。
 南郷はいい加減に本題に入りたかった。
「左大さん。あんた、何度も暗殺されかけてるそうだが……理由に心当たりは?」
 理由が分かれば、事の真相に直結できる。
 そうでなくとも、逆算して敵の真意が何なのか、一体どこの誰が糸を引いているかの手がかりになるだろうと期待したのだが――
「知らん!」
 きっぱり、さっぱり」、糸が切られた。
 と思いきや、左大の表情が冷徹に変わった。
「恨みを買う理由が多過ぎてなあ? どこのどいつが俺を狙ってるのか分かったもんじゃねえのさ。だから、狙ってる奴さえ目星がつけばぁ――」
「日本政府、あるいはどっかの省庁の偉い役人……俺はそう睨んでる」
 一般人なら吹き出しそうな陰謀論だが、左大は納得したように口角を上げた。
「なるほど。つまり、どこぞのお歴々は俺達が邪魔になった、と」
「何か、知られると困る秘密があるらしい。それに触れた奴は消される」
「確かに、俺たち宗家の人間は色んな裏の事情も知ってるからなあ。だがァ……俺が狙われる理由はぁ……違うと思うンだ」
 左大は腕を組んで、ふんと鼻息を吐いた。
「俺を殺るつもりなら。この10年でいくらでも機会はあった。それが暗殺狙いになったのは、ついこの間からだ。つまり、俺を消す必要が出てきたってことだな?」
「ついこの間……? 何があったんだ?」
「寝ていた竜を起こしたのさ」
 またしても意味不明の比喩表現だったが、すかさず鏡花が南郷の後で解説した。
「二ヶ月ほど前に、左大さんは……恐竜型戦闘機械傀儡を再起動させたんです」
 戦闘機械傀儡がどういうものかは、資料に目を通したので南郷も大体知っている。
 過去には強大な戦闘能力を持った恐竜型戦闘機械傀儡が大量に配備されていたということも。
「その恐竜型が……どうして狙われる理由に?」
「恐竜型戦闘機械傀儡は人を殺すための兵器じゃねえ。最強の対妖魔戦術兵器なんだ。原始の野生と人類の理性を合わせて作った、神も魔も全部まとめてブッ殺すための兵器だ。実際、ブッ殺した実績もある。禍津神っていうバケモノをな」
「ン……?」
 南郷は側頭部を抑えた。
 少し、頭を使う。考える。
 政府は、自分たちへの反乱というより、“何か”を破壊されるのを恐れているのではないか。
 だから、その“何か”を破壊し得る兵器を扱える左大を狙ったとは考えられないだろうか。
 いや、それだけではない。
「――いや、待て待て。10年前の戦いで、その恐竜メカはほぼ全滅したんだよな? それって、つまり……」
「自衛隊の戦力を使わず、俺たちと禍津神を争わせて、ほぼ相打ちに持ち込めた。人類は滅亡から救われ、警戒すべき恐竜軍団は壊滅して、政府は労せずまんまと貴重なデータをゲットできた。神殺しっていう、得難いデータをな」
「全部、仕組まれてた……ってことか」
「俺は南郷くんの事情は良く知らんが……そっちも心当たりあるんじゃねぇかい?」
 心当たりがありすぎる。
 暁のイルミナと医薬庁が結託した改造人間作製も、防衛省が南郷たちにテストさせていた装甲服や戦闘ドロイドも、その両者を争わせたことも……“何か”を作り出すための実験だったのではないか。
 鏡花が挙手して、横から話に入ってきた。
「あの、恐竜型を扱えるのは……別に左大さんだけじゃないですよね? 以前はもっと沢山の操者がいたはずです。その人たちを全部暗殺するなんて……」
「別に殺す必要なんかないさ。そいつら全員、とっくに引退して、荒事と無縁の生活してるだろ?」
「あっ……確かに」
「仮に何かの間違いで荒事に関わっても、もう戦闘機械傀儡を扱える体じゃないと思うねえ。家族がいる、仕事がある、自分の人生がある。そんな甘っちょろい守りに入った奴はな、竜の心と同調できんのよ」
 全てを捨てて、明日を捨てて、一秒先の己の命さえ投げ捨ててでも、眼前の敵を粉砕する一瞬の爆発に一命全霊を燃やす剽悍さがなければ、恐竜型戦闘機械傀儡との真のシンクロは不可能である。
 要するに、牙を抜かれた引退者なぞ使い者にならない。脅威にはなり得ない。
 何もかもが敵の思う壷で、南郷は舌打ちした。
「チッ……あの北明彦って爺さんは、そのために組織を解体させて、積極的にカタギに再就職させてたのか」
「純粋に善意でやってたのかも知れんがね。利用されてたのは確かだろうよ。お互い利害が一致した、みんなが幸せになれる選択肢……」
 南郷の脳裏に、あの黒塗りの公文書の一文が思い浮かんだ。
 Uは万民にとこしえの幸福を与えたまう――誰もが幸せになるなんていう、夢物語をうそぶくポエム。というよりスローガンだろうか。
「左大さん……ウ計画っていうのに、聞き覚えはないか?」
「知らんなあ?」
「その計画を追っている内に、こういうことになった。全ての人間に永遠の幸せを与える計画だそうだが……」
「フーン、なんか宗教っつーか、神様みたいっつーか……。あっ……」
 左大は何かに気付いたのか、顔色が変わった。
「そういや、俺の爺さん……死ぬ前にずっと変なこと言ってたっけな。『恐竜は神を殺せる唯一の力だ』とかなんとか……。あん時は、頭ボケちまったんだと思ったがあ……」
「あんたのお爺さんは、政府の計画に気付いていた……?」
「……かもな。ちなみに爺さん、死んでからも同じこと言ってたぜ?」
「は?」
 南郷は首を傾げた。
 死んだ人間が話す? 意味が分からない。
 それについて問い質す間もなく、左大はふらりと場を離れていった。
「俺の話せるのは、こんな所よ。じゃあな」
「どこに行く気だ?」
「爺さんの遺産探し」
 話しながらも、左大は国道を下り方向に歩いていく。
 南郷に引き止める気はないが、最後に一つ、聞いておくことがあった。
「敵は……どこの誰だと思う?」
「フフ……漫画みたいに、悪の親玉がいる? 違うと思うねえ。そういうのじゃねぇよ。たぶん……」
「個人ではない……か」
「責任の所在を有耶無耶にするから、誰も責任を取らなくていい。それが我が国の誇る完成した官僚組織。だからきっと……そう。糸を辿っても――先には誰もいないと思うぜ」
 狂人とは打って変わった、冷静な言葉を残して、左大億三郎は去って行った。
 行く先がどこか、知る由もない。
 だが、この件に関わる以上、また出会うのは必然だろうと……南郷は確信していた。
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