ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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第四話

ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと10

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 暗殺用の吹き矢というのは、普通は目立たない形状にする。
 矢は円錐状で、短いものが望ましい。殺傷力は塗布する毒に依存するので、矢そのものに威力は必要としない。
 だというのに、軽トラに刺さった矢には真っ赤な色をして、派手な羽根が付いていた。飛翔中の安定用にしては、些か大きすぎる。
 すなわち、目立っても構わないということ。
 狙撃の射点位置が判明しても、狙撃者に気概が及ばない確実性があるからこそ、こんな矢を使う。
 南郷は市営住宅に屋根に目を凝らした。
 何かが……いる。
「ドローン……か」
 屋根の色に合わせた迷彩塗装のマルチコプタ―が、そこにいた。
 機体下部には二連装の吹き矢を装備している。再装填は不可能だろうから、二発しか撃てない。
 だが暗殺対象の老人だけでなく、目撃者も消そうとした。それでは装弾数が二発では心許ない。
 案の定、またしても空を切る飛翔音が鳴った。
 音の距離は遠い。左大のいる方向だった。
「ムッ!」
 左大が小さく呻いた。
 その胸板に、吹き矢が突き刺さっていた。
「おい、あんた!」
 南郷が呼びかける。致死量の毒だ。諦めるしかないだろう……と思いきや
「問題ない! 恐竜酔拳! アンキロアーマーッ!」
 元気に、わけの分からないことを叫ぶ左大。
 そしてブッと音を立てて、胸の筋肉が吹き矢を排出、跳ね返した。
「いやいやいや、刺さってたろ!」
「はーーっ恐竜酔拳! プラキオキュア―――ッ!」
 南郷のツッコミを無視して、左大はまたしても意味不明の技名を叫んだ。
 そして自分の腹、肝臓の辺りに掌底を叩き込んだ。
「フンッッッッ! ブラキオキュアーはブラキオサウルスの超回復、超代謝を再現した技よ! 肉体の治癒力を高め、毒物を高速で解毒、体外に排出するッッッッッッ!」
「はあ? ブラキオ? 排出?」
「ものすっゴい勢いでションベンがしたくなんだよォ!」
 こいつ頭がおかしいと思った。
 なるほど、確かにコレには関わりたくない。
 解説されても良く分からないし、分かりたくもないので、南郷は左大のことはもう考えないことにした。放っておいても大丈夫だろうと。
 左大を攻撃した吹き矢は、別の射点から放たれていた。
 つまり、ドローンは複数機ある。
 しかし、種さえ分かれば対応は難しくない。
「鏡花、車の下に隠れろ」
「えっ……えっ?」
 地面に倒れたままの鏡花は目を白黒させていた。まだ状況が飲み込めていないらしい。
「命令を復唱して行動に移せ。二度も言わせるな」
「あ…車の下に隠れる……。はい、はいっ!」
 軍隊式の命令復唱には、低練度の人間を落ち着かせ、一つの行動に専念させる効果もある。
 吹き矢では軽トラの外装すら貫通できないし、高い位置からの射撃では車体下を狙えない。
 最も無防備な鏡花を退避させれば、南郷は自由だ。
 次の瞬間、頭上から放たれた吹き矢を手首の一振りで弾き飛ばしていた。
「フゥ……ッ!」
 もう一機のドローンは、電柱の上にいた。
 ドローンを操作するオペレーターは、そう遠くない位置にいると推測できた。
 小型のマルチコプタ―は稼働時間も航続距離も限られている。放出、回収の必要性を考えれば、遠隔地からの操作は望ましくない。
 またドローンのカメラだけでは、戦闘フィールド全体を把握するのは難しい。全体を俯瞰できる位置に陣取っているはずだ。
 案の定、やや離れた林の樹上で何かが光ったのが見えた。
(レンズの反射……あそこか)
 横目で確認。敵に気取られないよう、気付かないフリをする。
「タケハヤ、敵との距離約300メートル。カウンタースナイプ。可能か」
 軽トラのシートの中の〈タケハヤ〉に呼びかけた。
『イエッサー 現状装備 で 対応 可能 です』
 シートの中から、無感情な応答があった。
「分かった。やれ。ただし殺すな」
『イエッサー』
 命令と同時に、荷台のブルーシートが僅かに駆動音と共にもぞもぞと蠢いた。
 〈タケハヤ〉がスタンディングモードに変型を完了したのだ。
 そして、静かに、地味に、地面に降り立つ。
 遠目には、ブルーシートの後部が捲れ上がったようにしか見えないはずだ。
 〈タケハヤ〉は、即座にカウンタースナイプ用の武装を現地調達した。
 足元に転がる、拳大の石を掴みあげ、振りかぶり、タイヤの新地旋回と肩のスイングを合わせて――投射、した。
 人間の数百倍の筋力による、長距離投石狙撃。
 音速突破の破裂音、田舎の山野にゴォと轟く。
 ほぼ同時に、林の中で柔らかい衝突音がした。たとえるなら、体育用品のマットを二階から落としたような音だった。
『敵 狙撃手の 排除 完了』
「殺してないだろうな?」
『着弾時の 光学観測ログ あり 敵狙撃手 右肩損壊 樹上から 地上に 落下 しました』
 〈タケハヤ〉の報告によると、敵は右肩を超音速投石で吹き飛ばされて数メートルの高さから落ちたと。
 頭さえ打っていなければ、即死ではないはずだ。
 実のところ、死んでいても別に構わないのだが。
「鏡花、もう大丈夫だ。出てきても良い」
「あうう……」
 鏡花、情けない声で軽トラの下から這い出てきた。
 腰を抜かしているようだった。
「な、南郷さん……私、立てませぇん……」
「いや、立てるだろ。手を使えば……」
「手……貸してください!」
 弱気なのは本心なのか演技なのか。
 鏡花は両手を開いて南郷ウェルカムとばかりに助けを求めていた。甘えていた。
(面倒くさいなあ……この子)
 南郷が辟易していると、左大が近づいてきた。
「なんだぁ~? 鏡花ちゃん、キャラ変わってねぇか?」
 左大の背後、コンクリート塀に濡れた跡がついていた。跡から湯気が出ている。毒の排出は終わったようだ。
 鏡花は態度を一変させて、そそくさと南郷の背中に隠れた。一人で立てるじゃないか。
「……話しかけないでください。あなたとは関わりたくありません」
「そっちのお若いのは、鏡花ちゃんの彼氏か? 中々良い腕っぷしみてェだが?」
「かっ……彼氏ではないです。残念ながら。でも、あなたと違って素晴らしい人です。南郷さんは……」
 鏡花はぶつぶつと口の中で呟いていた。
 どうでも良いので、南郷は放っておくことにした。
「左大さん……。確か宗家の人だったな」
「良く知ってるな? 南郷くん……だったか? どういうご身分?」
「園衛さんに雇われてる。保安担当だな。一応……」
 南郷は、左大の雰囲気が変わっていることに気付いた。
 目の前で人が殺され、自分の殺されかけたというのに、落ち着いている。肝が据わっている。狂った発言は兎も角、荒事に馴れている。
 話のし易い相手だと、判断した。
「左大さん。なんで、あんたはここにいる。偶然じゃないな?」
「ここに来た目的? お前らと同じだと思うぜ?」
 言って、左大は背中越しに背後を指した。
 事故車と、老人の亡骸が転がっている。
「俺も何回か殺されかけてな。なんか知ってそうな……北の爺さんを締め上げようと思ってたんだよ」
「尾けられたか?」
「まさか? 俺がそんなドジ踏むかよ。尾けられたとしたら――そっちの方じゃねぇのか?」
 左大の視線は、南郷の背後に向いていた。
 北明彦の自宅前に到着したのと、ほぼ同時に暗殺が実行された。被害者の老人は監視対象ではあったろうが、常に暗殺者を張り付かせているとは考え難い。
 こちらの意図をなんらかの方法で察知して、暗殺者を派遣。南郷たち、あるいは左大の接触と共に始末するよう命令された――と考えられる。
 では、どうやって敵はこちらの行動を読んだのか。
 しくじった人間がいるとすれば……この中で一人。
「鏡花、確認したいことがある」
 背後に顔を向けず、南郷が淡々と問うた。
「スマホにシュリンクスは入ってないよな?」
「あのSNSのアプリですか? 園衛様から禁じられていますので、使ってませんが……?」
 シュリンクスとは、UKAと連携したアプリケーションだ。利用規約で長々と個人情報の共有、各種ファイルへのアクセス許可が説明されている。
 南郷は、このUKAが臭いと前々から睨んでいた。
「今日の弁当、またネットでレシピを見たのか?」
「はい。世界中のお料理が動画で見れたり、自動翻訳されるアプリで、プリセットインストールされてます。あっ、今日はインド風の本場グリーンカレーを――」
「内容はどうでも良い。そのアプリ……UKAと連携してるんじゃないのか」
「えっ……?」
 鏡花は困惑した様子で、あたふたとスマホを取り出した。
 答え合わせの必要は……ない。
「もう良い。スマホの電源を切れ。タブレットもだ」
「えっ? でも……えっ?」
「何も考えなくて良い。言われた通りに……切るんだ」
 静かに、強い調子で、命令を押し付ける。
 死体を作った責任は、後でゆっくりと自覚すれば良い。失敗は誰にでもある。
 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえた。
「……移動しよう。面倒になる」
 事故の音に誰かが気付いて通報したのだろう。
 現場の状態は最悪だ。事故車両が二台、死体まで転がっている。警察の厄介など冗談ではない。
 だが逃走しようにも、狙撃手の捕獲と尋問もしなければならない。
 逃げおおせたとしても、左大の乗ってきた車から身元が特定される。
 複数の懸念材料に南郷が顔をしかめていると、左大が鼻が笑った。
「心配すンな。暗殺者はもう死んでる。尋問の必要はない」
「なんで……分かる」
「あいつら任務失敗で自決するんだ。奥歯に仕込んだ毒薬を噛んだり、自爆したり。覚悟が決まりすぎてるが……良い下請けを使ってると見える」
 左大は何度も暗殺を退けているという。その経験談か。
「あんたの車は……どうする」
「問題ないね。アレ盗品だから」
「は?」
「正確には戦利品だ。ブッ殺した暗殺くんのを鹵獲して使ってた。警察が調べても持ち主不明だと思うぜ~? ナンバーも多分、偽造だから」
 物騒なことを笑いながら話す……大した男だ。
 日常生活では関わりたくないが、鉄火場では頼りになるクチだ。
「分かった。ここはとりあえず……逃げる」
 判断も行動も迅速に。
 それから左大と〈タケハヤ〉を荷台に隠し、軽トラが走り去るまで、2分とかからなかった。
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