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第四話
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと2
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昔々の、ある所の出来事から、70年と少しが過ぎた。
昔々の人々は、もう一人も残っていない。
だけれども、人の残した願いの種は大きく育っていた。
ある人の願いは大樹に深く菌糸を絡ませ、共に繁栄を謳歌している。
ある人の願いは叶いはしなかったけれども、別の形で空の向こうに飛んでいる。
種子島の丘の上から、一人の少女が夢の飛翔を見上げていた。
轟音と共に晴天を貫く、液体燃料の白い航跡が……この星の天辺を超えていくのを、嬉しそうに見上げていた。
「また一つ……私が天に昇っていきます。人の夢に乗って飛ぶ私は……人の願い」
少女の声は、歓喜に満ちていた。
人生に充足し、この喜びを世界の全てに分け与えたいという、崇高な愛に満ち溢れていた。
少女は、やがて星の一つになるであろう、空に昇る光点に細い指先を伸ばして
「全ての人に――とこしえの幸福を……!」
光をなぞるように天を仰いで、仰いで、視線と指が追いきれず、やがて枯草の原にばたん、と倒れ込んだ。
暦は霜月。
太陽の暦は12月に入ろうとしていた。
12月のある夕刻――宮元園衛の屋敷にて、一人の男が奇妙な空気に捉われていた。
男の名は、南郷十字。27歳、無職。
職歴なし。
資格なし。資産なし。もちろん貯金なし。
年収ゼロ円。確定申告の必要なし。税務署にすら勝利した男。
特技は、悪の改造人間を殺すこと。
とても大っぴらに出来ない物騒な特技しかない男は、食卓を前に固まっていた。
テーブルの上にあるのは、味噌汁、白米、キャベツの千切りに……主菜の揚げ物。
海老フライ、カキフライ、イカフライ、コロッケ、トンカツの揚げ物フルコース。
正直、肝臓の弱い南郷には色々とキツい内容なのだが、問題はそこではない。
「南郷くん! 仕事、しよう!」
料理を作った宮元園衛が、ポニーテール&エプロン姿のガッツポーズで、謎の勧誘。
「アニキ~! 就職おめでと~~っ!」
その妹、宮元空理恵が盛大にパン! とクラッカーを鳴らして、銀紙が南郷に降り注ぐ。
「私も南郷さんの社会復帰……応援してますっ!」
園衛の秘書の右大鏡花までもが、やや後方から遠慮がちに余計な激励を飛ばしていた。
しかも、両拳をぞいっと胸元に寄せる乙女ちっくなお祈りポーズで……。
南郷、思わず眩暈を覚えた。
「なにコレ……この……ニートの長男が? コンビニのバイトだか、家電量販店の試用期間に受かったのをお祝いする的なシチュエーションは……」
「実際、キミはニートみたいなモンだろう?」
園衛の鋭いツッコミに、南郷は顔をしかめた。
「言い方ァ……!」
「他人に胸を張って誇れる仕事をしよう! 毎日我家でボケーーっとしてたら根腐りしてしまうからな!」
南郷の反論を待たずに、園衛はポンと手を叩いて鏡花を呼んだ。
「食事前だから、簡単にレジュメを渡しておこう。鏡花よ」
「はい……。どうぞ、南郷さん」
鏡花が、うやうやしくクリアファイル入りのレジュメを差し出してきた。
南郷としては、これまで鏡花を突き放すような言動を取ってきたはずなのだが、どうにも様子がおかしい。
「あのさ……なんか、俺への態度……おかしくない?」
「あの……私、南郷さんのこと……尊敬してますので……っ」
「はあ……?」
「一日でも早く……普通のお仕事できるように……これ作りました……っ!」
照れ隠しのように南郷にレジュメを押し付けて、鏡花はそそくさと下がっていった。
嫌われるように厳しく接したつもりが、全くの逆効果だと分かって、南郷は言葉を無くした。
件のレジュメに目を落とすと〈町内見回りあんしんガードマンの手引き〉と、丸っこいフォントとフリー素材のイラストで飾られたポップな内容があった。
「キミの仕事は簡単だ。日中はお年寄りが一人で過ごしている世帯が多いのでな。事故や事件がないように見回りをしてほしいんだよ」
園衛の説明は簡潔で分かり易い。
要するに田舎の警察や町内会がやっているようなことを代わりにしろと……。
「なので、明日にでも町内会の皆さんにお目通りする」
「うっ……」
また余計な人付き合いが増えると知って、南郷の顔色が曇った。
正直、お断りしたかった。逃げたかった。何もかも放り出したかった。
だが既に南郷に逃げ場なし。
退路を塞ぐように、空理恵が無邪気に腹に抱きついてきた。
「お仕事がんばってね!」
「うう……」
「この揚げ物さ、アタシも作るの手伝ったんだよ~! 冷めない内に食べてよっ!」
「うぅぅぅぅ……」
期待の目が、全方位から南郷の精神を貫いていた。
この料理を食ったら、全てが終わりだと思う。負けだと思う。
だが、彼女らの純粋な気持ちを無碍に出来るほど南郷は悪辣ではないので――
「ぁぁぁぁ……」
悪あがきのように小声で呻きながら、南郷は食卓に座った。
その夜、最強の戦士は就職の圧力に敗北したのだった。
昔々の人々は、もう一人も残っていない。
だけれども、人の残した願いの種は大きく育っていた。
ある人の願いは大樹に深く菌糸を絡ませ、共に繁栄を謳歌している。
ある人の願いは叶いはしなかったけれども、別の形で空の向こうに飛んでいる。
種子島の丘の上から、一人の少女が夢の飛翔を見上げていた。
轟音と共に晴天を貫く、液体燃料の白い航跡が……この星の天辺を超えていくのを、嬉しそうに見上げていた。
「また一つ……私が天に昇っていきます。人の夢に乗って飛ぶ私は……人の願い」
少女の声は、歓喜に満ちていた。
人生に充足し、この喜びを世界の全てに分け与えたいという、崇高な愛に満ち溢れていた。
少女は、やがて星の一つになるであろう、空に昇る光点に細い指先を伸ばして
「全ての人に――とこしえの幸福を……!」
光をなぞるように天を仰いで、仰いで、視線と指が追いきれず、やがて枯草の原にばたん、と倒れ込んだ。
暦は霜月。
太陽の暦は12月に入ろうとしていた。
12月のある夕刻――宮元園衛の屋敷にて、一人の男が奇妙な空気に捉われていた。
男の名は、南郷十字。27歳、無職。
職歴なし。
資格なし。資産なし。もちろん貯金なし。
年収ゼロ円。確定申告の必要なし。税務署にすら勝利した男。
特技は、悪の改造人間を殺すこと。
とても大っぴらに出来ない物騒な特技しかない男は、食卓を前に固まっていた。
テーブルの上にあるのは、味噌汁、白米、キャベツの千切りに……主菜の揚げ物。
海老フライ、カキフライ、イカフライ、コロッケ、トンカツの揚げ物フルコース。
正直、肝臓の弱い南郷には色々とキツい内容なのだが、問題はそこではない。
「南郷くん! 仕事、しよう!」
料理を作った宮元園衛が、ポニーテール&エプロン姿のガッツポーズで、謎の勧誘。
「アニキ~! 就職おめでと~~っ!」
その妹、宮元空理恵が盛大にパン! とクラッカーを鳴らして、銀紙が南郷に降り注ぐ。
「私も南郷さんの社会復帰……応援してますっ!」
園衛の秘書の右大鏡花までもが、やや後方から遠慮がちに余計な激励を飛ばしていた。
しかも、両拳をぞいっと胸元に寄せる乙女ちっくなお祈りポーズで……。
南郷、思わず眩暈を覚えた。
「なにコレ……この……ニートの長男が? コンビニのバイトだか、家電量販店の試用期間に受かったのをお祝いする的なシチュエーションは……」
「実際、キミはニートみたいなモンだろう?」
園衛の鋭いツッコミに、南郷は顔をしかめた。
「言い方ァ……!」
「他人に胸を張って誇れる仕事をしよう! 毎日我家でボケーーっとしてたら根腐りしてしまうからな!」
南郷の反論を待たずに、園衛はポンと手を叩いて鏡花を呼んだ。
「食事前だから、簡単にレジュメを渡しておこう。鏡花よ」
「はい……。どうぞ、南郷さん」
鏡花が、うやうやしくクリアファイル入りのレジュメを差し出してきた。
南郷としては、これまで鏡花を突き放すような言動を取ってきたはずなのだが、どうにも様子がおかしい。
「あのさ……なんか、俺への態度……おかしくない?」
「あの……私、南郷さんのこと……尊敬してますので……っ」
「はあ……?」
「一日でも早く……普通のお仕事できるように……これ作りました……っ!」
照れ隠しのように南郷にレジュメを押し付けて、鏡花はそそくさと下がっていった。
嫌われるように厳しく接したつもりが、全くの逆効果だと分かって、南郷は言葉を無くした。
件のレジュメに目を落とすと〈町内見回りあんしんガードマンの手引き〉と、丸っこいフォントとフリー素材のイラストで飾られたポップな内容があった。
「キミの仕事は簡単だ。日中はお年寄りが一人で過ごしている世帯が多いのでな。事故や事件がないように見回りをしてほしいんだよ」
園衛の説明は簡潔で分かり易い。
要するに田舎の警察や町内会がやっているようなことを代わりにしろと……。
「なので、明日にでも町内会の皆さんにお目通りする」
「うっ……」
また余計な人付き合いが増えると知って、南郷の顔色が曇った。
正直、お断りしたかった。逃げたかった。何もかも放り出したかった。
だが既に南郷に逃げ場なし。
退路を塞ぐように、空理恵が無邪気に腹に抱きついてきた。
「お仕事がんばってね!」
「うう……」
「この揚げ物さ、アタシも作るの手伝ったんだよ~! 冷めない内に食べてよっ!」
「うぅぅぅぅ……」
期待の目が、全方位から南郷の精神を貫いていた。
この料理を食ったら、全てが終わりだと思う。負けだと思う。
だが、彼女らの純粋な気持ちを無碍に出来るほど南郷は悪辣ではないので――
「ぁぁぁぁ……」
悪あがきのように小声で呻きながら、南郷は食卓に座った。
その夜、最強の戦士は就職の圧力に敗北したのだった。
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