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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ49

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 掌底の拳圧は凄まじく、人間が放つ威力を遥かに超えていた。
 強化された気功による重撃威力は、それこそ1トンあるいは2トンに達し、特撮ヒーローの設定スペックも同然だった。
 こんなもの、直撃ならば死ぬ。
 子供向け特撮ドラマではマイルドな描写に留まっているが、怪人やヒーローの1トン以上のパンチを食らえば人体は容易に破壊される。
 それが頭部への一撃なら、悲劇は免れない。
 頭を打っても死なないのは漫画の中だけだ。
 豆腐のごとき脳幹は容易に損傷し、人体に不可逆の結果をもたらす。
 アズハが反射的に後に跳ばなければ、確実にそういう結果になっていた。
「ぶっほ……っ」
 歯に当たった唇が切れて、鼻血が噴出した。鼻は辛うじて砕かれていない。
 アズハの優れた忍術は致命傷を回避――と思いきや、襟首を掴まれた。
 ビクン! と背筋が反り返って、強引に脱出を阻まれた。
「面白いことを言うな? お前?」
 園衛が、このバケモノのような女が、すぐ間近で言葉を続けた。
「私に勝つだと? お前に勝てる要素――ひとつでもあるのか?」
 園衛が右腕を振りかぶった。殴られる! 素手で!
 その素手の一撃をアズハはとっさに防御。両腕の増加装甲が弾着の火花を散らし、拳圧でアズハは吹き飛ばされた。
「ごぉっ……っっっ」
「この通り、私は素手でもお前を殴り殺せる。剣を使うのは、その方が楽だからだ」
 冷たく、殺気に満ちた園衛の声が頭に響く。
 アズハは、なんとか立っている。両手には二刀を持っている。生存本能がそうさせている。
 倒れれば殺される。刀を放せば勝機はなくなる。
 だから、ギリギリ踏みとどまって――
「悪あがきだな」
「うっ!」
 園衛が、一瞬で間合いを詰めてきた。
 アズハが剣を繰り出すより早く、園衛の剛拳が胸に撃ち込まれた。
「私はお前がヨチヨチ歩きの頃からバケモノと戦っていた。場数が違うのだ。分かるか? このレベルの差が」
「おっ……」
 バシン! と甲高い破裂音が響き、制服のメタマテリアルが発火した。
 衝撃を相殺し切れず、アズハの胸骨がメキッ……と厭な音を立てた。
「フン? 手応えが軽いな? その服、南郷くんの装備と同じか。とどのつまり、お前は優れた装備のおかげで私と曲がりなりにも互角を演じられた――というワケだ」
「う……ウチが武器のおかげで……やってこれたとでも……っ」
「現に私がマトモに装備を揃えた時点で、お前の優位性は何一つなくなっている」
 正論が、拳となってアズハに撃ち込まれる。
 弾ける火花。軋む骨肉。
 アズハを焼く焦げ付く感情の名は――悔しみ。
 目の前の怨敵に勝てない。届かない。劣等感、焦燥感……!
 現にこうして、完全な装備を整えた宮元園衛に圧倒されている。
 敵の装備が不十分な段階で仕留められなかったのは、慢心、ミス、詰めの甘さ……要するにアズハ自身の未熟さゆえ!
「こっ……こぉの……メスゴリがぁぁぁぁぁ……ッッ!」
「何か言ったか?」
 アズハの減らず口を、園衛の拳が黙らせた。
 何度目かの拳骨で、アズハが大きく仰け反った。
「おごっ……!」
「フン? こすっからい暗殺、闇討ちで食ってきた卑怯者めが……。今まで何一つ正攻法で勝ち得なかった和上者めが。そんな輩が、私に勝てるわけがあるまいて」
 背の高い女が、文字通り高みからアズハを見下ろしていた。
 正論だった。何もかも正論だった。
 だがアズハが裏社会の仕事しか出来ないのも、これまでの人生で何も成せなかったのも!
「どれもコレも、お前のせいやろがぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
 血を吐くような憎悪の声で、元凶の女に怨嗟をぶつける。
 しかし園衛、それを一蹴。
「今さら私に精神攻撃は効かんぞ?」
 ジャリ……と足元で園衛が何かを踏んだ。
 アズハが会話に紛れて床に垂らしていた、ヨーヨー型キネティック・デバイスの糸だった。
 罠の仕込みは、完全に見切られていた。
 敵を確実に殺すと決めたこの女に、もはや精神的な揺さぶりも通じない。
「ウチのことナチュラルに見下しやがってぇ……っ!」
「この期に及んで不幸自慢か? 不幸で強くなれるなら、内戦で痩せ衰えたどっかの国が世界最強になってしまうな? それにお前、自分だけが地獄を見ているとでも思っているのか?」
 園衛が虚空に手を伸ばすと、青白い光と共に武装が出現した。
 棍棒だった。それは巨大な金砕棒、あるいはメイス、七の太刀その強化形態〈滅威子・砕岩坊〉だった。
 元は重量30キログラム程度の伸縮式金砕棒だったが、強化形態では禍々しいドラム型の超重量巨大メイスと化していた。
 一種の量子テレポートによる武装転送だが、もはや理屈はどうでも良い。
 園衛は、300キログラムを越すであろうメイスを、野球のバットのごとく振りかぶった。
「私は急いでいる。お前はもう消えて良い」
 それは何の感情も篭らない、冷たい死の宣告だった。
 歯牙にもかけぬゴミを払うように、小虫を潰すように、園衛はメイスを横なぎに振った。
 電磁反応装甲の防御も効かない、大質量攻撃。
 だが、振りが大きい。痛めつけたアズハでは、この間合いでは避けられないという確信、いや僅かな慢心が園衛にあった。
 達人には、敢えて攻撃を受けようと隙を作る技がある。対手の先の先を読み、カウンターを当てて必勝に繋げるべく作製される策謀の隙である。
 この大振りが、園衛が作った誘いの隙ならばアズハは負ける。
 かといって、このままメイスを受けても死ぬ。
 ならば、死中に活を見出す!
 園衛の予測と反応を超えるほどの瞬撃にて!
 ガチリ! とアズハは両奥歯を噛み締めた。全OSP同時発火のコマンドだった。
 全身から放たれる目くらましの閃光。そして極限の加速。
 この瞬間、魔法のごとき技として語られる縮地術を、アズハはテクノロジーと痩せ我慢の精神力にて再現せしめた。
 園衛がメイスを振り切るより早く、アズハはその間合いの内側へと肉薄。それは、0.01秒という人間の反応限界を超えた世界だった。
 バン! という超音速の空裂音が鳴り響き、アズハは拳を園衛の胸元に突き入れていた。
「柳生忍法……鳳仙花!」
 OSPの手甲から、翡翠色の結晶花弁が咲き誇る。
 メタマテリアルの花は火花となって弾け飛び、強力な電磁熱波で園衛を吹き飛ばした。
「ムッ……!」
 今回は確実な手ごたえがあった。
 強制加速によるものか目の奥に鋭い痛みがあったが、アズハは痩せ我慢で無視した。
「ハハッ……! 今の一発はボコってくれたお返しや! こっからが! 本番やでっ!」
 敢えて拳骨で殴ったのは、意趣返しというワケだ。
 忍者刀での攻撃なら必殺の一撃であったろうに、それを行わなかったのは園衛を虚仮にするためだと、言ってやった。
 園衛は殺気の目つきでこちらを睨んでいる。ダメージは軽い。
「今の一撃……最後のチャンスだったかも知れんぞ?」
「いつまでも自分が上だとマウント取っとるから、足元すくわれるんと違いますかァ? ちっとばっかし年取ってるからとベテランぶって! ウッザ! ほんまウッザいわ!」
 長寿ゲームで新参プレイヤーに偉ぶる古参プレイヤーを思い出して、アズハは吐き捨てた。低次元な比喩だが、それくらいの方が恐怖心を紛らわせる。
「急いでるからウチをとっとと始末する? なめとんのかババァ! 男のケツおっかけて! そないな格好して! 歳考えろやっ!」
「饒舌だな。お前の忍術は手より口を使うのか?」
「ただの悪口じゃボケっ!」
 アズハは唾を飛ばして吐き捨てた。思っていることを全て吐き出して、気を紛らわせて、かつ僅かに時間を稼ぐ。
 園衛は動じず、メイスを構え直した。
「男の後を追いかける……それも悪くない。女として心躍る一時の一興よ」
「は……何様やねんアンタ」
「彼の痛みや辛さは分かっているつもりだ」
「は……傷の舐め合いってヤツですかァ? 同情と恋愛感情をごっちゃにしとるんと違うか? アンタみたいなのに付きまとわれて、南郷さんは迷惑しとるんと違うかァ?」
 常に上から目線で支配者ぶって、下々の痛苦など知りもしないお嬢様が、南郷の何を分かるというのか。
 どうせ、南郷のことを使える手駒か慰み者のペット程度にしか考えていないのだろう。
 と、そんなアズハの勘繰りを――園衛は静かに笑い飛ばした。
「は……」
「……何が可笑しいんや」
「同情上等。人を愛するキッカケとして、同情は上等すぎる理由だろう? お前は……人を愛したことはないのか?」
「~~っっ! 誰のせいでこちとら恋愛でけへん青春送っとると思ってんだッッッ!」
 煽るつもりが、逆に園衛に煽られてしまった。
 今の怒声、アズハの本心からの怒りだった。
 たった一度きりの十代の輝く青春を、汚れ仕事に費やすしかない今の自分の惨めさ……。考えるだけで苛々する。
 激情に高鳴る胸を抑えて、アズハは呼吸を整えた。
(奴を殺る……。一匹の忍として……!)
 心に刃を乗せて、誇りをかけて、アズハは二刀を握りしめた。
 脳裏に去来するは、亡き父の思い出。
 名無しの代用品に小豆畑霧香の名を与えてくれた、愛しき父。
 その父の下で、正義の忍者を夢見ていたのは、幼い頃の自分自身。
 汚れきった邪忍と化したアズハには、もう届かない過去のことだ。
 砕け散った夢の欠片が、胸の奥にぱらぱらと降り積もっている。
 アズハと偽名を名乗る本当の理由は、恥ずべき所業に小豆畑の名を使いたくないからだった。
(それでも……一回だけ。一回だけ……名乗らせとくれ、おとん……!)
 心の底に埋もれた、幼い頃の夢を、戸惑いながら掘り返す。
「柳生忍術、小豆畑流正統……小豆畑霧香。最期のお相手を仕る」
 正統忍者――それは流派の印可を受けた正式な後継だけが許される名乗りだった。
 小豆畑流は、本来は邪忍とは程遠い光の流派だ。
 父もかつては、忍術を悪を討つために使っていた。今のアズハは名乗るに値しない下衆である。
 恥と知りつつ名乗りを上げたのは、己の技術の全てを叩きつけるがため。
 そして、たとえ散っても小豆畑流の名を残すためでもあった。
 その覚悟が、園衛に伝わったのだろう。
「……よかろう。宮元家当主、宮元園衛。虚心流討魔刀法の全力。我が一命全霊を以て、その挑戦を受ける」
「――感謝」
 いま初めて、園衛はアズハを対等な相手として認めた。
 少なくとも、アズハにはそう思えた。
 暗い廃墟の中、静寂と緊張が充満した。
 足元、遥か下方の地下で何かが震動した。南郷とエイリアスビートルの戦闘が始まったのだろう。
 それは園衛も気付いているはずだ。だが気を取られない。互いに目の前の対手に集中する。
 アズハは冷静に戦況を解析した。
 園衛は武装を瞬時に転送してみせたが、制約ありのアクションと見た。
 そもそも武装を距離に関係なくホイホイ取り出せるのなら、わざわざ空繰に前線まで運搬させる必要はない。
 そして、園衛が取り出したのは大振りのメイス。
 どうして、あんな大仰な武装を選んだのか? 接近戦ならば、太刀の方が扱いやすいはずだ。
 レーザー攻撃を放った〈銀狼丸・黄金刃〉は、依然として床に転がっている。
 導き出される答は――
(転送できるんは、鞘に納刀されとる得物だけ……)
 鞘自体に転送用の仕掛けがあるのか、あるいはエネルギーがチャージされているかだ。
 これまで園衛が使い捨てにした刀剣は四本。アズハが知っている他の武器は、長巻と伸縮大剣。どちらも閉鎖環境では使い難い得物だ。武器として選択肢に入らないと考えられる。
 残り三本、何が飛び出すか分かったものではない。
(だがウチとて、手の内を全て見せたワケやない……。お互い様や)
 互いの奥の手に対応できなかった者が――負ける。
 先に動いたのは、園衛の方だった。
「討魔刀法! 連山!」
 何を思ったか、園衛はメイスを床に振り下ろした。
 直後、床全面に浸透した衝撃波がコンクリートを破砕! 平らな床面は轟音を立てて崩壊し、隆起した。それは山々が生まれ出でるがごとく!
「チィッ! 足場崩しかァ!」
 アズハ、跳躍し隆起したコンクリート塊に乗る。
 そこへ、砕かれた鉄筋コンクリート塊が飛来した。礫ではない。直径50cmを超す塊が、砲弾となって向かってきたのだ。
「なんやてーーーーっ!」
 驚愕しつつも、アズハは反応してみせた。
 コンクリート弾を回避し、飛び越え、闇の中で園衛を捉えた。
 なんたることか。園衛は隆起した床面を、メイスで叩いて打ち出している。! さながら野球のノックのように!
(やっぱメスゴリやないけ! こンのババァーーーーッッッ!)
 これのどこが刀法なのか、というツッコミは喉の奥に飲み込む。それどころではない。一発でも当たれば内臓破裂は必至だ。避けて避けて避けて避けながら、アズハも飛び道具で反撃する。
「ショット! スプレッド!」
 ボイスコマンドを入力。腕部OSPからノーモーションでメタマテリアル弾を連射した。
 これ自体に殺傷能力はなく、当たってもガスガンで撃たれた程度の痛みしかなく、せいぜい牽制にしかならない。
 だが電磁射出であるがゆえ、園衛の体を防御する霞の鎧に干渉し、激しく発光した。
「ムッ……」
 園衛は目くらましで視界を阻まれ、コンクリート弾の打出が止まった。
 この機に間合いを詰めんとした矢先、園衛はメイスを投棄。再び手元が青白く光るのが見えた。別の武器を召喚しているのだ。
 まだ接近しきっていないアズハを迎撃するとしたら、飛び道具がくる――と予測した。
「柳生忍法! 山百合っ!」
 アズハはボイスコマンドでドローン式神を放出。百合の花を象った防御フォーメーションを組ませて、周囲に展開した。
 読んだ通り、園衛が刀剣を投擲! 闇を斬って飛来した雷光十文字がドローン式神の防壁に食い込み、激しくスパークした。
 投擲されたのは、小太刀二刀を組み合わせた大型の十字手裏剣だった。
 この一対の兄弟小太刀〈百鬼〉と〈百士〉は合体、変型することで多用途に用いられる変幻自在の刀剣であった。
 これで、園衛の使える刀は一刀のみ!
「勝ォ機ィッ!」
 この瞬間に全てを賭けると決意して、アズハは全てのドローン式神を放出した。
 闇の中に舞い踊るように、アズハは翡翠の花を宙空に咲かせた。その数、四十九。死者が冥府にて、極楽に昇るか地獄に堕ちるかの裁定を迎える日数と同じ。
 これより開始されるのは、冥府へ続く黄泉路の解放ォ――。
「唸れ次蕾夜! 燃えよ阿火影! 咲き誇れっ! 千紫万紅(せんしばんこう)ォ!」
 ボイスコマンドの入力により発動するは、小豆畑流柳生忍術の究極奥義・千紫万紅。
 二刀の変幻忍者刀が赤く変色し、メタマテリアルの活性値を高め、己が刀身を極限まで鋭く再錬成した。
 四十九の翡翠花はアズハの姿を投映し、四十九体の分身となって、園衛めがけて一斉に襲い掛かる!
 この夜に散るアズハという仇花が、最期に咲かせる花のように、四十九体の分身と共に満開に咲き誇るが、千紫万紅の術であった。
「今宵がお前の命日ィッッッッ!」
 決死の覚悟にて斬り込むアズハ。
 カチリと奥歯を噛み締めて、分身ともども最大加速で襲い掛かる。
 分身を含め合計五十体のアズハが、翡翠色の残像で闇に舞う。この一瞬で本物を見分けるのは不可能だ。50連の同時斬撃を回避することもまた、不可能。
 これに人間が対処できるわけがない。
 そう――人間技ならば。
 対する園衛は、金色に光る眼を閉じた。
 人の目を捨て、心眼にて真贋を見極める。
 手元に呼び出す最後の一刀は、弐の太刀〈密林・隼王丸〉。細見の直刀であり、斬撃よりも突きを主体とした刀剣だった。
 四方八方から押し寄せる多重分身斬の中に、園衛はただ一つの心音を聞いた。
 瞑想の闇の中に、青白い炎が見えた。
 それは機械にはない、確かな熱情と、己に向けられた憎悪だった。
 人の血の気配、人の血の温かさを心眼が見抜き――駿……と隼の落ちる音がした。
 隼とは、自然界で最も速く、正確な急降下にて獲物を一撃で仕留める猛禽類である。
「討魔刀法――隼」
 園衛の呟きは、対手への礼であった。
 アズハは礼に値する対手であったと、園衛は本心から認めていた。
 落下の音が響いた時には、勝敗は決していた。
「今宵は……ウチの命日……かいな」
 アズハの左胸に、刺突の切っ先が突き刺さっていた。
 四十九の花が散る。稼働電力の全てを注ぎ込んだ千紫万紅の花々は、その力を失って落下していった。
 斬撃をカウンターで阻まれたアズハは、ふらつきながら園衛の横を通り過ぎた。
「はぁ……っ! 届かず……至らず……口惜しや……!」
 アズハの胸から、〈隼王丸〉が抜け落ちた。
 傷は深くはない。だが、もう戦う力はなかつた。手負いの状態で園衛と強引に戦闘を続行しても、結果は知れている。
 ――終わった。
 全てが終わった。
 この仕事も、忍者としての全てを賭けた戦いも、敗北に終わった。
 アズハは頭の奥に、何か得体の知れない重みが圧し掛かるのを感じた。
 これがきっと、敗北感なのだと――認めたくなくとも、認めるしかなかった。
「はぁ……クソがぁ……っ!」
「どうする? 続けるか、ここで止めにするか――」
「冗談……抜かせぇ……っ!」
「お前が死ぬと、空理恵が悲しむのでな」
「は!勝ったと思って……余裕ぶっこきやがってぇ……腹立つわぁ……っ」
 アズハは後歩きに、先程のレーザー攻撃で空いた壁の穴を目指した。
 負けを認めるのは尺だ。かといって憎い相手に命乞いなど冗談ではない。論外だ。絶対にあり得ない。
 だから、選ぶ道は一つしかなかった。
「花は潔くな……パァ――ッと散るモン、やでぇ……っ!」
 懐から取り出す、自決用の爆火筒。
 その点火スイッチを押して、アズハは東京湾に身を投げた。
「ほな……さいなら!」
 口元に虚勢を笑みを浮かべて、少女は闇の海へと落ちる。
 爆発の轟音と噴煙は、ほんの一瞬――それでも、人体を粉微塵に吹き飛ばすには十分なものだった。
 仇花が、炎の中で散華した。
 儚き生の最後に盛大に咲いた花が、枯れる姿を残さぬように、我が身を焼いて消えていった。
 爆風が過ぎ去った後を、園衛は遠くから見つめた。
「あの娘……」
 大穴を覗こうとはしない。海を見下ろそうとはしない。廃墟の中から、アズハという少女の痕跡を辿るのみ。
 園衛は未だ油断していなかった。
 海面にボトボトと何かが落ちる音がした。海風に衣服の欠片が舞い上がるのが見えた。
 そして硝煙の臭いを嗅いで、なぜか園衛は納得したような顔をした。
「他の者ならいざ知らず……。アレで私を欺けると思ったのか? 負けず嫌いめ……」
 呆れたように呟いて、園衛はアズハの消えた大穴に背を向けた。
 感傷に浸る意味がない。障害はもう消えた。あれの仕事はもう終わった。
 今はただ、先を急ぐのみだった。
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