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第三話
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ44
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首都の上層を走る高速道路は、下界と切り離された世界だった。
いつもなら都会の喧騒と排気ガスにまみれた高速道から、人と車が消えている。
首都高速湾岸線、午後8時。
オレンジ色の街灯と、首都の光に照らされる路上を徘徊するのは人ならざる者たち。
手足が千切れかけ、知性を欠いた眼差しの改造人間たちが、あてもなく彷徨う様は正しく百鬼夜行だった。
彼らは不完全な再生状態で量産された、時間稼ぎの障害物でしかない。
劣化再生されたCクラス改造人間の衰え切った脳ミソでは、単純な命令の遂行すら困難だった。
道路脇の自動運転補助標識が発する微かな電波信号を頼りに、同じ場所を右から左に、あるいは前後に歩き回るだけであった。
そんな歩く死者の一体――サイ型改造人間、ライノシェイカー。
その堅牢な生体装甲は無惨に劣化し、ささくれてボロボロと表面が垢のごとく剥がれ落ちている。
ふと、ライノシェイカーが足を止めた。
「ブレェ……?」
何かを感じ取ったのか、湾岸線の下り方向に目を向けた
次の瞬間、
ライノシェイカーの肉体が真っ二つに裂けた。
胴体から上下二つに引き裂かれ、宙を舞う巨体。直後、乾いた発砲音と着弾破砕音が高速道の壁に反響した。
異変に反応した他の改造人間も同様に、次々と肉体を撃ち抜かれて、石灰となって朽ち果てていった。
そして湾岸線の下り方向から、猛スピードが黒い影が駆け抜けていった。
風に舞い上がる石灰を巻いて、後には硝煙の臭いが残る。
南郷の乗る〈タケハヤ〉が、天上の湾岸線を疾走していた。
35mm機関砲による狙撃で、進路上の改造人間を排除している。
デルタムーバー用の機関砲は短砲身に切り詰められているとはいえ、砲身長は2メートル近い。
サイズ的にオートバイと変わらない〈タケハヤ〉には、あまりにも大きく、あまりにも重い武装だった。
反動も大きく、〈タケハヤ〉はバイク形態でありながら腕部を展開してグリップを保持していた。
そして走行中の射撃は命中精度も低い。
AIによる火器管制により、ハードウェアと現実との辻褄を強引に合わせているのが現状だった。
『着弾誤差修正 単射モード 継続 ターゲット ロックオン』
〈タケハヤ〉からのアナウンスと共に、南郷のヘルメット内に前方500メートルの敵集団が拡大表示された。
現在、こちらは時速150キロメートルで走行している。街灯の光が、世界が、遥か背後に流れていく。
「――撃て」
『ファイア』
南郷はハンドルを握り、体重をかけて、発砲の反動でブレる車体を力づくで抑え込んだ。
しかしハードスキンの撃破を目的とした機関砲の火力は、マイナス面を補って余りある。
相手が改造人間だろうが一撃必殺のオーバーキル。
単発狙撃――砲口発火、排莢。
望遠映像の奥で改造人間が灰になって弾け飛び、数秒後には〈タケハヤ〉がその灰を突っ切って過去のものとした。
南郷はただ、未来に向けて加速していく。
行き止まりの未来に向かって。7年前にとっくに死んでいた自分が、戦いの終わり、人生の終わりに、生からの解放に向かってひた走る。駆け抜ける。
過去をスピードと重力のどん底に置き去りにする、夜天疾走。
アクセルは緩めない。ブレーキには手をかけない。
運転はほとんど機械任せだが、停止命令は出さない。
日和らない。妥協しない。優しさはいらない。守るものもいらない。
昨日も今日も明日もいらない。捨ててしまえ。
全てを過去に捨て去った果てにこそ、極限の強さがある。
そうしなければ、勝てない相手がいる。
だから捨てる。必要だから捨てて、身軽になって、解き放たれた自由の刃を振るうことが出来る。
走行の果てに待つのは涅槃なものか。安寧なものか。
ただ、生き続けるよりは少しだけマシな地獄があるはずだ。生という呪縛からの解放があるはずだ。
撃ちてし止まず、撃ちてし止まず。
死体の山を突きぬけて、止まらずそのまま十万億土の彼方を目指す。
南郷十字は仮面の奥で笑みを浮かべていた。
黒い弾丸と化した南郷と〈タケハヤ〉が、葛西ジャンクションを越えた。
この速度を維持すれば、目的の芝浦までは10分とかからない。
『アラームメッセージ 動体反応 後方から急速接近』
「あぁ?」
妙な警告、南郷が右目をしかめた直後、何かがジャンクションから飛び降りた。
南郷の真後ろの道路上に、大型の改造人間が着地するや、猛烈な速度でこちらを追いかけてきた。
「サッザァァァァァァ! クロォォォォォォォォす!」
改造人間が叫んでいる。萎えた脳ミソにこびりついた憎悪を吐き出すように、言葉を成さない奇声で南郷の異名を呼んでいた。
南郷は、〈タケハヤ〉から送られた後方監視映像を確認した。
3メートル級の大型改造人間が、四足動物めいた姿勢で疾走。こちらを猛追している。
『スキャニング Cクラス改造人間 ラピッドラビット』
ラピッドラビット――その名の通り、高速移動を得意としたウサギ型改造人間だ。
だが、単に足が速いというワケではない。
その能力は――
『アラームメッセージ! 敵 改造人間 更に一体を確認!』
「な、に?」
思考を中断して、南郷は後方映像を再確認した。
ラピッドラビットの背に、もう一体いる。
曲刀を担いだ、カマキリの改造人間――シミタ-マンティス。
決して忘れ得ぬ因縁の相手との再会に、南郷の口元が緩んだ。
「フ……また俺に殺されにきたのか、オカマ野郎……!」
懐かしき憎悪と侮蔑とに脳髄が痺れる。
南郷は更に〈タケハヤ〉を加速させたが、ラピッドラビットは瞬く間に真横に併走してきた。
その背に立つシミタ-マンティスが、笑うように小首を傾げた。
「アハァン♪ おひさァ~♪ サザンクロスちゃあん!」
やけに、興奮した口調だった。
宿敵と会えたことに歓喜しているのか、あるいは焦っているのか。
シミタ-マンティスの姿は、表皮が所々破れて筋肉が露出している。肉体の崩壊により、残り時間がないことが伺えた。
いや、それすらも生命のエンジンを燃やす添加剤として歓迎しているのだ。
こいつに生への執着は微塵もない。戦斗の中で燃え尽きるのを何よりも望んでいる。
生きていた頃から、そういう改造人間だった。
「そいやァッ!」
シミタ-マンティスが予備動作なしに曲刀を振り下ろした。
速い一閃だが、対応できない速度ではなかったし、予測も出来た。
高速戦闘の路上に火花が散って、南郷は後部カーゴから引き抜いたライフルの装甲板で剣戟を逸らしていた。
南郷はハンドルから手を放しているが、姿勢制御は〈タケハヤ〉自身がオートでやってくれる。
「……邪魔だな、お前」
「あァァったりマエでしょォォォォォォォッッ? アタシ邪魔するためにここに置かれてンだからサァァーーーーーッ!」
走行中でありながら、シミタ-マンティスと肉薄していた。至近戦闘を強いられている。
機関砲の長砲身が災いして〈タケハヤ〉は腕を動かせない。かといって、南郷にもシミタ-マンティスを振り払う腕力はない。
衰えているとはいえ、改造人間の膂力は常人を超えている。
高速道路は海上の橋を越え、夢の島方面へと入っていた。
南郷が使用時間に制限のあるMMEを抜くべきか逡巡した時、ラピッドラビットの体が微細に震動し、ほのかに赤く光っていることに気付いた。
「うっ……?」
「心当たりあるでしょォ? ラビットラピッドの固有能力は物体の加速ゥ! 自分の筋肉を高速運動させることで早く走れるしぃ、神経伝達を加速させれば高速で反応できる! そして自己の細胞を加速させ続けたらどうなるかァ!」
シミタ-マンティスが切り返す。
それを銃撃で捌いて、南郷は僅かに相対距離を空けた。
出来るだけ、離れたかった。
だがラピッドラビットは更に細胞を加速させて、こちらを追い抜かんばかりに食いついてきた。
「サザァァァァァ! シィネェェェェェェェェ!」
萎えた頭に残った南郷への憎悪が肉体を駆動させているのか。
シミタ-マンティスが、肺腑の底から漏れるように哄笑した。
「ハハハハァーーッ! そうヨ! 分子加速の果ての熱量増加と大・爆・発♪ 正しくデッドエンドに向かってデッドヒートねぇ~~っ、サァザンクロスゥ! あたしってば二回も死んだのに、最後の最後でチャンス! 心中チャンス! 愛しのアナタにアタック☆チャンス! 幸☆運☆ゲットしちゃったわぁ~~~んっ! はははははははははは!」
「チッ……」
「死闘の果てに愛する宿敵と文字通り燃え尽き果てる! これぞ武士の誉れよ! 剣者として最ッ高の死に花よ! あぁ~~っっ! 死んでて良かったァ~~~~ッッッ! ははははははははは!」
束の間に生を飲み干し、瞬転の死に酔い死れる改造人間の狂った笑いと咆哮が、二人きりの首都回廊に残響した。
(うっぜぇ……)
南郷は内心、冷やかに毒づいた。
生きていた頃から粘着してくるこのカマキリには、心底ウンザリさせられる。ラピッドラビットの細胞加速の果てに何が待っているのかは、南郷も言われるまでもなく承知の上だった。
奴が爆発するまでに片を付けなければならない。
シミタ-マンティスの斬撃を捌き、射撃で牽制し、走行戦闘は辰巳ジャンクションを越えた。
目的地の芝浦まで、もう2分とかからない。
ラピッドラビットはもはや赤熱状態だった。爆発寸前だった。逃げ切るのは不可能だ。敵は常に〈タケハヤ〉の10メートル以内にいる。爆発すれば、半径50メートルは熱と衝撃波で破壊される。
タイムリミットは近い。
東雲ジャンクションを突っ切り。レイボーブリッジ方面へと車線変更。当然。ラピッドラビットも追随してくる。二輪駆動で重装備のこちらと異なり、四足走行の敵はほとんど速度を落とさない。真後ろに食いついてくる。
「タケハヤ、進行方向上のマップデータを表示」
『イエッサー』
ナビゲーション用の高速道路図がHMDに表示された。
レインボーブリッジには、大きなカープが二か所ある。
(一つ目は緩い……狙うなら二つ目……!)
南郷は即座に現状打破の戦術を構築した。
「タケハヤ、敵の自爆までの予測時間」
『30秒です』
「誘導弾アクティブ。合図で全弾発射」
『イエッサー』
軽いカーブを抜けて、ついに〈タケハヤ〉とラピッドラビットはレインボーブリッジの直線に入った。
僅か500メートルたらずの直線道路で更に加速、フルスロットルで駆け抜ける時速200キロメートル。
ラピッドラビットもまた目を血走らせて、極限の細胞加速に突入した。
「アァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
溶けながら、燃えながら、狂った走兎は憤怒の叫びを上げていた。
炎が尾となって道路に赤い死線を描き、火宅のごとき地獄の上でシミタ-マンティスは笑っていた。
「ははははははははは! もうそろそろ店じまいねぇ! 改造人間絶対殺すマンのサザンクロスもォ! これにてサービス終了ォ! 長らくのご愛好ありがとうございますデスどわぁぁぁぁぁぁぁぁッ! ズワォ!」
奇声と共に繰り出されたシミタ-マンティスの最後の一刀が、南郷のライフルを切断した。
赤い火花が飛び散って、同時にシミタ-マンティスの曲刀も折れ果てた。
虹色にライトアップされたブリッジ海上部を駆け抜ける、この一瞬。
ラピッドラビットの全身が焼かれた餅のように膨張した。
破裂する。爆発する。一切合切、燃えて果てて消えていくとき、
〈タケハヤ〉は芝浦ふ頭に到達した瞬間に、必殺の時流きたり。
「――発射」
マップ上の急カーブに突入する寸前、南郷は静かに呟いた。
〈タケハヤ〉の左肩ハードポイントに装備された高機動誘導弾ポッドが、その中身を全て夜空にバラ撒いた。
『アイハブコントロール』
〈タケハヤ〉の火器管制により、誘導弾は空中で姿勢制御、一斉に直下のラピッドラビットめがけて降り注いだ。
高機動誘導弾は、本来は対戦車用の武装だ。
グレネード弾程度の小型ミサイルを使用し、外部誘導によって敵車両に対してトップアタックを行う。AIは正確に誘導弾を敵車両のハッチや履帯、排気口といった脆弱な部分めがけて撃ち込む。
だが、距離が近すぎた。
近接防御用としては想定されてない誘導弾は、ラピッドラビットの前後左右に無秩序に降り注ぐのみだった。
爆炎の中で、シミタ-マンティスが哄笑した。
「はははははははは! 悪あがきはやめなさいな! 諦めてェ! あたしと一緒にゴォーートゥーーーーへ――――」
笑いの途中で、シミタ-マンティスが違和感に気付いた。
常に冷静に戦況を分析し、いかなる不利な状況からでも逆転を決めてきたのが、サザンクロスという戦鬼。
そんな殺戮マシーンが、何も考えずにこんな派手な攻撃をするワケが――
すとん、とシミタ-マンティスの体が重力に引かれて20cmほど沈んだ。
ラピッドラビットの両前足が切断され、体全体が沈み込んだのだ。騎乗しているシミタ-マンティスも同様に沈んだ。
〈タケハヤ〉の二輪基部から射出された有線式キネティック・デバイスは、爆炎に紛れて単分子ワイヤーをラピッドラビットの前足に絡みつけ、切断していた。
「――わぁお♪」
シミターマンティスは南郷の意図を悟り、感嘆の声を上げた。
誘導弾の乱射は目くらまし――それだけではなかった。
周囲にバラ撒かれた誘導弾は路面を破砕し、カーブにさしかかったガードレールとフェンスをも粉砕していたのだった。
ラピッドラビットを止めるものは、もう何もない。
切断された両脚では制動も効かず、凸凹に破壊された路面に顔面を擦り、加速のままに回転して、シミタ-マンティス諸共に高速道路の外へ放り出された。
夜天に燃える狂い兎が飛翔して、真っ赤に膨らみ、破裂した。
「ギィァァァァァァァァァアアア!」
断末魔の絶叫の共に、直径100メートルの火球が爆ぜた。
ゆりかもめのループ部分に、爆炎火球がすっぽりと収まっていた。
爆発に巻き込まれたシミタ-マンティスは四散し、その頭部は燃えながら灰に変わっていく。
「ははははは……! 。これぞ剣者の仕合わせ……ヨ」
勝敗なぞ関係ない。過程を満喫した。それは束の間の、仮初の生への感謝の声。
戦いの結果に充足したように、改造人間は三度目の死を迎えた。
一方、〈タケハヤ〉は空になった誘導弾ポッドをパージ。スタンディングモードに変型し、旋廻運動とブレーキ、更にスラスターの併用で制動をかけた。
100メートルのカーブを回転ドリフトのごとく曲がり切って、ようやく〈タケハヤ〉は停止した。
背部シートに跨る南郷は、バイザーの奥で火球を見上げた。
巨大な火球は炎上しながら、ゆっくりと海面に落ちていく。
「ふぅっ……どんだ座興だったな」
溜息を吐き捨て、南郷は芝浦ふ頭に機首を向けた。
本番は、まだこれからだ。
火球が盛大に弾けたのを、やや離れた上空から〈綾鞍馬〉が観測していた。
〈綾鞍馬〉と視覚を同調させた園衛は、彼の行く目的地を確信した。
「やはり……そこに行くのか南郷くん」
園衛は、首都高都心環状線の路上にいた。傍らには、大小五刀を背負った〈雷王牙〉もいた。
場所は浜崎橋ジャンクション。南郷の通った湾岸線とは反対方向だった。
ここに当たりをつけた理由は、南郷と同じだ。
まるで芝浦ふ頭に誘うように電波障害が発生している。
そして、同様に高速道路上には半死半生の改造人間どもが徘徊していた。
「時間稼ぎ……なのだろうな。私のような邪魔者を阻み、かつ右大さんが戦闘準備を整えるための……」
芝浦方面に続く二車線の窮屈な高速道には、等間隔に妨害用の改造人間が配置されているのが見えた。これらをいちいち相手にしていては、南郷との合流は困難だ。
かといって、両側をビルに阻まれた狭い高速道路上で迂回できるルートはない。
一般道は渋滞で糞詰まりを起こしており、そこで一戦繰り広げるなど冗談ではなかった。
「さて……どうするかな」
消耗を覚悟で強引に突破するか、それとも切り札を使うべきか……。
思案しつつポケットの中の切り札を擦っていると、傍らの〈雷王牙〉が唸り声を上げた。
何かに気付いて、警戒している。
「ン、どうした?」
園衛もまた神経を尖らせて、気配を探った。
背後に……邪気を感じた。
幽霊のような改造人間とは違う。より大きく、濃い暗闇の気配だった。
冷たい猫舌で首筋を舐められたような錯覚が走る。
警戒して、振り返る。
気配の主は、隠れもせずに、堂々と道を歩いていた。
ビルの隙間を縫う路上にして、都市の灯りにぼぅっと浮かぶ少女の影――見覚えがあった。
「お前……」
訝しむ園衛を余所に、少女は涼しげに手を振った。
「こんばんは~、園衛様」
鈴の鳴るような可憐な声に、緊張感は一切ない。
少女の正体は、東瀬織――場違いなことに、制服姿のままだった。
「どうしてお前がここにいる? それに、なんだその格好……」
「お仕事、頼まれたのですよ。しかも学校帰りに……」
瀬織は肩をすくめて、溜息混じりに説明を始めた。
「右大鏡花さん……でしたか? 夕方、わたくしと景くんが下校してましたら、血相変えてやって来たんですのよ。お金の入った封筒を持って」
「鏡花が?」
「はい。『貯金全部降ろしてきたから、園衛様を助けてほしい』と」
「あいつ……」
園衛は困り顔で前髪をかき上げた。
鏡花なりに責任を感じていたのだろう。南郷のことを誤解していたと気づいて、彼を死地に追いやってしまった自責の念にかられて、こういう手段に出たのだろう。
確かに瀬織は戦力としては強力だが、巻き込むのは不本意だ。
現代で一人の少女として生きている瀬織を、自分たちの厄介事に巻き込むなど冗談ではない。
「この戦い……お前が関わるべきでは……」
園衛は瀬織を追い返すつもりだったが、当の瀬織は楽しげに笑っていた。
「くくくくく……たまりませんわねえ。いつも冷静ぶってる鏡花さんが、泣きそうな顔で……ヒヒッ……わたくしに縋り付いてきたんですよぉ? 『これは私個人として頼む仕事です! 助けてください! お願いします!』……ってぇ。あぁ~~……無様で惨めで、本当に愉快ぃ……」
「で、お前はそれを引き受けた……と」
「ん~~? 本当は受けたくなかったんですけどねぇ~? 神様にお願いするには誠意が足りませんわねぇ~~? 誠意ってなんですかしら~~? 地べたに頭擦りつけて土下座したら考えてあげますわよ~~? って鏡花さんのこと苛めていたら、景くんがあ……」
要するに、仕事を受ける気のない瀬織は鏡花を弄んでいたが、見かねた景が「かわいそうだよ……引き受けてあげなよ」とか口を挟んで、瀬織は仕方なく仕事を請けた……というわけだ。
瀬織は性悪とはいえ、本質が神なのだ。自分を信じる人間のお願いは断れないのだろう。
「――と、いうワケでぇ」
瀬織が首をくいっと上げると、それに呼応してビルの壁面から巨体が路上に着地した。
サソリ型戦闘機械傀儡〈マガツチ改〉であった。
眷属であり、己が機能拡張装置たる〈マガツチ改〉を傍らに従え、瀬織は唇を指でなぞった。
「それではぁ……お賽銭に見合ったお仕事……しましょうかあ♪」
ビルの谷間の光の中で、人外の少女が残酷に笑った。
いつもなら都会の喧騒と排気ガスにまみれた高速道から、人と車が消えている。
首都高速湾岸線、午後8時。
オレンジ色の街灯と、首都の光に照らされる路上を徘徊するのは人ならざる者たち。
手足が千切れかけ、知性を欠いた眼差しの改造人間たちが、あてもなく彷徨う様は正しく百鬼夜行だった。
彼らは不完全な再生状態で量産された、時間稼ぎの障害物でしかない。
劣化再生されたCクラス改造人間の衰え切った脳ミソでは、単純な命令の遂行すら困難だった。
道路脇の自動運転補助標識が発する微かな電波信号を頼りに、同じ場所を右から左に、あるいは前後に歩き回るだけであった。
そんな歩く死者の一体――サイ型改造人間、ライノシェイカー。
その堅牢な生体装甲は無惨に劣化し、ささくれてボロボロと表面が垢のごとく剥がれ落ちている。
ふと、ライノシェイカーが足を止めた。
「ブレェ……?」
何かを感じ取ったのか、湾岸線の下り方向に目を向けた
次の瞬間、
ライノシェイカーの肉体が真っ二つに裂けた。
胴体から上下二つに引き裂かれ、宙を舞う巨体。直後、乾いた発砲音と着弾破砕音が高速道の壁に反響した。
異変に反応した他の改造人間も同様に、次々と肉体を撃ち抜かれて、石灰となって朽ち果てていった。
そして湾岸線の下り方向から、猛スピードが黒い影が駆け抜けていった。
風に舞い上がる石灰を巻いて、後には硝煙の臭いが残る。
南郷の乗る〈タケハヤ〉が、天上の湾岸線を疾走していた。
35mm機関砲による狙撃で、進路上の改造人間を排除している。
デルタムーバー用の機関砲は短砲身に切り詰められているとはいえ、砲身長は2メートル近い。
サイズ的にオートバイと変わらない〈タケハヤ〉には、あまりにも大きく、あまりにも重い武装だった。
反動も大きく、〈タケハヤ〉はバイク形態でありながら腕部を展開してグリップを保持していた。
そして走行中の射撃は命中精度も低い。
AIによる火器管制により、ハードウェアと現実との辻褄を強引に合わせているのが現状だった。
『着弾誤差修正 単射モード 継続 ターゲット ロックオン』
〈タケハヤ〉からのアナウンスと共に、南郷のヘルメット内に前方500メートルの敵集団が拡大表示された。
現在、こちらは時速150キロメートルで走行している。街灯の光が、世界が、遥か背後に流れていく。
「――撃て」
『ファイア』
南郷はハンドルを握り、体重をかけて、発砲の反動でブレる車体を力づくで抑え込んだ。
しかしハードスキンの撃破を目的とした機関砲の火力は、マイナス面を補って余りある。
相手が改造人間だろうが一撃必殺のオーバーキル。
単発狙撃――砲口発火、排莢。
望遠映像の奥で改造人間が灰になって弾け飛び、数秒後には〈タケハヤ〉がその灰を突っ切って過去のものとした。
南郷はただ、未来に向けて加速していく。
行き止まりの未来に向かって。7年前にとっくに死んでいた自分が、戦いの終わり、人生の終わりに、生からの解放に向かってひた走る。駆け抜ける。
過去をスピードと重力のどん底に置き去りにする、夜天疾走。
アクセルは緩めない。ブレーキには手をかけない。
運転はほとんど機械任せだが、停止命令は出さない。
日和らない。妥協しない。優しさはいらない。守るものもいらない。
昨日も今日も明日もいらない。捨ててしまえ。
全てを過去に捨て去った果てにこそ、極限の強さがある。
そうしなければ、勝てない相手がいる。
だから捨てる。必要だから捨てて、身軽になって、解き放たれた自由の刃を振るうことが出来る。
走行の果てに待つのは涅槃なものか。安寧なものか。
ただ、生き続けるよりは少しだけマシな地獄があるはずだ。生という呪縛からの解放があるはずだ。
撃ちてし止まず、撃ちてし止まず。
死体の山を突きぬけて、止まらずそのまま十万億土の彼方を目指す。
南郷十字は仮面の奥で笑みを浮かべていた。
黒い弾丸と化した南郷と〈タケハヤ〉が、葛西ジャンクションを越えた。
この速度を維持すれば、目的の芝浦までは10分とかからない。
『アラームメッセージ 動体反応 後方から急速接近』
「あぁ?」
妙な警告、南郷が右目をしかめた直後、何かがジャンクションから飛び降りた。
南郷の真後ろの道路上に、大型の改造人間が着地するや、猛烈な速度でこちらを追いかけてきた。
「サッザァァァァァァ! クロォォォォォォォォす!」
改造人間が叫んでいる。萎えた脳ミソにこびりついた憎悪を吐き出すように、言葉を成さない奇声で南郷の異名を呼んでいた。
南郷は、〈タケハヤ〉から送られた後方監視映像を確認した。
3メートル級の大型改造人間が、四足動物めいた姿勢で疾走。こちらを猛追している。
『スキャニング Cクラス改造人間 ラピッドラビット』
ラピッドラビット――その名の通り、高速移動を得意としたウサギ型改造人間だ。
だが、単に足が速いというワケではない。
その能力は――
『アラームメッセージ! 敵 改造人間 更に一体を確認!』
「な、に?」
思考を中断して、南郷は後方映像を再確認した。
ラピッドラビットの背に、もう一体いる。
曲刀を担いだ、カマキリの改造人間――シミタ-マンティス。
決して忘れ得ぬ因縁の相手との再会に、南郷の口元が緩んだ。
「フ……また俺に殺されにきたのか、オカマ野郎……!」
懐かしき憎悪と侮蔑とに脳髄が痺れる。
南郷は更に〈タケハヤ〉を加速させたが、ラピッドラビットは瞬く間に真横に併走してきた。
その背に立つシミタ-マンティスが、笑うように小首を傾げた。
「アハァン♪ おひさァ~♪ サザンクロスちゃあん!」
やけに、興奮した口調だった。
宿敵と会えたことに歓喜しているのか、あるいは焦っているのか。
シミタ-マンティスの姿は、表皮が所々破れて筋肉が露出している。肉体の崩壊により、残り時間がないことが伺えた。
いや、それすらも生命のエンジンを燃やす添加剤として歓迎しているのだ。
こいつに生への執着は微塵もない。戦斗の中で燃え尽きるのを何よりも望んでいる。
生きていた頃から、そういう改造人間だった。
「そいやァッ!」
シミタ-マンティスが予備動作なしに曲刀を振り下ろした。
速い一閃だが、対応できない速度ではなかったし、予測も出来た。
高速戦闘の路上に火花が散って、南郷は後部カーゴから引き抜いたライフルの装甲板で剣戟を逸らしていた。
南郷はハンドルから手を放しているが、姿勢制御は〈タケハヤ〉自身がオートでやってくれる。
「……邪魔だな、お前」
「あァァったりマエでしょォォォォォォォッッ? アタシ邪魔するためにここに置かれてンだからサァァーーーーーッ!」
走行中でありながら、シミタ-マンティスと肉薄していた。至近戦闘を強いられている。
機関砲の長砲身が災いして〈タケハヤ〉は腕を動かせない。かといって、南郷にもシミタ-マンティスを振り払う腕力はない。
衰えているとはいえ、改造人間の膂力は常人を超えている。
高速道路は海上の橋を越え、夢の島方面へと入っていた。
南郷が使用時間に制限のあるMMEを抜くべきか逡巡した時、ラピッドラビットの体が微細に震動し、ほのかに赤く光っていることに気付いた。
「うっ……?」
「心当たりあるでしょォ? ラビットラピッドの固有能力は物体の加速ゥ! 自分の筋肉を高速運動させることで早く走れるしぃ、神経伝達を加速させれば高速で反応できる! そして自己の細胞を加速させ続けたらどうなるかァ!」
シミタ-マンティスが切り返す。
それを銃撃で捌いて、南郷は僅かに相対距離を空けた。
出来るだけ、離れたかった。
だがラピッドラビットは更に細胞を加速させて、こちらを追い抜かんばかりに食いついてきた。
「サザァァァァァ! シィネェェェェェェェェ!」
萎えた頭に残った南郷への憎悪が肉体を駆動させているのか。
シミタ-マンティスが、肺腑の底から漏れるように哄笑した。
「ハハハハァーーッ! そうヨ! 分子加速の果ての熱量増加と大・爆・発♪ 正しくデッドエンドに向かってデッドヒートねぇ~~っ、サァザンクロスゥ! あたしってば二回も死んだのに、最後の最後でチャンス! 心中チャンス! 愛しのアナタにアタック☆チャンス! 幸☆運☆ゲットしちゃったわぁ~~~んっ! はははははははははは!」
「チッ……」
「死闘の果てに愛する宿敵と文字通り燃え尽き果てる! これぞ武士の誉れよ! 剣者として最ッ高の死に花よ! あぁ~~っっ! 死んでて良かったァ~~~~ッッッ! ははははははははは!」
束の間に生を飲み干し、瞬転の死に酔い死れる改造人間の狂った笑いと咆哮が、二人きりの首都回廊に残響した。
(うっぜぇ……)
南郷は内心、冷やかに毒づいた。
生きていた頃から粘着してくるこのカマキリには、心底ウンザリさせられる。ラピッドラビットの細胞加速の果てに何が待っているのかは、南郷も言われるまでもなく承知の上だった。
奴が爆発するまでに片を付けなければならない。
シミタ-マンティスの斬撃を捌き、射撃で牽制し、走行戦闘は辰巳ジャンクションを越えた。
目的地の芝浦まで、もう2分とかからない。
ラピッドラビットはもはや赤熱状態だった。爆発寸前だった。逃げ切るのは不可能だ。敵は常に〈タケハヤ〉の10メートル以内にいる。爆発すれば、半径50メートルは熱と衝撃波で破壊される。
タイムリミットは近い。
東雲ジャンクションを突っ切り。レイボーブリッジ方面へと車線変更。当然。ラピッドラビットも追随してくる。二輪駆動で重装備のこちらと異なり、四足走行の敵はほとんど速度を落とさない。真後ろに食いついてくる。
「タケハヤ、進行方向上のマップデータを表示」
『イエッサー』
ナビゲーション用の高速道路図がHMDに表示された。
レインボーブリッジには、大きなカープが二か所ある。
(一つ目は緩い……狙うなら二つ目……!)
南郷は即座に現状打破の戦術を構築した。
「タケハヤ、敵の自爆までの予測時間」
『30秒です』
「誘導弾アクティブ。合図で全弾発射」
『イエッサー』
軽いカーブを抜けて、ついに〈タケハヤ〉とラピッドラビットはレインボーブリッジの直線に入った。
僅か500メートルたらずの直線道路で更に加速、フルスロットルで駆け抜ける時速200キロメートル。
ラピッドラビットもまた目を血走らせて、極限の細胞加速に突入した。
「アァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
溶けながら、燃えながら、狂った走兎は憤怒の叫びを上げていた。
炎が尾となって道路に赤い死線を描き、火宅のごとき地獄の上でシミタ-マンティスは笑っていた。
「ははははははははは! もうそろそろ店じまいねぇ! 改造人間絶対殺すマンのサザンクロスもォ! これにてサービス終了ォ! 長らくのご愛好ありがとうございますデスどわぁぁぁぁぁぁぁぁッ! ズワォ!」
奇声と共に繰り出されたシミタ-マンティスの最後の一刀が、南郷のライフルを切断した。
赤い火花が飛び散って、同時にシミタ-マンティスの曲刀も折れ果てた。
虹色にライトアップされたブリッジ海上部を駆け抜ける、この一瞬。
ラピッドラビットの全身が焼かれた餅のように膨張した。
破裂する。爆発する。一切合切、燃えて果てて消えていくとき、
〈タケハヤ〉は芝浦ふ頭に到達した瞬間に、必殺の時流きたり。
「――発射」
マップ上の急カーブに突入する寸前、南郷は静かに呟いた。
〈タケハヤ〉の左肩ハードポイントに装備された高機動誘導弾ポッドが、その中身を全て夜空にバラ撒いた。
『アイハブコントロール』
〈タケハヤ〉の火器管制により、誘導弾は空中で姿勢制御、一斉に直下のラピッドラビットめがけて降り注いだ。
高機動誘導弾は、本来は対戦車用の武装だ。
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「はははははははは! 悪あがきはやめなさいな! 諦めてェ! あたしと一緒にゴォーートゥーーーーへ――――」
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「――わぁお♪」
シミターマンティスは南郷の意図を悟り、感嘆の声を上げた。
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周囲にバラ撒かれた誘導弾は路面を破砕し、カーブにさしかかったガードレールとフェンスをも粉砕していたのだった。
ラピッドラビットを止めるものは、もう何もない。
切断された両脚では制動も効かず、凸凹に破壊された路面に顔面を擦り、加速のままに回転して、シミタ-マンティス諸共に高速道路の外へ放り出された。
夜天に燃える狂い兎が飛翔して、真っ赤に膨らみ、破裂した。
「ギィァァァァァァァァァアアア!」
断末魔の絶叫の共に、直径100メートルの火球が爆ぜた。
ゆりかもめのループ部分に、爆炎火球がすっぽりと収まっていた。
爆発に巻き込まれたシミタ-マンティスは四散し、その頭部は燃えながら灰に変わっていく。
「ははははは……! 。これぞ剣者の仕合わせ……ヨ」
勝敗なぞ関係ない。過程を満喫した。それは束の間の、仮初の生への感謝の声。
戦いの結果に充足したように、改造人間は三度目の死を迎えた。
一方、〈タケハヤ〉は空になった誘導弾ポッドをパージ。スタンディングモードに変型し、旋廻運動とブレーキ、更にスラスターの併用で制動をかけた。
100メートルのカーブを回転ドリフトのごとく曲がり切って、ようやく〈タケハヤ〉は停止した。
背部シートに跨る南郷は、バイザーの奥で火球を見上げた。
巨大な火球は炎上しながら、ゆっくりと海面に落ちていく。
「ふぅっ……どんだ座興だったな」
溜息を吐き捨て、南郷は芝浦ふ頭に機首を向けた。
本番は、まだこれからだ。
火球が盛大に弾けたのを、やや離れた上空から〈綾鞍馬〉が観測していた。
〈綾鞍馬〉と視覚を同調させた園衛は、彼の行く目的地を確信した。
「やはり……そこに行くのか南郷くん」
園衛は、首都高都心環状線の路上にいた。傍らには、大小五刀を背負った〈雷王牙〉もいた。
場所は浜崎橋ジャンクション。南郷の通った湾岸線とは反対方向だった。
ここに当たりをつけた理由は、南郷と同じだ。
まるで芝浦ふ頭に誘うように電波障害が発生している。
そして、同様に高速道路上には半死半生の改造人間どもが徘徊していた。
「時間稼ぎ……なのだろうな。私のような邪魔者を阻み、かつ右大さんが戦闘準備を整えるための……」
芝浦方面に続く二車線の窮屈な高速道には、等間隔に妨害用の改造人間が配置されているのが見えた。これらをいちいち相手にしていては、南郷との合流は困難だ。
かといって、両側をビルに阻まれた狭い高速道路上で迂回できるルートはない。
一般道は渋滞で糞詰まりを起こしており、そこで一戦繰り広げるなど冗談ではなかった。
「さて……どうするかな」
消耗を覚悟で強引に突破するか、それとも切り札を使うべきか……。
思案しつつポケットの中の切り札を擦っていると、傍らの〈雷王牙〉が唸り声を上げた。
何かに気付いて、警戒している。
「ン、どうした?」
園衛もまた神経を尖らせて、気配を探った。
背後に……邪気を感じた。
幽霊のような改造人間とは違う。より大きく、濃い暗闇の気配だった。
冷たい猫舌で首筋を舐められたような錯覚が走る。
警戒して、振り返る。
気配の主は、隠れもせずに、堂々と道を歩いていた。
ビルの隙間を縫う路上にして、都市の灯りにぼぅっと浮かぶ少女の影――見覚えがあった。
「お前……」
訝しむ園衛を余所に、少女は涼しげに手を振った。
「こんばんは~、園衛様」
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瀬織は肩をすくめて、溜息混じりに説明を始めた。
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「鏡花が?」
「はい。『貯金全部降ろしてきたから、園衛様を助けてほしい』と」
「あいつ……」
園衛は困り顔で前髪をかき上げた。
鏡花なりに責任を感じていたのだろう。南郷のことを誤解していたと気づいて、彼を死地に追いやってしまった自責の念にかられて、こういう手段に出たのだろう。
確かに瀬織は戦力としては強力だが、巻き込むのは不本意だ。
現代で一人の少女として生きている瀬織を、自分たちの厄介事に巻き込むなど冗談ではない。
「この戦い……お前が関わるべきでは……」
園衛は瀬織を追い返すつもりだったが、当の瀬織は楽しげに笑っていた。
「くくくくく……たまりませんわねえ。いつも冷静ぶってる鏡花さんが、泣きそうな顔で……ヒヒッ……わたくしに縋り付いてきたんですよぉ? 『これは私個人として頼む仕事です! 助けてください! お願いします!』……ってぇ。あぁ~~……無様で惨めで、本当に愉快ぃ……」
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ビルの谷間の光の中で、人外の少女が残酷に笑った。
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