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第三話
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ42
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園衛の屋敷で南郷が目を覚ましたのと、ほぼ同時刻。
午後2時を回った都内港区某所にて、アズハと空理恵は――
風呂に入っていた。
「あぁ~~……痺れるぅ~……」
アズハ、電気風呂に浸かって唸る。
大浴場であった。
天然温泉であった。
スーパー銭湯〈天然温泉 山海境の湯〉。ビジネスホテル併設の大型入浴施設であり、埋め立て地でありながら地下から温泉を引いているのが最大のセールスポイントとなっている。
夕方になれば仕事帰りの人々でごった返し、風呂に入っているのか人に浸かっているのか分からなくなるのだが、今は日中。入浴客はまばらで、その大半は暇を持て余した老人だった。
「やっぱ風呂入るんは~平日の昼間に限るわ~~っ」
アズハは電流で喉を震わせていた。
空理恵は、電気風呂に隣接する薬湯に浸かっていた。
「えっ……いつも昼間に入ってるの?」
ラベンダーの湯だそうで、お湯はわざとらしい紫色に着色されていた。
空理恵が訝しむのは当然である。
アズハは一応、現役の女子高生という肩書きになっている。
それが真ッ昼間から学校にも行かずに風呂に入るのは、どうなのだろうと思う所があった。
尤も、今の空理恵も人のことをとやかく言える立場ではないのだが。
当のアズハは悪びれた様子は一切なかった。
「ま~夜の仕事が多いからな~? 昼間の内に入って、夜に備えて寝るっちゅうパターンかな?」
「学校……いつ行ってるの?」
「行ける時に」
「出席日数は……」
「大丈夫、大丈夫。その辺なんとかする裏ワザがあんねん」
「裏ワザ? どんなの?」
空理恵が聞き返すと、なぜかアズハは目を泳がせた。
「ん~……企業秘密や」
「え~~? 教えてよ~~! アタシもその裏ワザ使いたい~~っ!」
「こ、この裏ワザは良い子には使えんのや……。それに、ウチの知り合いには出席日数足りなくて6年くらい高校生やっとった人もおんねん! いざって時は留年しても、それだけ長くJK続けられると! ポジティブに! 生きてけばええねん! ポジティブに!」
無邪気な質問をはぐらかして、アズハはどうにか話題を切り替えた。
当の空理恵も謎の留年JKに気を取られており、指で留年数と実年齢を数えている。
「6年高校生……つまり3年留年……21歳まで制服着てたの~? きっつ!」
成人女性の制服姿を想像して、空理恵はドン引き半分に笑った。
一方で29歳にもなって高校の制服を着ようとした人間が身近にいたのだが、そんなことは夢にも思うまい
空理恵の調子は、大分戻ってきている。
ここに連れてきたのはアズハ自身の休息と、空理恵の気晴らしのためだ。
いつまでも塞ぎこんでいるより、他のことで気を紛らわせてやった方が良い――とアズハは考えた
空理恵は今まで普通の少女として生きてきた、ただの中学生だ。
アズハや右大、あるいは南郷のように、憎悪や復讐心を生のモチベーションに出来る人間ではない。
一時の楽しさで人生の苦痛を忘れさせる。
逃避のようにも見えるが、そういう時間稼ぎ、僅かなモラトリアムが必要なのだと……アズハは思った。
同時に、赤の他人に、それも憎んでやまない宮元園衛の妹にここまで気をかけるのが妙な気分だった。
(あー……何やっとるんやろなウチ……)
内心、自分で自分に呆れていた。とんだお人よし。まるで良い人のようだ。冗談ではない。
そんな思いは顔に出さず、アズハは電気風呂から上がった。
「オッシャ! 空理恵ちゃん! 次はミストサウナいこ!」
「え~っ、サウナ~?」
空理恵、難色を示す。
サウナの魅力、中学生に分からないのも無理はない。年若い空理恵にとって、サウナは単なる灼熱苦行でしかないのだ。
「いいよアタシは~……」
「サウナはええで~、空理恵ちゃん? あっついサウナに10分入って、水風呂にドボンして、体を拭いて、椅子に寝っころがって体を休ませるんや。体の芯までス―――っと……」
「うわ、なんかオジサンくさ……」
「ウチも昔はそう思っとった! やれば分かるでサウナの良さ! つーワケで、サウナにゴーや!」
アズハは強引に空理恵を湯船から抱き上げて、ミストサウナに引きずり込んだ。
ハーブの香りの水蒸気に満ちたミストサウナにて、二人の少女の肌に文字通り水が滴る。
「あづいよ~~……いきぐるじいよ~~……」
熱気に喘ぐ空理恵が、黒光りするアズハの体に寄りかかった。
「ナハハハ! 人間、そう簡単には死なんから平気や平気! ていうか、空理恵ちゃん……中学生なのに割と胸大きいな~?」
「もー! セクハラぁ! やっぱりアズハさん、オジサン臭ぁぁぁぁい!」
互いに押し合い、揉み合い、むにゅりと柔らかい感触でじゃれ合った。
幸いサウナに他の客はいないので、こうしてハメを外すのも良いだろうとアアズハは思った。
実際……笑っているのは演技ではないのだ。
生の感情で、普通の少女のように、敵の妹と遊んでいる。
(あー……ほんま、なんやねんこのシチュ……)
悔しいが、悪い気分ではない。
日陰の仕事に擦れ切っていた心が、潤っている。癒されている。
南郷に「疲れている」と指摘された、アズハの根本的な疲弊が緩和されている。
(あのお兄さんも……こんな感じやったのかもなあ……)
疲れ果てていた南郷も、空理恵と園衛に心を癒されていたのかも知れない。
殺意が萎えるような考えが浮かんで、一瞬だけアズハは冷たい顔をした。
それから二人で風呂上りに牛乳を飲み、二人で10分200円のマッサージチェアに揺られ、二人で施設内の食堂で遅めの昼食を食べた。
服は館内用の甚平に着替えていた。
「アタシ、こういう所に来るの初めてなんだあ~!」
「へえ~、空理恵ちゃんはスパ銭とか行ったことないん?」
「温泉には行ったことあるよ? でも、姉上が連れてってくれる温泉って山奥の秘湯って感じで、な~~んか年寄り臭くって――」
と、話の途中で空理恵は気まずそうな顔で口籠った。
実の姉ではないと知った園衛の話題を無意識に出してしまった。忘れかけていた未整理の感情が表に浮かび上がってきた。
気持ちを察して、アズハが軽い溜息を吐いた。
「ふう……。空理衛ちゃん――お姉ちゃんの話してる時、めっちゃ楽しそうやな?」
「そ、そんなことない……けど」
「フフ……。ホンマの姉妹やのうても、思い出は本物っちゅうことや」
アズハは優しい口振りだった。
真実、打算でも皮肉でもない、本心からの言葉だった。
空理恵はそれきり押し黙った。
彼女なりに考えて、自分と姉との今までの関係、そしてこれからの関係に答を出そうとしているのだろう。
館内に備え付けられたテレビには、ニュース番組が映っていた。
『首都高の全区間で自動運転と料金所のシステムに障害が発生して、通行止めとなっています。原因は不明で、復旧の目処は立たず――』
レポーターの音声と映像にプロックノイズが混じり、時折放送自体がブラックアウトしていた。
番組はスタジオに切り替わり、アナウンサーが謝罪を始めた。
『申し訳ありません。ただいま通信障害が発生しています。視聴者のテレビの故障ではありませんので、復旧まで暫くお待ちください……』
アズハの忍として訓練された知覚が、あらゆる情報を取得し、同時に処理していく。
(派手にやっとるなあ、オッチャン……)
窓の外に目をやる。
エイリアスビートルは、ここから少し離れた場所――最初で最後の隠れ家で、南郷との決戦の準備を進めていた。
アズハと空理恵は食事を終えると、温泉施設から併設のビジネスホテルに移動した。
「ウチ東京くるの久しぶりで右も左も分からんわ~! 東京はすぐにお店のテナントも入れ替わってまうしな~? お婆ちゃんも新しいマンションに越したんやろ~?」
「う、うん……。明日に案内するよ」
適当に、それらしい会話をしつつロビーを通り過ぎる。
二人とも学生服でチェックインしたので、家出少女と思われないための偽装工作だ。空理恵とは事前に打ち合わせをして、大阪から来た従姉を東京案内している的な設定で話を合わせていた。
部屋に入るや、アズハはツインベッドの片割れに潜り込んだ。
「ウチは5、6時間寝るわ。起こしても起きへんから……空理恵ちゃんは好きにするとええ」
「えっ……?」
「家に帰ってもええし、ここで一緒に寝てもええ。何もかも終わるまで部屋にいても良いし、ウチについて来てもええ。多分、お兄さんが迎え来る思うけどな……」
アズハは布団を被り、目を瞑る。
空理恵からの答はない。
眠るまで、勝手に話を続けるつもりだった。
「ウチとしては、空理恵ちゃんは家に帰るべきやと思う。帰れる場所を自分で捨てるってのは……オススメせんわ」
「アタシが今さら、あの家に帰っても……」
「あのお姉ちゃんは、普通に出迎えてくれると思うで。ま、そのお姉ちゃんはウチが殺ってまうかも知れへんのやけど……」
残酷な現実を告げた。
園衛とアズハが雌雄を決するのは、避けられないことだ。これに関しては情け無用である。
空理恵が口を開く、吐息の音が聞こえた。
「アズハさんは……姉上のことが……憎いの? 絶対に許せないの?」
「ホンマに殺したい相手っちゅうのは、視界の外ならいざ知らず。目の前に出てきたら、理性の歯止めは効かんもんや。無理に我慢したらイカレてまう。狂おしく冷たい青白い火がな……ウチの腹の奥で燃えとるんや」
「あの怪人のおじさんも……そうなの?」
「オッチャンは……南郷さんに奥さんと子供を殺されたんやと。対する南郷さんは、改造人間に家族と恋人を奪われた。お互いに戦いの理由が憎悪に起因しているのだから――止まれないんやねえ、コレが」
「アタシは、そんな気持ち……分からないよ」
「そんな憎しみ……分からんでええんや」
アズハの意識が睡魔で飛びかけていた。
昨夜の園衛との戦いの疲れを癒す必要がある。肉体が休息を求めている。
そろそろ、話を終える頃合と感じた。
「空理恵ちゃんが家捨てて、ウチについてくるって選択肢も……あるにはある。でもな、こっちの道は――地獄やで」
体温が急速に落ちて、アズハの体は一時の休眠に入った。
鍛えられた忍の五感は針の落ちる音でも覚醒するが、敢えてそれを無視するつもりだった。
空理恵が部屋を出ていくか、共にここに残るかは、目が覚めるまでアズハにも分からなかった。
午後2時を回った都内港区某所にて、アズハと空理恵は――
風呂に入っていた。
「あぁ~~……痺れるぅ~……」
アズハ、電気風呂に浸かって唸る。
大浴場であった。
天然温泉であった。
スーパー銭湯〈天然温泉 山海境の湯〉。ビジネスホテル併設の大型入浴施設であり、埋め立て地でありながら地下から温泉を引いているのが最大のセールスポイントとなっている。
夕方になれば仕事帰りの人々でごった返し、風呂に入っているのか人に浸かっているのか分からなくなるのだが、今は日中。入浴客はまばらで、その大半は暇を持て余した老人だった。
「やっぱ風呂入るんは~平日の昼間に限るわ~~っ」
アズハは電流で喉を震わせていた。
空理恵は、電気風呂に隣接する薬湯に浸かっていた。
「えっ……いつも昼間に入ってるの?」
ラベンダーの湯だそうで、お湯はわざとらしい紫色に着色されていた。
空理恵が訝しむのは当然である。
アズハは一応、現役の女子高生という肩書きになっている。
それが真ッ昼間から学校にも行かずに風呂に入るのは、どうなのだろうと思う所があった。
尤も、今の空理恵も人のことをとやかく言える立場ではないのだが。
当のアズハは悪びれた様子は一切なかった。
「ま~夜の仕事が多いからな~? 昼間の内に入って、夜に備えて寝るっちゅうパターンかな?」
「学校……いつ行ってるの?」
「行ける時に」
「出席日数は……」
「大丈夫、大丈夫。その辺なんとかする裏ワザがあんねん」
「裏ワザ? どんなの?」
空理恵が聞き返すと、なぜかアズハは目を泳がせた。
「ん~……企業秘密や」
「え~~? 教えてよ~~! アタシもその裏ワザ使いたい~~っ!」
「こ、この裏ワザは良い子には使えんのや……。それに、ウチの知り合いには出席日数足りなくて6年くらい高校生やっとった人もおんねん! いざって時は留年しても、それだけ長くJK続けられると! ポジティブに! 生きてけばええねん! ポジティブに!」
無邪気な質問をはぐらかして、アズハはどうにか話題を切り替えた。
当の空理恵も謎の留年JKに気を取られており、指で留年数と実年齢を数えている。
「6年高校生……つまり3年留年……21歳まで制服着てたの~? きっつ!」
成人女性の制服姿を想像して、空理恵はドン引き半分に笑った。
一方で29歳にもなって高校の制服を着ようとした人間が身近にいたのだが、そんなことは夢にも思うまい
空理恵の調子は、大分戻ってきている。
ここに連れてきたのはアズハ自身の休息と、空理恵の気晴らしのためだ。
いつまでも塞ぎこんでいるより、他のことで気を紛らわせてやった方が良い――とアズハは考えた
空理恵は今まで普通の少女として生きてきた、ただの中学生だ。
アズハや右大、あるいは南郷のように、憎悪や復讐心を生のモチベーションに出来る人間ではない。
一時の楽しさで人生の苦痛を忘れさせる。
逃避のようにも見えるが、そういう時間稼ぎ、僅かなモラトリアムが必要なのだと……アズハは思った。
同時に、赤の他人に、それも憎んでやまない宮元園衛の妹にここまで気をかけるのが妙な気分だった。
(あー……何やっとるんやろなウチ……)
内心、自分で自分に呆れていた。とんだお人よし。まるで良い人のようだ。冗談ではない。
そんな思いは顔に出さず、アズハは電気風呂から上がった。
「オッシャ! 空理恵ちゃん! 次はミストサウナいこ!」
「え~っ、サウナ~?」
空理恵、難色を示す。
サウナの魅力、中学生に分からないのも無理はない。年若い空理恵にとって、サウナは単なる灼熱苦行でしかないのだ。
「いいよアタシは~……」
「サウナはええで~、空理恵ちゃん? あっついサウナに10分入って、水風呂にドボンして、体を拭いて、椅子に寝っころがって体を休ませるんや。体の芯までス―――っと……」
「うわ、なんかオジサンくさ……」
「ウチも昔はそう思っとった! やれば分かるでサウナの良さ! つーワケで、サウナにゴーや!」
アズハは強引に空理恵を湯船から抱き上げて、ミストサウナに引きずり込んだ。
ハーブの香りの水蒸気に満ちたミストサウナにて、二人の少女の肌に文字通り水が滴る。
「あづいよ~~……いきぐるじいよ~~……」
熱気に喘ぐ空理恵が、黒光りするアズハの体に寄りかかった。
「ナハハハ! 人間、そう簡単には死なんから平気や平気! ていうか、空理恵ちゃん……中学生なのに割と胸大きいな~?」
「もー! セクハラぁ! やっぱりアズハさん、オジサン臭ぁぁぁぁい!」
互いに押し合い、揉み合い、むにゅりと柔らかい感触でじゃれ合った。
幸いサウナに他の客はいないので、こうしてハメを外すのも良いだろうとアアズハは思った。
実際……笑っているのは演技ではないのだ。
生の感情で、普通の少女のように、敵の妹と遊んでいる。
(あー……ほんま、なんやねんこのシチュ……)
悔しいが、悪い気分ではない。
日陰の仕事に擦れ切っていた心が、潤っている。癒されている。
南郷に「疲れている」と指摘された、アズハの根本的な疲弊が緩和されている。
(あのお兄さんも……こんな感じやったのかもなあ……)
疲れ果てていた南郷も、空理恵と園衛に心を癒されていたのかも知れない。
殺意が萎えるような考えが浮かんで、一瞬だけアズハは冷たい顔をした。
それから二人で風呂上りに牛乳を飲み、二人で10分200円のマッサージチェアに揺られ、二人で施設内の食堂で遅めの昼食を食べた。
服は館内用の甚平に着替えていた。
「アタシ、こういう所に来るの初めてなんだあ~!」
「へえ~、空理恵ちゃんはスパ銭とか行ったことないん?」
「温泉には行ったことあるよ? でも、姉上が連れてってくれる温泉って山奥の秘湯って感じで、な~~んか年寄り臭くって――」
と、話の途中で空理恵は気まずそうな顔で口籠った。
実の姉ではないと知った園衛の話題を無意識に出してしまった。忘れかけていた未整理の感情が表に浮かび上がってきた。
気持ちを察して、アズハが軽い溜息を吐いた。
「ふう……。空理衛ちゃん――お姉ちゃんの話してる時、めっちゃ楽しそうやな?」
「そ、そんなことない……けど」
「フフ……。ホンマの姉妹やのうても、思い出は本物っちゅうことや」
アズハは優しい口振りだった。
真実、打算でも皮肉でもない、本心からの言葉だった。
空理恵はそれきり押し黙った。
彼女なりに考えて、自分と姉との今までの関係、そしてこれからの関係に答を出そうとしているのだろう。
館内に備え付けられたテレビには、ニュース番組が映っていた。
『首都高の全区間で自動運転と料金所のシステムに障害が発生して、通行止めとなっています。原因は不明で、復旧の目処は立たず――』
レポーターの音声と映像にプロックノイズが混じり、時折放送自体がブラックアウトしていた。
番組はスタジオに切り替わり、アナウンサーが謝罪を始めた。
『申し訳ありません。ただいま通信障害が発生しています。視聴者のテレビの故障ではありませんので、復旧まで暫くお待ちください……』
アズハの忍として訓練された知覚が、あらゆる情報を取得し、同時に処理していく。
(派手にやっとるなあ、オッチャン……)
窓の外に目をやる。
エイリアスビートルは、ここから少し離れた場所――最初で最後の隠れ家で、南郷との決戦の準備を進めていた。
アズハと空理恵は食事を終えると、温泉施設から併設のビジネスホテルに移動した。
「ウチ東京くるの久しぶりで右も左も分からんわ~! 東京はすぐにお店のテナントも入れ替わってまうしな~? お婆ちゃんも新しいマンションに越したんやろ~?」
「う、うん……。明日に案内するよ」
適当に、それらしい会話をしつつロビーを通り過ぎる。
二人とも学生服でチェックインしたので、家出少女と思われないための偽装工作だ。空理恵とは事前に打ち合わせをして、大阪から来た従姉を東京案内している的な設定で話を合わせていた。
部屋に入るや、アズハはツインベッドの片割れに潜り込んだ。
「ウチは5、6時間寝るわ。起こしても起きへんから……空理恵ちゃんは好きにするとええ」
「えっ……?」
「家に帰ってもええし、ここで一緒に寝てもええ。何もかも終わるまで部屋にいても良いし、ウチについて来てもええ。多分、お兄さんが迎え来る思うけどな……」
アズハは布団を被り、目を瞑る。
空理恵からの答はない。
眠るまで、勝手に話を続けるつもりだった。
「ウチとしては、空理恵ちゃんは家に帰るべきやと思う。帰れる場所を自分で捨てるってのは……オススメせんわ」
「アタシが今さら、あの家に帰っても……」
「あのお姉ちゃんは、普通に出迎えてくれると思うで。ま、そのお姉ちゃんはウチが殺ってまうかも知れへんのやけど……」
残酷な現実を告げた。
園衛とアズハが雌雄を決するのは、避けられないことだ。これに関しては情け無用である。
空理恵が口を開く、吐息の音が聞こえた。
「アズハさんは……姉上のことが……憎いの? 絶対に許せないの?」
「ホンマに殺したい相手っちゅうのは、視界の外ならいざ知らず。目の前に出てきたら、理性の歯止めは効かんもんや。無理に我慢したらイカレてまう。狂おしく冷たい青白い火がな……ウチの腹の奥で燃えとるんや」
「あの怪人のおじさんも……そうなの?」
「オッチャンは……南郷さんに奥さんと子供を殺されたんやと。対する南郷さんは、改造人間に家族と恋人を奪われた。お互いに戦いの理由が憎悪に起因しているのだから――止まれないんやねえ、コレが」
「アタシは、そんな気持ち……分からないよ」
「そんな憎しみ……分からんでええんや」
アズハの意識が睡魔で飛びかけていた。
昨夜の園衛との戦いの疲れを癒す必要がある。肉体が休息を求めている。
そろそろ、話を終える頃合と感じた。
「空理恵ちゃんが家捨てて、ウチについてくるって選択肢も……あるにはある。でもな、こっちの道は――地獄やで」
体温が急速に落ちて、アズハの体は一時の休眠に入った。
鍛えられた忍の五感は針の落ちる音でも覚醒するが、敢えてそれを無視するつもりだった。
空理恵が部屋を出ていくか、共にここに残るかは、目が覚めるまでアズハにも分からなかった。
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