ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ40

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 エイリアスビートルに、死が迫っていた。
 既に胴体が斜めに切断され、肉体は二つに分断されて地面に転がっている。
 通常の生物ならとっくに即死だが、簡単に死ねないのがAクラス改造人間だった。
「うっ……グぅ……ガハッ……」
 瀕死の体で、激痛に喘いだ。
 痛みとは、肉体のダメージを知らせる警告だ。いかに生命を超越した体とて正常に稼働している限り、無痛とはいかない。
 ここまで進化した肉体ですら、ただの人間である南郷に勝てなかった。
 敗因はエイリアスビートルにも分かる。
 かたや、この地上で最も多く改造人間を殺してきた殺戮者。黒衣の戦鬼サザンクロス。
 かたや、最強の肉体を得たとはいえ戦闘経験に乏しい素人。それがエイリアスビートル。
 自分の方が劣っているということは――分かるしかなかった。
 南郷が、赤い刀身のツインエッジを振り上げた。
 こちらは、もう身動き一つ取れない。
 終わり、だ。
「せめて……遺言くらい言わせろ……」
 頭上の南郷の動きが、一瞬止まった。
「死体が喋るな……!」
 仮面の奥から、冷酷な否定の言葉だけが返ってきた。
 そして、非情なるトドメが振り下ろされた。
 南郷が返答に費やした時間は、五秒に満たない。
 それでも、エイリアスビートルには十分な時間稼ぎだった。
『エマージェンシー! 敵 熱量増加!』
 異変を察知した〈タケハヤ〉が、南郷の後で警告を発した。
 南郷が一転して防御体制を取り、エイリアスビートルの切断された肉体が急激に膨張する。ほぼ同時に、事態は急転直下へと瞬転す。
「俺とリンボに付き合えェェェェっ!」
 エイリアスビートルの絶叫が、爆発に掻き消された。
 生体ミサイルの液体炸薬、重金属粒子の暴走加速を合わせた自爆攻撃だった。
 体内の小型加速器官にて加速された高温の金属粒子が収束されずに溢れ出し、炸薬の爆発がそれを押し広げる。
 オレンジの火柱が夜空を焼いた。
 凄まじい爆音は山を震わせ、麓の街まで轟いた。
 爆風が過ぎ去り、舞い上がった小石がパラパラと地表に落下してきた。
 爆心地は焼け焦げ、クレーターが発生していた。
 そこに立つ人影があった。
 南郷十字が、立っていた。
 装甲服の全電磁反応装甲をマニュアルで放出して、辛うじて爆風を防いだのだった。
 だが、これほどの爆発。至近距離。無傷であるはずがなかった。
「――やるじゃないか」
 それは勝利のために命を捨て、ついに自分と同じ域に達した敵への賛辞だったのか。
 感心したように声を出すと、ヘルメット奥の赤い目が光を失った。
 最後の電磁反応装甲が、激しく全身で弾着の火花を散らした。
 火花の花弁に包まれて、南郷は倒れた。
 白煙を上げる黒き装甲の鬼は、もはや立ち上がることはなかった。

 採石場での爆発から10分ほど経過した頃、アズハはスマホを片手に、もう片手には空理恵の手を引きながら、夜の山中にいた。
「ごめんなぁ~? ウチの仕事に付き合わせてもうて~?」
 アズハは空理恵に声をかけたが、応答はなかった。
 落ち込んだ様子で、ずっと塞ぎこんでいた。
(ま……しゃーないわな)
 自分がクローンで、今まで家族と思っていた姉は他人同然だったと知ったのだ。尊敬する姉が、ずっと自分を欺いていたと知ったのだ。
 信じていた世界の全てが壊れて、考えがまとまるはずもない。
 スマホのナビに従って暫く歩くと、アズハの探していたモノが――いや、人ならざる者が地面に転がっていた。
「オッチャン……生きとりますか?」
 さしものアズハも、些か不安になるほどの有様だった。
 エイリアスビートルは頭部だけの状態で、白煙を上げて地面に半ばめり込んでいた。
 先程の爆発で、採石場からここまで飛ばされてきた――というより、脱出してきたのだろう。
 そのキチン質の顔に表情は無く、生きているのか死んでいるのかすら判然としない状態だった。
『そう簡単には……死ねんよ』
 アズハの右耳のピアスから、エイリアスビートルの声がした。
 声帯は喪失して発声はできない。それは肉声ではなく、思考を電波にして飛ばし、スマホの電話機能を利用した音声通信だった。
「そりゃまあ、生きとるようですけどォ……それ治るんです?」
『問題……ない』
 エイリアスビートルの頭部、折れた角が青白い電光を放つと、うっすらと青い影が浮かんできた。
 影は次第に形を持ち、エイリアスビートルの首から下の肉体を形成。実体化と共に、首と接合した。
 まるで児童向けアニメの有名キャラクターのようだ。尤も、そちらは胴体ではなく頭の方を交換して復活するのだが。
「へぇ~、新しい体が焼き上がったっちゅうワケですか」
「首が繋がっただけだ……。エネルギーの総量は……変わらん」
 エイリアスビートルは苦しげに膝をついた。
 そう都合良く、即座に完全復活できるワケではないらしい。実際、復活した姿は強化形態ではなく、元通りの基本形態だった。
 急に目の前に現れたカブトムシの怪人を前に、後の空理恵が震えあがった。
「ひっ……」
「ああ、大丈夫やで。このオッチャン、無関係な人には危害加えんそうなので」
 空理恵に気付いたエイリアスビートルが、顔を上げた。
「その子は……代用品の子か」
「ちょっと、オッチャン。そないな言い方やめてや」
 アズハは口を尖らせた。
 自分も空理恵と同じ身の上ゆえ、部品のように扱われる辛さは知っていた。
 エイリアスビートルは、申し訳なさそうに頭を抑えた。
「すまない……。だが、どうしてその子が?」
「ま、ウチも空理恵ちゃんも気が迷ってもうた……ってことで。この子の世話はウチがしますんで、お構いなく」
「そうか……」
 エイリアスビートルは、それ以上は追及しなかった。彼としては復讐の邪魔にさえならなければ、どうでも良いことなのだろう。
 尤も、肝心の復讐の完遂は怪しいと言わざるを得ないのだが……。
「二度目も負けましたね。パワーアップしたのに、コレですか」
「弁解のしようもない……」
「つうか……南郷さんってホンマに人間なんですか? ビームとかミサイル撃つようなバケモンに勝てますか、普通?」
 アズハの知る限りでは、南郷十字は改造人間でも超能力者でもない。
 ただの人間が、極限まで強化された改造人間を完敗に追い込むなど信じ難い。
 一方でアズハは内心、そんな南郷に憧れに近い感情を抱いていた。
(やっぱ凄いわあ、あのお兄さん……)
 敗者であり、ビジネスパートナーである改造人間の前では、口に出すべきではない感情だ。
 エイリアスビートルは、呻くように息を吐いた。
「バケモノは……人間には絶対に勝てんのだ。普通の人間こそが、この地上で最も賢く、最も強い生物だからな……」
「ほんなら、なしてオッチャンは人間辞めたんです?」
「俺は……人間のままでは戦うことすら出来なかった……臆病者だからさ」
 人間の成れの果てが、自嘲するように言った。
 まるで覇気のない発言だった。負け犬のような口振りだった。
 それが一転、熱を帯びる。
「故に……全てを捨てて、もっと、何もかも捨てて……道理を引っくり返す!」
「これ以上……何を捨てるんです?」
「明日の……命を!」
 燃えるような宣言だった。
 我が身を憎悪の炎で燃やし尽くす、気概があった。
 アズハが、目の前の改造人間の死に挑む決意を感じ取ることが出来たのは、自らもまた復讐者であるがゆえ。
 自分の仕事は、まだ続く。
 今度こそ南郷は殺されるかも知れない。
 また、宮元園衛と切り結ぶ機会があるかも知れない。
 空理恵の姉を殺すかも知れない。逆に自分が殺されるかも知れない。
 不安と期待と、少しの残念感が、アズハの心の隙間に吹いては消えた。
「じゃ、行きましょか。次のアジトに」
 空理恵の手を引いて、エイリアスビートルに歩み寄る。
「ちょ~っと寒いけど、我慢してな、空理恵ちゃん?」
「寒いって……? ひっ!」
 空理恵が悲鳴を上げた時には、アズハと共にエイリアスビートルに抱きかかえられていた。
 次の瞬間、エイリアスビートルは二人の少女を抱えて、地上50メートルの高さにまで跳躍していた。
 南に向かって、黒い影が跳んでいく。
 炎熱の夜――未だ終わらず。
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