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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ38

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 四条の重金属粒子の火線が、夜の採石場を焼いた。
 エイリアスビートルの体内で極度に加速し、放出された熱線は目標への着弾と同時に地面を吹き飛ばした。
 摂氏2000度の加速粒子は石を溶かしてマグマと化し、弾け飛ぶ粉塵が赤く染まる。
 夜の採石場は、瞬時にして噴火口のごとき炎熱地獄に変わっていた。
「溶けて蒸発したかァァァ……南郷ォ!」
 エイリアスビートルが眼球を保護する遮光板を格納し、全身の複眼センサーで戦果を確認した。
 着弾点は水蒸気と熱に遮られ、視認も感知も困難だった。
 常識的に考えれば、個人用防御装備の電磁反応装甲で重金属粒子砲を防げるわけがない。完全なオーバーキルだ。
 そのために、南郷十字という怪物以上の人間を殺し切るために、エイリアスビートルはこの姿に自己進化したのだ。
 勝った――という油断、気の迷い、甘さをエイリアスビートルが自覚できたのは、幸運だった。
 蒸気の奥に磁気反応を感じた瞬間、何かがシールドに接触した。
 電磁加速された赤色メタマテリアル片だった。
 それは接触と同時に流体から固体に相転移し、紐が解けるように分解、拡散した。
 電磁フィールドに重金属粒子を固着させ、周囲に展開していた球体シールドの表面に赤い火花が散り、電磁干渉でシールド全体が一瞬だけ可視化された。
「ウッ!」
 何か、こちらを狙っている。
 エイリアスビートルが、その方向に目を向けた時には、水蒸気を破って〈タケハヤ〉が横方向に疾走していた。
 〈タケハヤ〉の背部シートには、南郷がしがみついていた。
 攻撃、即移動という戦術の基本であった。
 南郷は装甲服内に蒸気が侵入して結露を発生させないよう、片手で口元を抑えていた。
『アラームメッセージ 防盾システム アーマーゲージ 10%減』
 〈タケハヤ〉からの報告は、先程の重金属粒子砲を防御した代償に関してだ。
 想定外の攻撃とはいえ、電磁斥力場で金属粒子を逸らすことで防御し切れた。いつものことだが、悪運が強いと言わざるを得ない。
 だが粒子砲一斉射の防御一回につき、メタマテリアルを1割消費する。
 つまり、直撃を防御できるのは10回が限度だ。
 尤も、あれが最大出力とは限らない。防盾システムも所詮は試作品であり、どこまで信頼できるか分からない。
 実質的に防御可能なのは、5回か3回か……。
「あんなモノまで用意してくるとはな……」
 南郷は嘲笑うように呟いた。
 奴が人間態でアホのように鉄の棒を齧っていた理由に合点がいった。あれで重金属を体内に取り込んでいたのだ。
 エイリアスビートルの進化形態は、紛れもない脅威だ。
 先日の第一形態ですら、関節部以外にはマトモに攻撃が通じなかった。
 故に、南郷はデッドウェイトにしかならない銃器を捨て、物理防御を無視して対象を切断できるMMEと、非常用のナイフのみに武装を絞り込んだ。
 こちらから攻撃を仕掛けるには接近するしかないわけだが、敵は接近戦を敬遠している。
 先日に接近戦で致命傷を受けたのだから、教訓を活かした進化というわけだ。
 今のエイリアスビートルは当たれば一撃死確実の重金属粒子砲という最強の矛と、電磁シールドという最強の盾で武装した、正に生体自走砲である。
 試しにMMEのガンモードを撃ち込んだが、全く通用しないのを確認した。
 シールドにエッジモードのMMEで斬り込んだとしても、メタマテリアルの励起状態が電磁場に撹乱されて刀身が崩壊するだろう。
「あのバリアを剥がさなきゃ何ともならんな……」
 南郷は〈タケハヤ〉に掴まったまま、エイリアスビートルの周囲を円形に移動していた。
 いつものように敵を観察し、冷静に能力を分析する。
 こちらを追う、敵の回頭速度は緩慢だ。肉体が重くなった分、スピードを犠牲にしているのだろう。
 背中の翅は常時展開されており、赤く発光している。
 なぜ、あんな目立つ部位があるのか。
「タケハヤ、奴の背中をアナライズ」
『イエッサー』
 応答と同時に、ヘルメット内のHMDに情報ウインドウが展開。エイリアスビートルの赤外線映像が表示された。
 翅から膨大な量の赤外線が周囲に放射されているのが確認できた。
『体内の 余剰熱 を 複数の 周波数帯 の 電磁波に 変換して 放出しています』
「用途は冷却とバリアと……」
 解析の最中、エイリアスビートルの両肩生体装甲が展開した。
『ロックオンアラート!』
「ミサイル誘導!」
 〈タケハヤ〉の警告。南郷は機体の背面シートに跨った。
 エイリアスビートルの肩に、ビッシリ詰まった大量の生体ミサイルが一斉に放たれた。
 その数、合計64発! 64の噴煙が飛翔する。
 各生体ミサイルには生体シーカーが増設され、小型ながらも高い誘導性を持つように改良されていた。
 この瞬間、南郷の特化した戦闘思考は敵の意図を読んだ。
 一撃必殺の粒子砲を使わず、どうして火力を分散させた生体ミサイルをバラ撒くのか?
 肝心の粒子砲は連射が効かないからだ。いかにAクラス改造人間とて、体内で超高音、超高速の粒子加速など生体として無理が過ぎる。肉体の冷却、粒子の再チャージと加速には多少のインターバルが必要なのだ。
 その隙を補い、こちらの足を止めるために大量の生体ミサイルを発射する。
 数が増え、更に小型化したミサイルは炸薬量も減り、南郷の装甲服を一撃で破壊できるほどの威力はない。
 要はコケ脅しだ。
 無論、直撃すれば死にはせずともタダでは済まないだろうが、裏を返せば直撃さえ避ければ良い。
 この生死の土壇場にて、南郷は取捨選択を行った。
「突っ込むんだよ!」
『イエッサー』
 弾幕の中へ、火中に身を投げる選択。
 こちらの未来位置を予測して放たれる攻撃には、愚直なまでの正面突撃が却って有効なのだ。
 〈タケハヤ〉――急加速。
 南郷を乗せて、生体ミサイルの旋回半径の内側へと突っ込んだ。
 生体ミサイルの航跡を振り切って迫る宿敵に、エイリアスビートルが熱情の斗息を吹いた。
「そォくるか南郷ォ! だがチャージは終わったァ! 死ねィ!」
 手足の砲口が開き、再び粒子砲が放たれる。
 その一瞬、エイリアスビートルの周囲の電磁シールドが消えた。
(ここか……?)
 南郷は訝しんだ。
 攻撃の瞬間はシールドを解くという、一見して反撃のチャンスに見える隙間だが、確証が無かった。
 南郷、再び様子見の威力偵察攻撃。ガンモードのMMEを撃ち込んだ。
 着弾の瞬間、エイリアスビートルは分身した。
 以前の戦闘でも見た自己の虚像を身代わりにした緊急回避だ。
 メタマテリアル弾の着弾した方は青い残像となって消え、すぐ横に出現した分身を本体として、エイリアスビートルが右腕の粒子砲を発射した。
「ドワォ!」
 エイリアスビートルが気勢を吐いた。
 先程に比べて出力を絞った射撃だった。それでも直撃すれば装甲服など容易に撃ち抜かれる。
 〈タケハヤ〉、オードガードで防盾のメタマテリアルを電磁発火。円錐形の回転斥力場を発生させ、粒子砲を逸らした。
 ジリィッ! とオイルの切れたモーターの焼け付くような異音がして、流体メタマテリアルが炭化する異臭が漂った。
『アラームメッセージ アーマーゲージ 5%減』
 〈タケハヤ〉の警告を聞きながら、南郷は考えていた。
 焦りは微塵もなく、己の死すら他人事のように俯瞰しながら、冷徹な戦闘機械の思考で、必勝に至る道程を――考えていた。
 こちらが攻撃可能なのは、敵がシールドを解く粒子砲発射の瞬間のみ。
 しかも、分身されるより早く攻撃を叩き込む必要がある。限界まで接近する必要がある。
 エイリアスビートルの四肢には、超高温の鉄血が流れている。
 生半可な攻撃で手足を切り飛ばせば、熱い返り血を浴びて、こちらが焼け死んでしまう。
 手の内を隠したまま、肉薄して、奇襲にて、一撃必殺を殺り遂げるのだ。
 背後では、旋廻し切れずに推進剤を使い果たした生体ミサイルが次々と自爆していた。
 エイリアスビートルの両肩に、生体ミサイルが再生成された。斉射から僅かに数秒。リロード速度も凄まじく強化されている。
 ふと、南郷は別の疑念を抱いた。
 先日の戦闘から、僅かに1日半の時間経過。短い。いくらなんでも短すぎる。
 こんな短時間で、ここまでの過剰進化がノーリスクで行えるものだろうか?
 エイリアスビートルの目は、激情の真紅に染まっていた。
「避ける! 防御する! そんな小細工ゥ! 出来なくしてやるァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
 怒り、苛立ち、理性を欠いた獣と化して改造人間が叫んだ。
 その頭部から生えた四本の電磁衝角が、赤色十文字の煌めきを放った。
「クロス! インフェルノォッッッ!」
 エイリアスビートルが放つは、対電磁反応装甲用の拘束攻撃――それが無数に拡散して戦場全体に放出された。
 採石場を埋め尽くすほどに大量の赤色十文字が地面に打ち込まれ、極限強化された広域電磁拘束場となって足元から南郷を襲った。
 〈タケハヤ〉は自己判断でブレーキをかけ、腰部スラスターに点火、ジャンプした。
『上昇 回避 します!』
「離脱はするな! 弾道軌道で奴に突っ込め!」
 南郷は尚も突撃を命令。自らはMMEをエッジモードに変型させ、二刀流の形で持った。まだ刀身は発生させない。ギリギリまで奴に気取られないように。
 クロスインフェルノの十字架が地を焼く最中、エイリアスビートルの照準は空中に向いていた。
「燃えろや燃えろゲヘナの炎ォ! ブラスターインフェルノ・ディ――――テッッッ!」
 エイリアスビートルの全粒子砲門と全生体ミサイルが、一斉に火を吹いた。
 地獄の炎の全弾発射が、空中で回避マニューバの限定される〈タケハヤ〉に、その背中に乗って身動きの取れない南郷へと殺到する。
『エマージェンシー! 回避不能です!』
「ガード……構わず突っ込め」
 ヘルメットの奥、南郷の右目が赤く光る。狂り狂りと渦巻くその目は、生死を超越した外道の眼差し。
 命令に従って、〈タケハヤ〉は防盾の全メタマテリアルを展開し、弾道軌道で炎の中に突っ込んだ。
 罪人を焼く永遠に消えぬ炎の城の名を冠した粒子砲とミサイルの多重攻撃の中に、〈タケハヤ〉は没した。
 既に炎に包まれて姿の見えない仇敵へと、エイリアスビートルが更に更に更に
「ドワォ! ドワドワドワドワドワドワドワドワドワドワドワドワォ!」
 更に更に更に粒子砲を連続発射していった。
 上空にて、溶けた鉄と爆風が風船のように膨らんで、飽和状態に達したそれは盛大に弾けた。
 大爆発だった。
 光と炎が環状に広がる。
 溶鉄が血液のように周囲に飛び散る。草木が燃える。石が焼け焦げる。
 現世に再現されたディーテの市が、遂に罪人を焼き尽くしたのだ。
 エイリアスビートルは立ちくらみ、マスクから大量の蒸気を吐いた。
「アアァァ……あ、頭が……」
 脳髄がオーバーヒートで焼かれていた。凝固したタンパク質は生物なら死に至るダメージであったが、不死の肉体がそれを再生する。
 頭を抑え、エイリアスビートルは目を覆っていた遮光板を体内に格納した。
 両目が、全身の照準用複眼が、上空に南郷の姿を探した。
 傷ついた脳では情報は処理し切れない。
 それでも、空に生体反応はないのは確かだった。
 炭化したメタマテリアルの欠片が、大量に浮遊して、それを視認すると視覚野に星のようなノイズが走った。
「ウ……なんだ、これ……は……?」
 専門知識に疎く、また過熱した脳では正確な判断が下せなかった。
 メタマテリアルの電磁反応装甲は強い磁性を帯びる。それ故に、高度な火器管制システムを積む〈タケハヤ〉の装甲には採用されなかった。自らの装甲が電子妨害を引き起こすのでは本末転倒だろう。
 今、防御用に多重展開されたメタマテリアルは、エイリアスビートルのレーダーに依存した索敵を妨害していた。
 〈タケハヤ〉は空中で一斉射撃を受け止めると見せかけ、防盾システムをパージ。空中に斥力場を展開し続ける防盾のみを置き去りにして、とっくに地表に降下していたのだ。
 既にエイリアスビートルまでの距離は、20メートル弱。
 南郷は走行音で気取られぬよう、足で距離を詰める。あと一歩の踏み込み。時間にして0.5秒。
 そして黒き装甲の鬼、サザンクロスは刺突の間合いに踏み入った。
 二基のMMEを連結し
「ロングエッジ――!」
 ボイスコマンドと共に、刀身を最大延長、射出。
 流体マテリアルの滑らかな音が鳴った瞬間、20メートルの距離を赤色の刃が貫いた。
 原子一個分の薄さの刀身が、未だ混乱するエイリアスビートルの腹部を貫通した。
「ナォ!」
 するりと体内に侵入した熱い刀身に、痛みはなかった。エイリアスビートルに神経に走ったのは。破滅的異物感だった。
 これを放置すれば死ぬ――そう感じた直後、南郷が目の前に肉薄していた。
 伸びきった刀身を格納することを高速移動に利用したのだ。
 エイリアスビートルはとっさに右腕を振り上げた。粒子リチャージは間に合わないが、格闘戦でも普通の人間に過ぎない南郷は軽く叩き潰せる。
 だが、拳が振り下ろされることはなかった。
 南郷が左手で引き抜いた特殊ナイフが右手首に突き刺さり、流体ジェット噴射で拳を関節から切断していた。
「ヌオオ!」
 エイリアスビートルが悲鳴を上げた。
 裏返る。形勢が裏返る。精神が裏返る。
 絶望と恐怖と驚愕に、キチン質の顔が歪んだ。
「おっ、オオオオオ……俺は全てを捨てたというのにィ……ドぉしてお前に勝てないィィィィィィ!」
「戦争の素人が……バケモノになった程度で勝てると思ってんのか?」
「今のお前は……呪布もない、ただの人間なのにィィィ……ッッッ」
 悲痛な叫びを聞き流して、南郷はMMEツインエッジを硬く握って、振り上げた。
 赤き残像が虚空に円を描いて、改造人間の超重装甲を難なく切断した。
 エイリアスビートルの体が袈裟斬りに切断され、ボトリと地面に転がった。
「ただの人間が……どォ……してェ……」
「装備が強いんじゃない。お前弱くて、俺が強いだけなんだよ、バケモノ……!」
 眼下の残骸に現実を突きつけ、勝利宣言を吐き捨て、サザンクロスの右目が赤く光った。
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