ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ29

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 昼間のショッピングモールの出来事は、公には単なる事故として報道された。
 一方で、興味本位で事件を深読みする人間も少なからずいる。
『東くん! 昼間のアレは普通じゃない! 怪しい! 絶対に怪しいッ! ネットにはサザンクロスの目撃情報も上がってるんだッ!』
 たとえば、クローリク・タジマという少女がその一人だ。
 クローリクはシュリンクスのSNSアプリ上で、興奮した文面をづらづらと連投している。
 東景は、自宅の居間でそれに付き合わされていた。
 もう10分ほどスマホの画面と睨めっこして、キーボードでポツポツと返信している。
 クローリクとは以前に各種アドレスを交換したことがある。電話では通話料金もかかるので、シュリンクスの無料チャットサービスで、たまにこうして話すのだ。
「あの……サザンクロスってなんですか」
 景はオカルト知識など皆無だった。特に興味もない。
『サザンクロスというのは! 異形の怪物と人間の内蔵を取り合う黒衣の怪人のことだ!詳しくはまとめサイトを見てくれッ!』
 と、クローリクは頼みもしないのにURLのリンクを貼り付けた。
「見なきゃダメなのかなコレ……」
 チャットに入力せずに景はボヤいた。
 一応読んでおかないと悪い気がする。読まずにスルーしたことをクローリクが知ったら、ひどく落胆させてしまいそうだ。
 すると、景の背後からすっ……と白い腕が伸びてきた。
「夜中までポチポチポチポチ鬱陶しいですわね、この方~。ほほほほ……」
 背中越しに毒づき笑うのは、同居人の東瀬織。
 景は甘い吐息が耳にかかってゾクッと背中を震わせて、スマホの制御を瀬織に明け渡してしまった。
 瀬織は景に成り代わり、凄まじい速度で返信を入力。
「『僕はもう眠いので、この辺で失礼します。ごめんなさい』……っと。はい、サヨナラ~♪」
 クローリクのレスを待たず、一方的にアプリを閉じてしまった。
「ちょっ! 瀬織ぃ!」
「いちいち相手してたら夜中までズルズルとお話することになるんですのよ。目の前にいるわけでもないのですから、パッと閉じればそれで終わり。しつこいようなら、電源を切ってしまえば良いのですわ」
「そういうことしたら……相手に悪いよ。人間関係ってあるんだし」
「フ……まるで呪いですわね、その板切れ」
 瀬織は鼻で笑った。
 景としては、瀬織が良く知りもしないで一方的に現代人の繋がりを批判しているように思えた。
 なにせ、瀬織は平安時代からついこの間まで土の中に埋まっていた人外なのだ。無理解のお年寄りみたいに、SNSやスマホにケチをつけるなんて筋違いだろう――
 と、思ったのだが、振り向くと意外な光景がそこにあった。
 瀬織が自分のスマホをポチポチと指先で叩いている。
「な……なにやってんのさ」
「戯れでございますよ。ほら」
 と、瀬織はスマホの画面を景に見せた。
 表示されていたのは、シュリンクスのアカウント画面だった。アカウント名は〈Theory〉。そのフォロワー数に、景は目を見張った。
「フォロワー……ごっごごごごごっ……50万人っ?」
 名のある芸能人並のフォロワー数だ。信じられない。
 当人である瀬織は、いつも通りに余裕の笑みを浮かべていた。
「信者さんを集めるのは昔から得意なんですの。所詮は戯れ。容易いことですわ。ほほほほ……」
 そういえば、瀬織は元々は人々の信仰を集める神樹だったという。
 人の形に加工されてからも、大衆や権力者を魅了して、敵対する豪族のクニを滅ぼしていたともいう。信者=フォロワーと解釈すれば、ネットでもリアルでもやることは変わらないのかも知れない。
「どうやってそんなに……」
「簡単ですわ。天気予報ですよ。1週間後くらいまでは確実に当てられますので」
 現代では天気予報など当たり前のニュースだが、神である瀬織のそれは、もはや予言の域であった。
 瀬織のアカウントでは、ただ事務的に天気予報を呟いているだけだが、市町村レベルの局地的天気まで完璧に言い当てていた。
 気象庁ですら予測できない事細かな範囲を的中させているため、SNS上では完全に予言者扱いされている。
「これでもし……わたくしが天気以外のことを言い当てたら……どうなりますかねぇ? うふふふふふ……」
 瀬織は唇を指でなぞって、妖艶に笑った。
 悪巧みをしている時の笑いだ。
 あまり突っ込むと不安になりそうなので、景は話題を切り替えた。
「ねえ、瀬織。昼間にショッピングモールで何かあったみたいだけど……どう思う?」
「んー……」
 瀬織は、少し考えるような素振りをした。
 結論はとっくに分かっているのだが、景に説明する言葉を選んでいる……といった感じだった。
「どうでも……いいですわね」
「どうでも良いって……」
「わたくし達には関わりのないことです。報道された通りの事故なら怖いですわねえ。事件だったら? それも怖いですわねえ。でもそれについて考えて、対応するのは警察のお仕事ですわ」
「じゃあ……怪物の仕業だったら?」
 瀬織と出会ってから、妙なことばかり起きる。
 クローリクの陰謀論を信じるわけではないが、可能性としてはゼロではないと思う。
 また、その類の厄介事だったら警察が対応できるのだろうか。放っておいたら、大変なことになるではないか。
 だとしたら、放っておいても良いのだろうか。
 しかし瀬織からは、景の期待するような答は返ってこなかった。
「ふうん……仮に事の真相が隠蔽されているとしたら、それは警察よりも大きな力が働いているということですわね。余計に関わりたくありませんわ。フフッ……」
「じゃあ、見て見ぬフリするっていうの? そんなのって――」
 無責任だ、と言いかけて景は口を止めた。
 責任? そんなものがあるわけがない。
 瀬織はガラス戸に向かって、カーテンを開けた。
「力ある者は責任を果たせ……と、古今東西偉そうなお説教を垂れる方はおります。しかし、治安維持の責任は為政者が負うものでございますよ。放っておけないだの、名前も知らないみんなを守りたいだの……そういう正義感を燃やす人は大抵、自分の人生を台無しにしてしまうのです。自己犠牲……ああ、麗しくも愚かしき行為。それを美徳とするのは誤った価値観と存じます」
「何もする気は……ないの」
「ありませんわよ。仮に人外魔道の仕業だとしたら、どうにかするのは園衛様のお仕事ですわ。わたくしの助けが必要なら、人は対価を捧げるべきなのです。即ち、神への供物。これは義理人情とは別の話ですわ」
「タダで仕事はしないって……こと?」
 瀬織は景の言葉に納得したような顔をして、ガラス戸を開けた。
「お仕事をするのなら、それに見合った対価を求めるべし。神のみならず、人の道にも通じることです。心に留めておいて、損はありませんわ」
 冷たい風を受けて、瀬織は夜空を見上げた。
 月と星の明かりだけでも、山々に囲まれた世界が良く見通せた。
「十月十夜はやや過ぎましたが、良き月、良き風でございます。明日の天気でも占いましょうか」
 瀬織が見るのは、星と風の動き。神の目にて、因果の流れを読んで解く。
 景からは、瀬織の表情は見えない。
 何故か嬉しそうに震える声が、背中越しに聞こえた。
「凶事とは……立て続けに起こるのが常。不信と裏切り、炎と血の香り……嵐がぁ……きますわね。うふふふふふ……」
 天気以外の何かを予言する、堕ちた女神の言葉の意味は、少年の理解の外にあった。
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