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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ26

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 南郷が連れてこられたのは、あるリネンサプライ業者の工場だった。

 その業者は、ある大企業グループの末席であったが、だからといって大企業というわけでもなく、書類上も表向きの業務内容も、ごくありふれたサプライ業者でしかなかった。

 奇妙な点といえば、役員に元防衛省関係者が数多く名前を連ねているということくらいだった。

 その実態は、改造人間との抗争を目的として設立された、非公式の戦闘部隊。

 南郷はそこで、サイバネティクスの義手と義眼を付けられた。

 銃と刃物の扱い方と、改造人間の殺し方も習った。

 装甲服や可変ドロイドといった、自衛隊にも採用されていない最新装備をも与えられた。

「なんでこんなモンあるかって? バカじゃねぇんだ。言わずもがな。察しろよ」

 神宮寺は、装備の出所を明言はしなかったが、少し考えれば分かる。

 こんな部隊が超法規的に許容され、あまつさえ武器まで支給される――政府の後ろ盾があるということだ。

 非公式の部隊ゆえに、戦闘員の面子もまた非正規の人間ばかりだった。

 ある一人は、会社の帰りにチンピラ四人に絡まれて、つい弾みで全員を撲殺。遺族に賠償請求されると面倒なので、ついでにそいつらの家族と半グレ仲間も全員殺して埋めた元会社員。

 本人曰く

「ゴミ処理しただけなんだから、社会はむしろ俺に感謝すべきだと思うけど……」

 ある一人は、真っ赤っ赤な両親に、世界同時革命の総決起に備えて育てられた人間兵器。

 ソ連崩壊で革命の夢は潰え、生きる目的をなくしたまま20年間無為に過ごし、ようやく自分の殺人技を活かせる場所を見つけた中年男性。

 曰く

「核爆発以上の線香花火で、自分の葬式やるのが夢でねぇ……」

 ある一人は、仕事と現実のギャップに耐え切れず、警察署に突っ込んできた暴走族とその背後の某指定暴力団を皆殺しにした元警察官。

 改造バイクの没収すらできない生温い取り締まりと、公然と事務所を構える反社会組織が許せなかった。

 曰く

「法としては間違っていても、人間として間違ったことをしたとは思っていないよ。今でもね」

 ある一人は、謎のロシア人。

 職安の周りをウロウロしていたら、連れてこられたらしい。

 いつも冷えたウォッカを飲んでいる。経歴は良く分からない。たまに酔っ払って物凄い勢いで喋るのだが、呂律の回らないロシア語なので意味が分からなかった。

 彼は軍人やマフィアではないらしいのだが、殺しに躊躇がなかった。

 曰く

「バケモン、ブッコロシテ、カネ、モラエル! ヤポーンスァーーーイコ――――!」

 常に人員は流動的な職場だったが、この四人は南郷と一緒に最後まで生き残っていたのを憶えている。

 記憶に残らない奴は、一週間も経たずにあの世に飛ばされて二度と帰ってこなかったような連中だ。

 変に正義感や使命感を燃やして自衛隊から出向してきた人間もいたが、その人達のことはあまり思い出したくない。

 なまじマトモな人達だったからだ。

 死ななくても良い人たちが、くだらない戦いで死んでいくのは、辛かった。

 そういう意味で仕事が長続きしないので、神宮寺は普通の人間を採用したがらなかった。

「食い詰め者にイカレポンチの社会不適合者。そして、たまーにお前みたいな突然変異がいる。死ぬのも生きるのも大した問題じゃないと思ってるようなのがな、どういうワケか平和な日本で生まれちまうんだ。ま、一種の先祖がえりだな。知ってるか? 昭和の時代まで殺したり殺されたりは、日本でも割と身近なことだったんだ。昭和が古き良き時代だっていう、ありゃ嘘だな」

 解釈や呼び方はどうあれ、南郷も狂人どもと同類扱いというわけだ。

 しかし倫理観の歯車が外れた人間兵器だとしても、分別のつかない人材は不要だった。

 冷静な判断力がなければ、すぐに死ぬ。

 状況の推移を予測できる想像力がなければ、じきに死ぬ。

「生憎と、ウチは福利厚生クソくらえの職場でなあ。社員の家族までは面倒看きれん。そもそも、守るモノがある奴ってのは弱い。言ってること、分かるな?」

 神宮寺の忠告は語気は荒いが、分かる話だった。

 だから「全てを捨てろ」と最初に要求された。

「お前は顔も割れてる。覚悟はしとくんだな」

 その時がきたのは、戦い始めて一か月後だった。

 想像はしていた。

 だから、そうならないように努力はした。

 引っ越すべきだ。命を狙われるから隠れるべきだと、家族に説明しても理解は得られなかった。

 冗談を言っているのかと笑われ、気が触れたのではないかと疑われ、やがて腫れ物のように扱われて、それで終わりだった。

 当たり前の、ごく普通の反応で、終わった。

 息子が生まれた年に、父がローンを組んで買った一戸建ての我が家。

 玄関には、父と母と妹の切断された首が並べられていた。

「追加の授業料、取り立てにきたわよん♪ 南郷十字クン?」

 その日、シミタ-マンティスが南郷を出迎えた。

「あなたの弱い所を消してあげたのん。コレであなたはもーーーっと強くなれる。ワタシはそれを期待して――」

 それから先、あのオカマのカマキリが何を言っていたのかは、良く憶えていない。

 ただ、不思議と大して悲しくなくて、怒りも湧いてこなくて、むしろ足枷が無くなったような気持ちで、

 自分が確実に壊れていることだけが、分かってしまった。



 神宮寺の戦闘部隊には、各人1機ずつ可変ドロイドが支給されていた。

 それらは自衛隊の新兵器のテストも兼ねていて、これを使って改造人間を駆逐するのが仕事だった。

 ドロイドには何故か、改造人間の体内のチップをスキャンして、その個体名や能力を読み取る機能があった。

「何でかって? まあ、ぶっちゃけ内ゲバだからだよ。俺らのスポンサー様も、バケモノ作ってる連中も大元は同じだから、情報はある程度融通できる。内ゲバの理由? 音楽の方向性の違いと、金のトラブルかな?」

 神宮寺も、南郷たちも、上の都合など知ったことではなかった。

 仕事だから、それぞれに事情があるから、対価を求めて改造人間と殺し合うだけだ。

 改造人間での戦闘では、支援ドロイドが貢献ポイントをカウントする。

 たとえば、Cクラス改造人間を撃破すれば10ポイント、味方を支援すれば5ポイント、民間人に露呈せずに撤収できれば20ポイントといった具合に加算され、それが報酬に結びつく。

 高評価なら、それに応じた装備も優先的に支給される。

 まるでゲームのようで分かり易かった。

 自分の命すら顧みない狂人たちには仲間意識など無かったが、ポイントのために結束し、時にはチームを組んで作戦に臨んだ。

 神宮寺たちと改造人間との抗争は政府によって隠蔽されていたが、時に漏れ出した情報は都市伝説に姿を変えて、オカルトめいた噂として囁かれるようになった。

 たとえば――当たり屋と人食い病院の話。

 視界の悪い雨の夜を狙って、当たり屋が道路に飛び出る。

 間合いを測って車に接触して、あとはパターン通りの展開になる。

「あいったぁーー……どうしてくれんだよコレェ!」

 わざとらしく転がって、当たり屋は痛がってみせる。

 止まった車からは、美人の女性が降りてきて

「あらぁ~ごめんなさい大変ねぇ! すぐに病院に行かないとぉ~!」

 当たり屋の腕を掴んで、引っ張り上げるのだ。

 女とは思えない、物凄い力で。

「ちょっ……病院なんか良いから! 治療費――」

「いい病院を知ってるんですよぉ~! す~ぐに楽になれますからねぇ!」

 女の服の裾から、植物のような細い蔦が、だが鋼のように硬い蔦が伸びて、当たり屋の全身を拘束した。

 当たり屋は、市内の廃病院に連れて行かれた。

 注射器や器材の散乱した手術室は、腐敗した肉と血の臭いで充満していた。

 手術台に拘束された当たり屋を、女がうっとりした顔で見下ろす。

「この子、タバコ臭いけどハーブの香りみたいなモノよねぇ~。まだ若いし、細かいことは全然許容範囲ぃ~……」

「――っ!~~~~っっっっ!」

 当たり屋は喉の奥までガーゼを押し込まれて、声にならない悲鳴を上げるだけだった。

 自分が何をされるのか、程度の低い頭でも周りを見れば一目瞭然だった。見えるのは、刃こぼれをした出刃包丁や血痕の付いた鋸、乾いた血でラベルの変色した調味料のボトル。

 女は慈しむように、自分の腹を撫でた。

「おなかの赤ちゃんのために、もっと食べなくちゃならないのぉ~。夫には内緒なんですよ、これ。私だけの……秘密の贅沢♪」

 女が出刃包丁を振りおろすと、当たり屋の悲鳴は消えた。

 ボトっ、という鈍い切断音と共に、赤黒い血が手術台から滴り落ちた。

 直後、手術室のドアが吹き飛んだ。

 分厚い金属がひしゃげて弾けて、貫通した数発の機関銃弾が女の体を破壊した。

「えっ……?」

 胴体に大穴を開けて倒れる女が見たのは、闇に浮かぶ欠けた赤い十文字。

『スキャニング。Cクラス改造人間 スパイクローズ 脅威判定 C-』

 肩に12.7mm機関銃を懸架した戦闘ロボット〈タケハヤ〉が敵データを報告した。

 闇の中で、黒い装甲の怪人は無言でアサルトライフルを構えた。

 銃口の先の女の姿が、異形に変化していく。

「お腹が空いてるのに食事の邪魔されるとさあ……大人でも怒るんだよぉ? 分からないのぉ? ほんと……っ! 殺したくなるんだから邪魔ぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」

 知性の欠いた叫びと共に、薔薇の改造人間が一斉に棘の蔦を放出した。

 それでも、赤い十文字は正確に改造人間の頭部を狙っていた。

「死、ね」

 発砲、着弾、改造人間の頭が仰け反る。

「あ――」

「死、ね」

 死の宣告に感情は無かった。

 更に射撃を継続。心臓を撃ち抜き、蔦の根元を破砕し、距離を保ったまま腰のベルト、ギガスの腕輪に照準を合わせた。

 血だまりの中で、スパイローズが何か呻いていた。

「お腹は……撃たないで……」

「死、ね」

 どうでも良い雑音なので、無視して発砲。

 ギガスの腕輪を砕かれたスパイクローズは、石灰となって朽ちた。

 改造人間との戦いを始めて1年が経った頃、南郷十字は怪物と殺し合う、黒衣の怪人サザンクロスとして、都市伝説に語られるようになっていた。

 戦いに馴れるほど、人間として死んでいくのを感じた。

 南郷の心と体をギリギリの所で現世に繋ぎ止めているのは、たった一つの願いだった。

 連れ去られた一人の少女を、辰野佳澄をいつの日か救い出すという、強く儚い願いだけ。

「例の女の子は改造人間の素体として選ばれた。それも最高ランクの素材。Aクラス改造人間の適性者。100万人に一人の逸材らしい。調整には時間がかかるし、カルト集団らしく儀式の段取りもある。だが、都合良く間に合う保障はない」

 神宮寺の忠告は、いつだって正しかった。

 その程度は想像していた。想像力がなければ、戦ってこれなかった。

 考えるのを止めるのは死と同意であり、故に最悪の事態をいつも覚悟していた。

 それでも、現実を目の当たりにすると――

 絶望で心が軋んだ。

「ああ……あ……」

 バイザーの奥で赤い右目が見開く。

 駅の構内には、大量の一般市民が倒れていた。忌々しくも、ヘルメットのセンサーは彼らが既に呼吸していないことを知らせていた。

 脱線した電車の中からは、無数の人の呻き声が聞こえる。

 けたたましい火災警報が鳴り響いているというのに、世界は妙に静かに感じられて、死体の中に立つ一人の少女が鮮烈に映った。

「やっほー♪ ひっさしぶり! カッコよくなったねえ、十字♪」

 辰野佳澄だった。

 奪われたあの日と同じ制服姿だった。変わらない声だった。だが髪と肌、瞳の色が違う。

 色素の抜けた白い髪が銀色に煌めき、肌は焼けたように浅黒く、瞳は血のように赤かった。

 南郷の傍ら、支援戦闘ロボット〈タケハヤ〉がいつも通りに解析を始めた。

『スキャニング Aクラス改造人間 ドラゴンカース 脅威判定 A+』

「はっ…は、あああああ……?」

 突き付けられる現実に、南郷は狼狽えた。生まれて初めて、恐怖と絶望に喉が震えた。

 南郷の様子を見て、辰野佳澄は歓喜した。

「お面を被ってても、どんな顔してるか分かるよ十字~! だって、あたしたち小さな頃からずっと一緒の幼馴染だもんねぇ!」

「やめろ……やめてくれ……」

「ウフっ……やめてあげなぁい♪」

 こんな現実を見せるのは止めてくれ。俺を苦しめるのは止めてくれ。

 俺から彼女を奪わないでくれ。思い出を奪わないでくれ。

 最後の、人であるための願いを――壊さないでくれ。

 南郷十字の懇願を、辰野佳澄はアア嘲笑った。

 既に人ではない少女は、死体の山で軽やかにステップ。両手を掲げて、狂おしき我が身の誕生を祝福した。

「さあ、見ててよ十字! あたしもすっごくカッコ良くなったんだから! 前よりも何十倍、何百倍も綺麗に! 素敵に! 生まれ変わったのォ!」

 辰野佳澄が舞い踊る。

 血煙のような赤い瘴気をまとって、人の皮を脱いでいく。

 制服が紅の衣に変化し、両の瞳孔は爬虫類のように尖り、頭からは二本の角が出現した。

 それは下位ランクの改造人間とは異なり、人の形状を保ったまま、だが人間とは全く異なる生命への進化を果たした姿だった。

 Aクラス改造人間、ドラゴンカース。その姿は、美貌の竜人であった。

「最高の気分……! これが永遠の命。人間はみーんな、あたしの食べ物……っ」

 死の頂きから、遥かな生命の高みから、かつて人間だった少女は、最愛の少年を歓喜の笑みで見下ろした。

「さあ、聞かせて。あなたの心が砕ける音を……!」

 絶望の奈落に、南郷十字は落ちながら

「ひぃっ、あっ……うわあああああああああああああああ!」

 喉が潰れるような叫びを上げた。

 それは、砕け散る精神の断末魔だった。
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