ヒト・カタ・ヒト・ヒラ

さんかいきょー

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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ24

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 南郷十字は人付き合いが苦手である。
 経験上、他人に深入りするとお互いにロクなことにならないので敬遠している。
 人間関係を構築するのは社会生活を送る上で必要なことだが、同時に人間関係に捉われる呪縛でもある。
 その辺りを上手く割り切ることイコール世渡りの上手さなわけで、およそ南郷の及ぶところではない。
 しかしながら、高度に発展した現代社会は最低限の人間関係で生活が可能である。
 極論を言うとコンビニやスーパーで「お箸つけますか」「袋はどうしますか」のイエスオアノーの会話のみで生活できる。
 実際、南郷は10年近くマトモに他人と会話せず、友人も作らず、更に定職にも就かず生きてこられたのが、その証明といえよう。
 なので、他者との濃厚接触を強要される現状にあって、南郷は死ぬほどの逃避願望に苛まれていた。
「南郷くん、こういうことになった以上はちゃんと私の父母に事情を説明するのだ」
 園衛にご両親への挨拶を強要されて、いま
 ものすごく
 逃げたい
 わけである。
 渋々と、日の暮れた屋敷の廊下を園衛の後についていく。
(逃げてぇなあぁ……)
 悶々と頭の中で思う。
 いずれどこぞで一人野垂れ死ぬつもりだったのが、何がどうして年上の女の世話になって、そのご両親に会って話すことになってしまった。
 今すぐにでも屋敷を飛び出して、何もかも放り出して、どこかの山の中にでも消えてしまいたい。
 それが出来ない。
 出来なくなってしまったのが、人間関係の呪縛の証左なのであった。
 そしてついに、南郷は処刑場の前に来てしまった。
 園衛の立ち止まったドアの隙間から、部屋の灯りが漏れている。
「園衛です。入りますよ」
 声をかけると、中から応答があった。
「待っていたよ。入りなさい」
 優しげな壮年男性の声だった。
 南郷も聞いた覚えはある。前に一度だけ軽く挨拶をした。園衛の父だ。
 園衛がドアを開けた。開けてしまった。
 仕方ないので、南郷も入るしかなかった。
「失礼します……」
 南郷の表情は硬かった。緊張と自己嫌悪で糊のように表皮が固まっていた。
 園衛が耳元に顔を近づけてきた。
「なにかね、その顔は……。キミらしくない。死を恐れないくせに、人に会うのがそんなに怖いか?」
「死ぬより辛いです……」
「何事も死ぬよりマシと思えば怖いモノはなかろう」
「だから死んだ方がマシなんですよ……」
 小声でひそひそ囁き合って、南郷は園衛と共に恐怖の洋室へ。
 死刑執行人の男女、つまり園衛の父母はにっこり笑顔で南郷を歓迎した。
「良く来たね、南郷くん。さ、座りなさい」
「あの園衛が男の人を家に入れるなんてねぇ~。いつ天変地異が起こるか、わたし毎日ビクビクしてますのよ~っ。おほほほほほ」
 一見、上流階級とは思えない凄く親しみやすいオジサンとオバサンなので、南郷は却って辛さが増した。
 こういうフレンドリーな人とは、本当に会話がつらい。
「あの……宮元さん、つまり、今日は重要なお話が……」
「宮元さん、なんて他人行儀は不要不要! 我々のことはお父さん、お母さんと呼んでくれて良いから!」
 勘弁してほしかった。
 南郷は苦笑いの裏で悶絶していた。このまま息が止まるかも知れないと思った。
 同時に、非常に妙な雰囲気に気付きつつあった。
 幾度の死線を潜り抜けてきた熟練の戦士としての直感がこの場の空気に危機感を覚えた。
「園衛はあんな性格だから、昔っから男っ気が全く無かったのよね~。わたし達がいい人いるのよ~ってお見合い勧めても『そんなラーメンの上のモヤシみたいな男は好かん!』なんてサッカーボールみたいに蹴飛ばしちゃってぇ! そんなことしてるうちにもう29歳でアラサー、アラマァ大ピンチって! うふふふふふふ」
「はぁ……」
 園衛の母の、場を和ませる中年ギャグが辛かった。コメントのしようがない。
「だから漸く、南郷くんみたいなメガネにかなう男性を連れてきてくれて、わたしもォ安心しちゃってぇ~」
 まずい。
 なにか、非常にまずい気がする。
「あの、お父さん……。園衛さんから、話聞いてませんか……?」
「ああ、聞いてるよ。ウチが戦場になるかもと」
 さすがに園衛の父、かつて妖魔と戦ってきた組織の長だった男だからなのか、全く動じていない。
 平然と、日常の出来事のように話が進む。
「はい。ですから、この度は大変なご迷惑を……」
「はははははは! 気にしない気にしない! 家は壊れても、また建て直せば良い!」
「家の皆さんに害が及ぶかも……」
「荒事が済むまで避難すれば良いだけさ。私は気にしてないから、そんなに畏まらないで、ね!」
 園衛の父は、異様に懐が広かった。
 単にそういう性格だとは、にわかには信じがたい。
 この空気には、裏があると読むのが南郷だった。暗に何かを要求されている。騒ぎの代償として、取引が勝手に進んでいる懸念があった。
「あの……お父さん。知っての通り、俺は徒手空拳の身の上でして……」
「そんなのは大した問題ではないよ! なにせ、キミは園衛が認めた男なのだから! なあ、園衛よ?」
 話を振られて、園衛が頷いた。
「はい。南郷くんは凄まじい使い手です。私と互角の腕前だと判断しています」
「そうだろうそうだろう! 園衛並の達人が我が家にもう一人増えるとは! 喜ばしいなあ!」
「無論、人格面でも正義の人だと確信しています。多少捻くれていますが、まだ素直になれていないだけです」
「う~ム! あの園衛にここまで言わせるとは~~っ! 南郷くん、これは凄いことだよ! だから!」
 父母が同時に、南郷を見た。圧のある視線だった。
 南郷、厭な予感が背筋に走る。
「いつまでも! うちにいてくれて良いんだよ!」
「今後とも、園衛と仲良くしてくださいね~! おほほほほ……」
 凄まじいプレッシャーだった。
 行き遅れの我が子を想い、我が家の行く末を案じる両親の、婿入り要求超重力場に空間が歪んでいた。
 南郷は口の中で「あ……あぁ……」と小さく呻きながら、園衛の横顔に目をやった。
 なんとも申し訳なさそうに苦笑いを浮かべているが、面と向かって両親を諌めようとはしない。能動的イエスでもないし、かといって断固たるノーでもない、曖昧な対応だった。
(逃げたい……)
 しかし、逃げたくても逃げられない。状況がそれを許さない。
 己が人間関係の泥沼の呪いにハマりつつあると、南郷は確信した。
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