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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ20

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 翡翠色の剣尖が、宮元園衛の腹を切った。

 衣服の断片が舞い、鮮血が噴出する。

 だが、浅い。

 反応速度では若いアズハに負ける園衛だが、経験と技術においては大きく上回っている。戦闘において先鋭化した思考と肉体は、相手の先の先まで読んでいた。

 かわし切れず、僅かに下腹部を切られたのは、園衛の衰えとアズハの戦技が拮抗した結果であろう。

 ここで園衛が負傷に怯み、後に引くのはある意味で正解である。アズハもそう思っている。

(それはッ甘いなッ!)

 真の戦の解、それは攻めて攻めて攻め果つること。

 攻撃こそが最大の防御。死中に活を見出す。

 園衛は傷を無視して更に間合いを詰め、アズハのがら空きになった左半身に体を捻じ込んだ。

 アズハの意識は弾いた曲刀に一瞬集中し、隙が生じていた。

 園衛の右の鉄拳が、アズハの顔面に叩き込まれた。

「うおっ……!」

 アズハの姿勢が崩れた。

 園衛は畳みかけんと、足を絡ませ転倒させようとしたが、次の瞬間にはアズハは軽業師さながらの側転で間合いの外に脱していた。

「ぬはっ……なんちゅうメチャクチャな技使いよるんや……。一足一刀の間合いもクソもないわ。チャンバラにしちゃルール違反と違いますかァ……?」

「実戦刀法に型は無いと知れ」

 実戦は剣道の試合のように同じ得物で対等に戦うルールなど存在しない。園衛の身のこなしは、対妖魔だけでなく、対人戦闘の経験が豊富であることをも物語っていた。

 だが、アズハは想像以上の使い手だった。

 動揺を突かれたこともあり、浅手とはいえ刀傷を受けた。腹部を切られた園衛と、打撃の衝撃を受け流したアズハ。前者の方がダメージは大きかった。

(さて、どうするか……)

 園衛は、思案を表情には出さない。目を細めて、視線も虚ろに、相手に意図を悟られないようにする。

 アズハは間合いを保ったまま、薄笑いを浮かべていた。

「フフフフ……ウチの身の上話、聞いてくれますか宮元さぁん? 優しいお姉ちゃんに恵まれたクリエちゃんと違うて、ウチがどぉーんだけ惨めな生活送ってきたかぁ……」

 先程と同じ、園衛の動揺を誘う話術だ。

「小豆畑は上忍の家。とはいえ、その仕事は宮元さん達の下請けでぇ――って、聞いてます?」

 園衛は話を聞いていなかった。

 鼓膜に入る音声を言語として認識しない。意識と肉体を切り離す技によって、園衛は精神攻撃を無効化した。

 これは本来、こちらの思考を読む能力者や妖魔への対処法であった。

「フン、無念無想っちゅうヤツですか。よっぽどウチの話を聞きたくないんやねえ?」

 裏を返せば、アズハの言葉は園衛に痛手になるということである。

 園衛は後の先を取ろうとアズハから間合いを置いた。攻めから一転した守りの姿勢であった。

 無念無想の境地にてカウンターを狙っていた。

「ハッ! 無念無想それもまた良し! せやけど、無念頭じゃでけへんこともあるでぇ!」

 アズハが竹刀ケースより巻物を取り出した。

 一見すると古式ゆかしい忍術のハッタリのように見えるそれは、展開されることで全く異質な現代兵器へと変化した。

「柳生忍法! 紙傀儡ッ!」

 アズハの声と共に、巻物から翡翠色の折り紙が無数に放出された。重さを感じさせない折り紙は人形を象り、無音で空中に浮遊する。

 それらは、アズハの変幻忍者刀と同じ素材で作られた現代の式神であった。

「押しかけろ、傀儡雪崩ェッ!」

 アズハが忍者刀を一振りするや、式神たちは軽い破裂音と共に園衛に向かって殺到した。

 殺気を感じ、園衛の肉体が自動的に反応する。

 神速の反応で式神を捌くが、縦横無尽に多方向から押し寄せる傀儡雪崩に対応しきれない。

「くっ……!」

 無念無想の待ちの型は、あくまで対人用のカウンター狙いの技だ。避けるにも打ち払うにも、意思の判断力を要する多方向同時攻撃には不向きであった。

 式神は、メタマテリアル製の極薄の刃でもある。ナノレベルのマイクロコンピューターを内蔵し、ボイスコマンドと指示により複雑な攻撃パターンを実行できるドローン兵器であった。

 園衛は致命傷を避けているが長くはもたない。服と薄皮が刃で切り裂かれていく。

 そこへ、アズハが再び切り込んだ。

「ハァッ!」

 ドローン式神との連携攻撃。もはや耐え切れない。

「チッ……!」

 無念無想を解除し、後退する。

 忍者刀の間合いは既に見切っている。紙一重で回避できると思った矢先、アズハの繰り出した剣尖が――伸びた。

 変幻忍者刀の名の通り、メタマテリアル製の刀身は伸縮自在。園衛の予測を遥かに越えて、守りの曲刀を叩き折った。

「ヌゥ!」

「ハッ! これでしまいや、宮元園衛ッ!」

 アズハ、更なる踏み込みと共に円運動で剣勢に慣性を載せる。紙吹雪のように、式神たちも群れを成してそれに続いた。

 園衛は既に陸橋の隅にまで追い詰められていた。次の一撃で胴体を両断される。

 覚悟と死の交錯した一瞬、園衛は唯一生き残る可能性を選んだ。

 アズハの翡翠色の剣閃を後へ跳んで回避――躊躇なく、陸橋から空中に身を投げた。

 オートで園衛を追尾した式神たちの誘導性は甘く、空中の園衛を通り越して、地上に激突した。地表には大型の路面排水溝が設置されており、式神の刃が金属の網目を破砕していた。

 園衛の体は、排水溝の中へと一直線に落ちていく。

 アズハはとっさに、それを追って陸橋から直下を覗いた。

 瞬間、折れた曲刀が園衛から投げ放たれた。

「なにぃッ!」

 鋭い刀身がアズハの頬を掠め、下方から着水音が聞こえた。

 アズハの反応速度で避けなければ、頸動脈を切り裂かれていた。

 頬を伝う熱い血液を拭うアズハ。ブラウスの下の背筋は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

「明らかにウチが優勢やったのに、もうちっとでウチが殺られてた……。なんつうババァや……」

 はぁ、はぁ……と息を切らして、アズハは手摺に背中を預け、ずるりと地面にへたり込んだ。

「撒かれたか……。まあ、ええわ。仕事はやったし、殺る機会は次でも……な」

 負け惜しみの言い訳のような独白が少し厭になって、アズハはガクリと頭を垂れた。

 園衛が消えた先は、ショッピングモールを含めた駅周辺施設の排水が集中した下水の激流であり、追尾はもはや不可能だった。
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