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第三話
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ19
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アスファルトの地表を砕き、炎熱が地下へと浸透する。
亀裂は瞬く間に南郷の周囲へと到達し、ひび割れた地表から赤い光が漏れだした。
「タケハヤ、ビークルモード! 回避機動!」
『イエッサー』
一瞬の判断で、南郷は〈タケハヤ〉にボイスコマンドを飛ばした。
南郷はバイク形態に変型した〈タケハヤ〉に飛び乗り、炎と共に隆起する地表から跳んだ。
「アップ!」
更なるボイスコマンドにより、〈タケハヤ〉はワイヤーアンカーを射出。タワーマンションの外壁に打ち込み、上昇をかけたと同時に地表が爆発した。
上下水道管が破壊され、水蒸気が膨れ上がる。地下のガス管にも引火し。爆風を直下に〈タケハヤ〉は壁面を駆けあがる。
エイリアスビートルが、それを追撃した。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
地表を粉砕する脚力の跳躍だった。一跳びで20メートルの高さに至るジャンプで、壁面に追随してくる。
「チッ……」
南郷は舌打ち、腰のウェポンラックからサブマシンガンを抜いた。垂直上昇中だろうと構わず、エイリアスビートルを迎撃した。右手でハンドルを握る手前、左手のみでの発砲となる。
トリガーに指をかけ、弾丸をバラ撒く。アサルトライフルと比べれば軽い発射音が響いた。だが、反動は片手では抑えきれない。射撃精度はすこぶる悪く、牽制にしかならないだろう。
いや、牽制にすらならなかった。
「効かぬわぁぁぁぁぁぁっ!」
エイリアスビートルは避けもせず、射撃を受けていた。生体装甲が弾着の火花を散らして銃撃を弾いている。完全なノーダメージだ。サブマシンガンでは生体装甲を貫通できない。
そして、跳躍の最高高度まで到達したエイリアスビートルは壁を蹴った。
三角跳びの要領で壁面を蹴りつけ、隣接するもう一棟のタワーマンションの壁へと跳んだ。
それを確認した南郷は、HMDの望遠モードでエイリアスビートルを確認した。
向こう側の壁を蹴って、こちらに突っ込んでくるのは確実。そればかりが、両腕の生体装甲が新たに突起を生やすのが見えた。
何か仕掛けてくる気だ。
「タケハヤ、高機動回避! 俺をフォローしろ!」
『イエッサー』
南郷は、空中戦を覚悟した。
〈タケハヤ〉のタイヤが唸りを上げて高速回転し、ワイヤーアンカーを壁面に連続射出。垂直の壁を地上のごとく、上に向かって疾走し始めた。
エイリアスビートルが壁蹴りで跳んだ。
同時、その両腕の四本の突起が指のように蠢いた。
「この攻撃ィ! よ・け・ら・れ・る・かーーーーーッ!」
突起が一斉に火を吹いて、空中に射出された。それは紛れもなく、エレクトジェリーと同様の生体ミサイルだった。
白い噴煙の航跡を引いて、四本のミサイルが南郷と〈タケハヤ〉を追尾。その奥から、エイリアスビートルも突っ込んでくる。
対する南郷は何を思ったか、ハンドルから手を放した。
「――はっ」
覚悟と命を、吐き捨てる。
重力と加速Gに引かれて空中に投げ出された南郷の足を、〈タケハヤ〉の手が掴んだ。それを足場に、南郷は力づくで空中に立った。
「プロテクション!」
ボイスコマンドで装甲服の電磁反応装甲を強制射出。火花と共に周囲に爆ぜた薄い装甲片は、一種のアクティブ装甲と化して生体ミサイルを阻んだ。
爆炎が視界を遮る。だが、エイリアスビートルの未来位置は分かる。あの質量と運動エネルギーは一直線に南郷を穿つ改造人間砲弾である。
ものの一秒後には、南郷に衝突して、そのまま地表へと落下して、それで終わりだ。
南郷は、アサルトライフルを両手で構えていた。正面から撃ってもライフル弾は効かない。生体装甲は貫通できず、エイリアスビートルを止めることも出来ない。
ただの人間である、南郷十字の手持ちのカードはあまりにも非力だった。
故に――命という切り札を投げ出すのだ。
南郷は、足場にしていた〈タケハヤ〉の手を蹴って、空中へと跳んだ。
生体ミサイルの煙の中へと、こちらに突っ込んでくるエイリアスビートルの頭上めがけて、地上100メートルの空中に身を投げた。
バイザーの奥、赤く光る右目が、エイリアスビートルの頭部を間近に捉えた。息が届きそうなほどの至近距離だった。
この距離なら、装甲を撃ち抜けるはずだ。
「――フゥッ!」
神経が擦り切れるような瞬間。矢のような息、ギリギリまで引き絞られた神経。
生死交錯の死線、破線チギレ飛ぶ0.1秒。
引き金を引いた。
ありったけの連射。5.56㎜弾の猛攻。エイリアスビートルの生体装甲を、極至近距離で破砕していく。
「ぬぅおおおおおおおおおっ!」
頭部から首にかけて盛大に火花を散らし、エイリアスビートルは勢いを保ったままマンションの壁に衝突した。
空中に外壁とコンクリートの破片が弾け飛ぶ。
落下していく南郷に向けて、〈タケハヤ〉がワイヤーアンカーを射出した。南郷はワイヤーを握って、辛うじて重力の死神から逃れた。
南郷十字と〈タケハヤ〉は、理想的なマン・マシン・ウェポンシステムを体現していた。
自らの死を恐れる感情を排除した、冷徹な戦闘機械論。机上の空論を現実のものとする、二体で一つの機動兵器として完成されていた。
だからこそ、今日にいたるまで何十体もの改造人間に勝利してきた。
〈タケハヤ〉に引き上げられ、南郷は共にタワーマンションの屋上に降りたった。高く登りすぎたので、地上に降りるより屋上に行った方が、早く平面に足をつけられると判断した。
高所得者向けマンションの成金趣味らしく、屋上はヘリポートになっていた。
「この程度で……終わってくれると助かるが……」
マフラーは風になびかせて、南郷が呟いた。
果たして、願いが容易く叶わないのが現実というものだ。とっくに諦めている。
現実は、どんな経過でも結果でも受け入れるしかないのだ。
巨大な質量が、壁を蹴って屋上に飛び込んできた。
コンクリートに足をめり込ませるのは、エイリアスビートルだった。
「この程度で……終わるワケがなかろうよ」
その頭部に撃ち込まれたライフル弾が、白煙を上げながら排出された。生体装甲の完全な貫通は出来なかったようだ。猛烈な代謝速度でダメージが再生されていく。
南郷は、少し考えた。
Aクラス改造人間。最高クラスの強敵。希少極まりない最上級エネミー。対する手持ちの武装は、決定打に欠ける。
この状況で、どうやって奴を殺すか――。
ほんの3秒考えた結論は、情報不足ということだ。
敵の能力もまだハッキリしない。そして、敵の素性も分からない。戦術の立てようがない。
一か八か、探りを入れてみることにした。
「おい、カブトムシのバケモノよ。今さら、どうして俺を狙う」
乱暴に問いかけた。
恐らく、エイリアスビートルは答えるだろう。
やや間を置いて、エイリアスビートルはマスクの隙間から蒸気を吐いた。熱い感情の篭った、灼熱の呼吸だった。
「……スパイクローズという改造人間を知っているか」
エイリアスビートルは質問に質問で返してきた。
会話のマナーとしては落第だが、そんなことは問題ではない。
誘いに乗った。南郷に何かを言いたいのだろう。そこにどんな感情が込められているかは大方予想がつく。
「そんな奴……いたかねぇ。バケモノの名前なんて、いちいち憶えてねぇや」
だから、しらばっくれてやった。
実のところは、今まで倒した改造人間は全て記憶している。
嘘をついたのは、感情を逆なでするためだ。
案の定、エイリアスビートルの目が憤怒の赤に染まった。
「俺は憶えている……忘れるワケがない……!」
「そのバケモノは、アンタのなんだよ?」
「ローズは……彼女は……っっっっ」
歯を食いしばるようにして、エイリアスビートルは空を仰いだ。
そして、腹の奥に貯め込んできた、燻る泥の感情をどっと吐き出した。
「俺の妻だった! この世で最も愛しい人だった! それを、それをお前はぁぁぁぁぁ……ッッッッ」
憎悪に身を焦がす改造人間の姿に、南郷は妙な既視感を覚えた。
愛しい女を奪われて復讐に狂うなんて、まるで自分を鏡で見ているようで、おかしくて、狂おしくて
「ふふっ……」
南郷は、どこか悲しげな笑いで口を震わせた。
暫く、エイリアスビートルに好きなだけ澱を吐かせてやることにした。
「妻は……病気だった。生きるためには、改造人間になるしかなかった」
「そうかい」
悲しい過去語り。バケモノの戯言なぞ、どうでも良い。好きなだけ空気に向かって話せば良い。
「どんな姿になっても、妻は妻だった。人の心は無くさなかった。人間を襲ったりはしなかった」
「そうかい」
それはエイリアスビートルのバイアスのかかった主観に過ぎない。スパイクローズはCクラス改造人間だった。どんな人物だろうと、いずれ感情の歯止めが効かなくなって、他のCクラス同様に理性を失う。人間だった頃に戻ろうとする回帰本能に支配されて、人間の内臓を食うようになる。
実際、南郷が殺した時は大分狂っていた。
「お前にも分かるはずだ……。愛する者を奪われた、この感情の矛先……どォこに向かうかァァァァァ……」
「分かったら、なんだっていうんだ? 俺が憎いなら、ゴチャゴチャごたく並べてないで、とっとと殺しにこいよ。全力でブッ潰してやるからよ……!」
共感を跳ね除け、南郷は本心から挑発した。
改造人間とて元は人間。こういう恨みを買うこともあるだろう。どんな理由だろうが迎撃する覚悟は決まっている。買った恨みを踏み潰して、それでも進むと決めたのだ。
改造人間を一匹残らず殺し尽くす、その時まで。
エイリアスビートルの目が鋭く細まった。一転した、冷たい殺気が視線に込められていた。
「お前と話せて良かったよ……。おかげで、殺す決心が何百倍にも固まった……!」
「そりゃどーも……」
南郷の謝辞は半分本心だ。
誘導尋問に乗ってくれたおかげで、僅かに勝機が見えてきた。勝てる可能性が万に一つから、百に一つ程度には上がった。
アサルトライフルを構える隙を計っていると、エイリアスビートルが奇妙な動きをした。
それは、右手で虚空に十字を切るような動作だった。
「主よ、我が殺人の罪を許すことなかれ……。罪人は罪人と共に、ゲヘナの炎に焼かれ続けるでしょう……」
祈りの言葉は、大いなる隙に見えた。
南郷は即座にライフルを構えて発砲。この距離でダメージは与えられないだろうが、次の攻撃に繋げる牽制にする。
だが、その目論見は一瞬で崩壊した。
着弾の瞬間、エイリアスビートルが二体に分裂。着弾した方は蜃気楼のように霧散し、実体を持つもう一方が両腕を十文字に振った。
「クロス! インフェルノォッ!」
エイリアスビートルの叫びが、赤い十字の電光に乗って大気を切った。
空気を走る稲妻の速度は人間が避けられるものではない。
電光をまともに受けた南郷の周囲に火花が散り、電磁反応装甲が激しくスパークして全身を圧迫した。
「ぬぅぅぅぅぅっ!」
これは、電磁反応装甲が炸裂する電圧に作用した拘束攻撃だ。鉄壁の装甲の防御機能を逆手に取られてしまった。
それを理解した時には、既にエイリアスビートルの攻撃が眼前に迫っていた。
地を蹴とばし、跳躍したエイリアスビートルの全力の拳が南郷に襲いかかる。
「クラァッシュッ!」
振動する黒き鉄拳が、打ち砕く轟音を空へ鳴らした。
亀裂は瞬く間に南郷の周囲へと到達し、ひび割れた地表から赤い光が漏れだした。
「タケハヤ、ビークルモード! 回避機動!」
『イエッサー』
一瞬の判断で、南郷は〈タケハヤ〉にボイスコマンドを飛ばした。
南郷はバイク形態に変型した〈タケハヤ〉に飛び乗り、炎と共に隆起する地表から跳んだ。
「アップ!」
更なるボイスコマンドにより、〈タケハヤ〉はワイヤーアンカーを射出。タワーマンションの外壁に打ち込み、上昇をかけたと同時に地表が爆発した。
上下水道管が破壊され、水蒸気が膨れ上がる。地下のガス管にも引火し。爆風を直下に〈タケハヤ〉は壁面を駆けあがる。
エイリアスビートルが、それを追撃した。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
地表を粉砕する脚力の跳躍だった。一跳びで20メートルの高さに至るジャンプで、壁面に追随してくる。
「チッ……」
南郷は舌打ち、腰のウェポンラックからサブマシンガンを抜いた。垂直上昇中だろうと構わず、エイリアスビートルを迎撃した。右手でハンドルを握る手前、左手のみでの発砲となる。
トリガーに指をかけ、弾丸をバラ撒く。アサルトライフルと比べれば軽い発射音が響いた。だが、反動は片手では抑えきれない。射撃精度はすこぶる悪く、牽制にしかならないだろう。
いや、牽制にすらならなかった。
「効かぬわぁぁぁぁぁぁっ!」
エイリアスビートルは避けもせず、射撃を受けていた。生体装甲が弾着の火花を散らして銃撃を弾いている。完全なノーダメージだ。サブマシンガンでは生体装甲を貫通できない。
そして、跳躍の最高高度まで到達したエイリアスビートルは壁を蹴った。
三角跳びの要領で壁面を蹴りつけ、隣接するもう一棟のタワーマンションの壁へと跳んだ。
それを確認した南郷は、HMDの望遠モードでエイリアスビートルを確認した。
向こう側の壁を蹴って、こちらに突っ込んでくるのは確実。そればかりが、両腕の生体装甲が新たに突起を生やすのが見えた。
何か仕掛けてくる気だ。
「タケハヤ、高機動回避! 俺をフォローしろ!」
『イエッサー』
南郷は、空中戦を覚悟した。
〈タケハヤ〉のタイヤが唸りを上げて高速回転し、ワイヤーアンカーを壁面に連続射出。垂直の壁を地上のごとく、上に向かって疾走し始めた。
エイリアスビートルが壁蹴りで跳んだ。
同時、その両腕の四本の突起が指のように蠢いた。
「この攻撃ィ! よ・け・ら・れ・る・かーーーーーッ!」
突起が一斉に火を吹いて、空中に射出された。それは紛れもなく、エレクトジェリーと同様の生体ミサイルだった。
白い噴煙の航跡を引いて、四本のミサイルが南郷と〈タケハヤ〉を追尾。その奥から、エイリアスビートルも突っ込んでくる。
対する南郷は何を思ったか、ハンドルから手を放した。
「――はっ」
覚悟と命を、吐き捨てる。
重力と加速Gに引かれて空中に投げ出された南郷の足を、〈タケハヤ〉の手が掴んだ。それを足場に、南郷は力づくで空中に立った。
「プロテクション!」
ボイスコマンドで装甲服の電磁反応装甲を強制射出。火花と共に周囲に爆ぜた薄い装甲片は、一種のアクティブ装甲と化して生体ミサイルを阻んだ。
爆炎が視界を遮る。だが、エイリアスビートルの未来位置は分かる。あの質量と運動エネルギーは一直線に南郷を穿つ改造人間砲弾である。
ものの一秒後には、南郷に衝突して、そのまま地表へと落下して、それで終わりだ。
南郷は、アサルトライフルを両手で構えていた。正面から撃ってもライフル弾は効かない。生体装甲は貫通できず、エイリアスビートルを止めることも出来ない。
ただの人間である、南郷十字の手持ちのカードはあまりにも非力だった。
故に――命という切り札を投げ出すのだ。
南郷は、足場にしていた〈タケハヤ〉の手を蹴って、空中へと跳んだ。
生体ミサイルの煙の中へと、こちらに突っ込んでくるエイリアスビートルの頭上めがけて、地上100メートルの空中に身を投げた。
バイザーの奥、赤く光る右目が、エイリアスビートルの頭部を間近に捉えた。息が届きそうなほどの至近距離だった。
この距離なら、装甲を撃ち抜けるはずだ。
「――フゥッ!」
神経が擦り切れるような瞬間。矢のような息、ギリギリまで引き絞られた神経。
生死交錯の死線、破線チギレ飛ぶ0.1秒。
引き金を引いた。
ありったけの連射。5.56㎜弾の猛攻。エイリアスビートルの生体装甲を、極至近距離で破砕していく。
「ぬぅおおおおおおおおおっ!」
頭部から首にかけて盛大に火花を散らし、エイリアスビートルは勢いを保ったままマンションの壁に衝突した。
空中に外壁とコンクリートの破片が弾け飛ぶ。
落下していく南郷に向けて、〈タケハヤ〉がワイヤーアンカーを射出した。南郷はワイヤーを握って、辛うじて重力の死神から逃れた。
南郷十字と〈タケハヤ〉は、理想的なマン・マシン・ウェポンシステムを体現していた。
自らの死を恐れる感情を排除した、冷徹な戦闘機械論。机上の空論を現実のものとする、二体で一つの機動兵器として完成されていた。
だからこそ、今日にいたるまで何十体もの改造人間に勝利してきた。
〈タケハヤ〉に引き上げられ、南郷は共にタワーマンションの屋上に降りたった。高く登りすぎたので、地上に降りるより屋上に行った方が、早く平面に足をつけられると判断した。
高所得者向けマンションの成金趣味らしく、屋上はヘリポートになっていた。
「この程度で……終わってくれると助かるが……」
マフラーは風になびかせて、南郷が呟いた。
果たして、願いが容易く叶わないのが現実というものだ。とっくに諦めている。
現実は、どんな経過でも結果でも受け入れるしかないのだ。
巨大な質量が、壁を蹴って屋上に飛び込んできた。
コンクリートに足をめり込ませるのは、エイリアスビートルだった。
「この程度で……終わるワケがなかろうよ」
その頭部に撃ち込まれたライフル弾が、白煙を上げながら排出された。生体装甲の完全な貫通は出来なかったようだ。猛烈な代謝速度でダメージが再生されていく。
南郷は、少し考えた。
Aクラス改造人間。最高クラスの強敵。希少極まりない最上級エネミー。対する手持ちの武装は、決定打に欠ける。
この状況で、どうやって奴を殺すか――。
ほんの3秒考えた結論は、情報不足ということだ。
敵の能力もまだハッキリしない。そして、敵の素性も分からない。戦術の立てようがない。
一か八か、探りを入れてみることにした。
「おい、カブトムシのバケモノよ。今さら、どうして俺を狙う」
乱暴に問いかけた。
恐らく、エイリアスビートルは答えるだろう。
やや間を置いて、エイリアスビートルはマスクの隙間から蒸気を吐いた。熱い感情の篭った、灼熱の呼吸だった。
「……スパイクローズという改造人間を知っているか」
エイリアスビートルは質問に質問で返してきた。
会話のマナーとしては落第だが、そんなことは問題ではない。
誘いに乗った。南郷に何かを言いたいのだろう。そこにどんな感情が込められているかは大方予想がつく。
「そんな奴……いたかねぇ。バケモノの名前なんて、いちいち憶えてねぇや」
だから、しらばっくれてやった。
実のところは、今まで倒した改造人間は全て記憶している。
嘘をついたのは、感情を逆なでするためだ。
案の定、エイリアスビートルの目が憤怒の赤に染まった。
「俺は憶えている……忘れるワケがない……!」
「そのバケモノは、アンタのなんだよ?」
「ローズは……彼女は……っっっっ」
歯を食いしばるようにして、エイリアスビートルは空を仰いだ。
そして、腹の奥に貯め込んできた、燻る泥の感情をどっと吐き出した。
「俺の妻だった! この世で最も愛しい人だった! それを、それをお前はぁぁぁぁぁ……ッッッッ」
憎悪に身を焦がす改造人間の姿に、南郷は妙な既視感を覚えた。
愛しい女を奪われて復讐に狂うなんて、まるで自分を鏡で見ているようで、おかしくて、狂おしくて
「ふふっ……」
南郷は、どこか悲しげな笑いで口を震わせた。
暫く、エイリアスビートルに好きなだけ澱を吐かせてやることにした。
「妻は……病気だった。生きるためには、改造人間になるしかなかった」
「そうかい」
悲しい過去語り。バケモノの戯言なぞ、どうでも良い。好きなだけ空気に向かって話せば良い。
「どんな姿になっても、妻は妻だった。人の心は無くさなかった。人間を襲ったりはしなかった」
「そうかい」
それはエイリアスビートルのバイアスのかかった主観に過ぎない。スパイクローズはCクラス改造人間だった。どんな人物だろうと、いずれ感情の歯止めが効かなくなって、他のCクラス同様に理性を失う。人間だった頃に戻ろうとする回帰本能に支配されて、人間の内臓を食うようになる。
実際、南郷が殺した時は大分狂っていた。
「お前にも分かるはずだ……。愛する者を奪われた、この感情の矛先……どォこに向かうかァァァァァ……」
「分かったら、なんだっていうんだ? 俺が憎いなら、ゴチャゴチャごたく並べてないで、とっとと殺しにこいよ。全力でブッ潰してやるからよ……!」
共感を跳ね除け、南郷は本心から挑発した。
改造人間とて元は人間。こういう恨みを買うこともあるだろう。どんな理由だろうが迎撃する覚悟は決まっている。買った恨みを踏み潰して、それでも進むと決めたのだ。
改造人間を一匹残らず殺し尽くす、その時まで。
エイリアスビートルの目が鋭く細まった。一転した、冷たい殺気が視線に込められていた。
「お前と話せて良かったよ……。おかげで、殺す決心が何百倍にも固まった……!」
「そりゃどーも……」
南郷の謝辞は半分本心だ。
誘導尋問に乗ってくれたおかげで、僅かに勝機が見えてきた。勝てる可能性が万に一つから、百に一つ程度には上がった。
アサルトライフルを構える隙を計っていると、エイリアスビートルが奇妙な動きをした。
それは、右手で虚空に十字を切るような動作だった。
「主よ、我が殺人の罪を許すことなかれ……。罪人は罪人と共に、ゲヘナの炎に焼かれ続けるでしょう……」
祈りの言葉は、大いなる隙に見えた。
南郷は即座にライフルを構えて発砲。この距離でダメージは与えられないだろうが、次の攻撃に繋げる牽制にする。
だが、その目論見は一瞬で崩壊した。
着弾の瞬間、エイリアスビートルが二体に分裂。着弾した方は蜃気楼のように霧散し、実体を持つもう一方が両腕を十文字に振った。
「クロス! インフェルノォッ!」
エイリアスビートルの叫びが、赤い十字の電光に乗って大気を切った。
空気を走る稲妻の速度は人間が避けられるものではない。
電光をまともに受けた南郷の周囲に火花が散り、電磁反応装甲が激しくスパークして全身を圧迫した。
「ぬぅぅぅぅぅっ!」
これは、電磁反応装甲が炸裂する電圧に作用した拘束攻撃だ。鉄壁の装甲の防御機能を逆手に取られてしまった。
それを理解した時には、既にエイリアスビートルの攻撃が眼前に迫っていた。
地を蹴とばし、跳躍したエイリアスビートルの全力の拳が南郷に襲いかかる。
「クラァッシュッ!」
振動する黒き鉄拳が、打ち砕く轟音を空へ鳴らした。
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