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第三話
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ18
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ショッピングモールの三階部分には、外部に突き出たテラスがある。
ここはフードコートと直結しており、食事をするための席が多数設置されていた。
南郷は声の指示の通りここまで来たわけだが、何も考えずにテラスに出るわけがない。
フードコートから、センサーでテラスを確認する。
「IFEチェック、モーション」
ボイスコマンドで動体センサーに切り替え。HMD上に別ウインドウが表示される。
動体反応は、ない。
今は日中なので、装甲服の赤外線センサーは屋外での探知能力はアテにならない。
この辺りの精密探知能力を補完するのが歩兵支援ロボットである〈タケハヤ〉の役割でもあるのだが、手元にない以上はどうしようもない。
南郷はフードコートのテーブルの上に放置された、中身の残ったままのペットボトルを拝借した。
そしてテラスへのドアをそっと開けて、ペットボトルを放り込んだ。
中身の入ったペットボトルは弾性で良く跳ねる。一度バウンドして大きく跳んで、ボトリと落ちて、テラスの床に転がった。
反応は何もない。とりあえず、動きに反応するトラップの類はないようだ。
南郷はアサルトライフルを構えたまま、警戒してテラスへと出た。
周囲に人影はなく、依然としてセンサーにも何の反応もない。
「人を呼んでおいて――」
ボヤきが零れた瞬間、南郷の背筋に電流が走った。
幾度となく修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勘と経験が、センサーよりも先に危機を察知した。
敵が仕掛けてくるとすれば、それは装甲服のセンサー有効範囲外からだ。
アウトレンジからの狙撃、あるいはセンサーの効かない
「――下ァッ!」
足元、直下からだ。
南郷のバックステップと同時、テラスの床が隆起して弾けた。
下方向からの強烈な突き上げだった。改造人間の巨体が、床を突き破って出現した。
「ブレェェェェェェェェィク!」
涎を吹き出しながら叫ぶのは、サイ型の改造人間。
床から這い出すや、狂ったように南郷へと突っ込んでくる。
「ブレイク! ブレイク! ブレイクユ―――――ッッッ!」
猪突猛進の体当たりは避けるのは容易い。南郷はサイドステップで大きく回避しつつ、敵の身体構造を確認した。こいつも、見覚えのある個体だった。
「Cクラス、ライノシェイカーか……!」
Cクラス改造人間、ライノシェイカー。全身をぶ厚い生体装甲で覆ったパワータイプの大型改造人間だ。身長は3メートル近く、体重は500キログラムを超える。
見ての通り、体当たり攻撃を得意とする。厄介なのは、鼻先の角から発生させる震動波だ。接触した対象の固有振動数に合わせた波長を発生させ、いかなる物体も粉々に粉砕する。
ショッピングモールだけを揺らす局地地震や、地震速報の誤報も、この震動波の応用によるものだろう。
ライノシェイカーの突っ込んだ先の壁も、まるでブロック玩具のような一定形状の瓦礫に瓦解していった。
あれをマトモに受ければ電磁反応装甲すら貫通される。一撃で即死だろう。
ならば、当たらなければ良いだけの話だ。
ライノシェイカーのスピードが速いのは、直線移動のみ。避けつつ、装甲の隙間を狙って攻撃を叩き込む。
「ロック……!」
南郷がHMD内のレティクルで、ライノシェイカーの首を狙った。
その時、ロックオン警報のアラームが鳴った。
赤外線追尾のミサイルに補足されたことを知らせる、ピッピッピッピッという甲高い、耳障りな電子音がヘルメット内に響き渡る。
「ミサイルだぁッ?」
南郷は反射的に身を翻し、床を転がった。
さっきまで立っていた場所が、何の前触れもなく爆発した。
人間一人を吹き飛ばす程度に小規模な、しかし必殺の爆発であった。どこからか飛来するミサイルは肉眼で目視できない。
身を隠そうにも、テラスには適当な遮蔽物がなかった。あるのは、頼りない日傘とテーブル席のみ。
(これが狙いかよ……!)
南郷は、まんまと罠の中に誘い込まれたわけだ。
ミサイルの爆心地に目をやる。ミサイルの破片と思しき、白いカルシウム片が飛び散っていた。
この攻撃にも、見覚えがあった。
「Bクラス……エレクトジェリー! イヤなのが……っ!」
厄介な相手だった。かなり手こずった思い出のある敵だった。
南郷の焦りを察知したかのように、再びテラスにミサイルの爆炎が飛び散った。
ショッピングモールから道路を挟んだ対岸には、二棟の高層マンション建っていた。駅のすぐ前にある、高所得者向けの30階建てタワーマンションであった。
そのマンションの中腹あたり、地上約50メートルの壁面に、透明な物体が立っていた。
壁に足をつき、垂直に立つ、人外の怪人。
巨大なクラゲに、骸骨同然に痩せこけた死体が頭を突っ込んでいる――そんな意匠だった。
Bクラス改造人間、エレクトジェリー。
比較的知性を保っている彼の役目は、その能力を活用した戦場全体の把握と、一般人の電子機器の乗っ取り、そしてアウトレンジからの遠隔攻撃だった。
壁面からショッピングモールの三階テラスまでは、直線距離にして約100メートル。だがテラスからは死角になっているため、南郷からこちらは見えないし、その逆もしかり。
テラスの上で何が起きているかを正確に把握するのは、ショッピングモールに設置してある監視カメラ頼りだった。
「はずしたか……サザンクロス、流石に良くかわす」
エレクトジェリーのクラゲ部分の触手が、生体ミサイルを再生成していた。カルシウムで外殻を作り、ゲル状の液体爆薬を充填する。推進剤は、内部の液体爆薬を流用している。
弾頭部の先端は人間の体温を感知する人温センサーになっている。遠隔操作も可能だが、監視カメラの映像頼りなので、その場合の誘導性は大昔の手動誘導ミサイルに等しい。
南郷が監視カメラの位置に気付けばミサイル攻撃は実質封じられるが、そうさせないのが戦術というものだ。
「脳ミソの劣化したCクラスも、こういう使い道はある」
視覚と接続した監視カメラの映像内では、南郷がライノシェイカーに追い回されている。
くらえば一撃死の突撃と、生体ミサイルの同時攻撃は、いかにサザンクロスとて避け切れるものではない。
「我が電子戦能力も随分と劣化してしまったが……。それでも、お前一人を殺す程度なら……」
Cクラス改造人間たちが著しく知能を低下させたように、エレクトジェリーも能力低下という代償を支払っている。
電子機器へのクラッキング能力は半径500メートル、生体ミサイルの有効射程は半径100メートルが限界だ。以前の1/5以下である。
人間を超えた存在、永遠の命と嘯いた改造人間の末路がこれとは……。
「いや、死人が感傷などバカバカしいな……。黄泉返ったバケモノらしく、怨念返しをさせてもらう……!」
自ら望んで人間を辞めた改造人間は、人間臭い感情を振り切り、触手から新たな生体ミサイルを発射した。
あの忌々しい支援ロボットがいない今ならば、確実に勝てる。
情報では、防衛省の関連施設に修理に出されたままだ。今の南郷に、機体を運んでくれるほどに親密な仲間はいない。仮に近くまで来ていても呼び出せないように通信も封じた。
あとは、南郷が息切れするのを待てば良い。
「重い装甲服を着た、ただの人間の分際で……いつまで避け切れるかァ?」
クラゲの中に埋もれた、エレクトジェリーの骸骨のような顔が笑った。
将棋やチェスのように打つ手は見えている。もはや勝利は揺るがないと確信していた。
南郷は、自分が追い込まれつつあるのを自覚していた。
ライノシェイカーの何度かの突撃を回避して、テーブルの下に潜り込む。
だが、こんなプラスチック製のテーブルが何の役にも立たないのは分かり切っていた。
ヘルメット内にまたしてもロックオン警報が響いた。
「くそっ!」
南郷が飛び出すのと同時に、不可視のミサイル攻撃でテーブルが吹き飛んだ。床が抉れ、小さなクレーターから白煙が昇っていた。
「はぁ……はぁ……」
息が切れ始めた。
敵はこちらの体力切れを狙っていると分かる。ショッピングモール内への退避も難しい。先程から、生体ミサイルは南郷をテラスの外縁に追い立てるように降り注いでいる。
ミサイルの飛来する間隔は約30秒。大した速射能力だが、違和感がある。
「ミサイルの連射が……前よりも遅い……?」
以前に戦ったエレクトジェリーは、10秒間隔でミサイルを複数発射してきた。速射性能も弾数も低下している。
敵が自分に情けをかけるわけがないし、出し惜しみをする理由も思い当たらない。
つまり――
「奴ら……性能が低下しているんだな」
――そういうことだ。
南郷はエレクトジェリーの姿を捜すが、その間にも新たなロックオン警報と共にミサイルが飛来。同時に、ライノシェイカーが突っ込んできた。
「ぷぅれぇぇェェェェェェェェいく!」
同じ単語を叫んで、巨体が突っ込んでくる。恐らく、ミサイルは南郷の回避方向へ未来予測して撃ち込まれる。完全な回避は難しい。
(どうする……)
進むか戻るかの判断を下す一瞬、スラスターを吹かす音が聞こえた。
聞き慣れた、〈タケハヤ〉のメタマテリアル・アークジェット推進の音だ。
南郷は全てを理解して、前に進む決断をした。
「こい、タケハヤ!」
声を張り上げて叫び、南郷はライノシェイカーへと自ら突進した。
生体ミサイルはバカ正直に人間の体温を追尾してくる。そのまま、南郷はスライディングでライノシェイカーの足元に滑り込んだ。
踏み潰されることを半ば覚悟しつつ、命を投げ捨てるように、一切の躊躇なく。
そしてライノシェイカーの鼻先に、生体ミサイルが衝突した。
「ブッレェッッッッ……?」
爆炎の中で仰け反る巨体。足の動きが停止した。
周囲に、破砕された生体装甲の粉塵が充満している。視界はほぼゼロであった。
その一瞬、南郷はスライディングしつつアサルトライフルを直上へ発砲。三点バースト射撃が、ライノシェイカーの股関節を撃ち抜いた。
南郷が滑りぬけると同時に、ライノシェイカーは床に膝をついた。
続いて、テラスの外縁からモールの壁面にワイヤーアンカーが撃ち込まれて、黒い機体が上昇してきた。
戦闘ロボット形態の〈タケハヤ〉だった。
「タケハヤ、フルインパクト!」
南郷の命令を受け、〈タケハヤ〉のセンサー部に光が走った。
『イエッサー』
テラスに上がった〈タケハヤ〉が、ライノシェイカーに肉薄。
顎に向かって、アッパーの形で拳を打ち上げた。
『フルインパクト』
手首に備わったタングステン衝角が改造人間の強化骨格を粉砕。その内部の脳に向けて、最大力の寸勁を浸透させた。
「ブレェェェェェェ……イクゥ……」
断末魔と共に、ライノシェイカーは脳髄を破壊されて絶命した。
エレクトジェリーが南郷を見失ったのは、生体ミサイルがライノシェイカーを誤射した直後だった。
生体装甲の粉塵で視界が遮られ、監視カメラが役に立たない。
「どうなった! 奴は死んだのか!」
それを確認できないから、焦る。
ただの人間でありながら、いとも容易く命を捨ててみせる。そういう不可解な奴の行動のせいで、また計画が狂った。
そうだ、まただ。
また。このパターンだ。
以前も、こんな調子で奴は番狂わせをした。
「落ち着け……焦るな……すぐに結果は分かる……」
口に出して、勝利の手順を思い出す。
30秒もあれば粉塵は晴れる。南郷が健在なら、また同じ攻撃を繰り返せば良いだけだ。ライノシェイカーにしても、あの程度では死ぬまい。
それだけの時間があれば、生体ミサイルの再生成も終わる。
そして事実、その30秒が――勝敗を決めた。
エレクトジェリーの五感は元より大した強化はされていない。能力の劣化した現在では、常人とさして変わらないまでに落ち込んでいる。
故に、タワーマンションの足元に、巨大な異物が引き摺られてくるのに気付かなかった。
ロボット形態の〈タケハヤ〉が、ライノシェイカーの死体を引き摺っている。舗装された小奇麗な歩道を削りながら。
〈タケハヤ〉の背には、南郷が乗っていた。
ここまで近づけば、壁面に立つエレクトジェリーの姿は視認できた。
「タケハヤ、死体を上空に打ち上げろ」
『イエッサー』
〈タケハヤ〉がライノシェイカーの死体を頭上に掲げた。改造人間はギガスの腕輪を破壊しない限り、肉体は原形を留める。時間が経てば、脳髄すらも再生するだろう。
敢えて破壊しなかったのは、こうして利用するためだった。
『フルインパクト』
再び、ライノシェイカーの体に〈タケハヤ〉の拳が突き刺さった。
分厚い鉄板にハンマーを打ち込むような轟音と共に、改造人間の巨体が空中へと飛翔した。
冗談のような光景だった。500キログラムを超える改造人間が、砲丸投げさながらに上空へと投射されたのだ。
その轟音で、エレクトジェリーは漸く異常に気付いた。
直下から、自分めがけてライノシェイカーが飛んでくる。質量兵器と化した同胞の肉体の前では、エレクトジェリーは水風船も同様だった。
壁からイオンクラフトで浮き上がるが、この能力はあくまで浮遊するだけで高速飛行は無理だ。回避不能であった。
「バカなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫し、生体ミサイルを放つ。
ライノシェイカーの破壊は無理でも軌道を変えるのだ。
生成中の不完全なミサイルも連射し、ミサイルに充填前の液体爆薬も投げ放った。
ライノシェイカーの体は空中にて火球と化し、爆発で速度を緩め、右方向に逸れていった。
「はっ! サザンクロス! こんな手で私を――」
出しぬけるものか、と笑ってやるつもりだった。
だが、エレクトジェリーの表情は凍りついていた。
燃え上がるライノシェイカーの体の後に、南郷が張り付いていた。その腕には、グレネードランチャーを装着したアサルトライフル。
サザンクロスの赤く欠けた十文字が煌めき、グレネードランチャーが放たれた。
グレネードはクラゲの体表を撃ち抜いて、内部の液体爆幾に引火した。
爆発がエレクトジェリーの肉体を粉砕し、改造人間の体躯は空中に四散した。
「サザンクロス……お前は……死ぬ気ぃ……かァ……」
千切れた体のエレクトジェリーは、その言葉を最後に石灰化した。
ギガスの腕輪を破壊されたライノシェイカーの肉体も、同様に石灰となって空中に霧散していく。
南郷は一切の支えを失って、地表への自由落下を始めた。
「命なんざ惜しんでるから負けるんだよ……腰抜けが」
灰になった死体に向かって呟いて、南郷は重力にその身を預けた。
ここで死ぬのも吝かではないが、まだ運命は許してくれないらしい。
スラスターでジャンプした〈タケハヤ〉が、南郷をキャッチした。ユーザー保護プログラムによるものだった。
『戦闘に おいては 当機は あなたの 支援が 任務 です』
「分かってるよ……」
流石に、ここで自分の死体を晒すのはまずい。園衛や空理恵がどんな顔をするか想像すると、あまり良い気分はしないので、落下して死ぬのはとりあえず止めることにした。
〈タケハヤ〉はスラスターで制動をかけて着地。
南郷も、地に足をつけた。
「さて――」
バイザーの奥で、右目が鋭く光る。
「――こんな下っ端の再生怪人で、終わりなワケないよなあ?」
どこかの誰かにも向かって、南郷は呼びかけた。
改造人間を蘇らせ、自分にぶつけた黒幕がいる。そいつは終始、この戦闘を眺めているのだろう。
「そろそろ出てきても良いだろう? ザコを何匹出したところで、俺は殺せない」
タワーマンションの向こうの歩道に、人影が見えた。
爆発に気付いてやって来た野次馬ではない。青白い死体のような顔でこちらを見ている、男がいる。
「そのようだな、南郷十字くん。噂通りの凄腕だ」
南郷の知らない男だった。抑揚のない、感情を押し殺したような声だった。
「誰だよ、アンタは」
「キミはオレを知らないだろうが、オレはキミを良く知ってるよ」
「だから、誰なんだよ……!」
苛立ちを込めて、南郷はアサルトライフルを構えた。
どうせマトモな人間ではない。いや人間ではない。
確信を得た南郷が引き金を引くと同時に、〈タケハヤ〉のセンサーが男を捉えた。
『スキャニング Aクラス改造人間 エイリアスビートル 脅威判定――』
発砲音が〈タケハヤ〉の声を遮った。
直後、男の右手が銃弾を防いだ。弾着の火花の中で、男の右手は黒いキチン質の装甲に覆われていた。
「オレは右大高次……。だが、人としての名は捨てた! 見ろ、この姿を!」
右大の全身が盛り上がり、衣服の下から蒸気が噴き出した。
超高温の蒸気をまとう強烈な代謝によって、右大は瞬時に異形の姿へと変身した。
それは黒き生体装甲をまとう、昆虫型改造人間だった。
「我が名はエイリアスビートル……! お前を殺すために、悪魔に我が身と魂を売った怪物よォ!」
右大の、いやエイリアスビートルの声に感情が迸っていた。
それは、熱き憎悪と、冷たい悦びの混じり合った狂おしき激情であった。
「死ねい、サザンクロスッ! ゲヘナの炎に、その身を焼かれろォォォォォォッッッ!」
エイリアスビートルの拳が地表に打ち込まれた瞬間、赤色の雷火が大地を砕いた。
ここはフードコートと直結しており、食事をするための席が多数設置されていた。
南郷は声の指示の通りここまで来たわけだが、何も考えずにテラスに出るわけがない。
フードコートから、センサーでテラスを確認する。
「IFEチェック、モーション」
ボイスコマンドで動体センサーに切り替え。HMD上に別ウインドウが表示される。
動体反応は、ない。
今は日中なので、装甲服の赤外線センサーは屋外での探知能力はアテにならない。
この辺りの精密探知能力を補完するのが歩兵支援ロボットである〈タケハヤ〉の役割でもあるのだが、手元にない以上はどうしようもない。
南郷はフードコートのテーブルの上に放置された、中身の残ったままのペットボトルを拝借した。
そしてテラスへのドアをそっと開けて、ペットボトルを放り込んだ。
中身の入ったペットボトルは弾性で良く跳ねる。一度バウンドして大きく跳んで、ボトリと落ちて、テラスの床に転がった。
反応は何もない。とりあえず、動きに反応するトラップの類はないようだ。
南郷はアサルトライフルを構えたまま、警戒してテラスへと出た。
周囲に人影はなく、依然としてセンサーにも何の反応もない。
「人を呼んでおいて――」
ボヤきが零れた瞬間、南郷の背筋に電流が走った。
幾度となく修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勘と経験が、センサーよりも先に危機を察知した。
敵が仕掛けてくるとすれば、それは装甲服のセンサー有効範囲外からだ。
アウトレンジからの狙撃、あるいはセンサーの効かない
「――下ァッ!」
足元、直下からだ。
南郷のバックステップと同時、テラスの床が隆起して弾けた。
下方向からの強烈な突き上げだった。改造人間の巨体が、床を突き破って出現した。
「ブレェェェェェェェェィク!」
涎を吹き出しながら叫ぶのは、サイ型の改造人間。
床から這い出すや、狂ったように南郷へと突っ込んでくる。
「ブレイク! ブレイク! ブレイクユ―――――ッッッ!」
猪突猛進の体当たりは避けるのは容易い。南郷はサイドステップで大きく回避しつつ、敵の身体構造を確認した。こいつも、見覚えのある個体だった。
「Cクラス、ライノシェイカーか……!」
Cクラス改造人間、ライノシェイカー。全身をぶ厚い生体装甲で覆ったパワータイプの大型改造人間だ。身長は3メートル近く、体重は500キログラムを超える。
見ての通り、体当たり攻撃を得意とする。厄介なのは、鼻先の角から発生させる震動波だ。接触した対象の固有振動数に合わせた波長を発生させ、いかなる物体も粉々に粉砕する。
ショッピングモールだけを揺らす局地地震や、地震速報の誤報も、この震動波の応用によるものだろう。
ライノシェイカーの突っ込んだ先の壁も、まるでブロック玩具のような一定形状の瓦礫に瓦解していった。
あれをマトモに受ければ電磁反応装甲すら貫通される。一撃で即死だろう。
ならば、当たらなければ良いだけの話だ。
ライノシェイカーのスピードが速いのは、直線移動のみ。避けつつ、装甲の隙間を狙って攻撃を叩き込む。
「ロック……!」
南郷がHMD内のレティクルで、ライノシェイカーの首を狙った。
その時、ロックオン警報のアラームが鳴った。
赤外線追尾のミサイルに補足されたことを知らせる、ピッピッピッピッという甲高い、耳障りな電子音がヘルメット内に響き渡る。
「ミサイルだぁッ?」
南郷は反射的に身を翻し、床を転がった。
さっきまで立っていた場所が、何の前触れもなく爆発した。
人間一人を吹き飛ばす程度に小規模な、しかし必殺の爆発であった。どこからか飛来するミサイルは肉眼で目視できない。
身を隠そうにも、テラスには適当な遮蔽物がなかった。あるのは、頼りない日傘とテーブル席のみ。
(これが狙いかよ……!)
南郷は、まんまと罠の中に誘い込まれたわけだ。
ミサイルの爆心地に目をやる。ミサイルの破片と思しき、白いカルシウム片が飛び散っていた。
この攻撃にも、見覚えがあった。
「Bクラス……エレクトジェリー! イヤなのが……っ!」
厄介な相手だった。かなり手こずった思い出のある敵だった。
南郷の焦りを察知したかのように、再びテラスにミサイルの爆炎が飛び散った。
ショッピングモールから道路を挟んだ対岸には、二棟の高層マンション建っていた。駅のすぐ前にある、高所得者向けの30階建てタワーマンションであった。
そのマンションの中腹あたり、地上約50メートルの壁面に、透明な物体が立っていた。
壁に足をつき、垂直に立つ、人外の怪人。
巨大なクラゲに、骸骨同然に痩せこけた死体が頭を突っ込んでいる――そんな意匠だった。
Bクラス改造人間、エレクトジェリー。
比較的知性を保っている彼の役目は、その能力を活用した戦場全体の把握と、一般人の電子機器の乗っ取り、そしてアウトレンジからの遠隔攻撃だった。
壁面からショッピングモールの三階テラスまでは、直線距離にして約100メートル。だがテラスからは死角になっているため、南郷からこちらは見えないし、その逆もしかり。
テラスの上で何が起きているかを正確に把握するのは、ショッピングモールに設置してある監視カメラ頼りだった。
「はずしたか……サザンクロス、流石に良くかわす」
エレクトジェリーのクラゲ部分の触手が、生体ミサイルを再生成していた。カルシウムで外殻を作り、ゲル状の液体爆薬を充填する。推進剤は、内部の液体爆薬を流用している。
弾頭部の先端は人間の体温を感知する人温センサーになっている。遠隔操作も可能だが、監視カメラの映像頼りなので、その場合の誘導性は大昔の手動誘導ミサイルに等しい。
南郷が監視カメラの位置に気付けばミサイル攻撃は実質封じられるが、そうさせないのが戦術というものだ。
「脳ミソの劣化したCクラスも、こういう使い道はある」
視覚と接続した監視カメラの映像内では、南郷がライノシェイカーに追い回されている。
くらえば一撃死の突撃と、生体ミサイルの同時攻撃は、いかにサザンクロスとて避け切れるものではない。
「我が電子戦能力も随分と劣化してしまったが……。それでも、お前一人を殺す程度なら……」
Cクラス改造人間たちが著しく知能を低下させたように、エレクトジェリーも能力低下という代償を支払っている。
電子機器へのクラッキング能力は半径500メートル、生体ミサイルの有効射程は半径100メートルが限界だ。以前の1/5以下である。
人間を超えた存在、永遠の命と嘯いた改造人間の末路がこれとは……。
「いや、死人が感傷などバカバカしいな……。黄泉返ったバケモノらしく、怨念返しをさせてもらう……!」
自ら望んで人間を辞めた改造人間は、人間臭い感情を振り切り、触手から新たな生体ミサイルを発射した。
あの忌々しい支援ロボットがいない今ならば、確実に勝てる。
情報では、防衛省の関連施設に修理に出されたままだ。今の南郷に、機体を運んでくれるほどに親密な仲間はいない。仮に近くまで来ていても呼び出せないように通信も封じた。
あとは、南郷が息切れするのを待てば良い。
「重い装甲服を着た、ただの人間の分際で……いつまで避け切れるかァ?」
クラゲの中に埋もれた、エレクトジェリーの骸骨のような顔が笑った。
将棋やチェスのように打つ手は見えている。もはや勝利は揺るがないと確信していた。
南郷は、自分が追い込まれつつあるのを自覚していた。
ライノシェイカーの何度かの突撃を回避して、テーブルの下に潜り込む。
だが、こんなプラスチック製のテーブルが何の役にも立たないのは分かり切っていた。
ヘルメット内にまたしてもロックオン警報が響いた。
「くそっ!」
南郷が飛び出すのと同時に、不可視のミサイル攻撃でテーブルが吹き飛んだ。床が抉れ、小さなクレーターから白煙が昇っていた。
「はぁ……はぁ……」
息が切れ始めた。
敵はこちらの体力切れを狙っていると分かる。ショッピングモール内への退避も難しい。先程から、生体ミサイルは南郷をテラスの外縁に追い立てるように降り注いでいる。
ミサイルの飛来する間隔は約30秒。大した速射能力だが、違和感がある。
「ミサイルの連射が……前よりも遅い……?」
以前に戦ったエレクトジェリーは、10秒間隔でミサイルを複数発射してきた。速射性能も弾数も低下している。
敵が自分に情けをかけるわけがないし、出し惜しみをする理由も思い当たらない。
つまり――
「奴ら……性能が低下しているんだな」
――そういうことだ。
南郷はエレクトジェリーの姿を捜すが、その間にも新たなロックオン警報と共にミサイルが飛来。同時に、ライノシェイカーが突っ込んできた。
「ぷぅれぇぇェェェェェェェェいく!」
同じ単語を叫んで、巨体が突っ込んでくる。恐らく、ミサイルは南郷の回避方向へ未来予測して撃ち込まれる。完全な回避は難しい。
(どうする……)
進むか戻るかの判断を下す一瞬、スラスターを吹かす音が聞こえた。
聞き慣れた、〈タケハヤ〉のメタマテリアル・アークジェット推進の音だ。
南郷は全てを理解して、前に進む決断をした。
「こい、タケハヤ!」
声を張り上げて叫び、南郷はライノシェイカーへと自ら突進した。
生体ミサイルはバカ正直に人間の体温を追尾してくる。そのまま、南郷はスライディングでライノシェイカーの足元に滑り込んだ。
踏み潰されることを半ば覚悟しつつ、命を投げ捨てるように、一切の躊躇なく。
そしてライノシェイカーの鼻先に、生体ミサイルが衝突した。
「ブッレェッッッッ……?」
爆炎の中で仰け反る巨体。足の動きが停止した。
周囲に、破砕された生体装甲の粉塵が充満している。視界はほぼゼロであった。
その一瞬、南郷はスライディングしつつアサルトライフルを直上へ発砲。三点バースト射撃が、ライノシェイカーの股関節を撃ち抜いた。
南郷が滑りぬけると同時に、ライノシェイカーは床に膝をついた。
続いて、テラスの外縁からモールの壁面にワイヤーアンカーが撃ち込まれて、黒い機体が上昇してきた。
戦闘ロボット形態の〈タケハヤ〉だった。
「タケハヤ、フルインパクト!」
南郷の命令を受け、〈タケハヤ〉のセンサー部に光が走った。
『イエッサー』
テラスに上がった〈タケハヤ〉が、ライノシェイカーに肉薄。
顎に向かって、アッパーの形で拳を打ち上げた。
『フルインパクト』
手首に備わったタングステン衝角が改造人間の強化骨格を粉砕。その内部の脳に向けて、最大力の寸勁を浸透させた。
「ブレェェェェェェ……イクゥ……」
断末魔と共に、ライノシェイカーは脳髄を破壊されて絶命した。
エレクトジェリーが南郷を見失ったのは、生体ミサイルがライノシェイカーを誤射した直後だった。
生体装甲の粉塵で視界が遮られ、監視カメラが役に立たない。
「どうなった! 奴は死んだのか!」
それを確認できないから、焦る。
ただの人間でありながら、いとも容易く命を捨ててみせる。そういう不可解な奴の行動のせいで、また計画が狂った。
そうだ、まただ。
また。このパターンだ。
以前も、こんな調子で奴は番狂わせをした。
「落ち着け……焦るな……すぐに結果は分かる……」
口に出して、勝利の手順を思い出す。
30秒もあれば粉塵は晴れる。南郷が健在なら、また同じ攻撃を繰り返せば良いだけだ。ライノシェイカーにしても、あの程度では死ぬまい。
それだけの時間があれば、生体ミサイルの再生成も終わる。
そして事実、その30秒が――勝敗を決めた。
エレクトジェリーの五感は元より大した強化はされていない。能力の劣化した現在では、常人とさして変わらないまでに落ち込んでいる。
故に、タワーマンションの足元に、巨大な異物が引き摺られてくるのに気付かなかった。
ロボット形態の〈タケハヤ〉が、ライノシェイカーの死体を引き摺っている。舗装された小奇麗な歩道を削りながら。
〈タケハヤ〉の背には、南郷が乗っていた。
ここまで近づけば、壁面に立つエレクトジェリーの姿は視認できた。
「タケハヤ、死体を上空に打ち上げろ」
『イエッサー』
〈タケハヤ〉がライノシェイカーの死体を頭上に掲げた。改造人間はギガスの腕輪を破壊しない限り、肉体は原形を留める。時間が経てば、脳髄すらも再生するだろう。
敢えて破壊しなかったのは、こうして利用するためだった。
『フルインパクト』
再び、ライノシェイカーの体に〈タケハヤ〉の拳が突き刺さった。
分厚い鉄板にハンマーを打ち込むような轟音と共に、改造人間の巨体が空中へと飛翔した。
冗談のような光景だった。500キログラムを超える改造人間が、砲丸投げさながらに上空へと投射されたのだ。
その轟音で、エレクトジェリーは漸く異常に気付いた。
直下から、自分めがけてライノシェイカーが飛んでくる。質量兵器と化した同胞の肉体の前では、エレクトジェリーは水風船も同様だった。
壁からイオンクラフトで浮き上がるが、この能力はあくまで浮遊するだけで高速飛行は無理だ。回避不能であった。
「バカなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫し、生体ミサイルを放つ。
ライノシェイカーの破壊は無理でも軌道を変えるのだ。
生成中の不完全なミサイルも連射し、ミサイルに充填前の液体爆薬も投げ放った。
ライノシェイカーの体は空中にて火球と化し、爆発で速度を緩め、右方向に逸れていった。
「はっ! サザンクロス! こんな手で私を――」
出しぬけるものか、と笑ってやるつもりだった。
だが、エレクトジェリーの表情は凍りついていた。
燃え上がるライノシェイカーの体の後に、南郷が張り付いていた。その腕には、グレネードランチャーを装着したアサルトライフル。
サザンクロスの赤く欠けた十文字が煌めき、グレネードランチャーが放たれた。
グレネードはクラゲの体表を撃ち抜いて、内部の液体爆幾に引火した。
爆発がエレクトジェリーの肉体を粉砕し、改造人間の体躯は空中に四散した。
「サザンクロス……お前は……死ぬ気ぃ……かァ……」
千切れた体のエレクトジェリーは、その言葉を最後に石灰化した。
ギガスの腕輪を破壊されたライノシェイカーの肉体も、同様に石灰となって空中に霧散していく。
南郷は一切の支えを失って、地表への自由落下を始めた。
「命なんざ惜しんでるから負けるんだよ……腰抜けが」
灰になった死体に向かって呟いて、南郷は重力にその身を預けた。
ここで死ぬのも吝かではないが、まだ運命は許してくれないらしい。
スラスターでジャンプした〈タケハヤ〉が、南郷をキャッチした。ユーザー保護プログラムによるものだった。
『戦闘に おいては 当機は あなたの 支援が 任務 です』
「分かってるよ……」
流石に、ここで自分の死体を晒すのはまずい。園衛や空理恵がどんな顔をするか想像すると、あまり良い気分はしないので、落下して死ぬのはとりあえず止めることにした。
〈タケハヤ〉はスラスターで制動をかけて着地。
南郷も、地に足をつけた。
「さて――」
バイザーの奥で、右目が鋭く光る。
「――こんな下っ端の再生怪人で、終わりなワケないよなあ?」
どこかの誰かにも向かって、南郷は呼びかけた。
改造人間を蘇らせ、自分にぶつけた黒幕がいる。そいつは終始、この戦闘を眺めているのだろう。
「そろそろ出てきても良いだろう? ザコを何匹出したところで、俺は殺せない」
タワーマンションの向こうの歩道に、人影が見えた。
爆発に気付いてやって来た野次馬ではない。青白い死体のような顔でこちらを見ている、男がいる。
「そのようだな、南郷十字くん。噂通りの凄腕だ」
南郷の知らない男だった。抑揚のない、感情を押し殺したような声だった。
「誰だよ、アンタは」
「キミはオレを知らないだろうが、オレはキミを良く知ってるよ」
「だから、誰なんだよ……!」
苛立ちを込めて、南郷はアサルトライフルを構えた。
どうせマトモな人間ではない。いや人間ではない。
確信を得た南郷が引き金を引くと同時に、〈タケハヤ〉のセンサーが男を捉えた。
『スキャニング Aクラス改造人間 エイリアスビートル 脅威判定――』
発砲音が〈タケハヤ〉の声を遮った。
直後、男の右手が銃弾を防いだ。弾着の火花の中で、男の右手は黒いキチン質の装甲に覆われていた。
「オレは右大高次……。だが、人としての名は捨てた! 見ろ、この姿を!」
右大の全身が盛り上がり、衣服の下から蒸気が噴き出した。
超高温の蒸気をまとう強烈な代謝によって、右大は瞬時に異形の姿へと変身した。
それは黒き生体装甲をまとう、昆虫型改造人間だった。
「我が名はエイリアスビートル……! お前を殺すために、悪魔に我が身と魂を売った怪物よォ!」
右大の、いやエイリアスビートルの声に感情が迸っていた。
それは、熱き憎悪と、冷たい悦びの混じり合った狂おしき激情であった。
「死ねい、サザンクロスッ! ゲヘナの炎に、その身を焼かれろォォォォォォッッッ!」
エイリアスビートルの拳が地表に打ち込まれた瞬間、赤色の雷火が大地を砕いた。
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