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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ8

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 南郷の持っていた装備品は、園衛が自宅の蔵に保管していた。

 〈タケハヤ〉と呼称された可変ロボットは南郷の救助活動には協力的だったものの、以降は一貫して人を近づけようとはしなかった。

『アラームメッセージ 当機 に 許可なく 接触 した 場合 生命の 保障は しない』

 機械的な警告音声は、単なる脅しではなかった。

 〈タケハヤ〉はヘッドライト部分からレーザーを照射して威嚇を行った。

 レーザービームは基本的に不可視である。ビームの射線上の大気が歪み、蔵の中に舞う微細な埃が焼かれて、照射を受けた壁面が焦げ付いたことで、管理を任されていた篝は初めて威嚇攻撃に気付いて悲鳴を上げた。

「ひぃぃぃぃっ! こっ、こんなのどうしろっていうんですかあっ!」

 またしても厄介な代物を押し付けられて、篝は園衛に泣きついた。

「直せんのか?」

 園衛は平気でそんなことを言ってくるわけだが、その無神経さと無知っぷりに、篝は思わずジットリと睨んでしまう。

「わーたーしーはー! 昔のアニメのナンデモ博士じゃないんですよっ! こういうのは専・門・外ですっ!」

「無理なのか?」

「出自も分からないロボットをポンと出されて、どうしろっていうんですか!」

「アレが何なのかも分からんのか?」

 アレ、と園衛が指差す件の〈タケハヤ〉は頭部や装甲の損傷が痛ましくも放置された状態だった。

 その出自に関しては、実のところ篝にも少し心当たりがあるようだ。

「多分……なんですけどぉ、むかーし陸自が谷先重工と開発してた支援バイクの試作車っぽいんですよねえ」

「多分、というのはなんだ」

「だから、専門外なんですって。類似画像検索しようにもスマホで写真撮ろうとしたら、警告してレーザー撃ってくるし……」

 持ち主である南郷同様、かなり警戒が強いロボットのようだ。

 谷先重工とは、陸自向けに偵察オートバイや観測ヘリを製造、納入していた大手企業だ。

 篝は恨めしげに、責めるような目つきを園衛に向けた。

「そ、そういう国防関係とはぁ……園衛様の方が仲が良いと思うんですけどぉ……」

「確かにまあ、自衛隊にも知り合いはいるが……」

「だから、後はそっちでお願いします!」

 ぷくっと膨れて、篝は園衛に後を任せた。

 園衛も最近、篝に無茶ぶりを投げ過ぎた気負いがある。

 なので、この件については暫く保留することにした。

 昔のコネを使えば〈タケハヤ〉にしても、南郷の装甲服についても調べはつくだろうが、敢えてそれは控えておく。

 園衛のそんな態度に、秘書の右大鏡花が不満を漏らした。

「あのような素性の知れない男、いつまで放置されておくのですか」

 移動中の車内で、助手席の鏡花がきつい口調で言ってきた。

 園衛は運転手を雇うのも自動運転もあまり気乗りしないので、自分でハンドルを握ることが多い。

「そういう言い方をするな」

「私は、園衛様とご家族の安全のために言っているのです。あんな、野良犬同然の――」

「彼への無礼は許さん。人を無闇に貶めるのは、お前自身の品位も地に落とす」

 園衛に窘められ、鏡花は「申し訳ありません……」と不服を押し込めるように謝罪した。

「ですが、園衛様……。あの南郷という……彼の経歴の調査すら許可して頂けないのは……解せません。名前にしても果たして本名なのか……」

「過去を掘り返しても、彼の傷口を抉るだけだと……私は思う」

「どうして、そこまで入れ込むのですか」

 鏡花の疑問は、当然だと思う。

 初対面の男を、妹の恩人というだけで園衛がここまで擁護するのは不自然だ。

 宮元園衛は、守るべき人々のためには断固として悪を処する、鉄の意志を持った女だと、多くの配下にそう思われている。

 そんな園衛が、不意に憂いを帯びた表情を浮かべた。

「彼は……私と同じなんだ」

「は……?」

「……いや、気にするな」

 園衛が漏らしたのは、小さな呟きだった。きっと、鏡花には聞こえていない。

 いつも通りの凛とした面持ちで、園衛は運転に戻った。



 南郷が意識を取り戻してから、園衛は妹と共にあしげく病室に通うようになった。

 部屋に入ると、まずは空理恵の方が無遠慮に南郷に接近していくのが恒例だった。

「お兄さんってさ~、なんか好きな食べ物とかある?」

「……メロンソーダ」

「えーっ、マジでぇ~~っ? 子っ供みた~~い! アハハハハハ!」

「あの胡散臭い色と味が良いんだよ」

 などと、空理恵は他愛のない会話で自然と南郷の人となりを引き出している。

 南郷も10歳以上も歳の離れた中学生相手には、意地を張ることもない。

 実際、空理恵には何の打算も小賢しさもない。

 あるのは、気取らない好意と純粋な好奇心だった。

「いつまでもお兄さ~んって、なんか堅苦しくない?」

「別に気にしてないけど……」

「気にしないならさ~、これからはアニキって呼んで良い?」

「なっ、なにぃ……?」

「気にしないんでしょ~? ね~、どうなのよアニキ~?」

 困惑する南郷の腹を、空理恵は意地の悪い笑みを浮かべて肱をグイグイ押し込んでいた。

 結局、南郷は空理恵の「アニキ」呼びを受け入れた。

 面会時間が半ばを過ぎると、空理恵は先に車に帰される。

 それからは、園衛が二人っきりで南郷と話す時間になる。誰が決めたわけでもなく、いつの間にか慣例化していた。

「南郷くん、コレを渡しておく」

 園衛が差し出したのは、眼鏡ケースだった。

「前に視力検査したろう? その右目が治るまで、使うと良い」

 南郷の右の義眼は機能低下で視力が落ちている。左右の視力が異なる乱視状態にあるので、右目を閉じがちな南郷を気遣ってのプレゼントだった。

「アンタからの施しは――」

「私が買ったんじゃない。空理恵が買ったんだ」

「むぅ……」

「中学生の小遣いで買ったんだ。そんな高い眼鏡じゃない。それでも、受け取らないつもりか?」

 眼鏡を突き返した場合、空理恵がどんな顔をするか想像したのだろう。南郷は複雑な表情で眼鏡ケースを受け取った。

「卑怯だ、アンタは……」

「別に私が妹にやれと言ったんじゃないぞ。あの子が眼鏡作るなら自分からプレゼントしたい、と言い出したんだ」

「そうかい……」

 南郷の呟くような返答は、どことこなく優しかった。

 受け取った眼鏡を今すぐに着けずにケースごと棚の上に置くのは、彼なりの反抗かも知れないし、もしくは照れ隠しなのかも知れない。

「毎日きて……アンタも暇そうだな」

「こう見えて忙しいのだよ、私は」

「なら、どうして来る」

「そうしたいからだ。妹も、私も」

 園衛は腕を組んで、表情を和らげた。あまり、他人の前では見せない顔つきだった。

「どうにも、私の回りには対等な立場の人間がいない。だから、キミのように遠慮なく好き勝手言ってくれるのは、案外心地の良い話相手だ」

「アンタは王様で、俺は道化かい?」

「違うな。キミと私は同じ人間だ。だから、こうして座って話している」

 ベッドに上の南郷を見下ろさずに、同じ目線で会話する。

 園衛の姿勢に南郷は初めて気づいたのか、微妙に表情を変えて顔を背けた。

 構わず、園衛は話を続けた。

「私の昔話を聞いてくれるかな」

「俺は自分の昔話はしない」

「構わんよ。別に交換条件じゃない。私が話したいから、話すだけだ」

「そんなワガママに……」

「ほんの何分か、女の自分語りや愚痴に付き合う。それくらいの甲斐性は持ち合わせているだろう?」

 女にここまで言われて断るのは器量の小さい男と侮られる。南郷が見栄を持ち合わせているかは定かではないが、その日は暫く園衛の話に付き合ってくれた。

 普通の男が聞けば冗談か妄言としか思わないような、園衛の壮絶な半生。過去の戦いの話を、南郷は笑いもせずに聞いていた。

 そして、南郷が入院してから10日が経過した。

 南郷は、眼鏡をかけるようになっていた。

 今日も、空理恵はゲームでの失敗談だの学校での出来事だの他愛のない話を一方的に南郷に押し付けていた。

 そんな会話の合間を縫って、珍しく南郷の方から話を切り出した。

「今さらだが、空理恵は俺のことを……アレコレ聞いてこないな」

 南郷がそんなことを言うのは、初めてだった。

「アレコレって?」

「俺が今まで、どんな風に生きてきたかだ」

「う~ん……」

 割と真面目な話だったので、空理恵は少し考えてから、真面目な口振りで話を再開した。

「アタシの友達にもさ、あんまり昔のこと喋りたがらない子がいるんだ。自分から言いたがらないコトを掘り返そうとするのって、ちょっとね……。誰にだって、触ってほしくないコトってあるもん」

「そうか……」

「でも、いつか話してくれたら嬉しいなって思う。重い話だったら、受け止められるか分かんないけど……アタシも一緒に重いの支えてあげられるかも知んないしさ」

「そうか……分かったよ。ありがとう」

 空理恵は気に留めていなかったが、傍らで聞いていた園衛は気付いたことがあった。

 南郷は、ここに来て初めて「ありがとう」と言ったのだ。

 いつも通りに話をして、10月下旬の日が暮れて、部屋が薄暗くなってきた頃、空理恵の帰る時刻がきた。

「じゃーねー、アニキ! 退院したら、ウチで一緒にご飯食べよ! 姉上、なんか美味しいの作ってくれるってさ!」

 明るく別れを告げて、空理恵は退室した。

 南郷に剥き合う園衛は微笑んでいた。彼の変化が喜ばしかった。

「妹が勝手に言ってるんだ。南郷くんに御馳走してくれと。まあ、私も吝かではないが」

「そう……ですか」

 南郷もはにかむような表情をしていた。照れ隠しのように、俯き加減で。

「南郷くん。キミさえ良ければ、ウチに来てくれて良い」

「アンタの家で食っちゃ寝しろと?」

「たまに仕事を手伝ってくれれば、それで良い」

 園衛の言葉をどう受け取ったのか。

 懐柔しようという甘言か、下心ありのスカウトか、あるいは掛け値なしの真心か。

 逡巡の中で、南郷は俯いていた。

「俺は……17の頃から、改造人間と殺し合いばかりしてきた。あいつらのケツ追っかけるのに夢中で高校だって中退だ。バケモノどもを殺す……それしか能のない人間だ。俺を……鉄砲玉にでもする気か?」

「前にも言った。キミは人間だ。私と同じだ」

「アンタに……俺の何が分かる」

「キミの痛みの、何分の一かは」

 園衛の哀れみと慈しみの入り混じった目を、南郷は見ようとしなかった。

 その日、南郷は何も答えなかった。

 太陽が完全に西に沈んだ頃、園衛は無言で病室を出た。

 園衛には予感があった。いや確信があった。

 彼は、明日にでも決断すると。

 翌、未明。

 時計が午前3時を過ぎた頃、園衛は一人、病院の裏手に車を停めていた。

 1時間ほど運転席で待っていると、外に気配を感じた。

 見回りの警備員ではない。足音を隠し、呼吸を抑えた、隠密の熟練者特有の、僅かな気配。

 園衛ほどの達人でなければ見落としていただろう。

 車を降りて、園衛は暗中の気配の前に立った。

「そうだと思ったよ、南郷くん」

 園衛の優しげな声の先には、入院服の南郷がいた。

 彼は、誰にも言わずに出ていくつもりなのだ。

「乗りたまえ。中で、少し話をしよう」

 園衛が車内に誘うと、南郷は無言で助手席に乗った。

 ハイブリッドカーのエンジンとモーターは無音に近く、僅かな駆動音と共に車は発進した。

 助手席で、南郷は早朝の闇を見ていた。

「俺には……ぬるま湯なんですよ。何もかも……」

「寒空の下で凍えるよりは、遥かにマシだろう」

「ここは……俺のいて良い場所じゃない」

「私はそうは思わない」

 車内には、暖房の排気音だけが響く。

 車は市内の四車線道路を抜けて、郊外の県道に入った。

 この県道を暫く走れば、園衛の屋敷のある隣街に至る。

「キミが出ていくのなら、装備もあのロボットも返す。何も手をつけていない。というより、手が付けられないのだが……」

 南郷は何も答えない。窓の外の駆け抜ける闇だけを見ていた。

「南郷くん……最後に、もう一度だけ私に付き合ってくれ」

 車は、いつのまにか小高い丘の上に登っていた。

 小さな展望台のある駐車場に、車は停まった。早朝ゆえ、他には誰もいない。

 園衛は運転席でシートベルトを外して、背もたれに体重をかけて、疲れたような軽い溜息を吐いた。

「私とて……安穏とした人生を送ってきたわけではない。戦いの果てに勝利しても、栄光が待っているわけではなかった。私に圧し掛かってきたのは。何百人もの死と人生の重圧だけだった。潰されてしまいそうだった」

 こんなことを他人に話すのは、初めてだった。

 己が抱え続けていた赤心と弱さを、園衛は曝け出す。彼になら、全てを明かしても良いと思った。

「だが、戦いが終わっても人生は続く。私も、キミもだ」

「そんな説教をするために、俺をここまで連れてきたんですか」

「キミは自分の戦いが無駄だったと思っているだろう」

「アンタに俺の何が……」

「私は、守りたかったものを守れなかった。ほんの小さな、たった一人の命すら守れなかった……守れなかったんだ……」

 苦しみと悲しみを堪える園衛の声は嗚咽のようで、南郷は返す言葉がなかった。

 認めざる無言の共感。南郷はただ、聞き入るのみだった。

「だが、私の……私たちの戦いは決して無駄ではなかった。沢山の人達が普通に生きていける世界が、目の前にある。南郷くん、キミの戦いだってそうだ。キミに救われた命だってあるはずだ。空理恵のように」

 空が白み始めていた。

 丘上の朝は下界より僅かに早く、黎明の光が街を照らし始めるのが見えた。

 園衛は車を降りて、眼下の街に手を伸ばした。

「見てくれ、南郷くん。私たちの住んでいる街だ。ちっぽけな田舎街だが、何万もの営みがある。その一つ一つ、全てがかけがえのないモノだ」

 園衛の指先が、街の片隅の大きな建物を指した。

「ここには、私の経営している学校がある。表向きは普通の学校だが、理由があって普通の生活を送れない子供たちも受け入れている。私は、そんな子供たちにも生きる道を示したい。当たり前の人生を取り戻してほしいんだ」

「どうして、そんなことをするんだ。アンタに何の得がある」

 南郷も車を降りていた。

 見知らぬ街を見下ろしても何の実感も湧かない。だが、園衛の真に迫る表情から、彼も何かを感じ取っている。

 園衛は南郷に振り返って、黎明の中で微笑んだ。

「私がそうしたいからだよ」

「そんな理由で……」

「十分だと思う。誰かを救うことは、自分自身を救うことにもなる。傲慢だと……思うかい」

 南郷は答えなかった。俯き、思案しているようだった。

 迷う南郷は次の瞬間、目を見開いた。

 信じられない光景があった。

 園衛が、南郷に深々と頭を下げていた。

「頼む、南郷くん。私に力を貸してほしい」

「なっ……」

「私は今まで一人でも全てを守れると思っていた。だが、力不足だと思い知った。それでも、この街に生きる人々を守りたい。生きる権利を持つ、全ての子供たちを守りたい。この我儘を貫き通すために……キミが欲しい」

 南郷にとっては、衝撃的だった。

 彼の中に凝り固まっていた価値観が崩れる。憎悪と偏見に澱んでいた心に、清々とした隙間風が吹き込んでいた。

「俺は……俺が見てきた権力者は……尽くクズだった。大義を信じて死んでいった仲間も、あいつらにとっては虫みたいなモンだった。だが、アンタは……」

「私も……そう見えるか?」

「……分からない。俺は言葉なんて信じない。だが、アンタの言葉は……嘘とは思えない」

 南郷はかぶりを振って、それでも迷いながら、園衛を見上げた。

「暫く……時間が欲しい。この街で、アンタの行動を見たい。真実を見極めたい。その上で……答えを出したい」

「構わないとも。今は……十分すぎる答だ」

 園衛は握手を差し出そうとして、途中で思いとどまった。

 まだ、彼との距離はそこまで縮まっていないと。

 夜が明けても、南郷はまだ日陰の中に佇んでいた。



 10日前――芝浦ふ頭、医薬庁薬事監査局跡。

 その遥か地下で、一体の改造人間が黄泉路の果てから帰還した。

 唐突に覚醒した意識。ノイズの走る視界には、見知らぬ男と少女がいた。

「なンだ……何が起きた……」

 キチン質の装甲に覆われた指が、角の生えた硬い頭部を抑える。

 Aクラス改造人間、エイリアスビートルは事態を飲み込めていなかった。

「7年ぶりのグッドモーニン、トーキョーだねえ、カブトムシくん? ぼぉくは! エデン・ザ・ファー・イーストォ! さる依頼で、キミを起こした張本人サ」

 仮面の男が大声で叫んだ。

 エイリアスビートルは呼吸を整え、精神の平静を取り戻そうとする。

 装甲に覆われた口の隙間から、白い息がガスのように音を立てて漏れていた。

「起こしたァ……? 7年……そんなに、経っているのか」

「大丈夫ですか、カブトムシさん? ウチはアズハいいます。こっちのお面のセンセの護衛ですわ」

 学生服姿の少女が気さくに自己紹介をした。

 エイリアスビートルは立ち上がり、2メートルを超す身長で二人を見下ろした。

「礼を言うべきだろうか。しかし、この有様は……」

 辺りを見渡せば、石灰に覆われた床と荒廃した施設。何が起きたかを察して、エイリアスビートルは目を細めた。

「まあ良い。連中の末路なぞ、どうでも良いことだ。むしろ自業自得と言うべきか」

「あらァ? 自分の組織が壊滅してもうたのに、薄情なこと言いはりますねぇ?」

 アズハの指摘に、エイリアスビートルは冷淡に笑うような声を出した。

「フッ……オレは連中の仲間でも奴隷でもない。利害が一致したから、この体をくれてやっただけだ」

 その口振りを聞いて、エデン・ザ・ファー・イーストが興味深そうに声を上げた。

「ホォー? その分だと、脳改造や洗脳はされていないかな?」

「完成体のオレは、弄れる部分がないらしい。連中は、オレを『メガスの器』と呼んでいた」

「人の身にて神代の巨人、ギガスと成り得る完成された肉体。人造の巨人。故にメガス……ということか。で、キミは人の姿には戻れるかな?」

「やってみよう……」

 言うと、エイリアスビートルの全身から蒸気が噴き出し、瞬く間に体積が縮んでいった。

 装甲が皮膚に変化し、筋肉が折り畳まれて、ほんの三十秒後には引き締まった体格の中年男性に変化していた。

 尤も、衣服までは再現できずに全裸であった。

「あらあら、これは目のやり場に困ってまうなぁ~?」

 と言いつつも、アズハは笑みを浮かべて男の裸を直視していた。

 男は溜息を吐くと、後を向いて地べたに胡坐をかいた。

「オレのことは……好きに呼ぶといい」

「エイリアスナントカさんじゃ……まあ言い難いしねぇ?」

「ならば右大高次……人間だった頃は、そんな名前だった」

「はぁ……右大……さん?」

 その名を聞いて、アズハの表情が一瞬、強張った。

 その些細な変化に気付かず、右大高次は背中越しに問うた。

「オレを蘇らせて、何が目的だ」

 当然の疑問をぶつけられて、仮面の男は小首を傾げた。

「別に、何も?」

 エデン・ザ・ファー・イーストは平然と、あり得ない答を口にした。

 こんな廃墟の底の底まで来て、人外の怪物を蘇らせて、何の目的もない、などと信じられるわけがない。

 隣のアズハも予想外だったらしく、目を丸くしていた。

「ちょっ……冗談よしてくださいよセンセ!」

「いいや、マジのマジの大マジさ♪ 依頼主いわく、カブトムシくんの好きにさせて良いとさ。後は知ったことじゃないねぇ。僕の仕事はオシマイ♪」

 パン、と手を叩いてお開きにして、エデン・ザ・ファー・イーストは踵を返した。

「ということで、僕はアガリさ。アズハくんは、どうなんだい?」

 そう言われた矢先、タイミング良くアズハのスマホにSNSメッセージの受信が入った。地下でありながら、電波状態は良好。どうやら全て依頼主の仕込みらしい。

 アズハはメッセージに目を通すと、肩を落として軽い溜息を吐いた。

「追加の依頼や。このカブトムシのオッチャンの手伝いしろ言われましたわ」

「それはご苦労様♪」

 廃墟を去ろうとするエデン・ザ・ファー・イーストへと、右大高次が声をかけた。

「最後に聞きたい。アンタらの依頼主は誰だ」

「さあ? 知らないねぇ? 僕らは匿名のクライアントから前金を貰って、仕事をして全額報酬を貰って、ハイオシマイ。それだけの関係サ。でもぉ――」

 歩きながら返答する仮面の男の声が、俄かに鋭く変化した。

「――キミの好きにさせると言うんだから、キミと目的は同じなんじゃない? フフフフ……」

 そうして、エデン・ザ・ファー・イーストは一人で階段を登っていった。

 残されたアズハは肩をすくめて、已む無く人外の相棒と対話することになった。

「で、オッチャンのしたいことって、なんなんですか?」

 ほんの十秒、右大高次は思案した。

 そして遥か地上を見上げて、言った。

「人を捜す」

「尋ね人ですか?」

「仇……倒すべき敵を捜す。いや、捜す必要なぞないかも知れんなァ……」

 アズハは、不可解なことを言う改造人間の正気を疑った。

 だが、その言葉の奥に馴染み深い感情を確かに感じた。

 憎悪、である。

 心地の良い場の流れに、アズハの肩がゾクリと震えた。

「ふぅん……で、誰を捜してはるんです?」

「南郷十字……またの名を、サザンクロス……!」

 アズハは見た、人ならざる改造人間の笑う顔を。

 怒りと憎しみに染まり、仇敵を殺す想像に狂喜する、復讐者の笑みを。

 それはアズハにとって、狂おしき共感を覚える表情だった。

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