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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと26

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戦場はコンテナが山積みになった港湾区画へと移行した。

 赤熱の〈ジゾライド〉が吼え、逃げる〈雷王牙〉を追いながら機関砲を掃射した。

 フロギストンモードと化した状態で果たして火器管制が機能しているかは疑わしいが、弾幕の物量は侮れるものではない。

 〈雷王牙〉は積み立てられたコンテナを駆け上がり、縦横無尽の三次元機動で砲弾を回避していく。

 機関砲は回避機動を追随しきれず、溶解しかけた砲弾が〈雷王牙〉の後を追ってコンテナに無数の穴を空けた。

 超高音の金属粒子が微細な火花となって舞い散り、〈雷王牙〉が展開する電磁シールドに触れて楕円軌道を描く。

 瀬織は汗を垂らしながら、〈マガツチ改〉のFCSと同期して火花の舞う方向を注視した。

 変動した重力落下速度を計算して、両腕に円刃を形成。

「攻撃は効かなくても! これならぁッ!」

 〈ジゾライド〉の側面のコンテナ群に向けて、矢矧の二連撃を投射した。

 雷の円刃が20メートル以上もの高さに積まれたコンテナの足場を切り裂いた。

 ぐらり、とコンテナが変動重力に引かれて大きく傾斜。直後、鋼鉄の雪崩と化して〈ジゾライド〉に襲いかかった。

 高重力で重量を増したコンテナは恐るべき質量兵器だった。実体のない〈ジゾライド〉の炎を掻き消し、霧散させながら全身を貫く。

 炎が血潮となって拡散し、〈ジゾライド〉は半ば形を失った。

 だが、それでも止まらない。

 掻き消えそうになった自己の存在を、激怒と憎悪の力で強引に再構成していく。竜王が、更なる熱で全てを焼きながら、コンテナと重力の底から這い出てくる。

 そこに、〈雷王牙〉がスモーク弾を撃ち込んだ。

 煙幕に包まれ、目標を見失った〈ジゾライド〉が吼える。

 その闇の中で頼りになるのは、敵意を感じる野生の勘のみ。

 まとわりつく煙を燃える我が身に巻き込んで、炎の竜がコンテナの残骸から飛び出した。

 一直線に、自分をここまで愚弄したあの四足の小動物に、〈雷王牙〉へと突撃する。

 〈雷王牙〉は港湾の先端、作戦ポイントの埠頭に先行していた。

 左大はトレーラーを乗り捨てて、埠頭に待機している。遮蔽物もないというのに、嬉々として決着の瞬間を待っている。

「さあ、こい……こい……!」

 瀬織は〈ジゾライド〉の後を追う。

 このままなら、〈ジゾライド〉が埠頭に突っ込んだ瞬間に全てが終わる。人の理性を欠いた低能な恐竜の思考なぞたかが知れている。罠を仕掛けているなど分かるワケがない

 ――と、瀬織はまるで自分を納得させるように思い込んでいると、気付いた。

「ま、さ、か」

 直感する。

 とてつもなく、厭な予感を。

 その時だった。

 無我夢中に埠頭に突進していた〈ジゾライド〉が、全身を仰け反らせるようにして急ブレーキをかけた。

 脚部アウトリガーと尻尾をコンクリートに打ち込み、足場を融解させながら慣性で滑ること20メートル

 爆破ポイントの僅か手前で、〈ジゾライド〉は止まった。

 野生動物の中には、本能的な直感で人間の罠を見破る者もいるという。

 それは僅かな地形の違和感であったり、自然の臭いの変化であったり、人知の及ばぬ第六感であったりするのだろう。

 理由はどうあれ、〈ジゾライド〉に爆破トラップを看破されてしまった。

 絶望に静止する時間の中で、タイマーの音が鳴り響く。

『警告 作戦時間 超過』

 〈マガツチ改〉の無感情なアナウンスに、瀬織は耳をそば立てる。

「なん……と」

『警告 設定 作戦時間 超過 退避 推奨』

 作戦失敗を告げる無情なる声に、瀬織は引きつった表情で凍りついた。



 園衛のスマホに設定されたアラームが、耳障りに刻限を告げていた。

 現時刻は、百里基地からスクランブルの機体が飛び立つ刻である。

 園衛は溜息を吐いて、アラームを消した。

 その様子を諦めと受け取ったのか、景が真っ青な顔で園衛の服に縋りついた。

「そっ……園衛さまぁ!」

「そんな顔をされても困るな。私も爆撃を止めることは出来ん。世の中には、どうにもならないことがある」

「そういう言い方……っ」

「だから、どうにかするのが私の仕事なのだよ」

 予想外の園衛の答に、景は一瞬戸惑った。

 園衛は景の手を退け、その向こうに歩みを進めた。

「鏡花! 使える荒魂は!」

 凛とした声が夜に響き、鏡花が勾玉を手に跪いた。

「不活性化したものですが、ここに」

「それで十分。いけるな、篝よ?」

 園衛に急に目線と話を向けられて、篝がビクリと反応した。

「ふぇっ? ええ、まあ……園衛様なら……できます。はい」

「ならばあと一手、私が押し込むッ!」

 勾玉を握りしめ、園衛は眼下の戦場を臨む。

 海風に長髪をたなびかせ、威風堂々と我が身を晒す。

 園衛の気迫が白い勾玉を赤い激情に染め上げ、空繰との精神接続が可能な状態に変化させた。

「雷王牙! 極光オーロラ幻惑迅コンフュージョン!」

 戦場の空繰へと、本来の繰り手の意志が一閃する。



 作戦終了、そして失敗。

 それは〈雷王牙〉も理解していた。

 事前に設定されたタイムカウントは既にゼロに達している。作戦行動への命令は絶対である。

 だが、更に上位の命令が強烈な閃光になって〈雷王牙〉の意識に走った。

 本来の主が命じている。

 戦い抜け、と。

 勾玉を通じて園衛の強い意識がリンクする。空繰の中枢である勾玉、天地荒御魂は意思を力に変える。

 デッドウェイトのマルチディスチャージャーをパージし、〈雷王牙〉の全身のサーボモーターが解放された。トルクによる関節の粘りをゼロにした、完全な脱力状態となる。そこへ、人工筋肉が全開の力を叩き込んだ。

 獅子が吼え、三本の角から電光が奔る。

 一閃の光が空を裂き、〈雷王牙〉は〈ジゾライド〉の背後へ跳んでいた。

 縮地のごとき瞬間移動だった。

 高重力、超高温の影響すら振り切る、超高速機動による格闘攻撃だった。目視も反応もできぬ爪の一撃だった。僅かに遅れて〈ジゾライド〉の頬が切り裂かれた。

 薄く切り裂かれた頬から血飛沫のごとく炎が噴出。

 痛みか、あるいはそれ以上の屈辱によるものなのか、〈ジゾライド〉が絶叫した。

 直後、ロケット弾が、機関砲が、グレネードランチャーと同軸機銃が、溶けた金属粒子弾を全方位に一斉射した。

 是が非でも〈雷王牙〉を破壊せんとする猛攻。

 その全てを、獅子は躱す。

 空中に、地上に、残像を極光のごとく投影しながら、常軌を逸した高速機動で全てを回避している。

 これぞ極光幻影迅。

 関節と人工筋肉のリミッターを解除した最大機動と、三本の角から生じた電磁場と熱で大気中の原子を励起させることで、視覚だけでなく各種センサーや霊気探知すら惑わす残像を発生させる絶技であった。

 その速度は超高温の熱伝導すら追いつかない。

 しかし、この絶技は諸刃の剣。人工筋肉の限界運動は、ごく短時間しか行使できない。限界を超えれば人工筋肉は断裂し、完全に動きが止まってしまう。

 その瞬間の輝きに、園衛は〈雷王牙〉の全てを賭けた。

 命燃ゆる斬撃の閃光が、〈ジゾライド〉の表面を嵐のように引き裂いた。

 逆上した竜王が、遂に自ら決着の死線を越えた。

 埠頭の奥へと踏み込み、自らの牙で獅子を噛み砕かんと飛び出した。

 その巨体が、爆破範囲内に入った。

「い・ま・だァ!」

 左大が有線爆破スイッチを押し込んだ。

 ライン状に設置された合計80kgのC4爆薬が一斉に起爆。爆炎と粉塵を上げて、埠頭を打ち砕いた。

 きのこ状に吹き上がる噴煙。衝撃波が〈雷王牙〉を吹き飛ばし、両耳を塞いで伏せた左大が地面を数十メートルも転がっていく。

 僅かに遅れて爆音が響き、ガラガラとコンクリートの崩落する音が聞こえてきた。

 崩壊した埠頭は大きく傾斜し、その上で〈ジゾライド〉が体制を崩している。重力異常による荷重で崩落は更に進行し、炎の竜は自らの力で海に引き込まれようとしていた。

 同時に、別の爆音が空から聞こえた。

 〈綾鞍馬〉より遥かに高出力のジェットエンジンの排気音だった。更なる高空から、この地上まで聞こえてくる。

 航空自衛隊の百里基地からここまでは、直線距離にして20kmもない。最新鋭のジェット戦闘機ならば、離陸して1分とかからないだろう。

 瀬織が呆然と空を見上げる。

 陸戦用戦闘機械傀儡である〈マガツチ改〉のセンサーやカメラでは高空の、それもステルス戦闘機など捉えられるわけがない。仮に捕捉できたところで、何が出来ようというのか。

 今ごろ園衛が防衛省に連絡を入れているだろうが、もう間に合うまい。

「くっ……結局……こうなる……」

 全身から力が抜ける。意識の緊張が緩む。

 もうやめだ。全てが無駄で無意味だった、と肩を落とした、そのとき

「まァだだァァァァァァッッッ!」。

 諦めの中に沈む瀬織に対し、諦めを踏破せんとする人間が叫んだ。

 黒煙を割って、血まみれの左大が立った。未だ萎えぬ戦意を剥き出しに、喉を枯らして叫んでいる。

「JDAMの終末誘導はデータリンクで変更できる! そいつに介入しろォ!」

「なんですってぇ?」

「GPS誘導を妨害してぇっ……制御を乗っ取れェェェェッッ!」

 左大の言っていることは半分程度しか理解できなかったが、後は感覚で知識を補うしかない。

「神頼みも……ッ! いい加減にしてくださいまし!」

 人間の無茶ぶりに怒る間もなく、覚悟を決めた瀬織は〈マガツチ改〉を電子戦モードに移行。

「お空の方、やっつけますわよ!」

『警告 索敵範囲外』

 〈マガツチ改〉が、この期に及んでグタグダと抜かす。

『警告 電子戦 有効距離 範囲外』

「道理を繋げて無理を通すのが智慧! ですわッ!」

 疾く、賢しく、瀬織は八つの疑似人格と同期して、演算能力を最大まで拡張する。

 〈天鬼輪〉が展開し、上空に電子の矛先を向けた。

 八つの勾玉が脈動し、八本の突起から不可視の糸が撃ち放たれた。糸は空中にて紙縒こよりのごとく螺旋状に収束し、一本の紐となって射程を延長せしめた。

 瀬織は夜天を見上げる。肉眼ではなく、電子の眼でもなく、第三の神の眼で空の彼方を透視する。

 旋回する〈綾鞍馬〉を越えて、雲を越えて、低速で水平飛行する戦闘機の機影を捉えた。

 〈マガツチ改〉が画像認識でF-35Aという型式の機体だと情報を送ってきたが、そんなことはどうでも良かった。

 瀬織の知覚は、上空に張り巡らされた無数の電波を糸として認識した。

 船舶の無線、ラジオやテレビ、衛星通信といった重要度の低い電波は細く頼りない糸に見える。

 空よりも高い衛星軌道から伸びる無数の糸もある。それがきっと、GPSなのだろう。その中の一本が、鋼のように強い張りでF-35Aに繋がっている。

 そのGPSの糸が、F-35Aからぶつりと切れて、小さな塊に繋がって空中に投げ放たれた。

 ウェポンベイからJDAMがGPS誘導で投下されたのだ。

(その隙間……いただくッ!)

 瀬織は闇色の紙縒をマニピュレーターとして電子介入を行う。GPSの糸を絡めて切り取るや、即座にF-35Aの照準ポッドからの誘導に切り替わった。

 こちらの電子的な介入を察知したのか、相手側からオートでECMがかけられた。

(ああ、もう鬱陶しい!)

 瀬織の知覚にチカチカと星のようなパルスが走るが、意に介さない。元よりこちらはマニュアルで手作業も同然なのだ。この程度の電子妨害なぞ関係ない。

くうを自在に操るが空繰の神髄。運命線を結んで切って、千紫万紅せんしばんこう、綾を取る……ッ!)

 神の知覚を以てすれば、これも容易き綾取りのごとき糸繰り。

 照準ポットからJDAMに繋がる糸を切って、代わりに瀬織から伸びる闇色の糸に繋げてやる。制御の奪取成功。この間、僅か1秒足らず。

 演算能力をフルに使った電子戦に勝利し、瀬織はJDAMの投下方向を海上に再設定した。

「こ、今度こそ……やりましたわよぉ!」

 ふうっと、息を吐いた瀬織が意識を眼前に戻すと、世界が白く染まっていた。

 〈ジゾライド〉が白く発光している。

 白熱化である。すなわち、炎の温度が6000℃を超えたことを意味している。

 大気を伝わる高温が海水を蒸発させているのが見える。

 だが、今さらどうしようというのか。どれだけ温度を上げようとも、それに比例して重力荷重を高めようとも、全ては逆効果だ。

 バン、バン、と異様な音が響いた。

 〈ジゾライド〉の足元、崩落した埠頭が、段差をつけて沈んでいく音だった。まるで布団を叩くように、コンクリートが重力で平らに均されていく。

 重力は海水を押し退け、〈ジゾライド〉に平坦な足場を用意した。

 〈ジゾライド〉の全身が、白熱化した放電板を展開した。

「まずっ――」

 瀬織が身構え

「くっそァ――」

 左大が海に身を投げた瞬間、白い光が世界を撃ち抜いた。

 〈ジゾライド〉が通常時に行っていた電撃の体内放射は今や、超高温の重金属粒子を電磁誘導して放出する全方位攻撃に変貌していた。
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