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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと24

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 カチナ・ホワイトは赤い勾玉を握り、意識を上空の〈綾鞍馬〉へと転写した。
 その行為自体は、さして難しくない。ワイバーン・ゴーレムへの精神転写と同じだ。
 だが、肌に感じる風の流れが違う。
 違和感に目が眩み、脳がぐらりと揺れる錯覚に酔う。
 カチナはかつて飛竜であったが、〈綾鞍馬〉は鳥類を模した空繰だ。空中での挙動、重量バランス等は重爆撃機と軽快な戦闘機並に異なる。
「うっ……」
 額を抑えて意識を保つ。
 空中での空間認識の喪失はそのまま墜落死に繋がる。
 上下をしっかり認識して、痺れる体躯に神経と血を通わせる。
 〈綾鞍馬〉は俄かに姿勢を崩しかけたが、カチナの制御により正常な巡航に復帰した。
 カチナは〈綾鞍馬〉と視覚を同調させた。
 〈綾鞍馬〉の側からのサポートで熱探知と磁気反応のセンサー情報が思考の片隅に投映される。視界が三つに増えたような奇妙な感覚だが、存外素直に受け入れることが出来た。カチナ自身が人外の精神ゆえか。
 眼下の地表に、濃厚な熱を放つ赤い暴君の影が見えた。
 それは倒すべき仇敵。戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉あるいは〈レギュラス〉と呼ばれる、鋼鉄の竜王。
「ぬう……」
 逸る感情が精神接続にフィードバックされ、〈綾鞍馬〉の指が三式破星種子島の引き金に掛かった。攻撃するにはまだ早すぎる。
 カチナは理性で感情を抑え込んだ。
 直後、視界の一つ、IRセンサーの赤外線映像内で赤色の反応が膨れ上がった。
 〈ジゾライド〉のエンジンがアイドリング状態から復帰したのだと即座に理解した。
 敵意という漠然とした情報を野生の勘で察知されたのだ。不条理に奥歯を噛み、意識の一片を肉体に戻して、手元を見た。
 屋上に登る前に渡された、デジタル式の腕時計。作戦開始までの時計合わせをしてある。
 残るカウントは10秒だった。
 〈ジゾライド〉に感知されたということは、次の瞬間に対空砲火が始まるかも知れない。
 今すぐ撃つべきか、それとも待つべきか。
 そもそも、カチナと左大たちとの間に信頼関係は存在しない。左大は私情を挟まぬと言ったが、それ自体が信用できない。カチナを上手く乗せて囮に使い、使い潰すのが本意という可能性すらある。
 疑念は瞬く間に膨れ上がる。
 僅か10秒間の逡巡が永遠に感じられた。
 疑心は左大たちへの憎悪に変わりつつあった。今すぐ精神接続を切って逃げよう。〈ジゾライド〉が大いに暴れてこの場の人間すべてが死んでしまえば、借金を課す奴もいなくなる。復讐が一括に達成される、それこそが最適解の選択ではないか。
 精神の天秤が傾きかけた寸前、カチナは勾玉を握る手を抑えた。
 爪を食いこませて、痛みで選択を抑え込む。
「その選択肢は……選ばんぞ」
 デイビスと同じ過ちは繰り返さない。
 目先に降って湧いた勝利の美酒とは、運命の女神が用意した毒である。
 人の生とは、往々にしてそういうものだ。1000年以上も人間と共に生きていれば、運命のパターンは飽きるほどに学べる。
「我はなまじ長生きはしておらんのだよ……運命のクソビッチが……っ!」
 時計のカウントは0となり、最終作戦の幕が上がった。

 〈ジゾライド〉の精神に、チクリと棘が刺さった。
 電子的にこの機械の体を統制するCPUが「要冷却」との信号を送ってきたので、素直にそれに従っている。体が熱を帯びれば冷やさなければならない。当たり前の本能だ。
 その冷却中に、自分に敵意を向ける何かが接近していると感じた。
 CPUは相変わらず「要冷却」の信号を発しているが、そんなことはもうどうでも良い。
 己の破壊衝動のままに、小賢しくも向かってくる羽虫を磨り潰すだけだ。
 精神が覚醒し、〈ジゾライド〉の両目に再び炎が灯った。
 関節の動きが鈍いが、知ったことではない。
 〈ジゾライド〉の統制下にない火器管制AIが自動迎撃モードに移行する。頭部のIRセンサーが展開し、遠方から接近してくる熱源を一つ捉えた。
 動きの早い、四足の獣。IFFの敵味方識別は初期化されており、UNKNOWNと表示されている。
 AIは即座に「発砲 可」の判断を下した。識別できない場合は味方以外の脅威判定対象は全て破壊しろ、というのがこの火器管制AIに入力された最優先交戦規定だった。
 腹部に装備された二門の35mm機関砲が、闇の中の熱源に向けられた。
 いかに対象の速度が早かろうと、地表を二次元的に動く物体を捕捉するのは難しくない。周囲は遮蔽物に乏しく、四車線の道路脇には背の低い防風林程度しかない。
 対象は道路を一直線に、こちらに向かってくる。距離は300メートル以上。砲弾の散布界は十分に取れる。射撃モードをワイドに取れば、一瞬で制圧が可能だ。
 外部からのデータリンクが入る。電子戦用の僚機からの送信だった。
 送信者の認識コード名は〈Stego.Es〉と表示されている。電子戦用の僚機、ステゴサウルス型戦闘機械傀儡からの正式な送信である。AIは何の疑問もなくそれを受け取った。
 次の瞬間、熱源が無数に出現した。
 空中に、道路上に、更には左右の広範囲に大小の熱源が唐突に出現し、全てが異なる速度で〈ジゾライド〉に殺到してくる。
 AIは混乱した。
 各熱源の再探知、光学情報による形状識別、情報処理と対応の判断が間に合わない。
 本来ならば情報ノイズを除去し、的確な判断を下せる人間の頭脳が今の〈ジゾライド〉には欠如していた。部隊運用で電子戦をサポートし、データリンクで正確な攻撃対象を訂正して伝えてくれる僚機もいない。
 スタンドアローンの意思決定を迫られたAIはやむを得ず、最も近い空中の熱源から迎撃。
 35mm機関砲が断続的に発射される。熱源を確実に撃ち抜き、破砕する砲撃。曳光弾の光が夜を貫き、彼方へと消えていく。
 砲弾は、何も存在しない虚空を無闇に貫いていた。

 やや離れた防風林の中に片膝をつき、瀬織が息を潜める。
 〈マガツチ改〉の電子戦機能を全開にして、〈ジゾライド〉に欺瞞情報を送っていた。
 強引に小型化された電子戦システムの有効範囲は半径200メートルほど。機関砲の射程範囲外には逃れられない。
 電子機器の発熱は凄まじく、瀬織の人外の身を以てしても耐え難い。
「暑い……。それ以上に……」
 全身から吹き出す汗を拭う余裕すらない。神経が極度に緊張していた。
 左大の言う通り、〈ジゾライド〉の電子的なセキュリティはザルであった。同じ人類の、それもより高度な電子的攻撃を受ける想定をした兵器ではないからだ。
 瀬織は架空の友軍機の認識コードに偽装して、偽りのデータを敵の火器管制AIに送信している。
 〈ジゾライド〉の機関砲は存在しない架空の熱源と、光学映像で捉えた〈雷王牙〉の実像とに攻撃を分散していた。
 〈雷王牙〉は軽快な機動で自らに降り注ぐ砲撃を回避している。予測し難い変則的かつ三次元的な回避運動だった。左右のステップの飛距離を変えつつ、時には道路脇の防風林に飛び込み、木々の上を駆け回る。
 防風林が機関砲で弾け飛ぶと、ワイヤーアンカーを地面に打ち込んで高速で降下、離脱した。
 〈雷王牙〉は被弾することなく巧みに回避し続けている。
 一方で、〈マガツチ改〉の発熱自体は偽装できない。万一、機関砲がこちらに飛んでくれば、今の瀬織に回避できる余裕はない。一発でも当たれば、〈マガツチ改〉の軽装甲ごと瀬織の体は粉々だ。
 すなわち、現状は完全な運任せである。
 仮にも神である自分が祈るべき神などいるわけがないので、瀬織は自嘲気味に笑うしかなかった。
「きっついんですよね、本当……。イヤですわね集団行動って……! 生きるも死ぬも他人頼みで!」
 瀬織は意識の中で、〈マガツチ改〉のクラッキングツールから適当な攻撃パターンを選択して、〈ジゾライド〉に送信した。
 信頼関係などまるで存在しない即席のチームメイト達と、今の己を恨めしく思いながら。

 格納庫の屋上から〈綾鞍馬〉を操作するカチナに、瀬織からの通信が入った。
『聞こえてますか、カチナさん! 敵は撹乱されてますので、とっとと攻撃開始してくださいな!』
 余裕に欠ける声だった。
 緊張のひっ迫がカチナにも伝播し、鼓動が早まる。
 意識を〈綾鞍馬〉の方に切り替え、攻撃態勢に入った。
「ラジャー……」
 巡航形態を解き、〈綾鞍馬〉の翼が戦闘機動用に展開。
 熱探知と暗視映像から〈ジゾライド〉のエンジンのインテークを確認した。
 このまま上空から狙撃といきたいが、やはりそう上手くはいかなかった。
 〈綾鞍馬〉の知覚、野生の勘といって良いそれが、敵センサーによる索敵を感知した。
 カチナの意識に針のような刺激が走り、本能的に機体を操作する。
「ゴーダイブ!」
 機首を倒し、〈綾鞍馬〉を急降下させる。
 その直後、地上の〈ジゾライド〉が火を噴いた。
 背面ターボシャフトエンジン周囲に装備された4基のロケット弾ポッドの内、1基が19発のロケット弾を一斉者したのだ。
 地上の欺瞞熱源に向かって機関砲を撃つのと平行しての、対空攻撃だった。
 高速回転する各ロケット弾は取り巻き方の翼を展開して弾道を安定させつつ、扇状に弾幕を広げて、時限信管によりフレシェット弾を放出。ロケット弾一つにつき、2500発の子弾である。即ち、合計47500発の散弾の対空防護壁が押し寄せる。
 カチナは事前のレクチャーからそれを知っている。故に、フレシェット弾の散布界が広がり切るより早く、散弾の壁の内側まで急降下した。
 〈綾鞍馬〉は翼を畳み、流線形の高速形態となって墜ちる。
 それでも、対空防御兵器として完成された弾幕を抜けるには足りない。速度が足りない。運動性能が足りない。
 それを強引に補うのは、両脚部に装備されたマニューバスラスターユニット。
 太腿を可動させ、疑似的なベクターノズルとして噴射。横ベクトルのロケット推進が機体に強烈な捻りを与え、フレシェット弾の壁を鮮やかに回避。
 青いブラスト光が渦を描く急転直下の夜天瞬転の刹那生滅の中、〈綾鞍馬〉の腕が三式破星種子島を構える。
 地表まで80メートル。すぐさま機首を上げなければ激突し砕け散るその瞬間、カチナは〈ジゾライド〉の背部エンジン吸入口を捉えた。
 発砲、12.7㎜徹甲焼夷弾。
 それは高硬度耐熱合金製のファンを撃ち抜き、エンジン内部のコンプレッサーにまで突き刺さった。エンジンの口から火花が散り、赤い旋風が可視化された。
「まず、一発ゥ!」
 カチナを手応えを感じ、〈綾鞍馬〉に急上昇をかける。地表50メートルから翼で大気を叩き、ジェットとロケットの軽い噴射で姿勢制御。人間ならブラックアウトするほどの急制動と加速で、空繰は再び夜天に昇った。
 地表では、〈ジゾライド〉が吼えた。

 〈ジゾライド〉は苛立っていた。
 火器管制AIによるオートの迎撃はなんら成果を上げず、あまつさえ空からの羽虫が自分の体に傷をつけた。
 遥か太古より最強の生物として地上に君臨し、この時代においても無敵のはずの自分が、遥かに矮小な存在に翻弄されている。愚弄されている。舐められている。
 原始的感情と矮小な知性を律する人間の理性を欠いた暴君が、今の〈ジゾライド〉だった。
 苛立ちが破損したエンジンの出力を過剰に上げていく。回転音が高鳴り、異物として混入した徹甲弾と内部部品との接触で、ガリガリガリと何かの切削音が鳴り響く。
 そこに、AIが外部からのデータリンクを受信。僚機のレーダースコープ映像が最大まで拡大表示された。
 映像は全てが真っ白に塗りつぶされている。あらゆるパルス方式でも探知不能な、ECMで完全に妨害された状態のスコープだった。その映像ウインドウが最大サイズで次々と展開される。
 AIはウインドウを閉じるが、それ以上の速度でウインドウが増えていく。送信されるデータ量は異常に大きく、それはCPUの処理能力を圧迫し、コンピューター全体の動作が遅延し始めた。ウインドウの閉じるスピードが遅れ、続々と追加される情報が展開される速度も遅れ始めた。
 〈ジゾライド〉自身の知覚が上空から最接近する敵意を察知した。その敵意が、突如として無数に増えた。
 〈綾鞍馬〉がゴーストフレアディスペンサーを放出したのだ。
 これは、通常のフレアと微小な怨霊を同梱した対妖魔撹乱兵装であり、霊気探知や第六感で相手の位置を探るような敵に対して用いる。要は人工的な人魂だ。
 今の〈ジゾライド〉には怨霊と〈綾鞍馬〉の区別がつかない。
 AIがロケット弾による迎撃を選択するが、処理速度が鈍い。時限信管と攻撃範囲も闇雲な設定だった。
 結果、ロケット弾の発射が僅かに遅れた。高機動飛行タイプの敵機の迎撃には、致命的な遅延だった。
 呆気なく弾幕を抜かれ、エンジン内部に第2撃を食らった。
 エンジンの奥にまで更に徹甲弾が食いこむ。コンプレッサーが貫通され、タービンブレードにクラックが発生した。エンジンの異音が増していく。緊急停止をかける知性は暴君なる竜王にはない。
 コンピューターの冷却ファンが悲鳴を上げる。〈ジゾライド〉の機体そのものから伝導する高熱に加え、内なる熱を放出し切れずに遂にファンのモーターが赤熱化。オーバーヒートを起こし、ぶっつりと焼き切れた。
 AIの処理していた情報の一切合切がブラックアウトした。コンピューターはシステムダウンし、〈ジゾライド〉の火器管制は機能を停止した。
 そして遂に、ターボシャフトエンジンが火を吹いた。
 コンプレッサーの機能不全によるエンジンストールだった。
 隙間という隙間からバックファイアが溢れ出し、轟音と震動が〈ジゾライド〉の背中を揺らした。装甲版が内部からガタガタと震えている。
 本来なら即座にエンジン出力を絞り、サポート要員が消火すべき事態であるが、今の〈ジゾライド〉には対処不能。それどころか、逆にエンジン出力を上げてしまった。
 〈ジゾライド〉は自分の体が少しばかり傷つこうと関係ない。この程度の傷は踏ん張れば乗り切れる。全身の筋肉を奮わせて、剛脚で大地を蹴って、どんな敵でも一気に踏み潰す自信と殺意があった。
 無知蒙昧なる選択であった。
 背部エンジンの回転に合わせて、火花の輪が機体の周囲に現れていた。
 その火花の渦中にて、ターボシャフトエンジンが断末魔の悲鳴を上げた。
 ギィィィィィィィ……っとタービンブレードが捩じ切れる音の後、炎と共にエンジンが爆発した。
 徹甲弾を挟んだまま尚も出力を上げた結果、内部構造は全壊。タービンブレードやコンプレッサーの破片を大量に吸い込み、致命的な破壊に至ったのだ。
 爆炎を背負い、〈ジゾライド〉はわけも分からず絶叫した。

「やっ……やったぁ?」
 上空を旋回する〈綾鞍馬〉の目を通して状況を見ていたカチナが、素っ頓狂な声を上げた。
 〈ジゾライド〉の背中が爆発したようだが、手順としてはまだ不足しているはずだ。
「まだ2発しか撃ちこんどらんぞぉ?」
 それについて、瀬織から通信が入った。
『恐らく……左大さんなりの仕込みですね』
「ど、どういうことじゃ……」
『三発当てなければならない、と言われればカチナさんは必死に当てようとするでしょう? だから本来は二発で十分だったんでしょうね』
「うまく乗せられたっちゅうことかい……」
 信頼関係のない間柄ゆえ、左大は話術でカチナの力と気迫を極限まで引き出したということだ。
 一杯喰わされたわけだが、結果として作戦は成功したので、カチナは複雑な心境だった。
『コレで終わりなら万々歳なんですがぁ……』
 含みのある瀬織の物言いを受けながら、カチナは〈ジゾライド〉を望遠映像で確認した。
 炎上しつつも、尚も埠頭に進もうとしている。だが関節はオーバーヒートし、エンジンは破壊されて電力供給が途絶している。コンデンサーも異常加熱で機能が低下しているらしく、人工筋肉が満足に稼働できないでいる。
 先刻の戦闘とは比較にならないほどに動きは緩慢で、足を引き摺るように歩むこと数歩。
 〈ジゾライド〉の動きが止まった。
 機体の稼働状態を示す両目のインジケーターも消灯し、完全な機能停止状態だった。

 埠頭の先端では、左大による爆薬敷設が行われていた。
 陸の方からは、機関砲の発砲音がとめどなく聞こえている。
 〈祇園神楽〉たちが工事用ドリルでコンクリートに穴を空け、そこに左大がC4爆薬を押し込む。一つの穴につき2kg。この爆破ポイントを合計で40ポイント、ライン状に作り上げた。
「あのぉ~……これって全部で何kgあるんです?」
 左大を手伝って爆薬をトレーラーから運びながら、篝が問うた。
「C4は合計80kg。一斉起爆で埠頭を崩壊させる予定だ」
 物騒な内容を平然と答える左大に、篝は身震いした。
 C4はプラスチック爆弾であり、衝撃や熱で爆発することはない。それでも、自分が持っている物の破壊力を想像すると、篝は血の気が引く思いだった。
「あ、あのぉ……そろそろ敷設終わる頃ですし……わた、わたし、帰って……良いですか?」
「オゥ。後は俺一人でやるぜ」
 言うと、左大は簡素な起爆装置を見せつけた。有線式の単純な代物である。
「あの……左大さん。無線装置とか無いんですか?」
「残念だが無い。元々爺さんが自爆用に用意してたモンなんでな」
「爆発に巻き込まれたり、しません?」
「さあ? どうだろうな?」
 左大は相も変わらず、愉しげに答えた。
 自分の葬式を嬉々として準備する、そんな人間はある意味で爆薬より恐ろしい。
 篝はぶるっ、と震えて「うひひひひ……」と妙な悲鳴を上げながら退散した。
 暫くして機関砲の砲声は途絶え、爆発音が聞こえてから、数分が経過した。
 楽観的に考えれば作戦は成功。左大の爆薬設置は単なる徒労と杞憂に終わる――のだろうが、往々にして人生とはままならぬもの。
 多くの人にとっては最悪の事態、しかし左大にとっては待ち望んでいた山場がやってくる。
「フハッ! そうだろうなあ。そうでなくちゃなあ、ジゾライドよぉ!」
 左大が狂喜して笑いかける夜の彼方に、赤い光が立ち昇った。

 瀬織は〈マガツチ改〉の電子戦モードを解除し、防風林から道路に出た。
 静止した〈ジゾライド〉とは100メートルほど距離を空けている。位置としては〈ジゾライド〉の背後であり、機関砲の射線には立たない。
 夜闇に目を凝らせば、未だ燃え続けるターボシャフトエンジンが見えた。
 再び動き出す気配はない。だが、油断はしない。
「さて……どうですかね」
 話によれば、更に状況が悪化する可能性もある。
 緊張に強張る背筋の奥に、悪寒が走った。
 厭な感覚だった。
 神である自分でも知らない感覚。だが、この世の摂理から何かが外れた。これから、あってはならないことが起きてしまう。それだけは分かる。
 〈ジゾライド〉の背中が、ぐにゃりと歪んだ。錯覚ではない。瀬織の目が見ている視覚が、周囲の風景ごと下に引っ張られたように歪むのが確かに見えた。
「なっ!」
 狼狽える瀬織の目の前で。〈ジゾライド〉の全身から赤い閃光が奔った。
 そして内側から機体が赤熱化していく。
「これが例のアレですか! カチナさん、今すぐ攻撃を!」
『こっ、攻撃ぃ? どうやって!』
「なんでも良いから撃ち込むんですよ!」
 戸惑うカチナを押しきる瀬織。
 自らも両腕の装甲を展開し、電位操作で雷の円刃を形成する。
「イチかバチか! 重連合体方術――」
 瀬織は二対の回転円刃を、舞うような動作で投射。
「矢矧重ね!」
 円刃を重ねて変化球めいた軌道を取らせる。
 それらは〈ジゾライド〉の正面まで飛翔すると、電位差の反発で軌道を変更。カーブを描いて、〈ジゾライド〉の胸部めがけて突進した。
 同時に、上空の〈綾鞍馬〉が三式破星種子島をターボしシャフトエンジンの破損部に三連射した。
 矢矧の円刃は〈ジゾライド〉の胸部、中枢回路である勾玉を狙っていた。機能停止した今ならば破壊できると踏んだ攻撃だったが、目論見は呆気なく敗れ去った。
 円刃はワイバーン・ゴーレムの攻撃と同様に、魔力で増幅された電荷を打ち消されて霧散した。
 上空からの狙撃は、奇妙な弾道を描いて目標から逸れた。
 カチナと瀬織の目には、大気を歪ませる徹甲焼夷弾の熱い弾道が、〈ジゾライド〉に接近した途端に斜め方向に逸れていくのが見えた。
「なにが起き――」
 言葉の途中で、瀬織は更なる違和感を覚えた。
 体が、妙に、重、い。
 更に歪む視界の奥で、〈ジゾライド〉の全身が炎に変わった。

「やはり……こうなってしまうか」
 園衛は双眼鏡から目を離した。
 超高温で発光する〈ジゾライド〉を裸眼で見るのは危険が伴う。太陽を直視するようなものだ。
 周囲には何発かの流れ弾の弾痕があるものの、景と園衛は無事だった。
 景は不安げに園衛を見上げた。
「瀬織は……どうなったのさ!」
「こうなってしまっては分からん」
「そんな! 園衛様は助けに……」
「フッ……今の私に、アレと生身で戦えと?」
 自嘲気味に笑う園衛が、横目で遠方を見やった。
 赤い火柱と化した〈ジゾライド〉が、この距離からでも良く見えた。
 左大の話の通り、最強の戦闘機械傀儡は世界の全てを焼き尽くす炎の竜と化している。生身の園衛では近づいただけで焼死するだろう。
 異常なのは見た目だけではない。妙な音も聞こえる。
 バキバキと木々が折れ、アスファルトの道路が破砕される音だった。
 〈ジゾライド〉が踏み荒らしているわけではない。近くを通過するだけで、不自然に破壊が広がっているのが肉眼でも見えた。
「ン……どういうことだ?」
 園衛が不可解な現象に首を傾げていると、答えてくれそうな人間が帰ってきた。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ……もぅやだぁ……」
 息を切らして、篝が埠頭から戻ってきたのだ。
「もう帰りましょうよ園衛様ぁ!」
「まだ帰らんぞ。それはともかく、アレは何が起きている!」
 涙目で縋り付く篝に、アレを見ろと園衛は〈ジゾライド〉の方向を指差した。
 篝は「んー……?」と唸って暫く目を凝らすこと約5秒後、血相を変えて叫んだ。
「うぅううぅぅあああああああ! なんですかアレはぁ~~~っっっ!」
「だから何なのだ! 分かるなら説明しろ!」
 園衛が肩を揺すられて、篝は声を抑えて、だが早口に語り始めた。
「空繰とか戦闘機械傀儡の中枢には、怨念とか魂が定着させてあるんですが、それってつまり死者を強引に現世に引き戻してるってことなんです。とっくの昔にバラバラなって、重力に引かれて沈んでしまった情報を引っ張り出す。これはホワイトホールみたいなもので……」
「はぁ?」
「ホワイトホールっていうのは、現在では実在しない概念とされているんです。それが観測されるとしたら、マイナスの時間が存在する世界。デッドユニバース、もしくは虚数次元。分かり易く言えば死者の世界です。その死者の世界から、更にエネルギーを取り出そうとしているのが多分……アレです」
 篝は燃え上がる〈ジゾライド〉を指差した。
「直に見るのは初めてですが……フロギストンモードっていうのは、ジゾライドが今以上の力を欲した結果、強引に向こう側からエネルギーを引き出す形態なんです、恐らく。でも向こう側は強い力でそれを引き戻そうとするから、重力が生じて……周囲の物体が質量増加に耐えられずに潰れているんですよ……多分」
 説明はされたものの、園衛は困惑して息を吐いた。
「ホッ……どうして急にそんなSFみたいな話になるんだ!」
「あ、あんなの使って戦ってたんだから、昔っから十分SFじゃないですかあ!」
 あんなの、と篝が指差すのは〈ジゾライド〉のことだ。
 機能中枢はオカルトめいているが。現代兵器で身を固めた恐竜メカは確かにSF以外の何者でもない。
「くっ……どうすれば止められる!」
「そりゃもう左大さんの作戦に賭けるしか……。でも、あの重力場じゃ……」
 離れていても事態が異常すぎるのは一目瞭然だった。
 〈ジゾライド〉の周囲の空間が歪んで見える。重力は光すら捻じ曲げるからだ。天体現象さながらの最前線がどんな状態なのか、それはもはや園衛の想像の埒外だった。
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『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』 高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》 彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。 それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。 そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。 その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。 持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。 その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。 そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。 魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。 ※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。 ※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。 ※2022/10/25 完結まで投稿しました。

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