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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと22

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 即座に左大の指揮の下、〈ジゾライド〉攻略のための機材整備と作戦説明が同時進行することになった。
「さっきも言った通り、ジゾライドのハード面での欠陥は熱だ。そいつは人工筋肉だけの問題じゃない。特にAIユニットは関節以上に熱が致命的となる。防護されていても熱伝導は完全にシャットアウトできねぇから常に熱暴走の危険が付きまとうんだな。作戦第一として、それを狙う」
 格納庫は多少の火災があったが、保管してある装備品に火の手は及ばなかった。〈ジゾライド〉起動時の衝撃で横倒しになった程度だ。
 全て損傷はないと左大は確認した。
「AIの処理能力を超えた飽和攻撃が理想だが、そいつは無理だ。手数が足りない。だから、そこはマガツチの電子戦能力で仮想の弾幕をぶつける」
「つまり……わたくしの担当ですか」
 瀬織が自分の顔を指差す。
 左大は頷いた。
「そう。瀬織ちゃんは欺瞞情報をAIに誤認させてくれ」
「先程、制御の乗っ取りは失敗しましたが……」
「ジゾライドの精神には効かないが、人工の電子頭脳相手なら大丈夫だ。ソフトもハードも10年前の物だから、割と簡単に騙せるはずだぜ」
 続いて、左大は防火扉で隔離された別室を開けた。案の定、弾薬が無数に保管されていた。
 これを運び出すのにも人手が足りないわけだが、それに関してはすぐに解決した。
「おーい、爺さん。とっとと起きろ、よっ!」
 左大が床に転がっていた整備担当の〈祇園神楽〉の頭を蹴とばすと、勾玉に光が灯り、呆気なく再起動した。
 祖父の機械整備の知識だけが入った空繰たちに、左大は口頭と手振りでアレコレと指示を出す。
「雷王牙はハンガーに固定して装備換装! 装備はワイヤーアンカーにEMSSとマルチディスチャージャーだ。ディスチャージャー1番には照明弾。2番にはスモークを装填してくれ」
 左大の指示に従って、〈祇園神楽〉たちは黙々と作業を始めた。
 〈雷王牙〉は自らハンガーを潜り、整備し易いようにハードポイントのカバーと関節サーボモーターのゴムキャップを解放した。
 俄かに慌ただしくなった格納庫の中で、篝が手を挙げている。
「あ~の~~ささささっ……」
 声がうわずって言葉を成さない篝に気付いて、左大の方から反応した。
「なんだい篝ちゃんよ?」
「さーだーぁ……あの、ちょっと、質問なんですがぁ……」
「なによ?」
「らっ……雷王牙の装備ですよぉ。他に武器あるじゃないですか。五式大目牙巨砲オメガキャノンとか、エレクトロンレーザーブレードとか……。そっち付けた方が……強くないですか?」
 格納庫に置かれた多くの固定具には、〈雷王牙〉の共通規格ハードポイントに装備可能かつ、ペイロード面でも許容できる強力な武装もある。
 二対の大型ランチャーである五式大目牙巨砲も、擦れ違いざまに自由電子レーザーの照射と電磁コーティングされた刀身で対象を切り裂くエレクトロンレーザーブレードも、過去の戦いで〈雷王牙〉での運用実績のある装備だ。
 こちらを装備した方が、高い戦力を得られるのは確かなのだ。
 しかし左大の返答は
「強くないね」
 真逆のものだった。
 それは後方任務のエンジニアと、前線での運用とメカニックの高等知識を併せ持つ指揮官との見地の違いだった。
「五式は重すぎて機動力を低下させる。鈍足じゃあ、あっという間に弾幕の餌食だ。レーザーブレードも論外だ。アレの近接戦レンジ内に入った時点で終わりだ。反応速度は同等でもパワーとウェイトが違い過ぎる。戦車にチャリで挑むようなモンだぜ」
 五式大目牙巨砲は、陸自から用途廃止名目で譲渡された106㎜無反動砲をベースに改造された戦闘機械傀儡用の大型火砲だ。〈雷王牙〉のような高速機動タイプに一基ないし二基装備して、機動力と火力を両立させる。
 しかし、一基につき200キログラムを超える重量は、機動力に重きを置く運用では確かに無視できない。
 エレクトロンレーザーブレードに関しても左大の言っている通りだ。
 〈ジゾライド〉と〈雷王牙〉とでは、機体重量に10倍以上もの開きがある。それに人工筋肉のパワーやエンジン出力を加味すれば、格闘戦など自殺行為に等しい。
 得心すると共に、篝は己の見識の浅さを恥じて、何とも言えず呆けたような顔になっていた。
「あー……なるほど。分かりましたぁ……。あ、でもぉ……」
 篝は何かに気付いたようで、〈雷王牙〉の頭部に取りつけ中のユニットを指差した。
「EMSS……電磁シールドじゃジゾライドの機関砲は無理じゃないですか?」
 EMSS……Electromagnetic‐Shield Systemの略称である。
 電磁場に作用する妖魔の超常現象や呪術を電磁シールドで跳ね返し、時にはシールドごと妖魔に体当たりして霊体に衝撃を与えるための装備だ。
 これはあくまで電磁場のシールドを張るものであって、万能のバリアではない。実弾への防御力は望めず、機関砲に対しては無力だろう。
 それを敢えて装備するのにも理由がある。
「ジゾライドの機関砲弾の半分は通常弾、1/4は曳光弾、残り1/4は対妖魔用の磁性弾頭が装填されてんだ。この磁性弾頭だけはシールドで弾道を逸らせる」
「つまり回避し切れなくても1/4の確率で直撃は免れる、と……」
「無いよりはマシの保険だな」
 〈雷王牙〉の装備換装の進捗を横目に、左大は再び作戦の説明に戻った。
「雷王牙の役目はオトリだ。高速機動を活かしての撹乱! 攻撃を避けて避けて避けまくる! 間違っても格闘戦を挑もうなんて考えるなよ!」
 自分の役目を教えられ、〈雷王牙〉が低く一吼え。了解の意思を示した。
「ほい次! 綾鞍馬も装備換装! エンジンに燃料は入ってっか?」
 羽を畳んでハンガーに収まる〈綾鞍馬〉の背面エンジンポッドの外部燃料計を見て、整備担当の〈祇園神楽〉が首を横に振った。
「燃料ねぇんじゃあ、ジェットエンジンが使えねぇーじゃあねぇかよ! 半端な整備しやがったのはあ、どこのどいつだ~~っ!」
 左大が怒鳴ると、横にいた篝が「うひぃぃぃ~っ」と悲鳴を上げて萎縮した。
 〈綾鞍馬〉をモスボール状態から再起動させたのは、他でもない篝だった。
「だだだだっ……だってぇ……っ。ジェット燃料なんて園衛様の家に置いてなかったんですよぉ~~っ」
「チッ……園衛ちゃんの不手際だな~~っ! こいつはよぉ~~っ」
 左大は格納庫の隅にいる園衛を睨んだ。戦闘機械傀儡の軽視をはじめ、行き過ぎた軍縮と組織解体の弊害が余計な手間をまた一つ増やしてくれたと。
 園衛は眉間に皺を寄せて目を瞑り、腕を組んで佇んでいる。
「ジェット燃料を常備する家なぞあってたまるか……っ!」
 反論したいことは山ほどあるが話がこじれそうなので今はこれっきり黙っておく、といった具合に大人の体面の奥に諸々の感情を押し込んでいる顔だった。
「爺さん! 燃料あるか燃料!」
 左大が〈祇園神楽〉に声をかけた時には既に、燃料タンクがカートに乗せて運び込まれていた。
「おっし、じゃあ補給! 装備はゴーストフレアディスペンサーと三式破星種子島バスタータネガシマ!」
 左大は格納庫の床に横倒しに転がる火砲を指差した。
 三式破星種子島。全長2メートルの長砲身大口径の対妖魔二連装銃である。
 上部の小口径銃は7.62㎜弾対応の重機関銃。下部の大口径銃は12.7㎜弾対応のセミオートライフルとなっている。
「カチナとかいうトカゲのガキ! お前に遠隔操作でこいつを使ってもらう」
 あんまりな呼び方にカチナは顔をしかめた。
「くっ……きっさまぁ……もう少し我に気を使うとか出来んのか……っ」
「お前、俺のこと嫌いだろ? 俺もお前ェのこと嫌いだからよ。嫌い合ってる奴同士、ニコニコ揉み手で媚び売るなんざ女々しいの極みでどちゃクソ反吐が出るわなぁ~あ? 表面取り繕ったご機嫌取りなんざ、こちとらお断りなんだよ」
 自分の半分ほどの背丈の少女に圧し掛かるように、左大はカチナの頭上からずいっと指を向けた。
「だが俺は作戦に私情は挟まねぇ。こいつはチーム戦だからな。俺のことブッ殺したいなら戦闘中に撃ってもかまわねぇが、お前にとって契約ってのはそんないい加減なモンなのか?」
 感情と打算をアッサリと切り替えてみせる左大を前にぐうの音も出ず、カチナは顔を背けた。
「わかった……! とっとと子細説明せい!」
「オッケ~」
 左大が後手に手招きをすると、〈祇園神楽〉がキャスターつきホワイトボードを運んできた。
 ホワイトボードには、〈ジゾライド〉のターボシャフトエンジンの内部図解が貼られていた。
「このエンジンの吸入口がジゾライドの唯一の弱点らしい弱点だ。だが単純にここに弾丸をブチ込めば良いってモンじゃあねえ。吸入口の奥にはタービンブレードが複数設置してある」
 そう言って指差す図案には、シャフトに接続された四層のタービンが描かれていた。
 カチナは「フンッ」と鼻で笑った
「そう難しい話ではあるまい。その回る扇風機みたいなのに弾を撃ち込んで止めてしまえば良いのじゃろうが」
「だから、そんな簡単な話じゃねーんだよ。このタービンは全部が回転してるワケじゃねえ。四層の内の二層は静翼といってな。タービンに効率的に空気を送り込むための固定翼なんだよ。しかも、物凄く硬い耐熱合金で出来てる。更に、このタービンの前に大型のコンプレッサーが配置されていて、そのコンプレッサーに電力を供給する別のタービンもある。この厚みを一発で貫通するのは12.7㎜じゃ無理だ」
「じゃ……じゃあ、どうせえっちゅうんじゃ……」
「三式破星種子島の12.7㎜の装弾数は薬室内にあるのも含めて計11発。その内の3発を同じポイントに撃ち込めばタービンを破壊できる」
「なにっ!」
 カチナの顔色が変わった。一発打ち込めば良いと思っていたのが、三発も必要だという。しかも同じ部分に撃ち込めという。この夜間に、飛行しながら。
「ジゾライドの対空攻撃はゴーストフレアで撹乱。弾幕の回避は綾鞍馬の方でやってくれる。お前は射撃に専念して、必要全弾命中できる確率は70%以上。余裕だな」
 余裕なわけがない。
 かといって、ここで無理だと言っても作戦に変更はないだろう。これが現状戦力で最善の策だというのはカチナにも分かる。
 それに何より、これはカチナ自身が結んだ契約なのだ。
「くぅ……やれば良いのだろう! やれば!」
「そうだ。やるしかねぇのさ」
 左大は赤い勾玉を指で弾いてカチナに飛ばした。それが〈綾鞍馬〉のコントローラーだった。
 そのやり取りを見て、瀬織は愉しげに笑った。
「ほほほ……ご覧ください景くん。皆さん、なんだかイキイキしてますでしょう?」
 瀬織は景の持ってきたコンビニおにぎりを齧った。わざとらしい硬さの海苔がパリッと弾けて、添加物山盛りの白米を噛んで飲み込んだ。
「むふ……。美味しくありませんわねぇ、今世の握り飯って。それは兎も角として、戦場の中で生きるのが最も幸せな方……というのもいらっしゃるのです」
 と、瀬織が講釈しても景は癪然としない様子だった。
「でもさ、死んだら全部おしまいじゃいない……。怖くないのかな」
「そういう問題じゃねえのさ」
 いつの間にか、後に左大が立っていた。瀬織と景の会話も聞いていたようだ。
「生きるとか死ぬとかよ、なんつーか……そんな重く考えることかなって、俺は思うんだよ。死んだように生き続けるよりは、何かを成してサッパリくたばる方が、ずっと満足できる人生なんじゃねえかな」
「でも左大さんは、ジゾライドが大切なんですよね? それを自分で壊すの……イヤじゃないんですか?」
「逆だぜ景ちゃん。ジゾライドにとっても、これが最後の花道なら……それを飾ってやるのは最高の幸せなのさ。俺は今、無茶苦茶楽しいぜ?」
 腹の底から湧きあがる喜びを露わにして、左大は笑っていた。それは嘘偽りのない本心だった。
 景にとっては全く異質な価値観だった。
 死を恐れるどころか、嬉々としてそれに向かっていくなぞ少年には狂気にしか映らなかった。
 戸惑う景の内心を察して、左大はぽんと肩を優しく叩いた。
「男には花道ってモンが必要なのさ。何かをやり遂げて、涅槃に旅立つ花道……それがなきゃあ、死んでも死に切れない。いずれ、景ちゃんにも分かるさ」
「そうでしょうか……」
 景の隣から、瀬織が不機嫌な顔で割って入る。
「ちょっと左大さん! 景くんにそういう時代錯誤の価値観を吹きこまないでくださいまし!」
「そうかい? 100年200年、1000年経っても人間の本質は大差ないと思うがね」
「今世はいにしえほど物騒ではありませんことよ」
「過保護だねえ、瀬織ちゃんは」
 もう少し、左大は何か言いたげだった。
 しかし景よりも、瀬織よりも少し老けている自分が長々と説教を垂れるのはみっともないな……と思って自重する。それが大人というものだ。
「人間、色んな価値観があるもんさ。俺みたいな生き方もあるってこと。景ちゃんも憶えといてくれや。そう……景ちゃんは戦闘記録が役目だ」
「なんですかそれ……」
「語り継ぐ人間が一人でもいれば……それは俺にとっても、ジゾライドにとっても慰めになる。そう思ってくれや」
 左大は景の横を通り過ぎて、改めて一同に向き直った。
「作戦のフェーズ1は電子攻撃と高速機動によるジゾライドの火器管制AIの撹乱だ。高熱と情報処理の飽和でAIをオーバーフローさせる。これで射撃は一時的に停止する。その隙を狙い、上空からの狙撃でジゾライドのターボシャフトエンジンを破壊。エネルギー供給を経つ。後はコンデンサの電力が尽きれば、ジゾライドの活動は停止する」
 現状戦力では理想的な作戦である。伊達に戦闘機械傀儡のすべてを網羅しているわけではない。
 しかし、それはあくまで理想であり、現実は人の思惑を容易に超えていく。
 瀬織が手を挙げた。
「それで――活動が停止しなかったら?」
 〈ジゾライド〉は痛めつけると全身を炎と化すと、先刻に資料を見せられたばかりだ。あの様子はどう見ても通常の物理法則を無視している。エンジンを破壊した程度で止められるとは思えない。
 左大の表情が、いつになく真剣に強張った。
「その場合、作戦はフェーズ2に移行する」
 作戦説明の最中、何体もの〈祇園神楽〉が奥の部屋から出てきた。手押し車に大量の木箱を乗せて運んでいる。
「爺さんは色んな事態を想定してたみたいでな。万一の時はここを自爆させることも考えてたようだ。だから今、その爆薬の一部をトレーラーに積み込ませてる」
「それは……何に使うつもりなんですの」
「埠頭の一部に敷設する」
 不意に、左大がフッと吹き出した。何が面白いのか、くつくつと笑っている。
「フッ、くくくくく……。フェーズ2の説明をしようか。ジゾライドの炎上形態……フロギストンモードと呼んでいるが、こうなると物理攻撃が一切通用しなくなる。炎そのものになるんだ。質量自体を燃焼させてるって説もあるが、ぶっちゃけ良く分からん。作った俺たちも想定外の形態なんでな」
「炎……ということは、実態はないのですか?」
「質量はある。だから向こうはこっちをブン殴ることも出来る。尤も、人間は近づいただけで蒸発するような温度だがね」
 こちらの攻撃は効かないのに向こうの攻撃は当たるという不条理に、瀬織は首を傾げた。実態がないのに殴れる、というのはどういうことなのか。
 瀬織に気付いた篝が、そそくさと摺り足で寄ってきて、傍で耳打ちした。
「あの、なんというか……フロギストンモードのジゾライドは重力質量だけが存在してるっぽいんです」
「うん……?」
「ええと……理屈は私も良く分からないんですけど、恐竜の霊体自体、大昔に滅んだので本来なら重力に引かれて宇宙のずっと遠くに沈んでるって説があるんです。それを降霊で強引に現世に引き出しているから、反動で対称性微粒子が重力子と熱になって放出――」
 話がややこしくなってきたので、瀬織は瀬織なりに理解を働かせて、簡潔な答を導き出した。
「……つまり、恐竜さんの影が重さを持ったようなものと」
「あっ……はい。大体そんな感じかと……」
 解説を終えた篝はすっと身を引いて、整備の仕事に戻っていった。
 それを待って、左大が作戦の説明を再開した。
「フロギストンモードを現状の装備で止めるのは無理だ。こうなった場合、敢えてジゾライドを埠頭の先端まで誘導。その後、足場を爆破して海中に叩き落す」
「海水で消火……できるんですの?」
「消火というより吹き飛ぶ。水蒸気爆発だ。こうなると、流石にジゾライドもオシマイだ。爆発は爆発だが、JDAMで港ごと吹っ飛ぶよりは遥かにマシだろうよ」
 左大はまだ笑っている。酔っ払ったような悦楽の笑みだった。
「爆薬の起爆は有線。操作は現場で俺がやる」
 それが、悦びの理由だった。
 戦いの果てに愛する〈ジゾライド〉と心中するのも一興、ということだろう。
 今となっては誰も左大を止める者はいない。他に適任者はなく、また止めても止まるような人間でもない。
 左大は園衛に目をやった。
「俺が死のうが生きようが、ここの機材は全部くれてやるよ。俺が持ってても税金払えねぇしな。契約書、持ってきてあんだろ? サインしてやるよ」
「書類は……鏡花に作らせています」
 要は先程カチナに突き付けたのと似たような文面になるので、現場で改変してプリントアウトしているということだ。ノートパソコンは持参しているとしても、この施設にプリンターは無さそうなので、近場のコンビニまで出向いているのだろう。
「ったく、遅っせぇんだよな~! 時間ねぇのによ~~っ!」
「誰かに取りに行かせましょうか?」
「じゃあ、手すきの人間……。そうだな、景ちゃんに頼もうか」
「……妥当ですね」
 少し間を置いて、園衛は左大に同意した。含みのある発案の真意を気取られぬように、感情を抑えていた。
 当の景はまたしても雑用を押し付けられて
「えぇ~~……」
 と、困惑の声を上げていた。

 景は否応なしに格納庫から追い出されてしまった。
 別に自分が行かなくても、鏡花は車でコンビニから戻ってくるのだから時間的には大差ないだろうに。なんとも理不尽である。
 スマホで周囲のコンビニを確認すると、海浜公園を挟んだ反対側の国道にあるようだった。直線距離にして500メートルほどだが、迂回すると三倍近い距離になる。
 外に立たされて30分ほど経過した頃、ステップワゴンが少し離れた路上に止まった。
 エンジンをかけたまま、運転席から鏡花が降りてきた。
「あら……きみって」
 ついさっき顔を合わせただけの、ほぼ初対面の大人の女性相手に、景の喉が詰まる。
「あの……僕、左大さんの契約書を取ってこいって……」
 景は、緊張して思わず目を逸らした。
 不意に、鏡花が景の肩に手を置いた。
「きみは、あんな人に関わっちゃダメ」
「えっ、ええっ?」
 先程の冷たい印象から一転して、鏡花は優しく景に語りかけてきた。
「東景くん……だったよね。園衛様からお話は伺っています。この件に関わったのは事故みたいなものだって」
「う、うん……まあ事故って言えば事故かも……」
 成り行き上、瀬織についていった挙句にこんな大事に巻き込まれてしまった。今回は。自分の意思で積極的に関わったわけではない。
「明日も学校があるんでしょう? 私が家まで送っていきます」
「え、でも書類は」
「園衛様の御心を……分かってあげて」
 後の方から、甲高いエンジン音が聞こえた。
 〈綾鞍馬〉のジェットエンジンが起動する音だった。
 景が振り向くと、装備換装を終えた〈雷王牙〉と、瀬織を背中に乗せた〈マガツチ改〉が出撃していくのが見えた。
 ここに至り、景は左大と園衛の真意を悟った。
 景を戦場から遠ざけて帰宅させるために、わざわざ無意味な使いに出したのだと。
 置き去りにされることは、仕方がないと思う。あそこにいても何も出来ない。景はただの無力な少年でしかないのだから。
 頭では分かっている。
 それでも、この何とも言えない疎外感と孤独感は、どう言葉にして良いのか分からず、景は口を噤んで俯いた。
「辛いよね。見送るしか出来ないのって……」
 慰撫のように、鏡花は背中から景の肩に両手を置いた。
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