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第二話
竜血の乙女、暴君を穿つのこと15
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対戦車ミサイルの着弾の余波は、建屋の床にばら撒かれた灯油に引火し、一面を火の海に変えていた。
左大は粉塵と瓦礫と炎の中に消えた。しかし、仕留めたわけではないとデイビス自身が良く分かっていた。ミサイルは左大に直撃していない。
「貴様ァーーーーッ! なぜ攻撃を外したァーーーーーッッッッ!」
血の混じった唾を飛ばし、デイビスはミサイルを放った〈ウェンディゴ〉に食ってかかった。
操主の感情を反映した〈ウェンディゴ〉は狼狽えるように身を引いた。
『こっ……この機体のFCSは人間のような小型目標に対応していません。マニュアル照準ではロックオンも出来ず……』
「ちぃぃぃぃぃっ! どぉぉぉぃつもこぉいつもぉぉぉぉぉぉぉっ、つっかぇねぇ~~なぁ~~~っっっっ!」
デイビスは悪態を吐いて、足元に転がる同胞の死骸を蹴とばした。周囲には灯油を被って燃えている遺体もあるが、気に留める様子はない。
まるで人が変わったようなデイビスの様子に、後続の黒フードたちは動揺していた。
「宗主様はいったいどうなされた……」
「これでは供物にならんぞ……」
「我らがズライグを降ろすための儀式が……」
狼狽える一族の群れの中から、背丈の低い少女が堂々と歩み出た。
「人の子よ……これはどうしたことじゃ」
半分寝ぼけているような虚ろな声で話したのは、カチナだった。それも片言の日本語ではなく、妙に時代がかった尊大な口調。
目の焦点も合っておらず、視線はデイビスを見ているのか、左大の消えた炎を見ているのか判然としない。
「にっくきあの男の孫を打ち負かし、目の前でレギュラスを破壊し……その絶望にまみれたる肉を我への供物とする。それが契約だったはず……」
カチナの言葉に、デイビスは「チィッ……」と苛立ちまみれに舌打ち、頭を掻きむしって、歯ぎしりしながらカチナの鼻先に指を当てた。
「残念だが予定が狂った。レギュラスは破壊する。サダイは殺す。だが食わせるのは無理だ! 諦めてくれ!」
「約束が違う……。それでは腹が満たされぬ……」
「あぁぁのぉ……よぉ―――ッ! 神様なら好き嫌いするんじゃあーーーーねぇよっ! コアラとかパンダじゃねぇーーーーんだからよぉーーーーーッ!」
至近距離で唾を吐きかけるデイビスに何を思ったのか。カチナの内側にいた何者かは不満げな顔で消えた。元通りの空っぽの人形となったカチナは表情もなく、その場で硬直した。
「あわわ……なんたる不敬……」
「宗主様はご乱心か……」
萎縮する黒フードたちに一瞥もくれず、デイビスは背中越しに叫んだ。
「その空っぽの器にとっととズライグを定着させろッ! もぉぉぉぉぉう手順なぞどぉーーっでも良いわ! ウェンディゴどもにアレを……レギュラスを狙わせろッッ!」
黒フードたちは戸惑いながらも、そそくさと建屋から退出していく。
デイビスは左大の消えた炎の壁を睨みながら
「死ね……とっとと死ね……くそ、くそ、くそ……」
と、うわ言のように毒づきながら、あの煉獄から左大が飛び出してこないかと警戒して、じりじりと後歩きに建屋を出た。
人の群れが去り、代わりに巨獣の群れが建屋に入る。
テクノ・ゴーレム〈ウェンディゴ〉が5体、シャッターを破ってガンランチャーの砲口を並べた。
内1体は黒とオレンジに塗装された試作1号機。通称〈Mk.1〉。ブローカーがプレゼン用に作成した機体で、エンジンも駆動系も量産型とは比較にならない高性能機だった。
『G11、G12、G13、G14、Mk.1の5機はガンランチャーの照準をレギュラスに合わせ。10カウント後に一斉射撃』
指揮トレーラーからの指示に、操主たちは「G11了解」「G12了解」と各個に応答を返した。
〈ウェンディゴ〉は戦闘機械傀儡同様、全機が遠隔操作である。操主たちはトレーラーのコンテナ内に設置されたシートに座り、HUDを介して〈ウェンディゴ〉のカメラが捉えた映像を見て、コントローラーである青い石英を左手に握り、右手には射撃用のジョイスティックを握っていた。
各機のコールサインは、たとえばG11はゴーレム第1小隊の1番機を意味している。
これらの設備と基礎訓練もブローカーの手配したものであり、素人の犯罪集団だったデイビス達は今日の実戦のために戦闘部隊らしき体裁を整えることが出来た。
ガンランチャーと使用するミサイルは中古市場で誰も買い手がつかなかったような、50年前の骨董品ではあるが、それを運用する火器管制システムは比較的新しい物が使われている。元々この武装を運用していた空挺戦車は失敗作の部類だったが、一応は1990年代までアメリカ軍に配備されていたからだ。
その射撃レティクルの内に標的を捉え続ければ、発射したミサイルは目標を自動追尾し、命中する。単純なシステムだ。
今、レティクル内に整備用の足場に固定された〈レギュラス〉もとい〈ジゾライド〉がある。
既に背面には巨大な二門の155㎜榴弾砲が装着されているが、動く気配はない。操縦する人間がいないのだから、いかに恐るべき最強の戦闘機械傀儡とて動くわけがない。
『カウントスタート。10、9、8……』
一斉発射までのカウントダウンが開始された。
あとはカウント終了と共にトリガーを押せば、それで終わる。
あくまで対妖魔用に特化した兵器である戦闘機械傀儡は、現代兵器との戦いは想定されていない。装甲は無垢の鋼鉄であり、HEAT弾には無力だ。装甲は容易に撃ち抜かれ、恐竜は再び永遠の眠りにつくだろう。
あと5秒と経たぬうちに長年の怨みつらみが呆気なく晴らされる。
各々に複雑な胸中を抱える操主たちだったが、ふとレティクルの異常に気付いた。
「レティクルが……マニュアルになって……?」
これではミサイルを発射しても正確に目標を追尾しない。
改めてジョイスティックを操作しても変わらない。異常はそれに留まらなかった。
HUDに投映されるカメラからの映像にブロックノイズが発生し、その数が猛烈な速度で増えていく。
「指揮車! センサーに障害発生! ロックオンできない!」
操主の一人が異常を報告するが、カウントダウンは止まらない。
『3……1……』
指揮車からの通信にはノイズが混じり、ほとんど聞き取れない。
異常は〈ウェンディゴ〉全機に発生したらしく、痺れを切らした〈Mk.1〉が建屋の中に踏み入った。
『こちらMk.1! ロックオンできないなら、マニュアルでも当たる距離まで接近する!』
『待て……許可……ない……』
ほぼ通信不能状態の中、命令を無視して〈Mk.1〉が〈ジゾライド〉へと接近を始めた。
炎上する床を踏みしめ、瞬く間に距離を詰め、〈Mk.1〉は〈ジゾライド〉に触れるほどの至近距離にまで肉薄した。
整備の仕事を終えた空繰〈祇園神楽〉は全て停止している。155㎜榴弾砲の操作部分に2体が搭乗しているが、動く気配はない。
〈Mk.1〉は射撃の障害になる足場を引き千切り、辺りに乱暴に撒き散らした。その中には、左大千一郎の人格をコピーされた〈祇園神楽〉の亡骸もあった。
左大千一郎だったものはバラバラに砕けて宙を舞い、白く不活性化した勾玉は炎の中へと没した。
その勾玉を。火中にて掴む一本の腕。
「偶然にしちゃあ出来過ぎだが……人生なんてそういうモンだ。なあ、爺さんよ……?」
左大億三郎――激情を込めて、勾玉を握る。砕かんばかりに、情熱と高熱で握りしめる。
不活性化した勾玉に熱が注入される。人間の熱と、我が身を焼く炎の熱が、勾玉を真紅に染め上げて、眠れる竜に世界の終わりを思い出させる。
6600万年前、この星の全てを焼き尽くした隕石衝突。繁栄の極みから成す術なく滅ぶしかなかった種族としての無念と怒りが蘇る。
10年前、自分達を滅ぼした〈破滅〉という概念そのものと対峙し、逆に殺し尽くすことが出来たあの戦いの喜びが蘇る。
この熱がある限り、凍てつく地獄の氷の底からでも、己は何度でも黄泉返ってこれるのだと、竜は本能で確信するのだ。
〈ジゾライド〉の目に炎が灯った。
それは機体の状態を示すインジケーターであり、幾何学的に激しく形状を変形させる。
人工筋肉の駆動、エンジンのセルモーター始動、冷却機関の排気開始を告げる目の形状変化。
その意味が分からず、〈Mk.1〉の操主は混乱した。
『なっ、なんだぁっ!』
もはや誰の命令を受けるのでもない。反射的に、〈Mk.1〉は肩のガンランチャーを〈ジゾライド〉に向けた。
『この距離ならバカでも外さんわーーーーっ! はっはーーーっ! くたばりやがれぇ~~~っ!』
復讐の歓喜にわななくガンランチャーから放たれるミサイル。
同時に〈ジゾライド〉のインジケーターの炎が切れ長の目を象った。
「ジゾライドォォォォォ! 起動ォ!」
コントローラーと化した勾玉を掲げ、炎の中で左大が叫んだ。
直後、一瞬の明滅の後に電光が走り、重金属が砕け散る音が爆ぜた。
建屋の内部から稲妻が四方に走る。それは壁を貫き、外に待機していたトレーラー二台を破壊。
「なっ……なんだとぉぉぉ~~~っっっ!」
身を屈めたデイビスが建屋の方向を見るや、壁を突き破って二つの物体が飛来した。それは道路上に落着し、がらんと音を立てて無惨に転がった。
二つの物体とは、胴体から上下二つに分断された〈Mk.1〉の残骸だった。人工筋肉の破断箇所から見て、残骸は力づくで引き千切られたようだった。
デイビスたちは知らなかった。
この場所で〈ジゾライド〉はいつでも出撃可能な状態に保全されていたことを。
燃料、オイル、弾薬、人工筋肉のコンディションは十全。操る人間が精神を同調させれば、即座に起動可能であったことを。
地鳴りがする。
全備重量50トン超の鉄塊が動く音。
地響きがする。
この世界に存在し得ない、破壊の化身の唸り声。
地震にも縁のないイギリス生まれのデイビスたちは、馴れない感覚に本能的に怯え、後ずさった。
建屋の入り口が内部から破壊されていく。
前面に突き出した155㎜榴弾砲の砲口が入口上部を突き崩し、闇の中から直立二足歩行の鋼鉄の恐竜が出現した。
戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉。
全身に大量の火器を積んだフル装備の威容であった。
背面に155㎜榴弾砲二門、左腕に四連装40mmグレネードランチャーとM2機関銃を内蔵した防盾、右腕に特殊兵装コンテナ、腹部には35mm機関砲二門、ターボシャフトエンジン周囲には19連装ロケット弾ポッド四基。
〈ウェンディゴ〉とは質、量ともに比較にならない重武装。僅かなりとも知識があれば、戦意を喪失するほどの歴然たる差。
それ以上に、生物の根幹に依る恐怖がデイビスの部下たちの腹の底から湧きあがる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「はっ……はっ……はっ……」
絶対的捕食者を前にした、根源的恐怖。
どれだけの文明を得ても遺伝子にへばりついた、草原や樹上で巨大な肉食動物に怯えていた原始の記憶が首筋を震わせる。
〈ジゾライド〉は右手の爪に握っていた物体を放り捨てた。それは、腹を握り潰された対戦車ミサイルだった。
〈Mk.1〉のミサイルは確かに発射された。その直後に〈ジゾライド〉の超絶的反応速で受け止められ、完全に無効化されたのだった。
〈ジゾライド〉の炎の目が煌めき、赤熱の咆哮を上げた。
世界の全てを震撼させる、竜王の叫び。
至近にあったトレーラーの窓ガラスがひび割れ、何人ものデイビスの部下たちが怯えて尻餅をついた。
己に欠けていた最後の鍵を差し込まれ、いま最強の戦闘機械傀儡が復活した。
『うあああああああああああ!』
恐慌状態に陥った〈ウェンディゴ〉が無照準で対戦車ミサイルを放つが、当たるわけがない。
〈ジゾライド〉の脇を抜けて壁に当たり、無意味に爆炎を上げる。
『じっ……G23! 落ち着け! 各機、落ち着いてレギュラスを包囲しろ! こちらの方が数は上だ! 距離を取って正面に立つな! 奴の武装の死角を――』
どうにか正気を保った指揮車が指示を出した。
悪くない指揮だった。〈ジゾライド〉の火器は横方向への射角は限定される。見るからに鈍重な機体は転回もままならず、物量を活かして包囲戦闘を行えば勝利は揺るがない。こちらは対戦車ミサイル一発を当てるだけで良いのだから。
だが、それはあくまで常識の範疇の指揮でしかなかった。
ブロックノイズ混じりの光学映像から、〈ジゾライド〉の姿が消えていた。あの巨体が立っていた場所の地面は抉れ、僅かに遅れてアスファルトの粉砕される音がした。
『なっ! 消え――』
指揮車が驚愕した次の瞬間、上空から鉄塊が落下した。
〈ジゾライド〉だった。
50トンを超える巨体は尻尾の一振りで地面を打って飛びあがり、一気に距離を詰めて肉弾戦を仕掛けてきた。
着地の下敷きになった〈ウェンディゴ〉の一体が踏み砕かれ、衝撃波で密集隊形を取っていた二体の僚機が転倒した。
『うあああああああ! くそがあああああああ!』
半ば錯乱状態の〈ウェンディゴ〉が至近距離から対戦車ミサイルを放つが、〈ジゾライド〉は回避。一瞬で死角の外に消えた。巨体からは想像できない瞬発力と反応速度。
次の瞬間には、〈ウェンディゴ〉は爪の拳槌を受けて頭部を潰され、その勢いで大きく吹き飛んだ。
『うっ、運動能力が違いすぎる! こぉっ……こんなのはデータにぃぃぃ……っっっっ』
無念と恐怖の悲鳴と共に、また一体〈ウェンディゴ〉が砕かれた。超音速の尾撃を受けて、真っ二つに引き裂かれて破壊された。
超重量の〈ジゾライド〉が戦闘機動を行うだけで、一般道路のアスファルトは粉砕される。
ターボシャフトエンジンの激しい駆動音、〈ウェンディゴ〉が破壊される金属音、逃げ惑う人間の悲鳴、巻き添えをくらって残骸の下敷きになってクラクションを鳴らし続ける左大の軽自動車。
戦斗の喜悦に酔い痴れるように、〈ジゾライド〉が吼えた。
笑うように口を開いて、暴君の竜王が炎のように叫んだ。
燃える混沌の地獄の底で、二人の男が対峙する。
「たぁぁぁのしぃぃぃぃなぁぁぁぁぁぁ? デェェェェェイビスゥゥゥゥゥ!」
左大が笑う。この地獄で歌うように叫ぶ。
「全然まったく! たのしくないないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
デイビスは白目を剥いて、憤怒の形相で歯を食いしばる。
上半身裸の男が二人。はちきれんばかりの筋肉を震わせて、拳を握る。
「さぁーーあ! やろうぜデイビスゥ! 俺とお前らとジゾライドの人生最後のラストバトル! 生きるか死ぬか二つに一つ! デッドオアアラァ――――イブッ!」
「知ぃるかーーーーっ! 貴様一人であの世にぃぃぃぃぃっっっ! 行けぇぇぇぇぇぇぇいッッッッ!」
歓喜に笑う左大億三郎と、憎悪に焦げるデイビス・ブラックとの、最後の戦いのゴングが鳴った。
左大は粉塵と瓦礫と炎の中に消えた。しかし、仕留めたわけではないとデイビス自身が良く分かっていた。ミサイルは左大に直撃していない。
「貴様ァーーーーッ! なぜ攻撃を外したァーーーーーッッッッ!」
血の混じった唾を飛ばし、デイビスはミサイルを放った〈ウェンディゴ〉に食ってかかった。
操主の感情を反映した〈ウェンディゴ〉は狼狽えるように身を引いた。
『こっ……この機体のFCSは人間のような小型目標に対応していません。マニュアル照準ではロックオンも出来ず……』
「ちぃぃぃぃぃっ! どぉぉぉぃつもこぉいつもぉぉぉぉぉぉぉっ、つっかぇねぇ~~なぁ~~~っっっっ!」
デイビスは悪態を吐いて、足元に転がる同胞の死骸を蹴とばした。周囲には灯油を被って燃えている遺体もあるが、気に留める様子はない。
まるで人が変わったようなデイビスの様子に、後続の黒フードたちは動揺していた。
「宗主様はいったいどうなされた……」
「これでは供物にならんぞ……」
「我らがズライグを降ろすための儀式が……」
狼狽える一族の群れの中から、背丈の低い少女が堂々と歩み出た。
「人の子よ……これはどうしたことじゃ」
半分寝ぼけているような虚ろな声で話したのは、カチナだった。それも片言の日本語ではなく、妙に時代がかった尊大な口調。
目の焦点も合っておらず、視線はデイビスを見ているのか、左大の消えた炎を見ているのか判然としない。
「にっくきあの男の孫を打ち負かし、目の前でレギュラスを破壊し……その絶望にまみれたる肉を我への供物とする。それが契約だったはず……」
カチナの言葉に、デイビスは「チィッ……」と苛立ちまみれに舌打ち、頭を掻きむしって、歯ぎしりしながらカチナの鼻先に指を当てた。
「残念だが予定が狂った。レギュラスは破壊する。サダイは殺す。だが食わせるのは無理だ! 諦めてくれ!」
「約束が違う……。それでは腹が満たされぬ……」
「あぁぁのぉ……よぉ―――ッ! 神様なら好き嫌いするんじゃあーーーーねぇよっ! コアラとかパンダじゃねぇーーーーんだからよぉーーーーーッ!」
至近距離で唾を吐きかけるデイビスに何を思ったのか。カチナの内側にいた何者かは不満げな顔で消えた。元通りの空っぽの人形となったカチナは表情もなく、その場で硬直した。
「あわわ……なんたる不敬……」
「宗主様はご乱心か……」
萎縮する黒フードたちに一瞥もくれず、デイビスは背中越しに叫んだ。
「その空っぽの器にとっととズライグを定着させろッ! もぉぉぉぉぉう手順なぞどぉーーっでも良いわ! ウェンディゴどもにアレを……レギュラスを狙わせろッッ!」
黒フードたちは戸惑いながらも、そそくさと建屋から退出していく。
デイビスは左大の消えた炎の壁を睨みながら
「死ね……とっとと死ね……くそ、くそ、くそ……」
と、うわ言のように毒づきながら、あの煉獄から左大が飛び出してこないかと警戒して、じりじりと後歩きに建屋を出た。
人の群れが去り、代わりに巨獣の群れが建屋に入る。
テクノ・ゴーレム〈ウェンディゴ〉が5体、シャッターを破ってガンランチャーの砲口を並べた。
内1体は黒とオレンジに塗装された試作1号機。通称〈Mk.1〉。ブローカーがプレゼン用に作成した機体で、エンジンも駆動系も量産型とは比較にならない高性能機だった。
『G11、G12、G13、G14、Mk.1の5機はガンランチャーの照準をレギュラスに合わせ。10カウント後に一斉射撃』
指揮トレーラーからの指示に、操主たちは「G11了解」「G12了解」と各個に応答を返した。
〈ウェンディゴ〉は戦闘機械傀儡同様、全機が遠隔操作である。操主たちはトレーラーのコンテナ内に設置されたシートに座り、HUDを介して〈ウェンディゴ〉のカメラが捉えた映像を見て、コントローラーである青い石英を左手に握り、右手には射撃用のジョイスティックを握っていた。
各機のコールサインは、たとえばG11はゴーレム第1小隊の1番機を意味している。
これらの設備と基礎訓練もブローカーの手配したものであり、素人の犯罪集団だったデイビス達は今日の実戦のために戦闘部隊らしき体裁を整えることが出来た。
ガンランチャーと使用するミサイルは中古市場で誰も買い手がつかなかったような、50年前の骨董品ではあるが、それを運用する火器管制システムは比較的新しい物が使われている。元々この武装を運用していた空挺戦車は失敗作の部類だったが、一応は1990年代までアメリカ軍に配備されていたからだ。
その射撃レティクルの内に標的を捉え続ければ、発射したミサイルは目標を自動追尾し、命中する。単純なシステムだ。
今、レティクル内に整備用の足場に固定された〈レギュラス〉もとい〈ジゾライド〉がある。
既に背面には巨大な二門の155㎜榴弾砲が装着されているが、動く気配はない。操縦する人間がいないのだから、いかに恐るべき最強の戦闘機械傀儡とて動くわけがない。
『カウントスタート。10、9、8……』
一斉発射までのカウントダウンが開始された。
あとはカウント終了と共にトリガーを押せば、それで終わる。
あくまで対妖魔用に特化した兵器である戦闘機械傀儡は、現代兵器との戦いは想定されていない。装甲は無垢の鋼鉄であり、HEAT弾には無力だ。装甲は容易に撃ち抜かれ、恐竜は再び永遠の眠りにつくだろう。
あと5秒と経たぬうちに長年の怨みつらみが呆気なく晴らされる。
各々に複雑な胸中を抱える操主たちだったが、ふとレティクルの異常に気付いた。
「レティクルが……マニュアルになって……?」
これではミサイルを発射しても正確に目標を追尾しない。
改めてジョイスティックを操作しても変わらない。異常はそれに留まらなかった。
HUDに投映されるカメラからの映像にブロックノイズが発生し、その数が猛烈な速度で増えていく。
「指揮車! センサーに障害発生! ロックオンできない!」
操主の一人が異常を報告するが、カウントダウンは止まらない。
『3……1……』
指揮車からの通信にはノイズが混じり、ほとんど聞き取れない。
異常は〈ウェンディゴ〉全機に発生したらしく、痺れを切らした〈Mk.1〉が建屋の中に踏み入った。
『こちらMk.1! ロックオンできないなら、マニュアルでも当たる距離まで接近する!』
『待て……許可……ない……』
ほぼ通信不能状態の中、命令を無視して〈Mk.1〉が〈ジゾライド〉へと接近を始めた。
炎上する床を踏みしめ、瞬く間に距離を詰め、〈Mk.1〉は〈ジゾライド〉に触れるほどの至近距離にまで肉薄した。
整備の仕事を終えた空繰〈祇園神楽〉は全て停止している。155㎜榴弾砲の操作部分に2体が搭乗しているが、動く気配はない。
〈Mk.1〉は射撃の障害になる足場を引き千切り、辺りに乱暴に撒き散らした。その中には、左大千一郎の人格をコピーされた〈祇園神楽〉の亡骸もあった。
左大千一郎だったものはバラバラに砕けて宙を舞い、白く不活性化した勾玉は炎の中へと没した。
その勾玉を。火中にて掴む一本の腕。
「偶然にしちゃあ出来過ぎだが……人生なんてそういうモンだ。なあ、爺さんよ……?」
左大億三郎――激情を込めて、勾玉を握る。砕かんばかりに、情熱と高熱で握りしめる。
不活性化した勾玉に熱が注入される。人間の熱と、我が身を焼く炎の熱が、勾玉を真紅に染め上げて、眠れる竜に世界の終わりを思い出させる。
6600万年前、この星の全てを焼き尽くした隕石衝突。繁栄の極みから成す術なく滅ぶしかなかった種族としての無念と怒りが蘇る。
10年前、自分達を滅ぼした〈破滅〉という概念そのものと対峙し、逆に殺し尽くすことが出来たあの戦いの喜びが蘇る。
この熱がある限り、凍てつく地獄の氷の底からでも、己は何度でも黄泉返ってこれるのだと、竜は本能で確信するのだ。
〈ジゾライド〉の目に炎が灯った。
それは機体の状態を示すインジケーターであり、幾何学的に激しく形状を変形させる。
人工筋肉の駆動、エンジンのセルモーター始動、冷却機関の排気開始を告げる目の形状変化。
その意味が分からず、〈Mk.1〉の操主は混乱した。
『なっ、なんだぁっ!』
もはや誰の命令を受けるのでもない。反射的に、〈Mk.1〉は肩のガンランチャーを〈ジゾライド〉に向けた。
『この距離ならバカでも外さんわーーーーっ! はっはーーーっ! くたばりやがれぇ~~~っ!』
復讐の歓喜にわななくガンランチャーから放たれるミサイル。
同時に〈ジゾライド〉のインジケーターの炎が切れ長の目を象った。
「ジゾライドォォォォォ! 起動ォ!」
コントローラーと化した勾玉を掲げ、炎の中で左大が叫んだ。
直後、一瞬の明滅の後に電光が走り、重金属が砕け散る音が爆ぜた。
建屋の内部から稲妻が四方に走る。それは壁を貫き、外に待機していたトレーラー二台を破壊。
「なっ……なんだとぉぉぉ~~~っっっ!」
身を屈めたデイビスが建屋の方向を見るや、壁を突き破って二つの物体が飛来した。それは道路上に落着し、がらんと音を立てて無惨に転がった。
二つの物体とは、胴体から上下二つに分断された〈Mk.1〉の残骸だった。人工筋肉の破断箇所から見て、残骸は力づくで引き千切られたようだった。
デイビスたちは知らなかった。
この場所で〈ジゾライド〉はいつでも出撃可能な状態に保全されていたことを。
燃料、オイル、弾薬、人工筋肉のコンディションは十全。操る人間が精神を同調させれば、即座に起動可能であったことを。
地鳴りがする。
全備重量50トン超の鉄塊が動く音。
地響きがする。
この世界に存在し得ない、破壊の化身の唸り声。
地震にも縁のないイギリス生まれのデイビスたちは、馴れない感覚に本能的に怯え、後ずさった。
建屋の入り口が内部から破壊されていく。
前面に突き出した155㎜榴弾砲の砲口が入口上部を突き崩し、闇の中から直立二足歩行の鋼鉄の恐竜が出現した。
戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉。
全身に大量の火器を積んだフル装備の威容であった。
背面に155㎜榴弾砲二門、左腕に四連装40mmグレネードランチャーとM2機関銃を内蔵した防盾、右腕に特殊兵装コンテナ、腹部には35mm機関砲二門、ターボシャフトエンジン周囲には19連装ロケット弾ポッド四基。
〈ウェンディゴ〉とは質、量ともに比較にならない重武装。僅かなりとも知識があれば、戦意を喪失するほどの歴然たる差。
それ以上に、生物の根幹に依る恐怖がデイビスの部下たちの腹の底から湧きあがる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「はっ……はっ……はっ……」
絶対的捕食者を前にした、根源的恐怖。
どれだけの文明を得ても遺伝子にへばりついた、草原や樹上で巨大な肉食動物に怯えていた原始の記憶が首筋を震わせる。
〈ジゾライド〉は右手の爪に握っていた物体を放り捨てた。それは、腹を握り潰された対戦車ミサイルだった。
〈Mk.1〉のミサイルは確かに発射された。その直後に〈ジゾライド〉の超絶的反応速で受け止められ、完全に無効化されたのだった。
〈ジゾライド〉の炎の目が煌めき、赤熱の咆哮を上げた。
世界の全てを震撼させる、竜王の叫び。
至近にあったトレーラーの窓ガラスがひび割れ、何人ものデイビスの部下たちが怯えて尻餅をついた。
己に欠けていた最後の鍵を差し込まれ、いま最強の戦闘機械傀儡が復活した。
『うあああああああああああ!』
恐慌状態に陥った〈ウェンディゴ〉が無照準で対戦車ミサイルを放つが、当たるわけがない。
〈ジゾライド〉の脇を抜けて壁に当たり、無意味に爆炎を上げる。
『じっ……G23! 落ち着け! 各機、落ち着いてレギュラスを包囲しろ! こちらの方が数は上だ! 距離を取って正面に立つな! 奴の武装の死角を――』
どうにか正気を保った指揮車が指示を出した。
悪くない指揮だった。〈ジゾライド〉の火器は横方向への射角は限定される。見るからに鈍重な機体は転回もままならず、物量を活かして包囲戦闘を行えば勝利は揺るがない。こちらは対戦車ミサイル一発を当てるだけで良いのだから。
だが、それはあくまで常識の範疇の指揮でしかなかった。
ブロックノイズ混じりの光学映像から、〈ジゾライド〉の姿が消えていた。あの巨体が立っていた場所の地面は抉れ、僅かに遅れてアスファルトの粉砕される音がした。
『なっ! 消え――』
指揮車が驚愕した次の瞬間、上空から鉄塊が落下した。
〈ジゾライド〉だった。
50トンを超える巨体は尻尾の一振りで地面を打って飛びあがり、一気に距離を詰めて肉弾戦を仕掛けてきた。
着地の下敷きになった〈ウェンディゴ〉の一体が踏み砕かれ、衝撃波で密集隊形を取っていた二体の僚機が転倒した。
『うあああああああ! くそがあああああああ!』
半ば錯乱状態の〈ウェンディゴ〉が至近距離から対戦車ミサイルを放つが、〈ジゾライド〉は回避。一瞬で死角の外に消えた。巨体からは想像できない瞬発力と反応速度。
次の瞬間には、〈ウェンディゴ〉は爪の拳槌を受けて頭部を潰され、その勢いで大きく吹き飛んだ。
『うっ、運動能力が違いすぎる! こぉっ……こんなのはデータにぃぃぃ……っっっっ』
無念と恐怖の悲鳴と共に、また一体〈ウェンディゴ〉が砕かれた。超音速の尾撃を受けて、真っ二つに引き裂かれて破壊された。
超重量の〈ジゾライド〉が戦闘機動を行うだけで、一般道路のアスファルトは粉砕される。
ターボシャフトエンジンの激しい駆動音、〈ウェンディゴ〉が破壊される金属音、逃げ惑う人間の悲鳴、巻き添えをくらって残骸の下敷きになってクラクションを鳴らし続ける左大の軽自動車。
戦斗の喜悦に酔い痴れるように、〈ジゾライド〉が吼えた。
笑うように口を開いて、暴君の竜王が炎のように叫んだ。
燃える混沌の地獄の底で、二人の男が対峙する。
「たぁぁぁのしぃぃぃぃなぁぁぁぁぁぁ? デェェェェェイビスゥゥゥゥゥ!」
左大が笑う。この地獄で歌うように叫ぶ。
「全然まったく! たのしくないないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
デイビスは白目を剥いて、憤怒の形相で歯を食いしばる。
上半身裸の男が二人。はちきれんばかりの筋肉を震わせて、拳を握る。
「さぁーーあ! やろうぜデイビスゥ! 俺とお前らとジゾライドの人生最後のラストバトル! 生きるか死ぬか二つに一つ! デッドオアアラァ――――イブッ!」
「知ぃるかーーーーっ! 貴様一人であの世にぃぃぃぃぃっっっ! 行けぇぇぇぇぇぇぇいッッッッ!」
歓喜に笑う左大億三郎と、憎悪に焦げるデイビス・ブラックとの、最後の戦いのゴングが鳴った。
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