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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと12

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 暗いタクシーの後部座席。

 園衛に宛てたメールを送信し終えてタブを閉じると、時刻表示が否応なく目に入った。

 23時20分。

 瀬織にとっては感情的には闇が心地良い時刻だが、世間体的にはよろしくない時刻である。

 タクシーの運転手の不審の目がミラー越しにチラつく。景は瀬織によりかかる形で寝息を立てている。

 こんな夜中に男子中学生と女子高生がタクシーを拾う時点で怪しまれて当然だ。

 左大の家での騒動から数時間後、県庁所在地の駅で降りタクシーを拾った時に、瀬織はさりげなく「弟と遊んでたらこんな時間になってしまいましたの~」と適当な嘘を吐いたのだが、目的地がまずかった。

 県庁所在地から直線距離にして20kmほど離れた海岸線を指定してしまった。

 周囲に民家はなく、国立の海浜公園と商業施設、大型貨物船が乗り入れ可能な重要港湾があるだけだった。

 真夜中の海にうら若き男女二人、何が起きるか分かったものではない。

 これは下手をすると通報案件ですわね……と瀬織は内心危惧した。

 現在の瀬織の立場上、公権力とはあまり関わりたくないのである。

 瀬織には戸籍も出生記録も存在しない。園衛の庇護下にあるからこそ人並に生活できる危うい存在である。

 警察や消防の捜査に巻き込まれると、少しばかり面倒なことになる。

 園衛の権力が及ぶ範囲内なら事は握り潰せるだろうが、この界隈で生活する以上、末端の公僕に不審がられるのは出来るだけ避けたい。

 そして暫くして目的の海浜公園付近に入ると、タクシーはにわかに速度を緩めた。

「お客さーん、本当にここで良いんですかあ?」

 運転手の声、かなり疑り深い。客というより厄介者を扱うような声色だった。

 こうなっては仕方ない。

 瀬織は「はあ」と小さく溜息を吐くと、シートベルトを外して運転席の真後ろに顔を寄せた。

「ええ。でも、もう少し先です」

「さき……?」

 運転手の様子が変わった。瀬織に精神を操作され、自己を失いつつある。

 催眠状態の運転手を導くように、瀬織は後からそっとカーナビのタッチパネル画面に指を置いた。

「ここに行ってくださいな」

「ああ……はい。そこですね。分かりました、お客さん」

 運転手は機械的に受け答え、瀬織の思う通りにタクシーを加速させた。

 この手はあまり使うなと園衛に言われたが、非常時なのだから仕方がない。

 カーナビの目的地は、海浜公園の更に先、港湾区画周辺の工場地帯だった。

 街灯もろくにない四車線の大型県道。両脇には無機質な工場と空地がどこまでも続く殺風景な夜道の途中で、タクシーは止まった。

 瀬織と景が降りてタクシーが走り去ると、周囲は無音の闇。工場が防犯用にうっすらと照明を点けている以外は、星の灯りだけが頼りの世界だった。

 なんとも不気味で馴染みが浅い雰囲気に、景は怯えて瀬織に身を寄せた。

「ね……ねえ、なんでこんな所に来たのさ……」

「左大さんの車、アレに追尾にしてもらったんです」

 アレとは、瀬織が指差した方向、三階建ての工場建屋の上にいた。

 星灯りにぼうっと黒い鳥のシルエットが浮かぶ。鴉天狗型傀儡〈綾鞍馬〉。飛行可能なこの傀儡を偵察機として用い、左大の車を追ったというわけだ。

「それに、ここの近辺は作業車両の会社の施設があるんです。ここに来るまでにすまほで調べましたが、その会社って少し前までは軍隊の装甲車も作ってたんです」

「だから、左大のお爺さんとも関係あるって?」

「推測ですよ。木を隠すなら森の中と言いますし」

 記録では、戦闘機械傀儡の近代改修に際して左大千一郎は軍需産業と深いパイプを作っていたという。完動状態の戦闘兵器を保全するとしたら、粗末な個人宅や倉庫より、こういった場所の方が可能性は高い。

 瀬織が闇の中へと目を凝らすと、敷地内に大量の重機が駐車してあるのが見えた。その施設には大きく〈NAKASUGI〉と会社のロゴが張り出されている。

 中杉製作所。日本シェアでは一位、世界シェアにおいても二位を誇る大手重機メーカーである。

 スマホに表示される地図によると、ここは中杉製作所の開発試験センターだそうだ。

 道路の反対側には、大手家電メーカーの工場もある。

 そこから50メートルほど間隔を空けて、大きな四角い建屋があった。

 コンクリートの壁は白く塗装され、一見すると周囲の工場の同類に見えるが、良く見ると少しおかしい。

 どこのメーカーロゴもない。窓も見当たらない。電線の類は他の工場同様に地下に設置されているのだろうが、排気口や空調システムも無い。

 トラックが何台も停められるほどに余裕のある敷地だが四方はやけに高いフェンスに囲まれ、外からの侵入を頑なに拒む。

 海からの風をまともに受ける四角い建物。

 その前に軽自動車が一台、路上駐車していた。左大の車だった。

 瀬織と景はその妙な建物の前に来た。

 敷地内に入るための唯一の入り口は、立ち入り禁止の看板ごとフェンスが破壊されている。

 厭な予想をしつつ、瀬織が目を向けると――ああ、いた。

「うっわあ……」

 探していた、あまり見たくもない蛇蝎のごとき――いや恐竜のごとき男がいた。

 左大億三郎。

 彼はマグライトを片手に、足元にポリタンクを置いて、建物にどう入るか思案しているようだった。

「あのぉ~……左大さん?」

 瀬織が不安げに声をかけると、左大はニタリと笑って振り返った。驚いた様子はなかった。

「よぉ~? 良くここが分かったな?」

 左大がニタニタと笑っている。こちらの苦労も知らずに。

「まあ、色々と……」

 瀬織は背後に目配せをした。闇の中に潜んでいた狛犬型傀儡〈雷王牙〉が己の存在を示すように、一瞬だけ角から電光の火花を散らした。

 傀儡に精通した左大は、それだけで自分を追跡できた理由を悟った。

「ほぉ? で、消防には何て説明したんだ?」

 左大が丸投げした火事の件だ。

 何だか左大に探りを入れられているような気もしたが、疑問としては当然だ。押し付けた面倒事は容易く回避できるものではない。火災現場、しかも謎の残骸が炎上中とあっては消防だけでなく警察沙汰になっても不思議ではない。

「消防の方々には、たき火ということで納得して頂きました」

 瀬織は、嘘を吐くのは馴れている。

 実際のところ、荒っぽい気質の消防士の半数には瀬織の精神操作が通じず「たき火なワケねーだろッ!」「あの燃えてるゴリラっぽいの何だよオイ!」と詰問されたが、直後に消防本部からの連絡を受け、消防士たちは渋々と帰っていった。単なるたき火として処理しろ、という園衛からの根回しである。

 左大も園衛の政治的影響力は知っているので

「ふぅん、あっそ」

 と適当な返事で納得した。

 今度は瀬織から二つ三つ、聞きたいことがある。

「捕虜の姿が見えませんが……」

「大体ゲロってくれたから警察署の前に縛って捨ててきた」

「拷問の方はどうしたんですの?」

 例のトウガラシ拷問の解毒方法が少し気になっていた。割とどうでも良いことだが。

 左大はポケットから小瓶を出してみせた。どこにでも売っている、食用ゴマ油の瓶だった。

「トウガラシの辛味成分カプサイシンは水じゃ洗い流せない。油に溶かして除去するしかねーのさ。どうやったかは……みなまで言わせんな」

 流石に瀬織もそこまで言わせる気はない。

 左大は建屋を観察して入口らしい入口がないと悟ると、車両用と思しき大きなシャッターにライトを当てた。

 そして、シャッターに拳を当てて何度かコンコンと小突いた。シャッターの厚みを確認しているようだ。

 瀬織と景が厭な予感を察知した。

 ああこれ絶対シャッターをぶち破る気だな、と。

 左大が実力行使の手段として自分の軽自動車に目を向けた時、シャッターの奥から声がした。

『億三郎……きたのかああああ……』

 金属の隔壁越しに響く震動のような声だった。人間の発声というより、電気的な音響装置の出力に聞こえる。

 左大は動揺した様子もなく、不敵に笑って答えた。

「ああ、来てやったぜ?」

『なら答えろ……。何をしに来た……。本当に必要だから来たのか……』

「開けゴマの呪文が必要かい?」

『答えろ……答えろぉぉぉぉぉ……』

 一方、夜の静寂に響く異様な声に、景は怯えて瀬織の服を掴んだ。

「え……ちょっと、なにこれ……。中に誰かいるの……?」

「いる、と言っても生きた人間ではないでしょうねえ」

 瀬織はシャッターの奥に人ならざる気配を感じていた。ここがどういう場所で、誰が何を仕掛けてあるのかも察しがついたが、今は当事者の出方を待つ。

 さて、問いになんと答えるのか――と注視した瞬間、左大は大きく振りかぶって、シャッターに向けて拳を叩きこんだ。

「俺の答はコレじゃオゥラー―――ッッッ!」

 剛腕の打撃がシャッター全体を震わせて、轟音と共に破孔が生じた。シャッター自体はさして厚くはない。左大の腕力があれば破壊できる程度の強度だった。

 何も考えない恐竜的直情と筋肉と、破壊のみに特化した頭脳は正しく左大億三郎という人間そのもの。

 これ以上ない、肉体的回答。

『そうだ……お前は……それでいいぃ……』

 シャッターの破孔から、相も変らぬ震動めいた声が響いた。

 そしてゆっくりと、シャッターは軋みを上げて開いていった。

 左大はポリタンクを持つと躊躇なく建屋内へと踏み入り、背後の瀬織たちに声をかけた。

「どうする? 景ちゃんは帰った方が良いんじゃねえの?」

 一理ある忠告だが、帰すつもりなら瀬織は最初からこんな所に連れてこない。

「あの連中に景くんのことは見られています。一人で帰す方が却って危険ですわ」

 自分が付いている方が景を狙われるリスクは少ないという判断だった。仮に人質にでも取られたら更に面倒なことになる。

 左大は「そうかい?」と納得したとも心配するとも取れるような声色で返すと、真っ暗な建屋の中をライトで照らした。

 見慣れない無骨な物体の一部分が暗闇に浮かび上がる。

 それは固定具に設置された大型の火砲だった。色あせた紙製のタグには〈三式破星種子島バスタータネガシマ〉と記されている。他にもロケット弾ポッド、機関砲、迫撃砲などの現代兵器が無数に並んでいる。

 建屋の中身は、瀬織の予想通りだった。

「やっぱり、こういう場所に隠してたんですね」

 園衛に調査を依頼された左大家の隠し財産の在り処に、ついに辿りついたというわけだ。

 だが左大は財産を暴かれて取り乱す、といったありきたりな反応は示さなかった。

「俺の知ったことじゃないねえ。そもそも、俺もここに来たのは初めてなんだぜ」

「ご存知なかったと?」

「大体のあたりは付いていた。爺さんがこの辺に何か隠してるってのはな」

「恐竜型戦闘機械傀儡……持ってるような口ぶりでしたが?」

 先刻の左大の家での小競り合いで言っていた。「この程度の敵にジゾライドを出すまでもない」といった旨の発言のことだ。

「ありゃブラフだ」

「ブラフ?」

「連中の狙いをハッキリさせたかった。それも大体分かった」

 そういえば、あのデイビスという男は〈ジゾライド〉の名前を挙げて相当激昂していた。その確執の理由、彼らの正体を瀬織は聞かねばならない。

「あの人たち、なんなんですの?」

「むかーし……そうだなあ……60年くらい前に爺さんがイギリスのウェールズっでド田舎に行った時にブッ潰したカルトの生き残りだ、多分」

「それじゃちょっと説明が簡潔すぎるのでは……」

「詳しくは後で俺の書いた本でも読んでくれや。傀儡バトルヒストリー全6巻の第2巻『激斗! 欧州クソッタレ妖魔全殺し作戦!』編を参照だ。関係者に配布したのが園衛ちゃん家にあると思うからよ」

 左大の説明不足を瀬織が想像力と断片的な知識で補完するとしたら、恐らくはこうだ。

 あのデイビスなる男たちの一族はウェールズ地方で異端の神を崇めていた集団で、左大の祖父千一郎は多分にして恐竜を求めて彼らの集落を訪れた。その信仰対象が恐竜だと期待して。

 だが集落で崇められているのが恐竜ではないと知った千一郎と彼らとの間でトラブルが生じ、〈ジゾライド〉で集落を壊滅。彼らの一族は長きに渡って苦渋の日々を送る羽目になった……といった所か。

 尤も、カチナのような空っぽの人間を作っている時点でデイビス達一族が平和的な集団でないのは明らかなのだが。

「それはそうとして……あの人達の物騒な傀儡はなんですの?」

「ジゾライドを倒すために作ったんだろうな」

「どうして分かりますの?」

「あのウェンディゴってパチモンの肩についてた大砲な。ガンランチャーといって対戦車ミサイルも撃てるんだ。直撃ならジゾライドでもヤバい。だが兵器としては失敗作の部類だから、ブラックマーケットじゃ在庫がダブついてて安く大量に買えたんだろう」

「大量……ということは、あの一体だけでないと」

「連中の目的は、最強の戦闘機械傀儡ジゾライドを倒して復讐を果たすと同時に、裏の世界で名を上げること。そしてジゾライドから最強の座を取って代わったウェンディゴを売りさばく……と、そんな所だろうな。ま、爺さんが昔やったことの意趣返しってワケだ」

 左大のライトが何か巨大な物体を照らした。所々角ばった複雑な意匠は火砲のそれではない。

 ようやく建屋内部に照明が灯り、物体の正体が明らかとなった。

 整備用に足場に囲まれ、関節のサーボモーターを固定具、いや拘束具で固められた、巨大な恐竜型戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉。

 写真で見たままの在りし日の姿が、完璧な状態で保全されていた。

 しかも、単なる保存ではない。モーターの駆動音と共に、大型のクレーンが巨砲を持ち上げた。155mm榴弾砲FH70。全長9.8メートル。〈ジゾライド〉本体よりも大きい。それが二門、クレーンで懸架され、ゆっくりと〈ジゾライド〉の背面ハードポイントに近づいていく。

 クレーンを操作しているのも、〈ジゾライド〉の回りで整備を行うのも人間ではない。人間と同サイズの傀儡、いわゆる空繰が黙々と作業を進めている。

 空繰は一般的には遠隔操作される呪術人形だが、機械整備といった複雑な作業は出来ないはずだ。

 複雑な命令を実行できるのは自律行動が可能な高位の空繰のみで、その数は決して多くはない。

 だというのに、周囲には〈ジゾライド〉を整備したり、弾薬や燃料を運ぶ人間サイズの空繰が数十体もひしめいている。

 その辺りの答も、瀬織には察しがついていた。

「勾玉に人格を移した人工知能……でしたっけ? この空繰さんたち、それを使ってますわね。実用化は断念されたと聞きましたが?」

 昼間に篝から説明された疑似人格人工知能。それが搭載されているのは確実だろう。

「生きてる人間とバッティングしちまうから実用化はできなかったんだろ? つまり、死人なら何人何十人コピーしても問題ないってこった」

 左大は首をくいっ、と上げて〈ジゾライド〉を囲む足場を見上げた。

「なあ? 爺さんよう?」

 目線の先には、〈ジゾライド〉の骨格標本めいた意匠の頭部。その傍らには、周囲の傀儡と同型の骸骨に似た汎用空繰〈祇園神楽〉が腰かけていた。

 否、正確には――

『その通りだ……億三郎』

 5年前に死んだ祖父、千一郎の複製品がそこにいた。

 きびきびと動く周囲の同型とは対照的に、千一郎は老人のような緩慢な動きで、危なっかしく足場を降りてきた。

 そして最後の一段を踏み外して、床に倒れた。硬い陶器がコンクリートに跳ね返る音がした。

『体の癖が……抜けやしねぇな……』

 感情に欠けたスピーカーのような声で、千一郎は呻いた。

 心配した景が、おそるおそる声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」

『痛みはない。この体には俺の記憶が入っているだけだ……。他の連中は知識だけが入っている。こびりついた妄執で、生きていた頃を真似て動くのが空繰。幽霊と同じだ』

 セラミックで出来た機械仕掛けの体を軋ませて、千一郎は立ち上がった。腰は老人のように曲がっている。

 その無機質な目が景の顔を見て、何かに気付いた。

『お前さん……北宮の……ひ孫か。大きくなったな……』

「会ったこと……ありましたっけ?」

『お前さんがずっと小さな頃にな。大きくなっても、あいつには似てない……な』

 景の曽祖父と千一郎は並々ならぬ関係だとは聞いていたが、そんなものは無縁の景本人にしてみれば対応に困る。

 だが千一郎の声には、ほんの僅かに感傷の揺らめきがあった。

 次に千一郎は瀬織を一瞥すると、首を傾げた。

『億三郎……こいつは、なんだ』

「見りゃ分かんだろ。女の子だぜ?」

『バカな。お前だって気付いているはずだ。俺はああいうモノと戦うために……』

「やれやれ……一回くたばっても頭ボケてるみてぇだな」

 左大は肩をすくめて溜息を吐いた。

 瀬織は自分の正体が悟られているらしいのは兎も角として、後に続く言葉が気になった。

「このおじい様……何を仰ってるんですの?」

「死ぬ前には会うたびに同じこと言ってたんだよ。『いつか人の作った神が人間を支配する』だの『神と戦えるのは神よりも前に存在した原始の力だけ』だの……。だから大金かけて恐竜のクローン作ったのが逃げ出して騒ぎになったりした。困った爺さんだったよ」

 左大は呆れた様子で、度を越した年寄りの奇行を嘆いた。

 そういえば、園衛が小型恐竜を素手で倒した云々の話や、クローリクが言っていた恐竜関連の都市伝説があったと瀬織は思い出した。

 全てが厄介な年寄りの哀れな妄想の結果……ということになる。常識的に考えれば。

(さりとて、元より非常識な方々を常識で計れるものでしょうか……?)

 戯言と切り捨てるには妙に引っかかると、瀬織は感じた。

 しかし、子細を千一郎に問い詰める時間はもう残されていなかった。

『億三郎……お前が来たのなら、俺はもう満足だ。墓守は墓に帰るとしよう……』

 どこか疲れたように千一郎は足場の階段に座り込んだ。

「往くのかい、爺さん」

『俺はもう逝く。遺産はお前が使ってくれる。竜には戦場いくさば、俺には死に場所、お前には生き場所。相応しい全てが与えられる』

「そうかい。じゃあな」

 左大が簡潔な別れを告げた時には、千一郎はもうそこにはいなかった。

 人格のコピーが封入された〈祇園神楽〉の胸の勾玉は白く不活性化し、亡骸は二度と動くことはなかった。

 景には状況が上手く飲み込めなかった。

「えっ、あのお爺さんさっきまで普通に話してたのに……」

「幽霊ってのは未練を晴らせば消えてなくなるモンさ。爺さんは門番で墓守だった。自分自身を管理システムと認証装置にして、俺を待ってたんだろうよ」

「左大さんは……悲しくないんですか」

「爺さんはとっくの昔に死んだ人間だぜ?」

 左大には未練も悲哀も欠片もなかった。こぼれた水は器に返らず、時も命も有限にして巻戻ることはない。それが当然の断りであると、完全に割り切っている。

「お強い人間ですわね。本当、こういうのとは関わりたくないです」

 左大は、瀬織が最も苦手なタイプだった。こういう隙間のない人間は、操ることも付け入ることも出来ない。

「では、わたくし共はこれで……」

 瀬織が帰る素振りを見せると、左大は意外そうに目を丸くした。

「えっ、帰っちまうの?」

「帰りますわよ。わたくしが確認したかったのは、あの戦闘機械傀儡の存在だけです」

「付き合っちゃくれないのかい?」

 左大の凶暴な破壊の笑みに、瀬織は包み隠さぬ邪悪な本性の微笑で返した。

「あなた一人で十分でしょう? それに、夜中の乱痴気騒ぎは趣味ではありませんの」

 会話に取り残された景が、左大と瀬織の顔を交互に見た。

「二人とも、なに話してるの……?」

「面倒事の処理は左大さんにお任せする、ということです。まあ、警察に通報するのも一興ですが~?」

 瀬織は未だ事態を飲み込めない景の手を握ると、引っ張る形で姿勢を崩した。

 それと同時に、建屋の外に大量のエンジン音が集まってきた。10台もの大型トレーラーのディーゼルエンジンが、アイドリング状態で騒ぎ立てる震動と音は無視できない。それらが一斉に荷下ろしを始めた。明らかに周囲の工場関係の車両ではなかった。

 瀬織は景を抱き上げると、人間以上の脚力で〈ジゾライド〉の足場へ跳躍。それを更に踏み台にして、瞬く間に照明整備用のキャットウォークにまで飛び乗った。

「うぅわっ!」

「おっと、景くんお静かに」

 キャットウォークの端にうずくまると、瀬織は悲鳴を上げる景の口を手で塞いだ。

 瀬織と対面する形で密着した景の鼻孔に甘い香りが満たされる。どくりと胸が鳴るようなシチュエーションだが、それ以上の悪寒に景の背筋がぶるっと震えた。

 眼下では、シャッターが外部から打ち破られていた。破孔部分を〈ウェンディゴ〉の両腕が押し広げ、完全に破壊。大きく広がった亀裂から、20人を越すフード姿の男たちが侵入してくる。拳銃やテーザーガンで武装している者もいる。

 男たちの最後尾から一際大柄な人物、デイビス・ブラックが現れた。

「あっ……あの人たち、なんでここが……っ」

 尾行されたのか、それとも未知の追跡手段でも使われたのか、こうもタイミング良く現れる理由が分からない景に、瀬織は全ての予想外の答を告げた。

「左大さんが教えたんでしょう」

「はっ?」

「捕虜から携帯電話なり無線機を拝借して、それでこの場所を……」

「なっ、なんでさ!」

「あら? 答は簡単ですわ」

 瀬織はぐっと景に顔を近づけて

「ここで全員始末しちゃえば……後腐れありませんもの」

 毒花のように鮮やかに香り笑って、囁いた。

 少年と魔女の眼下にて、破壊と殺戮が開幕する。

「サダイィィィィィィ! 我らをわざわざ呼びつけるとは、大した自信――」

 デイビスの高らかな口上の途中ながら、左大は関係ないとばかりに、知ったことではないとばかりに、肉体言語を答として突進した。

「デイビスーーーーッ! もらったーーーーーーッ!」

 ああ、戦いの歓喜に奮える恐竜のような狂った男が、ここぞ己の生きる場所だと殺意殺傷に絶唱して、敵の群れへと襲い掛かる。

 右手に掴んだポリタンクの蓋は開封済み。その中身の液体をどばっっっとフードの男たちに振りかけた。

 鼻をつくは刺激臭。有象無象の男たちは一瞬で液体の正体に気付く。

 灯油である。どこのガソリンスタンドでも容易に購入できる燃料。そして容易に発火する燃料。体に付着し、揮発した状態で火器を使えばどうなるかは明白。その想像力と保身が判断を鈍らせた。

 一瞬の隙でも、左大にとっては必殺の瞬間。

「恐竜酔拳っ! カルノクラァッシュ!」

 剛脚恐竜カルノタウルスの蹴りを再現した一撃が。フードの男を顔面を砕く。即死。

「死ねオラこの野郎――――――ッ!」

 格闘戦の間合いに入った左大の必殺恐竜酔拳の前に、フードの男たちは無力だった。

「すぅいてぃ~~~っっっ?」

「ぬぅえぶるぅ?」

「でごぽんっっっ!」

 拳で砕かれ、蹴りで潰され、断末魔の奇声と共に死体が続々と増えていく。

 腕力、技量、殺意、判断力、全てにおいて左大に及ばぬ戦場劣等種ソバカスミカンに生き残る道はなかった。

 ものの3分と経たない内に、血煙舞う建屋の中には左大とデイビスの二人だけが立っていた。20人の手勢は赤黒い血だまりに浮かぶ肉塊と化していた。

 デイビスの表情には明らかに恐怖、狼狽が張り付いていた。

「きさっ……きさ、貴様ァ……! ナニを……っ、なっ、なっ、なっ……ナニを考えているんだァ!」

「あぁ~~~ん?」

 左大は口をぼかんと空けて、莫迦にした様子で首を傾げた。

「デイビスゥ……でぇぇぇぃびすゥゥゥゥ! なぁに寝言ほざいてんだテメーわよ~~? 殺るか殺られるかでここに来たんだろうが、このポンカン野郎がぁ~~~」

 そして、まるで無防備に、真正面からずかずかとデイビスらに歩み寄って行く。

 デイビスは無意識に後ずさっていた。

「お……お前は……おかしい……狂っている……」

「ゴリラメカで人様の家にカチコミかけるカルト野郎がそれ言うか? 自信を持てよデぇイビス~~。俺よりお前らの方が5000倍狂ってるぜ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 デイビスが疑問と理解不能の悲鳴を上げた。

 左大の狂った凶暴な顔が、デイビスの目の前にまで来ていた。

「お前らって1500年くらい変なトカゲを拝んでたんだよな? 生贄にするために町から人攫って食わせてたんだよな? ほら、すげーイカレてるじゃん」

「トカゲじゃあない! ズライグ! ドラゴンだッッッ!」

「恐竜じゃねーんならトカゲだろ。で、そのトカゲと話をするための巫女を作ってた。赤ん坊の頃から。何の知識も感情もない更地みたいな人間を。やっぱ超絶イカレてんじゃん。忌憚のない意見って奴だぜ?」

「我らの歴史を愚弄するか……ッッ」

 デイビスは気勢を張らんとしているが、完全に気圧されている。

 左大はデイビスの肩を、いたわるようにボン、ボン、と二回叩いた。

「逆だよ。誉めてんだよ。夢の21世紀だっつーのによ、未だに変なトカゲ拝んでるクソカルト集団が俺個人に戦争ふっかけによ、わざわざウェールズのド田舎から来てくれたんだぜ~~? ここまで最高に愉快に狂ってる奴らは古今東西他にいねぇ~~っつ~~の!」

 そして、左大は真正面からデイビスの目を覗き込んだ。

「自覚しろデイビス、テメーらは狂ってる。人類史上トップクラスに狂ってる。超究極SSRのレア物! 排出率0.001%以下のクソガチャから生まれた奇跡!」

「なぁ……っっっっ?」

「断言するぜ。テメーら一族の歴史は腐ったグレープフルーツに生えた青カビ以下! ヨッ! 発狂一筋1500年のイカレフルーツ本舗!」

 意味が分からない、だが確実に民族の全てを極上に侮辱されたのをデイビスは理解できた。狂気の一端を理解してしまった。

 その瞬間、デイビスの中に溜まった感情の堤にヒビが入った。

 デイビス・ブラックという存在が、暴れ狂う感情と共に崩れ落ちていく。

「ふうっ……ふっっっっっっっ……」

 口をすぼめた途切れ途切れの呼吸。一呼吸の度に、デイビスの虚飾と人間性が吐き出されて、彼の者は人ならざる

「ふざけているのかぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ッッッッッッッ!」

 激情の竜と化して、吼えた。

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エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

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