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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと9

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 富嶽重工宇都宮製作所は、景や瀬織の住む街から北西に20kmほどの場所、県境を越えた隣県の県庁所在地に存在する。

 富嶽重工は一般的には乗用車のメーカーとして有名だが、航空宇宙産業や防衛装備の分野でも高い実績を持つ。

 現在、製作所内のラボの一つは貸し切りの状態だった。

 出入りするのは社外の人間ばかりで、日曜日の今日も作業中であった。

 ラボの中には、分解状態の戦闘機械傀儡〈マガツチ〉が置かれていた。

 中枢回路である赤い勾玉の組み込まれたユニットにはメンテナンス用のケーブルやハーネスが接続され、剥き出しのフレームに仮止めされたカーボンナノチューブ製の黒い人工筋肉が脈動している。

 私服姿の瀬織は、青い勾玉を摘まんで数秒間、それに念を送り、精密機器輸送用の小箱に戻した。箱の中には総計40個もの勾玉が収められていた。

「ふうん……こんな感じでしょうか?」

 自分のこなした作業の正否が良く分からないので、当事者の瀬織は首を傾げた。

 すかさず、既に瀬織の従僕と化した西本庄篝が低姿勢でやってきて、勾玉を容器に入れてパソコンに繋いだ。

 アプリケーション上に暫く〈loading〉と表示された後、何らかの波を示すグラフが表示された。

「うひひっ、オッケー! オッケーです、お嬢様っ! 流石は人間を超えた偉大な存在! パ~~ベキですぅ~~っ!」

 肩を震わせ、二へ二へと笑う篝。

 出資者として金と場所を手配した園衛も、実際何を作っているのか、詳しいことは分からなかった。

「篝……分かるように説明してくれないか」

「だから言ったじゃないですか園衛様~。これは、昔実用化寸前で断念された疑似人格呪術行使用人工知能をですね、瀬織お嬢様の偉大な神の御力で完成させたものでぇ」

「分かるように説明しろと言った」

 園衛の鋭い命令に篝はいくらか正気を取戻し、「ンフゥ」と軽い咳払いをして説明を始めた。

「この勾玉、正式名称は天地荒御霊あめつちのあらみたま。本来なら動物の怨霊を込めて傀儡の集積回路にしたり、術者の精神を転写して傀儡を操縦するための道具です。それを応用して、術者の精神を丸ごとコピーして大量生産しよう! という計画がありました。コピーされた疑似人格はコンピューターみたいなものですから、分かり易く言えばMP消費なしで呪術使い放題というワケです。でも、そう上手くはいきませんでした」

 篝は青い勾玉を容器から取り出し、つまみ上げて見せた。

「全く同じ人間が複数同時に存在するパラドックスに術者が耐えられなかったのです。過去のテストでは三個同時使用の時点で錯乱しています。これでは大量生産なんて無理な話です。だから、この理論はお蔵入りしてしまいました」

「だが瀬織は人間ではないから耐えられる……というわけか」

 話題を振られた瀬織は唇に指を当てて、妖しく嗤った。

「わたくしにとっては、自分の分身を増やすのは造作もないこと。100個でも1000個でも問題ありませんわ」

 事実、1000年前は無数の蟲型傀儡の分身を生み出して使役していたというし、先日の戦闘でも荒神による同様の現象は見られた。

「で、それを使って何をする気だ?」

 園衛は肝心な所を問うた。

 そもそも瀬織は人間ではない。呪術など呼吸をするのと同じで、発動には詠唱も道具も必要ない。また精神力の消費もない。物理的なエネルギーさえあれば元より使い放題だ。

 篝は「うーん……」と唸って少し思案した後、きっぱりと言った。

「色々です」

「だから、その色々とはなんだ」

「詳しく説明すると長くなりそうだから色々と省略したのですがあ……」

「金を出したのは私だ。説明責任を果たせ」

 園衛の言っていることは正論である。出資者が自分の金で得体の知れない物を作られたのでは、たまったものではない。

 篝はしぶしぶ、きっと説明しても叱られるのだろうと分かっていながらも、改めて説明を再開した。

「強化……というのは本来、なんらかの仮想敵を想定して行うものですが、今回はその仮想敵自体が判然としません。だから、瀬織お嬢様のご要望に沿った改装強化を行いました。色々できるというのはまず、対妖魔電子戦です。電子妨害により、妖魔の出現自体を抑制したり、電磁波構造を撹乱、破壊するというアレです」

 対妖魔電子戦――という概念は園衛も知っている。

 過去の戦いでは、ステゴサウルス型戦闘機械傀儡などがその類の戦術行動で戦闘をサポートしてくれていた。

「ふむ。戦わずして勝つための術だな。それは分かる」

「この疑似人格人工知能をマガツチに複数装備します。つまり瀬織お嬢様の演算、処理能力が単純計算で数倍に跳ね上がるわけです。これを応用すれば、大きな方術……つまり必殺技を使う時のタイムラグを大幅に短縮できるはずなんです」

 ここで言う大技とは、瀬織が荒神を浄化討滅する時に用いた方術のことだろう。

 園衛は実際に目にすることはなかったが、瀬織から報告は聞いている。〈天鬼輪〉を媒体にして、瀬織の神としての力と可能性を一時的に物質化して召喚する術だと。

 だが、篝の物言いには引っかかりがある。

「なんだ、その漠然とした物言い。『はず』とはなんだ」

「そればっかりはデータが少なすぎて……。お話によれば、瀬織お嬢様は時間的閉曲線を発現させて、一種のタイムスリップで別の世界線を実体化させたと聞きました。これはマガツチのデータログにも残っていません。全てがエラーで何の記録もない。100%の再現性を求められても……」

「うん……?」

 園衛の眉間に皺が寄る。また、分からない単語の羅列が始まったからだ。

 叱られそうだと悟った篝は、ぱくぱくと口を開閉させて言葉を選ぶ。どう砕いて説明したものか、と。

 そこへ、瀬織が後から助け舟を出した。

「神の御業を人が知るには、暫し時間が必要というわけです。でも心配は無用ですわ。ぶっつけ本番でも、わたくしが失敗するわけありませんもの」

「さっ、流石です! お嬢様ぁ!」

 自信に満ちた瀬織の言葉を、篝は全霊で賞賛した。

 その勢いに乗ったまま、篝は改装中の〈マガツチ〉と、その改修部材に向き直った。

「全体としてはいい感じ、いい感じなんですぅ! 富嶽重工のラボ使えたおかげで、お嬢様に相応しい万全の戦闘機械傀儡が仕上げられそうなんですよぉ! 装甲は部分的に単結晶素材を使えました! これはですねぇ、温度変化にも強い超剛性の金属でして、お嬢様の反射速度があれば小銃弾くらいなら弾けます! バッテリーは衝撃に弱いリチウム系からセラミック系の電池に変えました! 実戦用ならこれは当然の仕様変更です! ああでもエンジン搭載だけはご勘弁ください! このサイズで誘爆しない設計にできる自信ありません! 人工筋肉は自衛隊の支援用機材にも使われてるタジマ式219型を採用しました! マッチングには人工筋肉の大御所である但馬博士の協力も――」

「ほほほ……西本庄さん♪」

「はい? なんですかお嬢様!」

「今は口よりも手を動かしてくださいまし♪」

 瀬織がにこやかに釘を刺すと、風船が萎むように篝は縮こまり、小声で「はしゃぎ過ぎましたぁ……」と呟いて、〈マガツチ〉の方に歩いていった。

 篝の長い説明の中に〈タジマ〉という、どこかで聞き覚えのある名字があったが、現代ではそんな名字の人間はゴマンといるだろうから、瀬織は気にしないことにした。

「ところで、園衛様。左大さんについてなのですが……」

 瀬織は昨日の左大家の調査と、揉め事について園衛に報告した。

 園衛は腕を組むと、疲労感の篭った溜息を吐いた。

「ふう……。まあ、あの人が厄介事を抱えるのはいつものことだ。警察からも連絡は来てるから、迎えの者をやっている」

「隠し財産も、あの家にはなさそうですわ。というか、傀儡がなくても十分なのでは……」

「ああ……例の恐竜酔拳か……」

 あの怪しげな拳法には園衛も心当たりがあるらしく、更に疲れた様子で眉間を揉んだ。

「あれは大分おかしい……。昔、あれを採用しろと言ってきたことがあったが、誰も習得できなかった。それ所か急性アルコール中毒で何人も病院送りに……。ああ、そんな昔話は止めよう」

「昔話といえば、戦闘機械傀儡というのは今ではそんなに貴重な物なのでしょうか?」

 かつては数百体も配備され、海外にも輸出されていたというのだから、何も左大家の隠し財産のデッドストックをアテにする必要はないと思う。

 が、事情はそれほど単純ではないらしい。

「昔、大きな戦いがあった。戦場ヶ原での最終戦。戦闘機械傀儡はそれに全て投入された。海外に輸出したのも全て買い戻して、再整備して投入した。戦闘終了時の損耗率は80%以上。ほぼ全滅。勝ちはした。だが、大絶滅の再現さながらだった」

「でも二割は残ったのでしょう?」

「残った二割も半数以上が中破という有様だ。そいつらの無事な部品を引っこ抜いて、マシな状態の奴の修理に充てた。機体が無事でも、中身の恐竜の怨念は成仏してしまった奴が多かった。戦った敵は滅びの概念そのもの。それを倒して、6000万年前の絶滅の恨みを晴らして、みんなスッキリ昇天してしまったというワケだ」

 話を聞くと、瀬織が眠っていた間に随分とスケールの大きな戦いがあったことが分かる。それは、園衛が青春の全てを注ぎ込んだ決死の戦いだったのだろう。

 ともあれ、過ぎた事に興味はない。

「ふうん……。して、残ったのは具体的に何機なのでしょう?」

「私の知る限りは20機程度だ。残存する機体は各地に分散してモスボールされている。再稼働させるのも召集するのも手間だ。運用にも金がかかる。そもそも、扱える人間がな……」

 存外に残存機が少ないのも意外だったが、操縦できる人員がいないというのは妙な話だと思った。

「扱う……ですか? 恐竜傀儡の活躍の話を聞いていると、自律して動いているようでしたが」

「それでもある程度の制御は必要だ。放置してると暴走する。それにな、高性能な恐竜型戦闘機械傀儡は恐竜に近い精神でなければ動かせん」

「つまり……どういうことですの?」

「粗野で、凶暴で、後先考えずに相手をブン殴りにいくような……」

 言われて、真っ先に思いついたのは左大億三郎だった。

 なるほど、確かにあんな暴力人間は現代では珍しい。

「頭恐竜な人間でないと動かせない、と」

「我々人間に恐竜になれと言われても無理な話だ。適性がないのが無理に動かすと最悪、発狂する」

「そんなので良く戦力に出来ましたわね……」

「なので、敢えてグレードを低く調整したり、操縦補助にAIを使ったりしたそうだ」

 どれほど強力な兵器でも、知性の制御下に置いて戦術に組み込まなければ戦力にはならない。瀬織自身が制御不能の兵器だったから、尚のこと分かる話であった。

「それで、仮に左大さんの戦闘機械傀儡が見つかったとして……誰が使うんですの?」

「瀬織、お前は使えんか?」

 そんなことを、真顔でアテにされても困る。

「恐竜……ですかあ? どう……ですかねえ」

「全ての空繰はお前の子供みたいなものだろう」

「千年、二千年も後の子孫なんて他人と同じですわ。そもそも、恐竜はわたくし共とは存在の根幹が違うというか……」

 瀬織の原型は、せいぜい樹齢1万年程度の神樹である。

 何千万年、何億年も前に存在した恐竜とは生命の系統に何の繋がりもない。そもそも、恐竜とは神も魔も存在しない時代の生物である。自分たちより以前に存在した原始の野生を、神がどうこう出来るものではない。

 恐竜という知り得ぬ存在。分かり得ぬ生命。未知未踏への恐怖すら感じる。

 自分の理解を超えた原始生物の存在に、瀬織は思わず身震いした。

「冗談ではありませんわ……」

 ここで思い当たるのは、左大が戦闘機械傀儡を本当に持っていなかった場合のこと。そして現存する他の戦闘機械傀儡が戦力化できなかった場合のことだ。

「あのぉ、園衛様。補充できる戦力が不足した場合……もしかして、わたくしを戦力に組み込もうとか思っていませんか?」

「ム……」

 園衛は些かばつが悪そうに目を閉じた。

 当たらずも遠からず。最悪のケースとして考えていなくもない、といった所か。

 それこそ冗談ではないので、瀬織は薄く笑いながらも、はっきりと意思を伝える。

「ほほほ……園衛様。学生を戦場に送るなんて、マトモな大人のすることではございませんよね? 女子供を前線に送るようでは先が見えております。国破れて山河あり。城春にして草木深し……など、冗談にも程がありますわ」

「分かっている……それは分かる」

「治安の維持は警察や軍隊の仕事でございます。私共がそれに取って代わろうなど、身の程を弁えるべきでしょう。それとも、今世の警察、軍隊は女子供に頼らなければならないほど落ちぶれているのでしょうか? ほほほ……わたくしを厄介事に巻き込むのはご遠慮頂きますわ」

 瀬織は園衛に恩義を感じてはいるが、それとこれとは別の話だ。

 そもそも、園衛は瀬織を兵器として飼っているわけではない。人として生かすために存在を許したはずだ。瀬織を戦力化するのは、その基本理念に反する大罪である。

 自我を認められた一個人として、瀬織は戦闘への積極的参加は断固として拒否する所存であった。

「わたくしが求めるのは、愛する人との穏やかな生活。それのみでございます」

「ああ、その通りだ……」

 反論の余地のない真っ当な正論だった。園衛も異論はなかった。

 瀬織がラボの時計を見ると、午後1時を回っていた。

「あら、そろそろ時間です。この辺りで、おいとまさせて頂きますわ」

「何か用事か?」

 園衛が問うと、瀬織はとても上機嫌に笑って、席を発った。

「うふふ……。景くんと、お買い物の約束をしておりますの」

 くるり軽やかに身を翻す。心躍る様に表裏はない。今の瀬織は、青春を謳歌する思春期の少女そのものだった。

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