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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと7

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 人気のない夕暮れの里山に、死霊が葬列のように並んで左大の家に殺到していた・

 異様な光景であった。常人なら卒倒するか逃げ出すかの二択であるが、家主の左大は平然と玄関のドアを僅かに開け、面倒臭そうに死霊に対応し始めた。

「んだこの野郎……うっせぇな……」

『カァァァァエェェェェェェセェェェェェェ……』

「お前らもう帰れや!」

 厄介な宗教勧誘か押し売りでも追い払うかのように対応している。

 左大の目の前で、ぼろきれの奥の死霊は依然として呻き声を上げていた。

『カエセェェェェェェェェェ……』

「あんだこの野郎オイ。日本語分かりますかー。聞こえてますかー。おーい。おーーーーーーい!」

 左大はドアを少し開けて死霊を威嚇した。

 そして酒を一杯飲んだ。

 その辺のスーパーで150円程度で売っている、缶チューハイを飲んだ。アルコール度数は12%だった。

 玄関のドアは内側から蹴り開けられ、ガツンと死霊の体にぶつかって姿勢を崩した。

 左大はその死霊の頭部のぼろきれを掴むと、踏み込みと同時にハンマーのような剛拳を顔面に叩きこんだ。

「だらっしゃおらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ぼろきれが千切れ、中身の死霊が後方に吹き飛び、頭から地面に落下した。

 人間の頭蓋骨を模した顔面が完全に陥没していた。もはや発声も出来ず、ノイズまじりに呻き声を上げている。

「kaka……ェェェeeeee……」

 呻き声が止まり、その死霊は活動を停止した。

 他の二十体を超す数の死霊の群れは一瞬、動きが止まった。硬直し、小首を傾げて左大を見ていた。

 左大は酒をまた一杯飲んだ。

「はぁぁぁぁぁぁっ……おらーーーっ!」

 臍下丹田に力を込め、そして脱力させる呼吸。左大は缶チューハイを放り投げ、八歩の編み込みと同時に両腕を捻って死霊の首を掻いていった。

 一歩踏破につき一体の死霊の首を掻き切る動作であった。

「はーーーっ、恐竜酔拳。ラプトル八歩ォ!」

 八歩進み終えるや、投げた缶チューハイをキャッチ。

 そして酒を一杯飲んだ。

 八体の死霊の首が千切れ、だらりと横にぶら下がり、活動を停止した体躯が八連続で倒れていく。

「ラプトル八歩! それは! ヴェロキラブトルの動きを再現した套路とうろである! 鋭い爪の一閃! その破壊力は凄まじい!」

 左大は何かのナレーションめいた口調で自らの技を説明した。顔が赤い、完全に酔っ払っていた。

「はーーーーっ、あっちいなクソァ!」

 酒が回った左大は薄手のシャツを脱ぎ捨てた。

 露わになる、鋼鉄の筋肉。鍛え抜かれた防弾筋肉。力を入れればパンブアップ胸板。ギリギリ音を立てる背筋。

 酒を一杯飲む。缶チューハイはそれで終わりだった。空き缶は、自分の敷地に投げ捨てる。

 両手で構えるは、恐竜の咢を再現した形象拳の構え、すなわち中国拳法で言う套路であった。

 緩慢な動きでようやく振り返った死霊の一体に、すかさず掌底を叩き込む。そして両手で相手の首を掴むと、下半身の捻りと共に捩じ切った。

「はーーっ。恐竜酔拳! ティラノ掌!」

 死霊の首から潤滑液が噴出する。それは、死霊を模したカラクリ人形だった。

 それも左大にしてみれば、プラモデル以下。メーカー不肖の海賊版チープトイに等しい駄玩具であった。

「おーーーい! これ作ったバカ見てっかよおーーーーっ! こんなクソみてーなゾンビ人形でよーーっ! 俺をどうにか出来るとーーーーっ」

 鈍い動きで掴みかかってきた死霊人形の首に拳骨をぶち込み、横合いから叩き折る。

「本気で思ってたんでずがーーーっ! えーーーーっ!」

 叫ぶと喉が枯れたので、左大は腰のポケットからガラス瓶の清酒カップを取り、口を開けて一杯飲んだ、アルコール度数は15%だった。

 恐竜酔拳――名前を聞いただけでは酔狂か戯言か妄言にしか聞こえないが、左大の動きを見れば実用に適した破壊的拳法であることは明らかだった。

 しかも、それは左大なりの理屈を通した拳法だった。

 アルコール度数20%以下の酒を飲むことにより、適度な酩酊状態を発生させる。人間は酔うことで大脳の旧皮質、つまり原始的な本能を司る部位が活発となる。

 脳の遺伝子の記憶は人間を遡り、原人となり、猿となり、更に遡って爬虫類となり、遂には恐竜と成る。

 脳が恐竜と成ったのなら、恐竜の動きを再現した拳法が最も威力を発揮するのは道理であろうが!

 左大の筋骨隆々とした肉体は祖父からの遺伝も一因であるが、それ以上に彼自身が目指す理想のために鍛え続けた成果だった。

 この世界に、もう恐竜はいない。

 だから祖父、千一郎は自分で恐竜を、戦闘機械傀儡を作ることにした。

 しかし現在、その機械の恐竜も諸々の事情で滅んでしまった。

 ならば! 左大億三郎は、自分自身が恐竜になれば良いじゃあないか――と思ったのだ。

 酔った左大はアグレッシブ・ダイナソー。人型の恐竜となって、2割の理性と8割の野生で恐竜酔拳を叩きつける。

「ほぉぉぉぉぉあたぁっ! しゃあっ!」

 夕暮れの青い地平に怪鳥音が響き渡る。

 また、ただの一撃で死霊人形の首が飛んだ。

 単なる力技ではない。より複雑な構造の空繰や戦闘機械傀儡の構造に精通した左大にとって、単純な死霊人形の構造的弱点を突くのは容易いことであった。

 また、物理的な力だけで破壊しているのではない。同時に精神力で圧倒しているからこそ、一撃で死霊人形は破壊されているのだ。

 ゆらゆらと揺れて左大を取り囲む死霊人形たちだったが、その一角が外から切り崩された。

 狛犬型空繰〈雷王牙〉が、死霊人形を踏み潰し、噛みつき、振り回していた。

「うーん……助太刀不要……でしたか?」

 〈雷王牙〉の後から、瀬織が困惑した様子で左大を覗いている。

 瀬織の様子を一瞥して、左大は大方の事情を察したらしい。

「ぬはははは! 雷王牙たぁ懐かしいなあオイ! 園衛ちゃんからそいつを任されてるたあ、大したモンだぜっ!」

 言いつつ、左大は踏み込みと共に両腕を突き出して、死霊人形を盛大に弾き飛ばした。

「恐竜酔拳! トリケラ雷撃打!」

 トリケラトプスの頭突きを再現した打撃に吹き飛ばされて、死霊人形は塀に激突。その衝撃で、みしりと音を立てて塀にヒビが入った。

「あっ……もしかして家にヒビが入ってるのって……」

 瀬織は理解した。

 左大が厄介な来客に辛辣な理由と、その対応である暴力的手段に手馴れている理由を。

 今日のような事態は初めてではないのだ。家や塀に入ったヒビの数を見れば、それこそ何十回と経験しているのだろう。

「ぬはははは! 俺が無駄にイキってるだけのオッサンだと思ってたかー?」

「ええ、まあ……」

 もしくは、血の気の多い昔の貴族や武士の類だと思っていた。平安の頃は誰も彼も殺るか殺られるかの殺伐とした世相だった。今の世ではチンピラか異常者のような人間でも、生まれる時代さえ間違えなければ一角の武将になれるかも知れない。

 尤も、左大は平安鎌倉戦国よりも遥か昔、それこそ恐竜時代がお似合いなのだろうが。

(そもそも恐竜酔拳ってなんなんですの……)

 色々な意味であまり近づきたくないので、瀬織は距離を空けて戦いの経過を眺めていた。

 敷地の外では、景が心配そうにこちらを覗いている。付近の林の木の上には、〈雷王牙〉と共に園衛から貸与された〈綾鞍馬〉が待機しており、周辺に注意を払っていた。

 それから死霊人形が全滅するのに、5分とかからなかった。

 瀬織は破壊された死霊人形の頭部を指で小突いた。それだけで、どういう仕組みの人形かは理解できた。

「人形に死霊を入れただけの単純な傀儡ですわ。遠隔操作もできない、単純な命令を実行するだけのお粗末な代物……」

 それは特筆すべき点もない、ごく初歩的な呪術人形であった。

 実につまらない代物だが、人形そのものとは別に気になる点がある。

「左大さん、これって毎日やって来るんですの?」

「いや。たまーにやってくるんだ。週に一回か二回かな?」

 左大はまだ上半身裸のままで、軽い調子で言った。いかにも日常茶飯事といった具合に。

「爺さん色々と恨み買ってたみたいでね~。世界中から色んな奴らが、しょっちゅうお礼参りにやってくるんだよね~っ」

「この人形は今日が初めて?」

「ああ。このタイプは初めて見るな。まあ、どうせウチのパチモンだろうが」

 瀬織は「ふん……」と鼻を鳴らして家の周囲の気配を探った。

 逢魔が刻の暗い風に、違和感はもう無かった。

「この人形、何かに誘導されてる感じがしたのです。中身が死霊なら、その怨念を呼び寄せる道具でも設置してあるはずなのですが」

「おおっ、若いのに詳しいね。道具じゃないなら人間が呼び寄せたんだろ。ほら――」

 左大は背後に振り返るや、塀の方向を指差した。

「――あいつみたいな」

 少女が塀の上に首を乗せて、こちらを覗き込んでいた。つい一時間前、玄関で左大に追い返された外国人の少女だ。

 少女の視線が左大の目と合って、はっとした顔で首を引っ込めた。

「待てコラおいぃぃぃぃぃぃっ!」

 左大は塀に向かって一直線に駆けだすと、助走をつけて塀を飛び越えた、外の道路を走る靴音が聞こえて少しすると、左大の大声がした。

 少女を捕らえたようだった。

「テメーはどこの誰ちゃんなんですかーーっ! おーーーーーっ!」

「ヤメテ! シラナイ! ワタシ違ウ! ナニも知らナイ!」

「すっとぼけてんじゃねえぞオイ! オイ! オーーーーイ!」

 傍から聞いていると実に不穏な会話が交わされている。

 瀬織の制服の裾を景が不安げに引っ張った。

「ね、ねえ……なんかヤバくない……?」

「別に関わる必要もないと思いますがあ」

「い、いやあ……止めた方が良いよ。やっぱり」

 瀬織としては見ず知らずの他人が煮られようと焼かれようと知ったことではないのだが、景の頼みとあっては仕方ないので、渋々様子を見に行くことにした。

 景の盾となるように先導しながら、その更に後に〈雷王牙〉を引きつれて、瀬織は塀の外側をぐるりと回って、問題の場所に到着した。

 田んぼに面した農道で、異様な修羅場が展開されていた。

 上半身裸の中年が、自分の半分以下の年齢の外国人少女に掴みかかっている。

「おいガキてめぇよ。自分の口で喋んのと俺の拳で口割られんのと、どっちが良いよ? おい」

「ヤメテクダサイ! ワタシ、ヒト呼びマス! 叫びマス!」

「あー呼べよ。呼べばいいじゃねえかよ! 呼んで困るのはどっちなんだろうなあ、オイ!」

 どう見ても困るのは左大の方だと思うので、瀬織は止めに入ることにした。

「あの~、左大さん。ここじゃちょっとマズいのでは……」

「マズいもウマいもねーよ! 不審者をよ、尋問してんだよ尋問!」

「いやあの、不審者ってどう見てもあなたの方では……」

 瀬織の懸念は的中し、パトカーが農道のカーブを曲がってきた。

 この辺りは田舎とはいえ多少なりとも民家はある。しかも遮蔽物はないので左大の行動は丸見えであり、騒音もないので叫び声も遠くまで聞こえる。誰かが警察に通報し、パトロール中のパトカーが急行したというわけだ。

「ほほほ……これでは、わたくし達がヤバいですわね。逃げましょう、景くん」

「逃げるって……。あの子と左大さんはどうするのさ!」

「他人のことより自分のこと。これ以上の面倒は御免でございますわ」

 半ばトラブルを楽しみ、半ば面倒事から逃げる良い口実が出来たと喜びつつ、瀬織は景の手を引いて小走りに場を後にした。〈雷王牙〉は跳躍して一瞬で姿を消し、〈綾鞍馬〉も夕暮れに紛れて飛び去った。

 それに気づかない左大の真後ろに、パトカーが停まった。

 運転席の警察官が無線で現場到着の連絡を入れつつ、助手席からもう一人の警官が降りてきた。

「あのー、どうしましたか~」

「あぁ? 取り込み中だよこのヤロー!」

 左大は酔いと興奮で判断力を喪失していた。

 客観的に見れば、上半身裸の酔っ払いが少女を襲っている。現行犯逮捕案件である。

 遁走する瀬織が100メートルほど離れた所で振り向くと、上半身裸の左大が警官と揉み合っている所が見えた。少女の姿はいつの間にか消えていた。

「ほほほ……ああいう方とは関わりたくありませんわね~、ほんと」

 それきり瀬織は振り返ることなく、厄介事に捕まることなく景とバス停まで逃げ切ることが出来た。
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