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第七章 忙しいが、呆気なく都市ルーセントに向かう事になりました。

第六十四幕 協力者と夜の甲板

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「さて、それじゃあ、話してもらいましょうか?」
「忘れてはいなかったか」
 低い可能性に賭けた千夜だったが、無理だったようだ。

「私は物覚えは良い方よ。それにさっきの今で忘れろと言うほうが無理だわ」
「そうだろうな」
「で?どうして隣の領主じゃないって言い切れるのかしら?」
 ベノワの質問に言い訳を考えるが、瞳に宿る怒りと悲しみを見て正直に話すべきだと判断した千夜は口をゆっくりと開く。

「俺たちが受けている依頼と関係しているからだ」
「依頼?それって護衛とは別にって事かしら?」
「そうだ」
「なるほどね。通りで貴方達の事を調べても何も出てこないわけよ」
「ほう、俺たちを調べていたのか」
 意外な事に千夜は本当に驚く。

「理由を聞かしてもらっても構わないか?」
「ええ。家の商会で買い物した時の事を覚えてる?」
「ああ。俺も物覚えは悪くない方だからな」
 皮肉返しをする千夜に対して笑みを零すベノワだが気にする様子もなく、話を続ける。

「貴方がした行動が少し引っかかったのよ」
「俺の行動?」
「ええ。貴方は高級品と分かるや手袋を着けたでしょ」
「常識だと思うが?」
 宝石や価値のある遺跡などを触る際、手汗、手油、指紋などを着けないようにする行為は前世ではあたりまえだ。

「そうでもないわ。商人それも大商会や長年商会に勤めている商人ならともかく、入りたての新人や行商人なんかは知らないわ。それなのに冒険者である貴方は知っていた。だから調べたの」
「なるほど。どこかの商会から送られた諜報員だと思ったわけか」
「確かに最初はそれも考えたけど、冒険者として活動する貴方の力は本物だと直ぐに調べて分かったわ」
「なるほど」
(前世の知識をそのまま利用してバレるとはな。良い勉強になった)

「それで、貴方は何を調べているのかしら?」
「俺が調べているのはこの領地を経営する代官だ」
「代官を?」
「そうだ。代官がこの領地の裏で暗躍する犯罪者組織と手を組んでいるという情報を手に入れた依頼主が、俺たちに依頼して来たんだ。代官を捕獲するための確固たる証拠と犯罪組織の壊滅をな」
「なるほどね。でもその依頼主って――」
 ベノワが口にしようとしたが、人差し指を口元に当てて阻止した。
 直ぐに理解したベノワは直ぐに話を切り替える。いや、本題に戻ると言うべきだろう。

「その依頼と今回の護衛がどう繋がっているのかしら?」
「アンタの商会を襲っている海賊が犯罪者組織の傘下と言えば分かるか?」
「嘘でしょ……」
「確証があるわけじゃないが、俺が信頼する仲間からの報告からだから間違いないだろう。それに」
「それに?」
「手を組んでいるのは、代官と領主だけじゃない。ダラにある商会の一つが手を組んでいる」
「っ!」
 驚きの無いように信じられないと言わんばかりの表情をする。

「どうしてその話を私にしたの?」
「信頼している仲間の一人が海賊の被害にあった商会を調べた。その中でアンタの商会が一番多かったってのもあるが、確信したのはアンタの息子が海賊たちに殺され、尚且つその憎しみや怒りが本物だと分かったからだ」
「なるほどね……」
 理解したのか背凭れに体重を預ける。

「もう良いか?」
「待って」
「なんだ?」
「私も協力するわ」
「本気か?」
「当たり前よ。息子の命を奪った報いは受けて貰うわ」
「………分かった。なら今回の仕事が終わったら、他の商会について調べておいてくれ」
「分かったわ」
「情報の遣り取りは俺の仲間を向かわせる」
「あら、貴方が直接聞きに来るわけじゃないのね?」
「怪しまれたくないからな」
「確かにそうね」
「じゃあ、俺は仲間のところに戻る」
「セン」
「なんだ?」
「お願いね」
「善処する」
 そう言い残して千夜は部屋から出て行った。まだ血の臭いが漂う室内だがベノワは気にするようすもなく天井を見上げ呟く。

「任せておけって言えないのかしら」



 見張り以外寝静まった夜。
 千夜は甲板に出ていた。
 最初は死体を捨てて戻るつもりだったが、少し潮風に当たりたい気分になる。
 アイテムボックスから取り出したお酒を片手に見上げる夜空はけして前世では見ることが出来ない美しいものだった。
(まったく俺も歳を食ったな)
 実年齢で言えばまだ18歳だが、それでもこの数年の濃密な時間は一生に思えるほど長く感じられるものだ。
 千夜の身体は人間の時とは違い長寿だ。ゲーム設定で言えば1500年以上生きられる身体だ。たった数年生きただけでそう感じてしまうはそれだけ記憶に残る出来事が多かったからだろう。
 
「あら、旦那様、何一人で黄昏てるのかしら?」
「エリーゼ。なに大した事じゃない」
「そう?」
「ああ、ここ数年の出来事が嘘のように感じていただけだ」
「嘘?」
「けして前世では味わう事が出来ないような体験の連続。驚きの連続だ」
「それは私と結婚するのも驚きの一つなのかしら?」
「そうだ。これほど美しい女性が自分の妻になるなんて夢にも思っていなかったからな」
「そうだたの?てっきり私を落とすために行動していたように思えたけど?」
 悪戯めいた言い方に千夜は笑みを零す。

「買い被り過ぎだ。俺はそこまで策略家ではない。自分がしたいように行動しているだけだ」
「うふふ、分かっているわ。でもその行動が私たちを幸せにしてくれたのは事実よ」
「怒らせたり、泣かせてしまった事もあるがな」
「あら、分かっているのなら反省して欲しいわね」
「善処しよう」
 勿論本気で言って無いことは互いに分かっている。ただの言葉遊び。
 他者が見ればくだらないと感じる事でも、千夜たちからしてみれば幸せな一時である事は間違いないのだ。



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どうも月見酒です。
こちらで報告するのはとても久しぶりな気がします。
さて、突然ですがこの度「勇者として異世界転移したが、呆気なく死にました。」が書籍化する事が決定しました!
勿論出版会社はアルファポリス様です。
最初このお話を頂いた時、嬉しくて夢かと思いました。ま、電話があったのが寝起きだった事もありますが。
これも読んでくださった読者である皆様のお陰です。
誤字脱字を多く、呆れる程だったと思います。それでも皆様が今まで読んでくださったお陰でこうして書籍化する事が出来ました。
本当に有難うございます。
発売予定は2018年の春頃を予定しています。
詳細が分かり次第報告させて頂きます。ツイッターでも知らせているのでフォローして頂けるととても嬉しいです。
あ、それからこの数週間投稿が少なかったのは編集作業や病気などは一切関係ありません。ただ単に煮詰まっていただけですので悪しからず。
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