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第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。

第九十一幕 憎悪を燃やす顔と破壊

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 フーリッシュ枢機卿と別れ書斎へと向かう和也は念話を使いハクアに連絡する。

『そっちの状況はどうだ?』
『こっちに異常無し。それよりも面白い物を手に入れたわよ』
『別に構わないが、バレるような事は控えてくれ』
『解ってるわよ。でも、どうせもう直ぐこの国からも去るんだし、良いでしょう』
『そうだな』
『ふふ、話が早くて助かるわ。こっちはもう終わって戻る所よ』
『俺も終わって書斎に向かっている所だ。こっちも欲しい情報と物は手に入れた』
『そう、なら成果の見せ合いが楽しみね』
『そうだな』
 そこで念話を切ると書斎へと急ぐのであった。


 書斎に戻り、他の者たちに怪しまれないために和也は書類整理をしていると、一体の魔物、使い魔がオフィスデスクに現れる。
(帰ってきたようだな)
 ハクア達が戻って来た事を知らせる合図である。別に前もって決めていたわけではない。だが臨機応変な対応に和也は笑みを零す。デスクの端に置かれていた鈴を鳴らす。すると数秒しないうちに別室に控えていたかのようにハクアは姿を見せる。

「御呼びでしょうかカズヤ様」
「すまないが、少し休憩したい。ついでだ、ギンと君も一緒にどうだ?」
「お心遣いに感謝致します。しかし、私は一介のシスターであり、召使ですので」
「一人でお茶をするより複数人でした方が楽しいだろう。頼むよ。俺の我侭に付き合ってくれ」
「畏まりました。では、ギン殿をお呼びしたのちお茶の用意を致します」
「頼んだ」
 部下やその周りの人間とのコミュニケーションを大切にしている将を演出するのも忘れない。そんな面倒な事をする必要は無いと思いたいが和也は誰よりも警戒心が強い。そのため念には念を入れたがるのだ。
 数分後、ギンを連れて来たハクアは慣れた手つきで紅茶が入ったティーカップをテーブルに置く。その間、和也は毎度の如く防音と盗聴防止魔法結界を発動させる。
 ハクアがソファーに座るのを確認した和也は一瞬にして表情を変貌させて真剣な面持ちとなる。

「さて、結果報告を始めようか」
「そうね。まず私から、予想通りと言うべきか、それともそれ以上と言うべきかは分らないけど、私たちの推測通りターゲットは下種野朗よ。見た目は質素な屋敷だけど、寝室と書斎は豪華だったわ。相当お金を注ぎ込んで無いと無理ね。それに高級ワインも沢山あったわ。で、これが横領したお金が詳細に記された裏帳簿よ」
 足を組んで状況報告を行うハクアは書類の束をテーブルに放り投げる。

「最初のページにはその横領に関わった人物の名前が記されているわ。普通は書かないと思うけどフーリッシュって男はどうやら几帳面なんでしょうね。ワインも生産地順に整理整頓されていたもの」
「そうか」
「記録魔水晶も渡された分は仕掛けてきたわ。寝室、書斎、リビング、後は地下室」
「地下室?」
「ええ。まったく見たくない者を見たわよ。私は女だから特にね」
 忌々しげな顔で吐き捨てる。それだけで何を見たのか和也は理解した。
(俺たちが推測した以上に下種野朗だったって事か)

「最悪な気分だろうが、説明してくれ。何を見た」
「……女よ。多種多様のね。人間、ダークエルフ、獣人、でもエルフが多かったわ。半分はそうだったもの」
「まさか陵辱されていたのか?」
「違うわ。まだそっちの方が良かったかもね。拷問されていたのよ。それもあの感じだとただ遊ぶためだけにね」
 ハクアの口からギリギリと奥歯を噛み締める音が漏れる。

「そうか。一つ聞くがそこにも記録魔水晶は――」
「ええ、仕掛けてきたわ。仕事だもの」
「済まなかったな」
「謝らないで。カズヤが悪い訳じゃ無いもの。それに諜報員としてこれまで仕事して来て。拷問なんて何回も見てきたし、訓練で受けたわ。でも、それでもね……」
「ああ、分った。それ以上は言わなくて良い」
「………ありがとう」
 憎悪を燃やす顔を見られたくないのかハクアは和也を見ようとしない。また和也も分っているのかハクアに視線を向けようとしなかった。

「で、次にギン。お前はどうだ?」
「どうだって言われてもな。俺のした事なんて姉御の補佐だったし。ただ言われた事をしただけだからな」
「何か気づいた事はなかったか?」
「そうだな……。通信結晶がデスクの引き出しの奥に置かれていて、日付が書かれたメモ紙が一緒に置かれていたぐらいかな……?」
「日付? それは何時だ?」
「今日だ」
 ギンの言葉に和也は考え込む。
(今日だと。だが今日は俺と会っていた。急遽決まった事? いや、どちらかと言えば俺と会う方が急遽決まった方だ。となると前々から決まっていた事? いったい誰に会う……………通信結晶……そうだ。すっかり忘れていた。確かに会うが実際に会うわけじゃない。通信結晶で連絡を取り合うだけだ。となると……」

「たぶん今日、魔族と連絡を取り合う」
「なるほど、確かにそれなら有り得るな」
「一つ聞きたいんだが、いったい誰と連絡を取り合っているんだ?」
「それは俺たちにも解らないんだ。ただ、隊長から忍び込んで調べて来いとだけ」
「そうか」
(こいつらには悪いが、もしもの時は……)

「で、カズヤの方はどうだったの」
 気持ちの整理がついたのかハクアが問いかけて来る。

「ああ、欲しい情報と物は手に入れた。これだ」
 アイテムボックスから一つの小瓶を取り出しテーブルに置いた。

「これは?」
「これがフィリス聖王国の七聖剣の連中が急激に強くなった理由だ」
「は? これが?」
「そうだ。これの名前は『不屈の湧き水』。飲めば大量の経験値を手に入れられ強く事が可能になる物だ」
「詳しいわね」
「本人から教えて貰ったからな」
 嘘である。ただそうして置いた方が和也に都合が良いからだ。

「これが王宮の地下にあと60本ほど隠されている」
「そんなに」
「一本飲んでどれだけ強くなるかは俺にも解らない。個人差もあるだろうしな。だが間違いなく強くなれる」
(平均的に種族レベルが低い事やエリーゼたちの急激な成長を考えると一本飲むだけでも相当な力が手に入る筈だ)

「で、ここで一つ問題がある」
「何かしら?」
「お前たちはこれをどうしたいと考えてる?」
 鋭い視線をハクアたち二人に向ける。まだ契約は切れていないだろうが殆ど目的は完遂された。つまりここからは敵同士になる恐れもあるのだ。

「分らないわ。隊長に聞いてみないとね。だってまさかこんなに上手く行くなんて思ってなかったもの。私達はただ調べて来いとだけしか言われたないから」
「そうか。なら先に俺の考えを伝えておく。俺はこれを全部破壊するつもりだ」
「どうして? 確かにこれを一つの国が独占するのは危険だけど。個人的に使うのは良いと思うわよ」
「いや、駄目だ。これは危険すぎる。それにこれは人間だけでなく全ての種族を堕落させる」
「それは……」
「簡単に力が手に入るという魅惑、誘惑に我々は勝てない。だからこそ俺はこれを破壊する。勿論俺の依頼主の国にも渡すつもりはない」
「解ったわ。私は見なかった事にする」
「姉御!」
「確かにこれを持ち帰れば我が国は飛躍的に強くなるわ。でも、私はこの目の前の男に勝てる気がしないもの」
 目の前の男、和也の力を本能的に見抜いたハクアは嘆息する。その姿にギンは不満はあったろうが、納得いく正論に何も言い返さなかった。

「助かる。だが、これはお前たちにあげる。流石に手ぶらじゃ帰れないだろうからな」
「ありがとう」
「さて、これでお前たちとの取引は終了だな。俺は残りの不屈の湧き水を破壊してからこの国を発つ。お前たちはどうする?」
「何言ってるの。まだ記録魔水晶の回収が終わってないでしょう」
「いや、あれは目的であった不屈の湧き水が屋敷にある場合と任務が失敗したときの保険にと思ってだな」
「だったとしてもよ。私は最後まで頼まれた仕事はやるわ」
「そうか」
「後私達がこの国を発つ時は貴方と一緒に出るわ。でないと怪しまれるでしょ?」
「助かる」
 ハクアの言葉に笑みを零した和也は残りの仕事を片付けるためソファーから立ち上がる。
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