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序章

第一幕 仲直りと転移

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 キーン、コーン、カーン、コーン

 今日一日の最後の授業が終わるチャイムが学校全体に鳴り響いた。その瞬間、生徒は達成感から脱力したり、喜んでいた。それも普段とは比べられないほどに。
 そう、今日は期末テスト最終日が終わったからだ。
 生徒たちはテストの出来を聞きあったり夏休みの予定を決めたりしていた。
 そんななか一人の少年――朝霧和也は未だに机に突っ伏したまま動かない。そんな少年に声をかける生徒はいなかった。
 彼ら以外は、

「和也お疲れ。テストどうだった?」
 声をかけたのは和也の幼馴染たちだった。幼馴染4人は和也が幼稚園からの付き合いだ。だから互いの性格を他の誰よりもよく知っていた。

「………………普通」
 和也は突っ伏したまま気だるそうに答えた。だが、そんな和也の返答に気を悪くすることなく、相変わらずだな~と呟いていた。
 そんな幼馴染の一人の最初に声をかけてきた少年は名前は桜井勇治。身長180センチ。体重は73キロ程。顔はイケメンで運動神経も抜群でテストの成績でも学年で上位に入り、人当たりがよく誰とでも気軽に話すことが出来、何より正義感が強い。この前もコンビニの前で駄弁っている不良に注意した後に正義の鉄槌を食らわしていたらしい。
 そんな勇治は和也の肩に手を置いて提案する。

「久しぶりに一緒に帰らないか?」
「…………バイトがあるから無理」
 気だるそうに返答する和也に今度は勇治の右に立つ少女が口を開いた。

「またバイト? たまには休まないと体壊すわよ」
 不安な表情を浮かべる少女の名前は朝倉真由美。黒と茶色の中間の色をしたセミロングヘアで身長は168センチと少女にしては高め。運動神経も良く、テストの成績も上位に入る。スタイルは良く顔も整っており学校でも上位3位までに入るほどの美少女だ。 そして真由美も勇治と同じく正義感が強い。そして、勇治と真由美は恋人同士である。

「………平気。夏休みは稼ぎ時だから……」
 和也は突っ伏したまま答える。だが声音には気力が感じられない。周りからにはこの場凌ぎの言い訳にしか聞こえないだろう。勿論幼馴染の4人にもそれは解っていた。だが、今の和也をどうしたら良いのか答えを出せない4人は悔しさだけが心に渦巻いていた。

「でもたまには息抜きしないとな。それにバイトまでには時間あるだろ? だったら一緒に帰ろうぜ」
 不安な表情を浮かべる少年の名前は武田正利。身長172センチ。体重66キロ。運動神経抜群で剣道部のエースでもある。頭脳は他の二人に比べたら劣るが、それでも上位と中位の間の成績である。顔は少しつり目で初対面の人には怖がらせてしまうこともあるが、勇治と同じてイケメンであり勇治程ではないが、曲がったことが嫌いな性格をしている。そして、和也の幼馴染でもある。

「そうですよ。少しは休憩しないと体調を崩されますよ?」
 優しく包み込むような声の持ち主は霧咲紅葉。身長162センチ。頭脳明晰でいつもテストでは学年トップ。運動神経もそこそこ良い。黒のボブヘアで学校の癒しとして君臨する。もちろん顔も整っており学校ランキングでは真由美と上位を争っている。しかしそういった争いには興味のない二人は一部の女子に疎まれている。また紅葉は正利と付き合っている。勇治と真由美が洋をイメージしやすいカップルなら、正利と紅葉は和をイメージしやすいカップルと言えるだろう。そして和也の4人目の幼馴染にして二人目の女の子でもある。

「……平気……身体は……丈夫だから……」
 和也は未だに突っ伏したまま応答を繰り返している。こんな状態で身体が丈夫と言われても嘘にしか聞こえないが実際に和也の身体は異常と言っていいほど頑丈なのだ。

「なぁ、和也。いい加減に一緒に帰ろうぜ。久々に話したいしな」
「俺は話すことはない……。お前らは……ダブルデート……でもして帰れば……良いだろ……俺はバイトの時間……まで……寝て………帰るから……」
 和也は最後にそう言ってスヤスヤと眠ってしまった。

「喝っ!」
 バン! と机が叩かれるのと同時に怒気の含んだ声が教室中に響き渡る。突然のことに他の生徒は驚き、幼馴染である勇治は苦笑いを浮かべ、真由美は呆れて嘆息し、正利はビクビクと怯えていた。そう、教室中の生徒の注目を集める行為をしたのは紅葉なのだ。紅葉は寺の娘で礼儀正しく作法と礼儀を学んできた。そのせいか同年代の男女からはお母さんのような存在だと噂されている。もちろん本人だけは知らないのである。(和也、勇治、正利、真由美たちも知っている)
 和也は突然机が揺れ目の前から聞き慣れた怒鳴り声が聞こえたため条件反射で上体を起こし姿勢を正す。

「いい加減にしなさい!」
「……はい……」
「和也さんがバイトで多忙なことも身体が頑丈なことも知っています。ですが、根を積めてはいつか必ず体調を崩されますよ。その証拠に最近は寝不足が続き、まともな食事も取っていないことも知っています」
「……いや……でも………」
「でももヘチマもありません! 私たちは心配しているのですよ和也さん! あなたはあの時以来から自分で抱え込んでしまうことは知っています。ですが、私たちは幼馴染であり貴方に助けてもらった恩が沢山あります……ですから私たちの恩返しに付き合って貰えませんか?」
「別に恩を売るためにし――」
「和也さん、何か仰いましたか?」
「いえ、なにもありません……」
「では、一緒に帰って貰えますね?」
「………………はい」
 こうして紅葉の説得(?)により和也は久々に勇治たちと帰ることとなった。

 学校を出て数分後。和也たちは校門を出て近くのファミレスに向かっていた。

「おい正利、紅葉のあの脅迫紛いは直ってなかったのかよ」
「それどころかお前が俺たちと帰らなくなってからは不満が溜まってたのかレベルアップしてるんだよ」
「マジで?」
「マジで」
 和也と正利は紅葉が真由美と楽しそうに話している後ろ姿を眺めながらため息を吐く。

「でも、ま、紅葉のお陰でこうやって一緒に帰れるんだから良いじゃないか」
 そんな二人の会話に勇治も参加する。

「良いわけあるか。こっちは寿命が縮んだぞ」
 和也は紅葉と真由美を視界の右端に追いやりながら呆れていた。

「それでもいいさ、こうやって帰れるんだから。な、正利」
「そうだな。勇治の言うとおりだ」
「ったく、人の予定を狂わせておいて喜ぶなよな」
 そんな和也の独り言に4人は不満を出すことはなかった。何故なら幼馴染であり心から信頼できる親友なのだ。だから4人とも和也の真意がわかるのだ。そして心のなかでこう呟いた。「相変わらずだな」と。
 今時ではかなり珍しいほどに仲の良い5人に突如、異変が起こる。とてつもない眠気が襲ったのだ。

「いったい……何が起こってるん……だ!?」
 突然のことに和也は体調不良が原因かとも思ったが他の四人も同じ状態に陥っている事に気がついた。
(駄目だ……意識が無くなる………)
こうして5人は意識を失った。



「……ここはどこだ?」
 目が覚めた和也は今の現状を把握するために上体を起こして周りを確認した。ちょうど目が覚めたのか勇治たちも起きていた。だか、見たこともない場所に居ることに混乱しているのか真由美と紅葉は好きな男の服を摘まんでいた。
(まったく、勇治と正利が羨ましいな)
そんな事を考えながらも和也は警戒しながら周りを観察していた。そこは壁が煉瓦で、床が石畳で作られた部屋だった。
(まるで中世ヨーロッパの一室みたいな場所だな)
 和也はそんな風に思いながら立ち上がり、体を解すように首をポキポキと鳴らす。
 バン!
 突如、部屋の扉が勢い良く開かれた。その音に和也たちの身体がビクッと震えたが入ってきた少女を見て何故か安堵した。が少女が発した言葉で困惑した。

「どうか、この世界を救ってください。勇者様!」
(おいおい、今なんて言った?)
 和也たちはいきなりの事で理解できなかった。それもそうだろう。いまだにこの状況を把握できていないにも拘わらず突然そんなこと言われたら誰だって困惑する。

「あ、あの意味がよく解らないんですが?」
 5人の気持ちを代表して勇治が質問した。

「あっ! 申し訳ございません。儀式が成功した
ことが嬉しくて……」
 どうやら目の前の少女はセレナ・L・ファブリーゼと言う名前らしく、このファブリーゼ皇国の第一王女らしい。見た目は身長155ぐらいで腰まである長い銀髪が特徴的だが、何より整った顔が可愛らしく将来はとても美人になりそうな少女だ。で、皇女が言うには今この国は魔族との戦争に向けて準備しているらしい。だが、魔王に致命傷を与えるだけの力はこの国、いや、この人類にはなく、仕方なく召喚の儀式で勇者を召喚したらしい。
(デフォ過ぎて信じられないな。いや、現実だとは解ってるだけど)
 和也は長期間学校を休んでいた時期があった。その時に暇潰しのために買った小説の中に異世界ファンタジーものを読んだ記憶があった。
(んで、大抵こういう時は)

「分かりました。僕たちが必ず魔王を倒してこの国を救ってみせましょう!」
 勇治が自信たっぷりにそう答えた。他の3人も勇治程ではないが、完全にやる気になっていた。そんな勇治の言葉に王女も嬉しそうに明るい笑顔を見せた。
(こうなるパターンだよな……)
 和也は完全に脱力していた。勇治たちの異常なまでの正義感とこの状況になっていた時点で和也はなんとなくこうなるのではないかと分かっていたのだ。
 
結局和也は仕方なく勇者として魔王を討伐することになった。
(面倒だな)
 和也は内心そんなことを思いながら王女の後を歩いていた。幼馴染に視線を向けると緊張しているのか周りをキョロキョロして落ち着きがない。
(ま、当たり前だよな。いきなり異世界の王様に会うんだから)
 そんなことを思いながら周りには平然としているように見せかけて早く寝たい気持ちを抑えていた。
 そんな事を考えているといつの間にか一際大きい扉の前にいた。

「これからお父……いえ、皇帝陛下に皆様を紹介します。既に勇者召喚の儀が成功したことは報告してありますから普通にしていてください」
 笑顔で言うセレナだが、

(無理だろうな。俺はともかく正利や紅葉は既に緊張してるし)
 一気に面倒になりそうだと思いながら玉座の間の扉が開かれた。
 セレナは慣れているのか普通に歩いて中に入る。勇治たちも緊張しつつもセレナの後を追うように入っていく。そして見た光景は凄いとしか言いようがなかった。
 広々とした部屋の真ん中には幅2メートルのレッドカーペットが扉から玉座まで敷かれており、その両脇には大臣や貴族と思われる主要人物が並んでいた。そして1メートルほど高い場所にある玉座に座る人物が居る。
 その中を歩くだけで勇治たちは緊張で思考回路が止まりそうになっていた。   
 一人を除いては。
(早く寝たい)
 セレナは平然と貴族達の中を歩き玉座から3メートル離れた場所で止まると跪く。勇治たちも慌ててセレナの真似をして跪いた。

「皇帝陛下、勇者様をお連れしました」
 セレナが告げると一瞬周りがざわめいたが一人の男が手で制すと静まった。そうこの国の皇帝――アルバート・J・ファブリーゼだ。見た目は長い白髪に白い髭。一瞬サンタクロースかと思うほどだ。が、彼が纏うオーラは凄いものだった。気品に溢れ、堂々とする姿に勇治たちの鼓動が跳ね上がる。

「セレナよ、よくぞ勇者殿を連れてきてくれた。感謝する。それで後ろの方々が勇者殿達か?」
 王はセレナから後ろに跪く和也達5人を観察するように見据える。

「はい。ご紹介しても宜しいでしょうか?」
「構わん。全員面をあげよ」
 王の許可がおり、全員が面をあげる。しかし和也だけが少し遅れた。
(ヤバッ、寝てた)
 だが、気になる程度では無かったのが幸いしたのか周りからはなにも言われなかった。
 そして、セレナは立ち上がり紹介を始めた。

「まず、こちらが桜井勇治様」
 セレナの紹介に勇治は立ち上がった。これは玉座の間に入る前にセレナから言われたからだ。
(それにしても勇治の奴緊張してるな。癖が出てる)
 和也は視線だけ勇治の方に向けると手が軽く閉じたり開いたりしていた。
 (ま、無理もないか)
 そして順調に進み勇者たちの紹介は終わった。
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