鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒

文字の大きさ
上 下
157 / 351
第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。

第四十三幕 止めると何なんだ!

しおりを挟む
「何とも、凄いものを見たな」
「うむ。見事なまでの乳揺れだったの」

 孫三郎まござぶろうが真顔で下らないことを言い、静馬しずまはついついつまづきかける。

「どこを見とるのだ、どこを」
「女だてらにあそこまで動けるとは、きっと只者ではない」
「護身用に、組討くみうち(格闘術)でも習っていたのではないか」
「にしても、挙動が鋭すぎる。きっとしのびの類だの」

 そんな推論を聞きながら、静馬には疑念が生じる。
 あの女が普通でないのも確かだが、孫三郎の目端めはしの利き方こそ異常なのではないか。
 ふくらむ違和感を心の中で棚上げにし、静馬は少し話を変えた。

「しかし、あの連中は大丈夫かな」
「問題なかろう」
「聞くところによれば、市井しせい喧嘩沙汰けんかざたも厳罰化してるそうだが」
「喧嘩などなかった、という扱いで終わるだろうて」

 断言する孫三郎だが、静馬はもう一つ得心とくしんがいかない。

「確かに、一方的過ぎて勝負にならなかったが」
「そうではない。あれだけ武士の体面に拘っていた奴が、抜刀の末に素手の女を相手に惨敗した、などと訴え出られると思うか?」
「あぁ……そうか。それもそうだな」

 命を惜しまず体面やら矜持きょうじやらを守る、そんな生き様があってもいい。
 だが強請ゆすたかりに精を出している最中、あの浪人の守ろうとしたそれは何処に行っていたのやら。
 静馬の白けた雰囲気を察してか、孫三郎が話を続ける。

「しょうもない男ではあるが……あれも環境の犠牲者なのかもな」
「というと、例の『野焼き』でのあぶれ者か」

 静馬の出した単語に、孫三郎はゆっくり頷く。
 小田原攻囲の最中、嫡男の鶴松つるまつ夭折ようせいしたとの報を受けた秀吉は、周囲の諫言かんげんを無視して北条方の支配下にある上野こうずけの諸城を放棄させるだけの条件で和睦わぼくし、陣を解いて全面撤退する判断を下す。
 我が子をいたんでの判断は、人としては同情するに値するものだったが、天下人としてはがたい暴挙となった。

 秀吉の命で長期の出陣をしていたのが全て無駄働きになった挙句、未曾有みぞうの規模で行なわれた鶴松の葬儀や、慰霊や追悼のための各種式典の数々への参加を余儀よぎなくされ、更にはそれらの費用の負担までも強制された大名の間には、当然ながら豊臣政権への不満と不信の声が渦巻くこととなる。

 明智光秀の謀反によって信長と信忠が横死した後、その光秀に勝利を収めた秀吉は混乱する織田家中の跡目争いを制し、信長の一族から権力を簒奪さんだつして今日こんにちの地位に就いている。
 なので臣従している諸侯にとっては、道義的には秀吉を主君として仰ぐ筋合いはない。
 豊臣政権の基盤を支えているのは、圧倒的な武力による連戦連勝の実績と、勝利の結果として得た富の気前良い分配だ。

 しかし、対北条戦の頓挫とんざでその両方が途絶えた上に、大局を無視して私情に流される愚か者なのではないか、との疑惑が生じてしまったのだ。
 世継ぎを失った動揺と、高まる悪評への焦りは、秀吉に更なる愚行を選ばせた。
 小田原攻めで失策のあった者や、和睦への反対意見を述べた者への懲罰ちょうばつを名目とする大々的な粛清がそれで、世間では『太閤の野焼き』と呼ばれている。

 豊臣政権としては、家の取り潰しや知行の召し上げの乱発は、恩賞用の土地の確保と、反抗的な大名への恫喝どうかつを行う一石二鳥の妙案――となるはずだった。
 だが、その結果は浪人の急増によって治安を悪化させ、強権政治への反感を増大させただけに終わり、不穏な気配のくすぶる現状を作った最大の原因と考えられている。

「あの無能ザルもまぁ、しょうもない真似をしてくれたわ。天下はまだまだ荒れるぞ」
「楽しそうだな、孫三郎」
「あっふぁっふぁっ、ちょっとばかり暴れ足りなくての――それに、秀吉サルとその手下の国造りは、民百姓を軽んじ過ぎとるでな」

 孫三郎の語りに、いつになく真摯しんしな何かが混ざっている感じがするが、そこに触れてもきっとはぐらかされてしまうのだろう。
 そう考えて、静馬は曖昧あいまいな微笑だけを返しておいた。

「お、ここではないのか」

 孫三郎の指差す方向に、探索所の建物が見えた。
 白木に『公儀探索所こうぎたんさくしょ』と墨書された看板、そこに捕縛に用いられる荒縄と手鎖てぐさりが吊るされているのは、各地に置かれた探索所に共通の意匠だ。
 入り口では二名の門番が周囲に警戒の視線を巡らせ、その傍らには新たな賞金首の手配書が貼り出された高札が立てられている。

「京や堺でも見かけたが、何処も似た感じだの」
「探索所とはこういうものだ、との印象を持たせようとして、狙って構えを似せてるのではないかな」

 そんな話をしながら、静馬は門番に手形を示して敷地内へと入り、孫三郎も後に続く。
 世間で人狩りや賞金稼ぎと呼ばれる探索方は、一応は検断けんだんつかさどる役人の末端に位置付けられているが、決まった職務や俸給は用意されていない。
 探索方がこの場で得られるのは賞金首の情報と、賞金首を連行するか殺害した場合の賞金のみ。

 不逞浪人による犯罪の激増への対策として、同じ浪人に権限を与えて罪人を取り締まらせようとしたのが、公儀探索所の始まりだ。
 探索方の身分を保証する手形は、去年の探索所設立時に二百枚ほど発行された。
 静馬もその時に手に入れたのだが、犯罪の凶悪化・組織化による賞金の高騰こうとうもあって、探索方に就くのを希望する者が後を絶たず、現在ではかなり厳しい審査が行われているらしい。

「ついワシも入ってしまったが、問題ないかの」
「人を雇って、集団で仕事をしてる連中も多いしな。多分平気だろう」

 二人は敷石で舗装された短い道を抜け、建物内へと入っていく。
 中はそこそこ広いが人は少なく、係員が数名と探索方らしい若い男が一人いるだけだ。
 探索方が幾人も集まって情報交換などをしていた、京や安土の探索所とは雰囲気が違うな、と思いつつ静馬は受付役と思しき係員に声をかける。

首実検くびじっけんを願いたい」
「して、賞金首の名と罪状は」
山室帯刀やまむろたてわき、『三日月の山室』だ――罪は複数の殺し、それに追剥おいはぎ

 そう告げて、静馬は身分を証明する手形を見せる。
 続いて三日月槍と首の塩漬けが入った樽、死体から回収した書き付けや手紙を渡す。

しばし待たれよ」

 係員は他の同僚と共に、書類をまとめた帳面ちょうめんめくっている。
 賞金首の情報は罪状別に管理されているらしく、表紙には『追剥』の文字が見えた。

「見当たらんな」
「それなら、こちらでは」

 係員達は小声で言い交わし、いくつもの帳面を持ち出して人相書との照合を続けている。
 治安の悪化で賞金首も急増しているのか、管理も行き届かなくなっている様子だ。

「賞金首を討ったか」

 見知らぬ声に振り返ると、来た時から姿の見えていた若い男が立っている。
 人を自然と身構えさせるけんのある目付きと、着ている羽織の質の良さと、人斬りに特有な剣呑けんのんな気配と、腰の大小に見える装飾の豪華さが、どうにも釣り合いが取れていない。
 妙に警戒心を煽ってくる男だな――そう思いつつも、静馬はそれを表に出さないように応じる。

「ああ、安い首を一つだけ、だがな。お主は情報集めか」
「まぁ、そうだな。にしても、その若さで大したものよ。これが初めての仕事かね?」
「いや、三度目になる」
「ふふふ――末恐ろしい。急がねば我の仕事が残らんかもな」

 二つ三つしか年が違わないであろう男の言葉は、初対面らしからぬ馴れ馴れしさを感じさせるものだったが、静馬はそういう次元とは違う不快さを感じていた。
 若さ故にあなどられるのも仕方ないし、実害がなければいくら見下されようと受け流せる程には、軽い扱いにも慣れている。

 しかし男の態度は、どうもそういったものとはズレがあった。
 声に底意というか悪意というか、どうにも素通りできない棘が含まれていてかんさわるのだ。
 面倒な相手と縁を持ってしまったな、との思いを伏せながら静馬は男との雑談に応じることとなった。
しおりを挟む
感想 694

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。