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第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。

第三十幕 限界突破と九天突き

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 話の内容は理解できた。それでも自分が納得できるかは、また別の話である。
 納得出来ない女騎士ライラは武士である和也に否定的な視線を向けていた。
(何故だ。どうしてお前はそこまで戦いを求める。強者を求める。強さは誰かを守るためにあるものの筈だ。だがお前は自分のために戦っている。何故だ! 教えてくれ。行動ではなくお前の口から教えてくれ……カズヤ……)
 それでも好奇心を抑えられないライラは戦闘が終わるのを見守ることしか出来なかった。
 吸血鬼と化物の戦いが開始されてから既に30分が経過しようとしていた。
 怒りや憎しみなどではなく身体の奥底から沸き上がる昂揚感を全面的に出し対峙する二人だが、その姿は対極できだった。
 ヘロンの服は微かに汚れ、数える程度ではあるが穿たれ穴や破けている箇所もあった。しかしその下から見える皮膚に傷はなく、既に自己再生した事が分かる。
 それに対して和也は荒い呼吸、土と血で汚れた服、夥しい数の創傷。見るからに戦闘続行は不可能と言われてもおかしくなかった。それでも和也は笑みを崩さない。
 斬られようが、穿たれようが.
 命の危機を知らせる警鐘が体中から発されようが、目の前の強者を殺さない限り止らないだろう。
 それが彼の望みだから。欲求だから。
(ようやくだ。ようやく自覚したあの時からの願いが叶う。こいつを倒したとき俺は最高の経験を得る!)
 誰かに教えられたわけでもない。ただ直感的に和也は理解した。この笑みを浮かべる強者を倒した時欲望が叶うと。
 異世界に来る前からの悲願であり、内底で眠っていた戦闘本能。
 ただの殴り合いではなく生死賭けた戦闘。
 けして平穏な日常では味わえない緊張感を和也は勇治たちに拒絶される前から無意識に求めていた。
(別に殺戮がしたいわけじゃない。俺はただ味わいたかっただけだ。ただそれだけだ。そうだあの時も似た感覚を得た)
 脳裏に過ぎるのは大切だった親友たちを助けた直後の記憶。
(あの時も感じた。死ぬかもしれない。そう思った。だが俺は生き抜いた。生死を賭けた勝負に勝った)
 求めていた何かを自覚した瞬間をもう一度濃密に思い返す。
(いつからだったかは覚えていない。でも俺の身体の底で何かが渦巻いていた。それが俺を平穏な日常を退屈な日常へと変えた。だが、あの時それがなんなのか理解した。俺は求めていたんだ普段では味わえない緊張感と達成感を。ま、それを自覚する代償は大きかったが今となってはどうでもいい。今俺が望んでいるのは目の前の強者を倒すことだけだ!)

「限界突破!」
 和也は叫ぶ。 誰かを守るためでは無く、己自身が生死の賭けに勝つために現時点での限界という名のリミッターを外した。

「あはは、まだ強くなるんだ! いいね~もっともっと僕を楽しませてよ~!」
 狂気に満ちた笑みが深くなる。

「いいぜ。その代わり代償はお前の命だ!」
 先ほどよりも圧倒的に速い速度でヘロンに迫る。

雨飛突きうひづき!」
 間合いに入るなり弾丸の如く突きを心臓に放つ。
 躱そうとするへロンだったが予想を超える速度の突きを完全に躱す事は出来ず、右肩を穿たれる。

「クッ! やるね~、でもそれじゃ僕は殺せないよ~」
「分かってるよ、黒雨突きこくうづき!」
「グッ!」
 圧倒的に和也より強いへロンは一撃を食らったとしても死ぬことはない。それが油断となり和也にあらたな攻撃スキルをしようさせる時間をあたえてしまった。
 黒雨突き。
 空を黒くするような大雨の如く休まる事無く連突がへロンを襲う。
 肩、腕、胸、脇、腹、脚、急所となりうるところだけを防ぎ、耐えしのぐ。

「これならどうだ、天泣突きてんきゅうづき!」
「なっ!」
 思わず目を見開いてしまう。
(どういうことだ。槍もあいつの腕も何も見えない。なのに攻撃されていることだけは分かる)
 攻撃されている。それだけはこれまでの戦闘で培った経験が教えてくれる。しかし視覚する限りでは和也が振るう槍も、それを扱う腕もまったく見ることはできない。
(いったい何が起こっているんだ!)
 先ほどまで楽しかったはずの戦いが一瞬にして困惑し、それが徐々に恐怖へと変わっていった。
(なにが起こっているんだ! さっきまであんなに楽しかったのに!)
 確かに楽しんではいた。しかし和也のように強者との戦いを求めているわけではない。どちらかといえば弱者を求めているのだ。つまりは弱い者苛めが大好きなのだ。
(僕はそれなりに力のある奴を徹底的に痛めつけるのが好きなんだ! なのにどうして僕はこいつの動きを躱わせないんだ! 確かにさっきより強くなった。でも僕からしてみれば微々たるものの筈。なのにどうして躱わせないんだ!)
 戦闘を心から楽しむ和也の笑みにへロンは直感的に恐怖した。
(このままでは殺される!)
 それは生存本能の警鐘だったのかもしれない。だが、遅すぎた。

「終わりだ、九天突ききゅうてんづき!」
 両腕両足、腹、胸、喉を一瞬にして穿たれたへロンはその場に倒れるのであった。

「………ナニ……ヲ……シタ……」
 喉を貫かれたへロンはまともに話す事が出来なくなっていた。それでも好奇心を抑え切れなかった彼は激痛が襲うと理解していても口を開いたのだ。

「九天突きという業とだけ言っておく。両腕両足に一突き、腹と胸にふた突き、最後に喉に一突きだ。その全てが違う呪いを宿している。業火に焼かれるような痛みを与える呪い、逆に凍りつくような冷たい痛みを与える呪い、痛みが消えたり戻ったりする呪い、穿たれた穴を広がる呪い、出血が止まらなくなる呪い、幻惑を見せる呪い、突くのが浅かったとしても必ず貫通させる呪い、病気を発祥させる呪い、そしてどこに突こうが必ず中央、つまり心臓を穿つ呪いの九つを対象者に与える」
「………ナン…ダヨ……ソレ………ソンナ…ノ……ハン…ソク……ダロ…………」
 最強とも言える槍のみの攻撃系スキルの内容を知ったへロンは絶命した。
(ま、一突きでも外したら使用者に必ず反って来るスキルだけどな)
 絶命したへロンを見下ろしながら和也はスキルの最後の内容を内心で呟く。

「ありがとうな。これで俺は最高の達成感を味わえた」
 けして聞き届けられることの無い相手にお礼を告げるのだった。
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