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第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。
第二十九幕 理解の外と武士
しおりを挟む目の前で繰り広げられる吸血鬼と化物の戦いから目が離せなかった。
見惚れているわけではない。確かに二人の戦いは洗礼された武術家同士の戦いと遜色なく美しいと感じる者もいるだろう。しかしライラが二人から正確には和也から目が離せないのは心を埋め尽くす危機感からである。
(駄目だ……このままではカズヤがしんでしまう。頼む! いつものカズヤに戻ってきてくれ!)
神に祈りを捧げるかのように願うが、その願いが聞き届けられることはない。
(それにしてもカズヤがここまで強さを求めなんて。いや、それもその筈だ。カズヤは一度死んでいるんだからな。誰かを守るためや、英雄といった願望や妄想ではなく、経験しているからこそ、死の恐怖知っているからこそカズヤは力を強さを求めているんだ)
誰からを失いたくない。英雄になりたい。それは願望であり、妄想。現実となるとしてもそれは遠い未来の話であって経験したわけではない。しかし和也は経験している。
死の経験を。
苦痛のなか薄れていく意識。
己の中で灯る灯火が徐々に消えていこうとする感覚。
光も何もない真っ暗な闇の世界。
そんな経験をしているからこそ和也は二度と同じことにならないために強さを求めているのだ。
具体的には知らないライラも和也が味わった死の経験でこうなっているのだろうと、最初は思っていた。が、どうしても納得のいかない事が一つだけあった。
(ならどうしてお前はそんな嬉しそうに、楽しそうに嗤っている)
死闘を繰り広げる和也は苦痛に顔を歪ませるのでは無く、この刹那の死闘を嗤い楽しんでいた。
「お前は魔族でも亜人種でもない。殺戮衝動や虐殺するような奴ではない。なのにどうして嗤っているのだ……」
何故嗤っているのか理解できないライラ。きっと何故笑っていたのか説明されても使命感で戦っている彼女には理解できないだろう。
それでもライラはその理由が知りたくて堪らなかった。
「ライラ様!」
周りの事など完全に忘れ和也とへロンの戦いに集中していたライラに声をかけるものが居た。
「ラケム! 魔族軍との戦闘中に何をしている!」
部隊を任せたはずの部下が目の前に居ることに激昂する。が、
「ライラ様こそどうされたのですか、周りの把握が出来なくなるなんて」
「何を言っている?」
「残りの魔族軍の半数を倒すなり魔族軍は撤退していきました」
「なら、何故追撃をしない!」
「追撃も行いましたが森の中に逃げ込まれ、騎馬では戦闘続行は不可能と考え戻ってきたところなのです」
「そ、そうだったのかすまない……」
「いえ、ライラ様が状況把握を疎かにするのは確かに珍しいですが、確かにこれでは仕方が無いです」
ラケムは和也とへロンの死闘に視線を向けていた。
「まったく楽しそうに戦っていますね」
「分かるのか!」
「え、ええ。なんとなくですが」
押し迫る勢いで訊いてくるライラに驚きながらも肯定する。
「教えてくれ。どうしてカズヤは嗤っているのか」
「そんなの楽しいからでは?」
「戦闘が楽しいものか! ただの殺し合いなのだぞ!」
どこか悔しそうに怒りを爆発させるライラ。
「ま、ライラ様や他の騎士達には理解できないかもしれませんね」
「どういう意味だ?」
「べ、別に馬鹿にしている訳ではありませんよ!」
背筋が凍るような鋭い視線に慌てて言い訳する。
「でも、これは仕方が無いことなのです。ライラ様や他の騎士。特に冒険者からではなく最初っから騎士として戦場に立っている者はね。この国の騎士は魔族や亜人種から人間を守るために戦っています」
「当然だ。それが我々騎士の務めなのだからな」
「だからこそです。ライラ様は仰いました。戦闘は言わば殺し合いだと。その通りです。魔族や亜人種であろうとこの世に命を持つ生命体。そん彼らから初めて命を奪うのは辛く苦しいと感じる者が殆どです。ですから心が壊れないようにするために使命感などで補強するんです。ですが冒険者は違います。確かに生きるためでもありますが、冒険者の中には戦い自体を好む存在が居るのです」
「どういうことだ?」
「普段の生活では味わえない感覚や感情。今自分は生死の境に立っているという緊張感を味わいたい者たちの事です」
「本当にそんな者達が居るのか?」
「居ますよ。目の前に」
ラケムが視線を向けた先を辿りライラも視線を向ける。そこには狂気に満ちた笑みを浮かべる和也の姿があった。
「カズヤは武士なのです。死にたくないから力を求めているのも間違いではないでしょう。しかし強者とも戦いたい。それもまたカズヤが求める武士としての感情なのです」
ラケムが語った内容は殆どが正解であった。
しかしその話を聞いてもライラは理解できなかった。
(武士……戦いを望む者達。そんな者達が居ていい筈が……)
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