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第六章 帰って早々、呆気なくフィリス聖王国調査を始めました。
第二十二幕 一騎討ちと飛爆斬り
しおりを挟む二度目の突撃に失敗したライラたちは右に曲がり、魔族軍と距離をとる。
その間に魔族軍は隊列を立て直してしまう。その事にライラは苦虫を噛み締めたような険しい表情をする。
「たった一体の魔族に突撃を止められるとは……」
下卑た笑いでこちらを見つめる一角の魔族に対しライラは悔しさの念が口から零れ落ちる。
「気にするな。俺達の目的は時間稼ぎであって殲滅じゃない。それに同じことが連続でできるような戦場はそうそうないだろ?」
ライラの横にたつ和也が励ましの言葉をかける。
「そうだな」
先ほどまでの自分を鼻で笑い、改めて凛々しい表情で敵である魔族軍を見つめる。
「奴は強い」
「そうだな」
「奴を倒せるのは私とラケム。それからカズヤ、お前だけだろう」
和也とライラ本人は気づいていない。和也に対する代名詞が砕けている事に。だが、今はそれど頃ではない。今は成すべき事は少しでも時間を稼ぐ事であり、出来るならば魔族軍の殲滅が今すべき事なのだから。
「随分と過大評価をしてくれるんだな」
「あまり七聖剣を見縊るなよ。それに私はこう見えても今年で30歳になる」
「え?」
「あははは! お前の素っ頓狂な声を聞けるとは思わなかった!」
「当たり前だろ。騎士のくせにどんだけ若作りしてんだよ」
「いや、私は何もしていないぞ。強いて言うなら健康的な食生活をしているぐらいだ」
「それでその若さが手に入るならこの世の女性は苦労しないだろうな」
真横で騎乗する凛々しい美女の姿はどこから見ても20代前後といったところだ。
(エリーゼたちも若いが、それなりに体型や若作りには気を配っているからなもしも今の話を聞いたらきっと絶叫しそうだな)
いつも鏡の前で葛藤しているエリーゼたちを知っているからこそ和也は隣に立つライラの凄さに驚きを隠せないのだ。
「話が逸れたな。私がお前の力量に気づかないわけないだろう。それどころか未だに本気を戦っていないようにも見える」
鋭い視線が和也に向けられる。一瞬繭が動きそうになったが、止まった事に和也は内心自分自身を褒めたくなる。
(やはり侮れないな。見た目以上に力量、そして経験も桁外れだ。油断したら任務が達成できなくなるな)
「それは確かだな。相手はまだ沢山いる。それに謎の声の持ち主も現れていないのに本気を出して後で戦えなくなったらことだしな」
「………それもそうだな。だが、油断だけはするなよ」
「分かってるさ。で、あいつは誰が相手するんだ?」
「頼めるか?」
「だと思ったよ」
「そうか」
なんとなく分かっていた和也は呆れ気味に答える。ライラもまた笑みを漏らす。
「出来るだけ派手に暴れてくれ」
「その間に敵陣の右翼にでも攻め込むのか?」
「っ! ああ、その通りだ。やはりお前を加入して良かったよ」
「だから過大評価だっつうの」
「ふふ、今はそういう事にしておこう」
「そうかよ。ほんじゃ行って来る」
「頼んだ」
「任されましたよライラ隊長」
意地悪に挨拶する和也は単騎で一角魔族に接近する。
*************
和也が単騎で飛び出したのを背後から眺めるライラ。そんな彼女に近づく者が居た。
「ライラ様」
「ラケムか。どうした?」
「ほんとうに宜しかったのですか?」
「何がだ?」
「ライラ雅もお人が悪い。分かっているのでしょうに」
「ふふ、そうだな……ラケム」
「何でしょうか?」
「気にならないか?」
「………」
ライラから発せられた一言にラケムは脅迫の表情を浮かべる。
ライラが七聖剣となり三日月の剣騎が結成されてから数年。いくつもの討伐や魔族との小競り合いが何度もあり初期メンバーはここ数年で2割を満たない。ラケムはその生き残りなのである。
だからこそ彼は知っているし、驚いている。尊敬し、敬愛するライラから発せられた一言に。
ライラはけして、個人に対して興味を示さない。別に冷たいわけでもない。部下のことは誰よりも大切に思っているし、ある程度はプライベートな会話だってする。隊長だからこそ部下を平等に扱い大切にする。けして特別扱いはしない。その証拠に一個人に対して興味を示したことは無いのだ。それは彼女が強いからこそ弱い男には興味が無いとも取れる。
しかしラケムは知っている。同じ七聖剣の者達にも興味を示さないことを。確かに戦闘能力には興味を示したことはある。だが、それはライラ自身が強くなるために必要だと、判断したにすぎない。
だが、今回は違う。遥かに戦闘能力では劣る相手に興味を示している。その事に数年補佐として仕えてきたラケムは驚きを隠せずにいたのだ。
「奴の……カズヤがだよ」
「それは……どういう意味でしょうか? まさか……」
「別に一人の男として興味があるわけではない。ただ気になるのだ。異世界人であるカズヤが」
「そ、そういうことですか」
何故か分からないが内心安堵するラケム。
「それに、奴はまだ力を隠している気がするのだ」
「それは流石に。入隊するにあたってカズヤのステータスは確認しました。流石は勇者として召還されただけあって驚きのステータスではありましたが、ライラ様が気にするほどのではありませんでしたよ。それにステータスはライラ様も確認したはずですよね?」
「そうなのだがな……」
心の奥底で何かが引っ掛かるライラ。それがなんなのか分からず、鬱陶しく感じていた。
(確かにカズヤと私の間にはまだ他の部下達ほど信頼などありはしない。だが頼む。少しでも構わない。見せてくれないか。教えてくれないか)
どうしても知りたいという思いが抑えきれないでいた。初めて感じる思いに戸惑いを覚えてならないが、今は戦闘に集中するべきだと、無理やり払いのけるのであった。
「そろそろ、始まるようですね」
「そうだな」
*************
「俺の名前は朝霧和也! 一角魔族に一騎討ちを申し込みに来た!」
馬から下りた和也は大声で用件を叫ぶ。
それに対して魔族軍からは、
「「「「「ギャハハハハハハハハハ!!」」」」」
嘲笑うように笑い飛ばす。
そんな彼らの姿を見ても和也は表情筋を一切動かすことは無かった。
(ま、当たり前だよな。普通に戦えば勝てる戦いに時間をかける理由は無いからな。それにしても相手が俺で良かったな。他の奴らなら侮辱されたと激昂してもおかしくなかったからな)
ライラが見極めようとしている事に気づいていた和也はどうしたものかと思っていたがこの時だけは自分が来て正解だったと思うのであった。
「どうした、受けられないのか。圧倒的力を持つ魔族がヒューマンの一騎討ちを受けられないはずが無いよな。まさか本当は小心者で集団でないと戦えないとかじゃないよな」
相手を小馬鹿にするように鼻で笑い捨てる。分かりやすい挑発ではあるが脳筋とプライドの塊には効果的な戦術である。いや、戦術と呼べるものでもないが。
ドン!
地面に叩きつける音が地鳴りのように響く。それだけ強敵であることは間違い事を肌で感じ取る和也は青筋を立てて近づいてくる一角魔族を見つめる。
「下等種族ノ……ブンザイデ……粋ガルナ!」
「素直に応じていれば良かったんだよ」
「ドウヤラ……死ニタイヨウダナ!」
一角魔族は強大な斧を両手で持ち上げると即座に振り下ろしてきた。
他の魔族より圧倒的体格と力を持つ一角魔族の攻撃をまともに喰らえば即座に真っ二つである。その光景は観戦する魔族軍、三日月の剣騎の誰もが想像した光景である。勿論、一角魔族も同じであった。
しかし、
「鏡花水月」
「ナニッ!」
重力に逆らう事無く、逆に一角魔族の力が加わり威力を増して振り下ろされた斧は、和也が振り上げた蒼槍によって弾き返された。
その光景に和也以外誰もが驚愕に表情を浮かべていた。
それは一角魔族も例外ではなく、弾き返され仰け反る一角魔族はただただ蒼槍を持つ和也を見下ろしていた。
(イッタイ何者ナンダ!)
脳内を過ぎった言葉が和也に聞こえる筈も無く、流れるような動きで連続攻撃を行う。
「三突」
「グッ!」
「柳斬り」
「グハッ!」
「白竜突き」
「ギャアアァァ!」
相手に反撃のチャンスを当てえる事の無い攻撃は演舞と言ってもおかしくない美しさと冷酷さを兼ね備えていた。
その事に身をもって知った一角魔族はこの時ようやく理解した。
(俺ガ敵ウ相手デハ無イ……)
薄れ行く意識の中、一角魔族はただただ身をもって知った。
「飛爆斬り」
一角魔族より高く跳んだ和也は重力に逆らう事無く落下したまま一角魔族を真っ二つに斬り殺すのであった。
相手の油断と怒りが相手の命取りになり、呆気なく和也勝利を手にしたのだった。
「思ったより見掛け倒しだったな」
和也から呟かれた一言は三日月の剣騎から轟く雄たけびによって掻き消されたのであった。
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