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第五章 依頼が無いので、呆気なく新婚旅行に行く事になりました。

第百三幕 コーランと掟

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 母との感動の再会を果たしたクロエは嬉しそうに涙を流していた。

「センヤ、長が会いたがっている。すまないが……」
「分かった。クロエ、色々と話したいこともあるだろう。久々にゆっくりするといい」
「じゃが……」
「父親とも会いたいだろ? 行ってこい」
「有難いのじゃ! 流石は我が旦那様じゃ!」
 笑みを浮かべて母親と家へと向かう。
 クロエの母親は一度こちらを振り向くとお辞儀してからクロエとの会話に戻るのだった。
 クロエと一時的に別れた千夜たちはダークエルフの長に会うべく、シャイネの案内で洞窟の奥へと進む。
 案内される事数分で他とは違う赤い扉の前に到着する。

「ここだ」
 長が住む家と言うより部屋。
 千夜は礼儀と思い扉を叩こうとする。

「居るのは分かっている。入って来るが良い」
 中から聞こえる掠れた男性の声。
 仕方なく千夜はそのまま扉を開け、中に入る。

「よくぞ来てくれた。恩人よ」
 魔法石ではなく、炭火と蝋燭飲みで照らされた部屋は他と比べて遥かに薄暗かった。
 そんな囲炉裏の向こう側にあぐらをかく褐色の老人。

「あんたが、ダークエルフの長か」
「いかにも。我がこの村の長を務めておるコーランという者じゃ」
「なら、まず一つ質問させてくれ」
「なんじゃ?」
「あんたは今、この村のと言った。それはつまり他にもダークエルフの村があるのか?」
「ある。じゃが恩人とはいえ、居場所を教えることは出来ぬ。掟なのでな」
「別に構わない。あるのかどうかを知りたかっただけだ」
「何故じゃ?」
「なに、ただの好奇心だ。気にするな」
「そうか。それより座りなさい。ここは洞窟の中じゃ。そこでは冷える」
「なら、お言葉に甘えさせてもらおう」
 千夜たちは炭火の近くまで来るとコーランと対面する形でその場に座る。

「たしか、センヤと言ったかの」
「そうだ」
(右目が見えていないのか)
 白く濁ったような目をしていた事に千夜は話には関係ないと対話に集中する。

「センヤよ。お主の望みはなんじゃ?」
「クロエとの結婚を認めてもらいたい」
「ホッホッホ~、まさか単刀直入とはの。じゃが、それは出来ぬ。既にお主達が結ばれていようともじゃ」
「クロエがこの村の長となるべき存在だからか?」
「そうじゃ」
「それはクロエが望んだ事なのか?」
「望む望まないと、それが掟じゃ」
「下らんな」
「お主たちはそうかもしれぬ。じゃがそれが我が村の掟なのじゃ」
 はっきりと切り捨てる千夜に対して否定することも憤怒することもなくコーランは受け流した。

「つまり、どうしたってクロエは渡さないつもりか?」
「そうじゃ」
「………………」
「なんじゃ、無理やり連れていくとは言わぬのじゃな」
「それは考えた。だが、その選択は愚策でしかないからな」
 クロエは家族や友達といった同じダークエルフとの再会を心待にしていた。そんな彼女を無理やり連れていけば、この村と千夜たちの関係は最悪な事になるだろう。そうなればクロエが悲しむと千夜は分っているのだ。

「ほう………思ったよりかはなかなか見込みのある男のようじゃの」
 感心するコーラン。

「だからといって諦めるつもりはない。どうにかならないか?」
「無理じゃな。我らはこの土地に移り住んでからずっと掟に従い暮らしてきた。1度でも許せば村から不満が生まれてしまう」
「確かにそうだろうな。だからといって一人の少女の運命を縛り付ける権利は無い筈だが?」
「しかし、それが掟じゃ」
「どうやらこれ以上話しても無駄のようだ。クロエを無理やり連れていくつもりはない。だが、クロエが俺たちと共に来ると言うならばその時は構わないな」
「良かろう。しかし、その時はクロエはこの村から追放となる。それでも良いのか」
「それを決めるのは俺たちではない。クロエ自身だ。ただ俺はクロエを信じて待つだけだ」
「そこまでクロエを信じているのかの?」
「当たり前だ。なんたってクロエは俺の妻なのだから」
 確信があるわけではない。しかし千夜はクロエを信じているのだ。これまで共に暮らしてきた時間は偽りなどではないと。
 
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