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第五章 依頼が無いので、呆気なく新婚旅行に行く事になりました。
第八十七幕 魔煙香と言葉足らず
しおりを挟むブラッドワーム討伐直前で起こった別れ。これに対して流石の千夜も精神的に参っていた。
先程のエリーゼに叩かれた左頬を擦る。痛みは既に無く、腫れてもいない。それでもいまだに強烈な痛みが心に残っていた。
このままではクランとしてではなく家族が崩壊する可能性すらあり得る。
そんな千夜がとった行動は、
「西に2キロといったところか」
マップでエリーゼたちの場所を確認する事だった。
(どうやらエリーゼとエルザもミレーネたちと合流出来たようだな)
安堵の吐息が漏れる。しかし、今はエリーゼたちは追いかけるつもりはなかった。
(今追いかけた所で解決するか怪しいからな)
言い訳でしかない。それは千夜自身も分かっていた。それでも追いかける事が出来なかった。
「この俺がいまだに昔のトラウマを引き摺るとはな」
そう。昔の勇治たちに拒絶されたことが今となって千夜をこの場に引き留める。また、拒絶されたら。と、どうしてもネガティブ思考が頭の中を過ってしまうのだ。
「なら、今俺が出来ることは1つだけだな」
そう言って千夜はアイテムボックスからあるものを取り出す。
それは魔煙香と呼ばれる物で魔物の引き寄せる物だ。
「さあ、掛かってくるが良い」
鬼椿を抜刀し構える。
数秒して大量の気配を感じるとマップで確める。
「久々に見たな。いや、この量は初めてか?」
真っ赤に染まったマップを見て笑みを溢す。しかし、そこにはいつもの獰猛さは感じられず、何処か使命感に溢れているようにも感じられた。
「これで、少しの間はエリーゼたちの所に魔物が行くことは無いだろう」
そうなのだ。千夜はエリーゼたちが魔物に襲われないために一ヶ所に引き付けたのだ。
「………………情けないが、女の事は女に任せるか」
即座に千夜は手紙を書く。しかし、人が読めるのかどうか怪しいまでの汚さ。それだけ千夜の心には動揺が走っているのだ。
「よし」
封筒に入れ宛先を書き込むと同時に封筒は消える。
「あとはこいつらは始末するだけだな」
黙視でも確認出来る距離まで来ていた魔物たちは多種多様だ。種類も大きさも全てがバラバラ。
そんな囲まれた状況でも千夜は怯むこと無く魔物の群れへと駆けるのだった。
******************************
「ミレーネ大丈夫か?」
「………ええ」
いまだ嗚咽が混じる返事。それでも先程よりかはマシになったと感じるクロエ。
そこに、
「見つけたわよ」
「エリーゼ姉にエルザどうしてここに?」
「勿論貴女たちを追いかけてきたのよ」
「どうして?」
「今回は旦那様が悪いからよ」
「そうですね。流石に酷すぎると思います」
エリーゼの言葉に同意するエルザ。
「やはり二人もそう感じたか」
「ええ。私たちが弱いからって、足手まといは言い過ぎよ」
「ですね」
「それに、私たちはそうなるのが嫌だから強くなりたいのに……」
「別に貴女たちは弱く無いわよ」
その時、聞きなれた声がエリーゼたちの会話に介入する。
「貴女、どうしてここに?」
「ん? ちょっとね」
驚きの表情で尋ねるエリーゼ。それもその筈だ。なぜなら相手は、
「ちょっとって。バカにしてるの? 今私たち機嫌が優れないの。だから用がないならどっか行ってちょうだい。タマキ」
ガレット獣王国過去未来において最強の女王であり、千夜の昔の仲間であった環だ。
「別に良いじゃない。それより貴女たちはどうしてこんな所でシリアスな雰囲気を出しているのよ」
「それは………」
言葉に詰まるエリーゼたち。しかし、環はエリーゼたちの様子と先程の会話を聞いて察しがついていた。
(いきなり千夜から手紙でエリーゼたちを頼む。って来たから何かと思えばまったくこれは高くつくわよ千夜)
内心そんな事を考えながらも環はエリーゼたちから話を聞くためにその場に座り込む。
「それで、何があったのよ」
「貴女には関係ないわ」
「良いから話してみなさい。話すだけでも気分が紛れるかもしれないわよ。それに貴女たちの事だからどうせ千夜の事なんでしょうけどね」
「「「「っ!」」」」
「図星のようね」
「それは………」
「ほら、話してみなさい」
「分かったわよ! ……実はね」
エリーゼは語る。先程の出来事を千夜の想いも気付かずに語る。
数分して今回の出来事を聞き終えた環。
「なるほどね。確かに酷いわね」
「そうでしょ!」
「でも、それって貴女たちの自業自得でしょ」
「は? なに言ってるの」
怒りの籠った瞳で睨み付ける。
「言ったでしょ。自業自得だって」
「なんでそうなるのよ!」
「確かに千夜は言葉足らずで冷たいところはあるわ。でもね、千夜はちゃんと貴女たちの過ちを伝えているわよ」
「どういう意味よ?」
「貴女本当に千夜の正妻なの? よくそんなんで正妻が務まって来たわね」
「っ!」
「エリーゼ姉様落ち着いて!」
怒りのあまり環に襲いかかろうとするエリーゼを後ろから羽交い締めで止めるエルザ。
「千夜にも言われたんでしょ。何を焦っているって。どうしてここで分からないのかしら」
「だからどういう意味なのよ」
「少しは自分達で考えなさい」
そう言って環はアイテムボックスからティーセットを取りだし、一人だけティーパーティーを始めるのだった。
数分して、それでも答えを見つけることの出来ないエリーゼたち。その姿を片隅から眺めていた環を思わず嘆息する。
(まったく世話がやけるわね)
「ちょっと良いかしら?」
「なによ話し掛けないで」
「ま、良いわ。そのまま聞いてなさい。聞きたくなければ耳栓でもすると良いわ」
番茶で喉を潤す。
「昔ね、仲間の間で喧嘩があったの。今思えば対して事じゃなかったわ。でもね、あの時は違った。皆、バラバラになるんじゃないかって思うほどの喧嘩よ。当時私たちはまだ無名だったわ。どこにでもいるような冒険者。そんな私たちのリーダーが千夜だったの。幾つもの冒険をして笑いあって時には喧嘩もした。それでもね仲は良かったわ。でもねある事が切っ掛けで解散の危機が訪れたの」
懐かしそうに語るその表情は何処か楽しそうで、何処か悲しそうだった。そんな彼女の昔話にいつの間にか真剣な面持ちで耳を傾けるエリーゼたち。
「それはね、リーダーへの不満よ。私は別に不満は無かったわ。でもね6人の内二人が不満を爆発させたの。千夜って言葉足らずでしょ。みんなそれは分かっていたわ。でもね、戦闘後の反省会で的確に修正点をズバズバ言うもんだからとうとう二人がキレちゃってね、口論になったのよ。でもね千夜は気にする素振りも見せずに言い放つの。今のままでは、無理だ。ってね。ちょうどその時どうしても欲しい素材があったんだけど難易度が高くてね。私たちでさえ油断すれば殺られる相手だったのよ。ましてや、その素材を欲しがってなのがキレた二人だから、これまた最悪よね。で、結局二人はどっか行ってしまうの。でもねどうしても私には理解出来なかったの。別に倒せない敵では無いのよ。油断しなければね。なのにどうして千夜は無理って言ったのか気になったのよ。だから私千夜に聞いたのよ。どうしてあの時無理って言ったの。って。そしたら千夜なんて言ったと思う?」
「アイツらが弱いからとかじゃ無いのかしら?」
「違うわ。答えは」
『確かに油断しなければ勝てるだろう。だが、アイツらは目の前の物欲しさに周りが見えてない。それが、焦りや不安から来るのも分かっている。だが、どれだけ欲しくても視野を狭くしては何時もの戦いは出来ない。二人は強い。とても強い。だが視野を狭くしては勝てない。だから無理だと言った。それだけだ』
「で、私はその事を大急ぎで二人に伝えたは、そしたら二人は戻ってきてくれた。で、千夜とその二人は仲直りしたわ」
話が終わると環はお茶の残りを口の中へと流し込む。
「そんな事があったのね」
「それよりセンヤさんて昔は弱かったんですか?」
「ええ、弱かったわよ。周りの冒険者たちの方がよっぽど強いかったわよ。でもね、私たちは諦めること無く上を目指したは貪欲にでも焦る事はなかった。だっていつも千夜が止めてくれたもの。焦るな。視野が狭くなれば弱くなるだけだ。って言ってね」
「それって……」
ミレーネは先程の言葉を思い出す。
『エリーゼだけじゃない。ミレーネやクロエ、エルザもだ。なぜそんなに焦っている?』
『言いたくないのなら。今は言わなくても良い。だが、このまま向かうと言うのなら今回の討伐は俺一人で行う』
『このままならば、お前たちは死ぬからだ』
《なら、聞くがここまで来るまでに目につく範囲で何体の魔物との遭遇した? 今、どれだけの魔物が気配を忍ばせている?』
『いつものお前たちならば気づいていて当たり前の魔物の気配すら気づかない。そんな今のお前たちに戦闘をさせるわけにはいかないと言う事だ』
『必要ない』
『今の状態のお前たちでは助けになるどころか足手まといと言っているんだ』
『何度も言わせるな。今のお前たちは邪魔なだけだ』
「センヤさんは最初っから言っていたんですね」
「でも、センヤは弱いから邪魔だと言ったぞ!」
「それは、現在の事ではなく、この瞬間の事を言っているんだと思いますよ」
(ようやく気づいたようね)
ミレーネの言葉に笑みを溢す。
「私たちは力欲しさに焦り、周りが見えていませんでした。その事をセンヤさんは教えてくれていました。でも私たちは無視して目の前の敵を倒しにいこうとしていました。視野を狭くし弱くなった私たちが」
「「「っ!」」」
ミレーネの言葉に全員が気付かされる。ここに来るまで自分達がどれだけ周りが見えてなかったか。愚かだったのかを。
「さてと用事も終わった事だし帰るとしようかしら」
「え、もう終わったんですか?」
「ええ。あ! それと。さっきも言ったけど千夜って言葉足らずで冷たく言い放つ所があるけどちゃんと考えて聞けば今回みたいな事にはならないから。これは千夜の昔の女からのアドバイスよ」
そう言い残して環は消えるのだった。
「ほんとムカつくわね。あの強さも旦那様の事も」
環に対して劣等感を覚えるエリーゼであったがその顔には笑みが溢れていた。
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