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2巻

2-3

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 翌日、エルザと千夜は朝稽古をしていた。
 朝稽古は既に日課となっているが、今日はいつもよりさらに早めに起きている。
 その理由は、エルザがメイド服を着ているからだ。
 これまでは動きやすさを重視したショートパンツかズボンだったが、今はロングスカート。どうしてもズレや違和感が生じてしまい、動きが鈍くなってしまう。
 それらに慣れるためである。
 予備があるお陰で、メイド服が汚れることも気にせず、エルザは稽古に集中していた。
 朝稽古が終わり、風呂に入って汗を流した二人は、居間に向かう。
 扉を開けると、既にエリーゼ達が座って楽しそうに話していた。
 エルザは家事の手伝いをするため、マリンの元へ向かった。
 千夜が自分の席に座ると、右後方から、エルザが料理の盛り付けられた皿を机に置く。
 千夜は全員が座るのを確認し、この家では当たり前となった合掌がっしょうをした。
 周りもまたそれに合わせる。

「いただきます」

 ウィルも戸惑いながら、同じように合掌する。
 喉が渇いていた千夜はコップの中のミルクを飲み、眉をひそめた。

(この温さはなんとかできないものか)
「どうかしましたか?」

 食事が口に合わないと思ったのか、尋ねてくるロイド。

「いや、朝稽古の後だから冷たい飲み物が欲しいな、と思っただけだ。この国には食材や飲み物を冷やす魔法具は無いのか?」
「聞いたことがありませんな。冷たい飲み物や料理は氷で冷やしますが、氷自体が貴重なので。そういった魔法具があればぜひ欲しいものです」
「そうか……」

 千夜は改善できないか考えるが、結局答えが出ないまま朝食は終わった。
 その後、ウィルは魔法騎士学園に戻るため、セバスが用意した馬車で出発していった。
 ウィルを見送った千夜達は居間に戻り、ダンジョンについて話し合う。

「さて、俺はダンジョンに行きたいと思っているが、お前達はどうする?」
「もちろん旦那様についていくわ」
「無論ついていくぞ」
「私もついていきます」
「主の元で御世話をするのが眷属の、メイドの義務です」

 エリーゼ、クロエ、ミレーネ、エルザ――全員の同意を確認した千夜は、必要な物を今日中に買い集め、明日出発することに決めた。
 千夜とエルザは結論を冒険者ギルドに伝え、移動手段である馬車と馬を買いに行く。
 残りのエリーゼ達は食材等の買い出しに行くこととなった。
 千夜は腕を組んで歩く。
 有名人なのでやはり周囲の視線が凄かった。しかしこの視線には別の意味も含まれていた。
 後ろから一定の距離でついてくるエルザだ。
 銀髪に少しつり目の整った顔立ち。幼さが少しだけ残る美少女がメイド服姿で歩いていたら、誰だって視線を集める。
 何より、年に似合わない大きな胸と紅の瞳がそれに拍車をかけていた。
 エルザは吸血鬼であるものの、軽蔑けいべつの視線を向けられることはなかった。これは千夜に対する信頼が大きいからだ。
 最近ではエルザに対する評価が変わり始め、一部では非公認のエルザファンクラブなるものが出来ているらしい。
 これは余談だが、『月夜の酒鬼』メンバーにはそれぞれファンクラブが存在する。
 特に千夜のファンは種族、性別、年齢関係なく多い。特に十代~三十代の女性が多いが、千夜は知るよしもない。
 注目されながらギルドに来た千夜達は受付嬢のマキのところに向かった。
 エルザが男性冒険者の視線を一点に集める。
 女性となったエルザはすぐに男性の心を射止めた。そんなエルザがメイド服を来て登場したのだから注目を浴びるのは当たり前と言えた。
 そんな視線を気にすることなく千夜はマキと話す。

「マキ、昨日話した通りダンジョンに向かうことにした。何か緊急の用件が俺に入ったらこれで知らせてくれ」

 千夜は懐から出すふりをして、アイテムボックスから複数の封筒を渡す。それがなんなのかはマキは知っているため、説明もする必要もない。

「わかりました。それとエルザちゃん、その服どうしたの?」

 流石に気になったのかマキが聞いてくる。
 それに対してエルザは平然と答えた。

「主からの贈り物です」
「センヤさんからのプレゼントなんだ!」
「はい……」

 頬を赤らめるエルザ。

「でも、どうしてメイド服なの?」
「前から師匠ししょうのようになりたいと思って修業していました。そんな私に主が贈ってくださいました」
「師匠ってマリンさんのことね。なるほど、エルザちゃんはメイドになりたいのね」
「はい。私は主に仕える眷属。主が不自由なくくつろげるようにするにはメイドが一番だと思い、師匠に弟子入りしたのです」
「な、なるほどね」

 熱く語るエルザに、若干引き気味になるマキだった。

「さてと、俺達はこれで」
「はい、頑張ってください」

 千夜達はギルドを後にしようとしたが、先に扉を開いて、集団が中に入ってくる。
 邪魔にならないよう隅に避ける千夜達。
 集団にふと視線を向けた千夜は、表情には出さなかったが、内心驚愕きょうがくしていた。
 なぜなら入ってきた集団の中に、かつてこの世界に召喚された幼馴染がいたからだ。

(なんであいつらがここにいるんだ?)

 思考をフル回転にして考えた千夜はひとつの答えにたどり着いた。

(勇者召喚か)

 千夜は勇治達が通りすぎるのを待とうとしたが、叶わなかった。

「なぜここに吸血鬼がいる!?」

 一人の騎士が腰の剣を掴み構える。他の騎士もそれにならう。
 勇者達は構えなかったが、いつでも剣を抜ける体勢を取る。
 そんな光景に千夜と、千夜の実力を知るギルドの冒険者は嘆息した。
 騎士は睨みながら大きな怒声でエルザに聞く。

「貴様、なぜ魔族がここにいる?」

 その言葉を、エルザは完全に無視した。

「聞いているのか!」

 青筋を立てて、いつ斬りかかってもおかしくない空気がただよい始める。
 ようやくエルザが口を開く。

「私は主に仕える身。ですので、主のいる場所が私のいる場所です。おわかりになりましたか?」

 真顔で、少し首をかしげて問い返す。
 その姿は可愛らしいといえば可愛らしいが、完全に相手を小馬鹿にしていた。

「き、貴様ぁ!」

 騎士は血が昇ったのか顔を赤くし、斬りかかろうとするが一人の女性によってさえぎられる。

「おやめなさい!」
「皇女殿下! 危険です、魔族に近づくなど!」
「あなたは頭を冷やしなさい! この女性は、主に仕える身と答えました。それがあなたにはわからないのですか!」

 騎士達はハッと目を見開く。勇者である勇治達は意味がわからないのか、首を傾げていた。

「申し訳ありません。こちらの騎士が失礼しました。代表しておび申し上げます」

 女性は千夜とエルザに頭を下げた。

「皇女殿下! 魔族と亜人風情ふぜいに頭を下げるなど!」

 やって来た集団以外の全員が殺気立つ。それは受付嬢達もだ。

「あなたはどれだけ我が国に恥を掻かせれば気が済むのですか!」

 女性は完全に怒り、騎士に反省し、この場から出ていくように告げた。そしてギルドの冒険者や受付嬢達に頭を下げて謝罪した。
 その時、勇者と他の騎士達も頭を下げた。

「さて、名乗り遅れましたね。私の名前はファブリーゼ皇国第一王女、セレナ・L・ファブリーゼと申します」

 両手を体の前で重ね軽くお辞儀をする。その姿は気品に溢れ、周囲の冒険者をとりこにするには十分だった。

「俺の名前は千夜。こっちは俺の眷属のエルザだ」
「先程は私の騎士が失礼しました」
「いや、気にしなくて構わない。以前は似たようなことがよくあったからな」
「そう言っていただけると助かります」

 セレナは苦笑しながら、あることを感じていた。

(不思議な人。まるで、あの方のような……)
「ん? 俺の顔に何かついてるか?」
「い、いえ! 申し訳ありません!」

 セレナは慌てながらお辞儀をする。その様子を、千夜の横にいるエルザが睨んでいた。

(頼むからやめてくれ)

 千夜はエルザの頭を撫でて宥めながら視線を右斜め前にいる勇者達に向けた。

「ファブリーゼ皇国の皇女様と言うことは、そっちが噂に聞く異世界からの勇者様達か」
「はい。私達の世界の問題にもかかわらずこころよく引き受けてくれました」

 セレナは笑顔で答えながら勇治達を呼ぶ。

(まったくだ。人のことも考えず承諾したからな)

 召喚されたばかりの頃を思い出し、内心で愚痴ぐちる千夜。

「紹介しますね。手前から桜井勇治様、朝倉真由美様、武田正利様、霧咲紅葉様です」
「千夜だ。よろしく頼む」
「主に仕えるエルザと申します」

 千夜は腕を組み替え、エルザはセレナに負けない程の綺麗きれいなお辞儀をしてみせる。

「こちらこそよろしくお願いします」

 勇者一同揃って挨拶をする姿に千夜は苦笑する。

かしこまらなくていい。見たところ同い年のようだからな」
「え!」

 その場にいたファブリーゼ皇国の全員が驚愕する。ギルドの冒険者達はわかるその気持ち、と言った表情をしていた。

「エルザ、俺はそんなにけてるか?」

 何度も驚かれ心配になってきた千夜は、思わず隣にいたエルザに確かめる。

「いえ、主は老けてなどおりません。ただ年齢より少し大人に見えてしまうだけです」
「そ、そうか」

 否定しているのかしていないのか、曖昧あいまいな言葉に疑問を感じる千夜。

「さてと、ひとつだけ勇者様達に助言をしておく。この国は亜人も人間も関係ない平等な国だ。そのためこの国で『亜人風情』などと見下すことはやめた方がいい。そうでないと先程の騎士の時のように、亜人も人間も殺気立つからな」
「わかった。だが生憎あいにくと僕達は、亜人も人間も差別はしない主義だ」
「そうか。ならいい。ファブリーゼ皇国は比較的、人間至上主義だからな。あまり考えなしに行動しないことをすすめる」
「それはわかっている」

 勇者全員が苦虫を噛んだような表情になった。

(気にしすぎたな)

 そんなことを思いながら、千夜は勇治達を眺める。

「なら、俺はこれで失礼する。用事があるんでな」

 そう言い残して千夜達はギルドをあとにした。

「さてエルザ、馬車と馬を買いに行くぞ」
「畏まりました」

 二人はセバスから聞いた店に向かう。
 数分して目的地に着き、店に入る。

「いらっしゃいませ。これは『漆黒の鬼夜叉』様ではないですか」

 店番をしていた男が驚きつつも営業スマイルで出迎えた。

「悪いが千夜と呼んでくれ」
「わかりました。それで、センヤ様はどのような馬車をお探しですか」
「そうだな。大人が五人乗っても余裕のある馬車を求めている。それと馬もだ」
「そうですね……これなどいかがですか?」

 店員がすすめてきたのは荷馬車のようだった。天井が布で覆われたタイプではなく板張りで、天井の上にも荷物が置けるタイプだった。

「どうでしょうか? 素材は火の国から取り寄せたヒバの木を使用し、中はブラックウルフの毛皮が敷かれた、高級な仕上がりになっております。その分重量がありますので、馬が二頭以上でないと引けないのですが」
(正直な店員だな)

 普通はデメリットを言わないものだ。

「良くわかった、買わせてもらおう。元気で速い馬を二頭頼む」
「ありがとうございます。お値段は、馬も合わせて金貨45枚となります」
「ああ」

 千夜は懐から取る振りをしながら、アイテムボックスから袋を取り出し、そこから金貨45枚、つまり450万J(ジェル)を渡した。

「ありがとうございます。馬も選ばれますか?」
「見させてもらおう」
「わかりました」

 店の裏手にある馬小屋に向かうと、そこには二十頭ほどの馬がいた。
 品定めするように一頭ずつ見ていき、選んだ二頭は真っ黒の馬と焦げ茶色の馬だった。
 その馬達を馬車に繋ぎ、店員に挨拶をしてから、馬車に乗って帰宅する。
 家に着くとエリーゼ達が笑顔で出迎える。
 千夜はセバスに馬車を預け、家の中へと入った。
 エルザは馬車の扱いを覚えるため、セバスと共に馬小屋に向かった。


 夕食を終えた千夜達は明日のことを話し合う。

「さてと、『煉獄の宝物庫』までは馬車で五日かかる。なるべく早く行きたいから、準備は今日のうちに済ませ荷物を玄関に置いておく。明日、出発前に最終確認をしたのちアイテムボックスに入れる。食材は念のために持っていくが、なるべくは夜営の時に狩りをしたい。これも鍛練のひとつだからな。それでいいか」
「はい!」

 全員が元気良く返事をし、さっそく玄関に荷物を置いていった。まるで修学旅行中の生徒である。
 準備が終わったのは一時間が経過したころだった。なにせダンジョンに行くのは全員が初めてなので、セバスやマリンに教えてもらったのだ。
 そのあと全員で風呂に入った千夜達は、明日のことを考え、夜の運動は無しとなった。
 もちろん反対はあったが、千夜が「我慢したあとのご褒美は大きいぞ」と言った途端、全員が進んでベッドにもぐり込んだのである。


 翌朝。千夜とエルザはいつも通りに、エリーゼ達は早起きして朝食を済ませたあと、荷物の確認をひとつひとつ行い、千夜のアイテムボックスに収納していった。
 収納も終わり玄関で靴を履いていると、ロイドが昼飯にとサンドイッチが入ったバスケットを手渡してくれた。
 それに感謝して外に出る。外ではセバスが馬車の準備をしてくれていた。
 千夜は御者として手綱を握り、エリーゼ達はブラックウルフの毛皮が敷かれた馬車に座る。

「行ってくる」
「行ってきます!」

 千夜の挨拶に続けて、エリーゼ達も楽しそうに言う。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 セバス達三人は綺麗なお辞儀をして見送ってくれた。


       ◆ ◆ ◆


 時間はさかのぼり、ギルドでギルドマスターであるバルディに手紙を渡したセレナと勇者一同。
 王宮にある謁見の間に移動し、レイーゼ帝国皇帝、ベイベルグと対面していた。
 今、謁見の間にいるのは皇帝とレイーゼ帝国の貴族達。そしてファブリーゼ皇国の第一王女セレナ、勇者である勇治達四人、護衛の騎士四人であった。
 ベイベルグが声をかけた。

おもてを上げよ」

 ファブリーゼ皇国から来た全員が顔を上げる。

「今回はよく来てくれた」
「いえ。勇者召喚を行うのです。私達に手を貸していただき、誠にありがとうございます」
「なに気にすることはない。長旅で疲れたであろう。あまりもてなしはできぬが、ゆっくり休んでくれ。話は明日にしようではないか」
「いえ、申し訳ありませんが、なるべく早い方がよろしいかと思います」

 セレナが言うと、貴族達の視線が鋭くなった。

(これが、大陸で最も武力に力を入れているレイーゼ帝国か。凄い威圧だ)

 僅かな期間とはいえ鍛えたお陰で、勇治は冷や汗を流すだけですんでいる。もしも召喚された直後なら、間違いなく失神していただろうと勇治は思った。

「そうか、ならそうしよう。明後日に儀式を行う予定だが、明日に変更しよう。鐘が十回鳴る時刻に開始する」

 この世界に時計は存在しないが、一時間ごとに鐘が鳴る。

「ベイベルグ陛下、質問してもよろしいでしょうか?」

 勇治の言葉に、新しく任命された宰相が叱咤しったしようとするのを、ベイベルグが手で制す。

「よい。言ってみよ」
「ありがとうございます。それで陛下は、新たな異世界人が言うことを聞かなかった場合、どのような措置そちを取られるのでしょうか?」
「勇者……名はなんと言ったか?」
「勇治です、桜井勇治と言います」
「ユージ殿よ。それは、異世界人が勇者になることを断ったら、ということか?」
「そうです」

 勇治は睨み付けるような強い視線をベイベルグに向けた。

「追放する」
「なっ!」

 勇者達とセレナは驚愕し、次いで怒りをあらわにする。

「――と、言うと思ったのか?」
「え?」

 しかしすぐに、呆けた表情になった。

「そのようなことはせん。こちらの都合で異世界から召喚するのだ。それは誘拐ゆうかいと近しい。だからできるだけの待遇でもてなすつもりだ。もちろん相手の言葉遣いや無礼などで怒ったりはせん。それは約束しよう」

 ベイベルグはそう宣言した。レイーゼ帝国の貴族達も納得するように笑顔で頷く。

「……どうして?」

 あまりにも待遇が良いことに勇治達は動揺した。

「どうして、か。簡単なことだ。教えられたのだ」
「教えられた?」
「そうだ。この国レイーゼ帝国の英雄にな」

 ベイベルグは楽しそうに語る。レイーゼ帝国の壊滅の危機を防ぎ、異世界人に対する接し方を教えた英雄のことを。

「いったい誰なのですか、その英雄とは?」

 今度はセレナが口を開く。

「おや、知らぬのか? ま、Xランクと言ったほうがわかりやすいのかもしれぬが」

 ベイベルグの独り言でセレナ達は気づく。

「もしかして……」
「そうだ。クラン『月夜の酒鬼』のリーダー『漆黒の鬼夜叉』だ」

 全員が目を見開く。そしてひとつの疑問が生まれる。

(どうして、そんなことを言った?)

 異世界人でもない。ましてや貴族でもない者が、どうしてそのような進言をしたのか理解できなかった。

「さて、セレナ皇女よ」
「なんでしょうか?」
「失礼ながらこの場にいない者がいるが、誰だかわかるか? お主は顔を知っておるはずだが」

 皇帝の前では決してしてはならない無作法だが、堂々とセレナは謁見の間を見渡す。そしてある女性がいないことに気づいた。

「エリーゼ・ルーセント伯爵がおられません」
「その通りだ」

 ベイベルグは今にも笑いそうになるのを堪え、口を開く。

「確かセレナ皇女は、ルーセント伯爵とは知り合いだったな」
「はい、私が小さいときに色々と教わりました」

 エリーゼが結婚する前、セレナとベイベルグの娘と三人で、よく遊んでいたのだ。

「再婚したぞ」
「え!?」

 セレナは驚きを隠せなかった。
 早くに夫を亡くしたエリーゼは、領地を守るため再婚もせずに頑張っていた。セレナはエリーゼから、再婚はする気はないと手紙で聞かされていたため、ベイベルグの言葉に驚愕したのだ。

「誰とですか?」

 一度冷静になり、焦る心を抑えて尋ねるセレナ。

「『漆黒の鬼夜叉』じゃよ」
「本当ですか?」
「真だ。先日『漆黒の鬼夜叉』に指名依頼を出すことになった。その時に奴が報酬ほうしゅうとして望んだのは、金でも爵位でもなく、エリーゼと結婚を認めてほしい、だったからな。まったく、あれほど堂々した奴はなかなかおらぬぞ」

 ベイベルグは当時のことを思い出しながら、笑みをこぼす。

「それは、ルーセント伯爵の地位を得るということでは?」
「違うぞ、セレナ皇女よ。奴は『エリーゼ』との結婚を認めてほしい、と言ったのだ。つまり、ルーセント伯爵家の『エリーゼ』ではなく、一人の女との結婚を認めてほしいと言ったのだ」


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