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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第十二話 めんどくせぇ

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 4月6日金曜日。
 朝食を終えた俺は再び街に来ていた。ある物を買うためだ。それにしてもあれから三時間も寝てないから超眠い。少しヤリ過ぎたかもしれない。
 そう言えば日中を一人で歩くのは初めてだな。ま、この街に来て一週間も経っていないんだから当たり前か。
 歩くこと二十分。目的地に到着した。
 見上げる看板には『ナイス・ワン』と書かれていた。意味は分からないがミリタリー関連の言葉だろう。そう、ここは簡単に説明すれば武器屋だ。昨日イザベラに教えて貰った武器屋の一つだ。このお店は主に狩猟用の武器や備品を扱っているお店らしい。入ったことが無いから分からないが。
 店の前でつっ立っていたら邪魔になるだけなので、さっさと店の中に入る。

「いらっしゃいませ」
 自動ドアが開くと同時に鳴り響くチャイム音に気づいた店員が近づいてくる。

「今日はどういった物をお探しでしょうか?」
「パチコンコ玉はあるか?」
「パチンコ玉ですか?」
「そうだ。スリングショットに使う剛球なんだが」
「ああ、なるほど。少々お待ちください」
 そう言って店員は店の奥に消えていく。
 それにしてもほんと色んな物が置いてあるな。何に使用するか分からんが。さて、なぜ俺がパチンコ玉なぞ買いに来たかと言うと、アイテムボックスにある石ころが全て無くなったからだ。沢山あったって?ああ、沢山会ったが、大きさも形も疎らだと戦闘には使い難いという事が、こないだの模擬戦で分かったからな。
 数分して戻ってきた店員の手にはダンボールを抱えられていた。どんだけ持ってきてんだよ。
 少し低めのテーブルに置いた店員が中の商品の説明をし始める。

「種類が6ミリ、8ミリ、10ミリの3種類ですね。会社によってお値段も少し変わってきますがどうなさいますか?」
 以外にも大きさの種類があるんだな。気にするほどじゃないけど。でもどれが良いのか分からない。こういう時は全サイズを買っておくべきだな。

「6ミリ、8ミリ、10ミリをそれぞれ1000個ずつ貰えるか?」
「ブランドはどうなさいますか?」
 ブランドなんかあるのかよ。ただのパチンコ玉だぞ。いや、材質の違いで強度とかが違うのかもしれないな。

「なら、質の良い方で頼む」
「分かりました。では合計で13550RKになります」
 俺はポケットから14000RKを渡す。財布も買わないとな。お、あの黒い財布丈夫そうだな。

「すまないが、その財布も売ってくれないか?」
「こちらの財布ですね?」
「そうだ」
 どこぞの会社のロゴが入った財布も合わせて18800RKになってしまった。おしゃれに興味の無い俺からしてみれば財布に5000円以上使うなどありえないが、俺好みの長財布だったのでまあいいか。さて、買い物も終えたし美味そうな店にでも入ってってそれも無理か。クソッ!こういう時、ナイフやフォークが使えないのは辛いな。仕方が無い。ファーストフード店にでも入るか。

              ******************************

 その頃、スヴェルニ王国学園長室では緊急職員会議が開かれていた。
 その内容とは一人の編入生に関するもものだった。

「学園長、どうする気なのですか?」
「どうする気といわれてものぉ……」
「こんな新学期間近になって編入試験を受けるなんてどこぞの田舎者かと思っていましたが、まさかこんな結果を残すなんて……」
 職員たちの視線は手に持つ一枚の紙に書かれた一文に集まっていた。そこには、試験開始直後テトル試験官を殴って戦闘不能にした。と書かれていた。

「学園長いったい彼は何者なのですか?」
「分からぬ」
「分からないですって」
「そうだ。分かっている事と言えば……」
 職員たちは渡された履歴書に目を落とす。そんな中一人の猫耳に眼鏡の女教師が口を開く。

「名前ジン・オニガワラ。年齢18歳。好きな事は食事と睡眠。特技体術ですか。で、魔狼の子供を使役していて、名前はギン。それ以外は不明・・。なんですかこの履歴書は!」
「ステータスまで書かれて無いではないか!」
 あまりにも酷い履歴書に職員たちは怒りを覚える。

「本当に入学させるつもりですか?」
「仕方あるまい。編入試験を受けさせるように言ってきたのはルーベンハイト公爵様直々なのだから」
「ルーベンハイト公爵様が!しかし、我が学園はそういった権力を禁止にしています」
「その通りだ」
「なら――」
「だが、公爵様が言って来たのは編入試験を受けさせて欲しいと言うことだけじゃ。合格させて欲しいとは言われておらん。いつでも編入試験は受けられる体制にしているからの、断る理由も無かった。それに編入試験は間違いなく合格じゃ。権力による裏入学は禁止じゃが、ちゃんと試験を受けて合格しておるのじゃから、不合格には出来まい。それこそ我が学園の威厳に関わる問題じゃ」
「そ、それはそうですが……これほど謎の多い人物を入学させるわけには……」
「公爵様は人を見る目は確かだと思うが、お主たちはどう思う?」
「そ、それは……」
 ハロルドは貴族社会において絶大な支持を得ている人物の一人である。勿論国王陛下の信頼も厚い。そんな人物が編入試験を受けさせて欲しい人物が居ると言ってきたのだ。この時点で悪い人間では無いことが伺える。
 それでも情報が少なすぎる事に恐怖にも似た不気味さを感じえなかった。

「それにしても、私は信じられません。あのテトル先生を一撃で倒すなんて」
「彼女の言うとおりです。気に食わない奴ではありますが、実力は確かな男です。その男を一撃で倒すなんてどんな魔法を使ったのか……」
「魔法を使っておらぬよ」
 職員の一人の言葉に対して学園長は呟く。

「今、なんと仰いましたか?」
 獣人の女教師が聞き返す。
 別に聞こえなかったわけではない。
 ましてや彼女はあらゆる種族の中でも身体能力五感が特化した獣人族。いかに小声であろうと1メートル弱離れた距離で呟かれた学園長の言葉を聞き取れないわけがない。
 にも拘わらず聞き返したのは自分にとって信じられない言葉が呟かれたからに他ならない。
 だからこそ彼女はきっと自分の聞き間違いであろうと聞きなおしたのだ。

「魔法は使っておらぬと言ったのじゃ。正真正銘彼の身体能力によるものじゃ」
「そんな馬鹿げたことはありえません!肉体強化魔法も使わずにどうやってテトルを殴り飛ばしたと言うんですか!」
「じゃが、事実じゃ。なんせ彼は魔力を持っておらぬのだからの」
 学園長が吐いた言葉に職員たちは驚愕の表情を浮かべた。

「魔力を持たないですって……それこそありえない!確かに魔力を持たない人物は存在します。ですが、十億人に一人の割合でです。種族の中で最も魔力が少ないと言われている獣人ですら魔力を持っているんですよ!なのに人間で魔力無しであのテトル先生に勝つなんて信じられません!」
 納得の行かない言葉に女教師は両手をオフィステーブルに強く叩きつける。
 だが信じられない、納得できないのも無理はない。なんせ実際にジンとテトルの試合を見ていないのだから。
 彼らがこの情報を知ったのはテトルと一緒に来ていた眼鏡を掛けた男性職員が送って来た報告資料を読んだ時なのだから。

「だが事実じゃ。その証拠にテトル先生は現在全治三ヶ月で入院中じゃ。それは先生方もご存知であろう」
「そ、それは……そうですが」
「ま、なんにせよ。合格にするしかあるまい」
 学園長の決定に誰も反対できる者はいなかった。正式な手順で試験を受け合格したのだ文句を言えるわけがない。
 もしも不合格にすればそれこそスヴェルニ学園に対する信用性を失う事に繋がるからだ。

「そう言えば筆記試験はどうだったのだ?」
「余裕で合格です。冒険科は他の科に比べて遥かに偏差値が低いのもありますが、この学力なら普通科や軍務科でも大丈夫でしょう」
 先ほどの女教師が書類を見ながら答える。

「そうか。ならこの話は終わりじゃ。ワシの方か公爵様に伝えておく」
 こうして緊急職員会議は終了した。 

              ******************************

 偶然見つけたおにぎり専門のお店だったが、なかなか素晴らしかった。色々な具材を選べるのも魅力の一つだったしな。
 お腹も膨れたしそろそろ帰るとするか。
 俺は満腹感に酔いしれながら歩いていた。色んな種族がすれ違うこの街は種族差別がないのかと思ったが、そうではない。数百年前からどの国でも人種差別は減少し今では無いに等しい。勿論完全に無くなったわけではないらしい。それでも世界人口の1%未満なのだから大丈夫だろう。
 この世界には人間、エルフ、ダークエルフ、獣人、ドワーフ、魔族、ピクシー、巨人族が居るらしい。あ、それから魔物と魔族の違いは人の姿をしているからしい。つまり、オーガやゴブリンなどは魔物の分類に入り、鬼人や吸血鬼は魔族の分類に入ると言った感じだ。俺も全部理解できているわけじゃないからな。期待するな!

「ん?あれは……」
 種族に関して考えていると路地裏近くで蒼天のような青いポニーテールのメイドが数名の男たちにナンパされていた。確か名前はアスルって言ったな。それにしてもどの時代にも、どの世界にもこういう男たちは居るんだな。ある意味関心した。さて、どうするかな。あの女には殺意を向けられたり、押さえ込まれたりしたからな。

「よし、無視するか」
 何も知らないフリをして通り過ぎようとした。

「そこの人」
 アスルも気づいたか。だが無視。

「ジン」
 名前を呼ぶか。だが無視。

「馬鹿」
 今度は罵倒かよ。無視。

「おい、変体ストーカー」
 悪意を感じる。絶対無視。

「死ね」
「グヘッ!」
 死刑宣告と同時に後頭部に衝撃と鈍痛が襲い、前に倒れる。

「てめぇ何しやがる!」
「か弱いメイドが助けを求めているのです。それを無視する馬鹿が悪いです」
 か弱いメイドはそんな罵倒を言ったり、歩行者に鞄を投げつけたりしないんだよ!

「いいから早く助けろ。このクソ野郎」
 絶対助けを求めている人間が口にする台詞じゃねぇ。

「なんだお前、彼女の知り合い?」
「もしかして、彼氏だったりして」
 あ~あ、面倒な事になっちまった。さて、どうするか。

「お前らももっとマシな奴をナンパしろよ。どうみても性格ド最悪ろ」
「良いんだよ。顔とスタイルが良ければな」
「そうそう、どうせそのうち涙流しながら、やめて下さい。って言うんだからよ」
 ああ、こいつら完全に抱く事しか考えてねぇ。それにこの言い方だろ。これ、初犯じゃねぇな。ほんと面倒な奴らに絡まれたな。

「分かったから。もう、どっかいけよ。鬱陶しい」
 絶対前世だったら見て見ぬフリをする通行人の一人だっただろうな。あの島で精神も鍛えられていたらしい。

「てめぇナメてんの?」
「はぁ……めんどくせぇ」
「はい、リンチ決定」
 おっとどうやら本音が漏れていたらしい。まったく素直な自分が恨めしいぜ。

「無視すんじゃねぇよ!」
 一人の男が殴りかかって来たけど、おっせぇな。拳が当たる前に反復横跳びが何回でも出来るぞ。ま、しないけど。
 欠伸が出そうになるのを我慢して俺は男に殴り飛ばされた。

「なんだよこいつ、弱ぇな」
「女の前だって言うのに情けねぇの」
「プライドとか無いのかよ」
 優越感に浸りながら嘲笑う男たち。ああ……本当にめんどくせぇ。これが人と暮らす事によって生まれる呪縛か。エレンの言うとおりだな。あの島には法律やルールなんて言う呪縛はなかったからな。ムカついたら直ぐに殴れたけど、この場所じゃそうはいかないからな。一々面倒だ。

「でも、これで正当防衛になるな」
 俺は立ち上がり、男たちを軽く睨む。

「へ、なんだよ。まだやるのかよ」
「こっちは四人だぜ。お前は計算もできねぇのかよ」
 戦いにおいて人数なんて関係ない。卑怯とか言う奴は大抵、プライドなんかを気にする奴だからな。

「ごちゃごちゃ喋ってないで、さっさとかかって来いよ。雑魚どもが」
「女の前で後悔してもしらねぇぞ!」
 男たちが一斉に殴り掛かってくるが、本当に遅い。でも今度は容赦はしない。勿論殺さないようにはするけど後悔してもらうぜ。
 ちょっと強めの0.3%の力で男たちの顔、腹を何度も殴る。きっと男たちや周りの歩行者の人たちには何をしたのか分からないだろうな。
 男たちは殴られた衝撃で気を失い倒れこんだ。本当に弱いな。出会って敵の中で一番の最弱だ。これなら銀でも勝てるぞ。
 さて、終わったことだし帰るかと思ったが、誰かが通報したのだろう。数名の警察官が来て取調べを受ける羽目になった。なぜ、こうなる。
 結局、一時間も取調べを受けた後に開放された。本当に疲れた。まさかこの一週間で二回も取調べを受ける羽目になるとは。良い子の俺としたことがあるまじき行為だぜ。これも全てアスルのせいだ。あの野郎気がついた時には居なくなりやがって。回りの人間が警察官に説明してくれなかったら、ずっと取調べを受ける羽目になっていたかもしれないんだぞ。ほら、空も茜色になりだしてるじゃねぇか。
 せっかくの満腹感も一瞬で吹き飛び、逆に苛立ちを覚えながら俺は屋敷へと歩く。
 そんな人通りも少なくなった時、ベンチにすわるアスルを見つけた。

「てめぇ!」
「おや、生きていたんですね」
「何真顔で、生きてたんですね。だ!お前のせいでどれだけ俺が迷惑したか」
「そうですか。面倒だったので、ついあの場から去ってしまいした。反省はしていないので許してください」
 正直に言えば許して貰えると本気で思っているのか、このアマ。あのままあいつ等に犯さしておけば良かった。

「はぁ……もういいや。怒るのも疲れるし、さっさと帰ろうぜ」
「待てこの野郎」
「なんでそんな喧嘩腰な………だよ……」
 何故か分からないが、いきなり濡れたハンカチを俺の頬に当てる。いったいこれは何の呪いだ?

「なんの真似だ」
「…………」
「おい、無視する――」
「何故、殴られたのですか?」
 悲しげでも嬉しそうでもない。ただ真顔でアスルは優しく俺の頬を濡れたハンカチで撫でながらそう尋ねてきたが、正直その意味が理解できなかった俺は思わず反射的に生返事にも似た言葉で聞き返すしかなかった。

「あの程度の雑魚なら貴方如きでも倒せるでしょ。実際に倒してみせたし。にも拘わらず何故最初に殴られたのかと聞いているのです」
 なるほど、そういう事か。
 確かにあの程度最初から普通に戦っていれば殴られる事もなく倒せていただろう。実際に殴られた後は瞬殺したわけだけど。勿論殺してはいないぞ。
 それにアスルが只者では無い事も気配で何となく分かっている。
 アスルを含めたあの3姉妹は他のメイドとは明らかに立ち振る舞いも漂わせる気配も違う。
 鍛え上げられた武人その者だ。

「そんなの決まっているだろう。正当防衛にするためさ。面倒になって逃げて他人に押し付けるメイドとかも居るからな。もしもこっちが最初に殴れば間違いなくもっと面倒な事になってただろうからな」
「そうですか。だから最初に殴られたわけですね」
「そうだ」
「自分の口元から血が出る羽目になってもですか?」
「え?」
 アスルに言われて俺はようやく気づく。どうやら殴られた勢いで口元が切れたらしい。力を抑えすぎたか。
 自分でハンカチを抑えながら二人で歩く。

「このぐらい平気だから気にするな」
「なぜ私が貴方のようなクズ野郎を心配しないといけないのですか?」
「そうかよ……」
 まったくもう怒りすら起こらないぜ。

「それにしても本当に強かったのですね」
「なんの話だ?」
「貴方が炎龍を一瞬で倒した事を耳にしました」
 そう言えばライラさんが夕食の時に暴露したんだよな。

「お嬢様やロイド様の態度から嘘では無いことは分かっていましたが、信じられませんでした。ですが先ほどの戦いで理解しました。私の目で捉えるのも難しい程の速度で顎と鳩尾に二発ずつそれも的確に殴っていたので」
「まさか見えたのか?」
「当たりまえです。私はこう見えても暗殺者の資格を持っているので」
 力を抑えたとは言え、あれが見えるなんてやはりただのメイドではなかったな。
 それにしてもなんだよ、暗殺者の資格って。そんな資格があるのかよこの世界には。物騒すぎるだろこの世界。

「だったらお前自身で対処すればよかっただろ」
「私は由緒正しいルーベンハイト家にお仕えするメイドです。そんなメイドが街中で問題を起こせるわけ無いでしょ。殺すにしても、男たちの名前と住所を調べてから真夜中に一人ずつ確実に殺します」
「物騒だな、おい!」
 内容がリアル過ぎて怖い。

「ですから、あの場面では不真面目で迷惑の根源である穀潰しを利用する案に切り替えたのです。名案だと思いませんか?」
「思うわけねぇだろ!」
 どうしてこうも真顔でそんな事が言えるんだ。嫌味じゃないから余計に性質が悪いぜ。駄目だ。ツッコんだり、色々と考えてたら腹が減った。

「ほら、ささと帰るぞ」
「言われなくても分かっています」
「そうかよ」
 ったく、どうして俺の周りには性質の悪い女しか居ないんだ。

「………助けてくれて、有難うございました……」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も」
 ったく早く夕食が食べたいぜ。
 こうして俺の買い物は終了した。
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