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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第八十五話  夜逃げから始まるダンジョン攻略! ⑯

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「そ、それは真か!?」
 アインの言葉に一早く返答の言葉を発したのは、信じられないと言う驚きの表情を浮かべた綾香ちゃんだった。
 そんな彼女の言葉に対して相変わらずの平然とした顔でアインは「はい」と端的に答えた。
 銀を抱き上げたままアインは立ち上がると視線だけ俺たちに向けると作業を行っていた場所へと歩き出した。
 ついて来いって事だろうと即座に理解した俺たちは立ち上がり、アインの後ろを付いて行く。
 たった数秒歩いたそこは、朝方までは瓦礫の残骸が散らばっていた場所だ。しかし今は綺麗に掃除され、端っこに無造作に積み上げられた瓦礫の山が出来上がっていた。
 そんな中央には必要と判断された瓦礫のみがパズルのように並べられていた。
 しかし瓦礫同士が綺麗に嵌るわけでも引っ付くわけでもないため、瓦礫と瓦礫の間には隙間があるが、それでもアインが俺たちに見せたかったものがなんなのか、全体的に見れば一目瞭然だった。

「絵なのだ~」
 と、可愛らしく俺たちに聞こえる程度の声量で呟くヘレン。
 昔の人々が描いた壁画と思しき絵があった。
 全部で500ピース以上の瓦礫、それもサイズ、形が違う瓦礫をこの短時間で完成させたものだ。俺どころかここに居る誰にも出来ないだろう。流石はアイン。いや、サイボーグと言うべきか。

「それにしてもこれは……何を意味してるんだ?」
 武器を手にした沢山の人が中央の存在を囲むように描かれている。
 崇めていると言う感じではない。むしろ中央に描かれた存在に敵意を向けている。そんな感じの絵だ。
 そこまでは俺にも分かる。
 しかし問題はその中央に描かれた存在だ。

「蛇、蠍、蟹、鷲、龍、熊……か」
「この6種の魔物を倒せって事であろうな」
 と萩之介が推測を口にする。

「確かにこの6種を全て倒すのは骨が折れるな」
 別に倒すのはそんなに難しい事じゃないだろう。
 自信過剰に聞こえるかもしれないが、フリーダムうちの実力を考えれば難しい事じゃない。
 それにSランク、Aランク相当の実力を持つ萩之介たちも居る事だしな。
 実際、蛇、鷲、熊は既に倒している。
 あと残るは蠍、蟹、龍の3種だけだしな。
 だが、問題なのは、

「その居場所だよな~」
 と頭を掻きながら俺は憂鬱そうに呟く。
 この11階層砂漠エリアの広さがどれ程の物か把握出来ていない現状、どこに生息しているかも分からない状況ではどれだけの時間が経過するのか分かったものじゃない。最悪俺たちが持ってきた食料だけでは足りない可能性だってあるからな。

「そこは気長に探索を繰り返して探すしかないのではないか?」
「そうだよな~」
 と、俺の言葉に影光が返事をした。
 最悪ダンジョンの外に出れば良いだけだからな。え?外に出れるのかって?
 このダンジョンはどうやら他のダンジョンと違い、ダンジョンの外に転移する場所が必ずどの階層、どのエリアにも必ずあるらしい。
 だからこそ、このエリアに関しての情報が既に存在しているのだ。
 それにしてもほんとこのダンジョン意味が分からないよな。
 いきなり魔物のレベルが上がって冒険者たちを仕留めに来たかと思いきやダンジョンの外に繋がる緊急脱出装置まで備わっているなんて、ダンジョンの主は何を考えてるんだ?

「すまぬが、一時でも早く攻略する事は出来ぬか?」
 そんな俺たちの会話に綾香ちゃんが陰った表情で言ってくる。
 皇族がこんなダンジョンに居る時点で何かあると思っていたが、その時が来たようだ。
 勿論、そう思ったのは俺だけじゃなくフリーダムメンバー全員である。アインはどことなく興味なさげではあるが、銀にも関わって来る以上無視できる案件でもないからな。
 だが、ここで話を聞くと言う事はヤマト皇国皇族の事情に関わると言う事だ。
 正直、一緒に攻略する意図はない。だが一緒に攻略する方がメリットは大きいと言う理由と一緒に行動しているだけの関係に過ぎない。
 だからこの場で別行動を取る事だってでき訳だが……正直、この年頃の女の子に申し訳なさそうな顔をされるのは正直辛い。だからと言って即座に良いよとも言える立場に俺は居ない。
 なんせ、俺はギルドフリーダムのギルドマスター、相手が王族であろうと一番に考えるのはギルドメンバーの命だから。

「俺たちにも期限はあるが急いでいる訳じゃないし、このダンジョンを制覇したいとも思っていない。だから理由によってはそっちに合わせても構わないと思っているが、どうする?」
 と、俺は綾香ちゃんに選択権を委ねる。
 だが全ての全権を委ねたわけじゃない。今後一緒に攻略したいのであれば事情を話せと言っているのだ。それどころか事情を話しても一緒に行動するかは分からない。とも言っている。
 当然その事に綾香ちゃんだけでなく萩之介たちも気づいている。
 そしてその選択権があるのはたった16歳の少女だ。はっきり言って重い選択だ。
 もしも俺だったら面倒臭いから嫌だって即座に放り投げているところだろう。
 しかし綾香ちゃんはそうはしない。いや、出来ないと言うべきだろう。なんせ彼女は皇族なのだから。

「すまぬが、直ぐには答えられぬ。時間をくれぬか?」
 と上目遣いで言ってくる。しかしそこに可愛らしさは一切ない。

「構わねぇよ。俺たちは急いでいるわけじゃないからな。ただそっちが急ぐのであれば早く決断した方が良い」
「分かった」
 そう言って綾香ちゃんは蝶麗さんに付き添われ、テントの中に入って行った。

「さて、綾香ちゃんが答えを出すまでに出来るだけ調べるとするか」
「そうですね」
 とアインが代表する形で返事をした。
 共に行動する事になろうが、別々に行動する事になったとしてもこの時間を使って調べる事にメリットはあるからな。
 こうして俺たちは壁画の調査を再開した。
 調査を再開して数分、これと言って新たな事が分かったわけでは無かったが、アリサがある事に気が付いた。

「なぁ、アインの姉御。この壁画ってこれで完成なのか?アタイにはまだ続きがあるように感じるんだが」
 アリサの言う通り、瓦礫と化した壁画はまだパズルのように組み合わせただけで、絵の周囲は不規則に波打つようにガタガタしていた。
 確かに古代の壁画って言うのは言わば歴史書のようなものだ。
 つまり実際にあった出来事が絵と描かれている。
 しかし壁画を見る限りこの絵はこれで完成しているように見える。
 だが、もしもこの壁画が物語の1コマに過ぎないとしたらアリサが言っている事が正しという事になる。

「アイン、アリサが言っている事は本当か?」
「ええ、本当です。ですが、ここにある瓦礫で壁画に関係しそうな物は今目の前にあるこの壁画のみでした」
「そうか」
 アインが言うのだから間違いないだろう。となると他の壁画は別の場所にあるのか、既に砂の下に埋もれているかのどちらかだろう。

「となるとやっぱりこの一枚の壁画から新しい手がかりを見つけるしかないか」
 憂鬱な気持ちを隠す事もせず俺はそう呟いた。
 俺たちは壁画を囲むようにして黙々と調べるが、一向に11階層砂漠エリア攻略に繋がる手がかりが見つからない。
 そしていつしか時間が経つにつれて全員の集中力が切れ始めた。
 現代の冒険者は頭脳も求められるようになってきたが、それでもまだ頭を使った事が得意とは言えない状況だ。
 勿論、よくラノベなのである中世時代の時に比べれば天と地ほどの差があるのは間違いない。それでもどうしてもこういった作業は冒険者にとって苦痛でしかない。ましてやフリーダムメンバーは戦闘特化したメンバーのためどうしても他の冒険者に比べてこういった作業には向いていないのだ。けして脳筋と言うわけではない。
 だいたいそんな事口にした瞬間袋叩きにあうのは目に見えているからな。
 なので唯一脳筋ではないアインが頼みの綱なわけだが、これまたヤル気のない事。
 銀を撫でる事でどうにかモチベーションを維持しているようだが、さっきに比べて撫でる回数やスピードが速くなっているのは目に見えて明らかだった。
 サイボーグと言えど飽きるだな。
 そう思いながら俺は壁画に目を落とした。

「それにしても傷だらけだな」
 そんな事を呟きながら俺は壁画を指先で撫でる。
 指先で感じる引っ掛かる感触は時の流れを感じさせる。
 気が付くと無意識に絵の方ではなく傷の方をなぞるように撫でていた。

「ん?」
 すると、ある不自然さを感じた。

「どうかしのか?」
 そんな俺の呟きに気付いたのか影光が問いかる。
 しかしまだ確証もない段階では何も言えないので、敢えて無視してその傷に注目して調べてみる。
 数分もしないうちにその違和感は確証に変わった。

「やはりだ」
「だから何がだ?」
 先ほど無視した事を少し引きずっているのかどことなくその声音に怒気を感じる。悪かったって。

「魔物から伸びてる線。最初は放置された挙句に付いた傷だと思ったんだが、どうやら違う。よく見ると他の魔物からも線が伸びてる」
 俺がそう言うと全員が顔を近づけて魔物周辺に視線を集中させる。

「確かに伸びているな」
「伸びているのだ~」
 と全員が同じ感想を漏らす。

「これが何を意味するのか俺には分からないが、この線を辿ると……見ての通り壁画の端に辿り着くわけだ」
 魔物たちから伸びている線はまるで1つに集約されるように一か所に目掛けて伸びているが、何もない壁画の端だった。

「つまりはアリサが言ったように続きがあるって事か……」
「また行き詰ったのだ~」
 と影光やヘレンが呟く。
 新しい手がかりが見つかってもこれじゃあまり変わりないのと同じじゃねぇか。

「ですが、1つ分かった事があります」
 とアインが銀を撫でながら言った。

「なんだ?」
「この線の先に描かれている存在が支配者なのでしょう」
 そうだ……そうだった。壁画に夢中で忘れていたが、俺たちがこの壁画を調べる目的は支配者がどんな奴なのかって事だ。

「この絵が正しいのであれば、支配者は文字通りの支配者なのでしょう」
「つまりは魔物たちの頂点に立つ存在と言う意味ではなく、なんらかの方法で魔物たちを操るって意味か?」
 と、俺が質問するとアインは簡潔に「はい」と頷きながら呟いた。
 となるとその支配者はあらゆる魔物を支配出来る存在なのか、ここに描かれている魔物だけなのかって事になるが、それは前者だろう。
 石板に刻まれた文章にもあった通り森、海、砂漠であろうと支配者なわけだからな。
 ただ、支配できる数が複数なのか、単体なのかで変わって来るし、壁画に描かれていた魔物だけを狙って討伐する理由も消えたわけだからな。

「一段と面倒になったな」
 俺としては目の前の魔物をぶっ飛ばせればそれで良かったのに、どうしてこうも回りくどいやり方をしなければならないのか、本当に面倒で仕方がない。
 だが、一応前には進んだことには間違いない。

「ま、これ以上になにか新しい手がかりが見つかるとも思えないが、調べたい奴は調べて貰っても構わない。それ以外の奴は好きに過ごしてくれ」
 そう言って俺は立ち上がり、キャンプチェアの方へと歩き出す。あ~腰が痛い。
 キャンプチェアに座って一服していると、俺の隣のキャンプチェアに萩之介が座る。布を限界まで引っ張るような音が聞こえたが大丈夫か?
 そんな事を思いながらも俺は気にせず煙草を吸い続けるが、話そうとしない。
 ただ座って休憩しているだけのようにも見えるが、そういう雰囲気ではない。どう見たって何か話したそうにしているのは明らかだ。
 そんな事を思っていると煙草が吸い終わる。
 それと同時に萩之介が口を開いた。

「鬼瓦よ」
 どうやら煙草を吸い終わるのを待ってくれていたようだ。律儀なのか真面目な話だからなのか……。

「仁で良い」
 俺はそう言う。

「では、仁よ。うぬはなぜあのような事を言ったのだ?」
 さて、萩之介は何を言いたいのか理解出来ないが、いつの事を指しているのかは分かる。

「俺が言った事に不満でもあるのか?」
「無論。だからこうして汝に問いかけているのだ」
 ま、そうだよな。不満がないのなら俺に話しかけて来るわけが無い。
 だが、萩之介がどうして不満を持っているのか、と言うよりもどの部分に不満を感じたのか分からない。

「いったい何が不満だったんだ?」 
「あのような重大責任な選択をどうして姫殿下に託したのかって事だ」
 ああ、そこか。ま、そこ以外ないよな。 
 だけど、安心した。即座に了承するべきだ。とか言われたら流石の俺も呆れて何も言えなくなっていただろうからな。
 ま、そこら辺は流石は将軍と言うべきか。
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