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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第八十二話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ⑬

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「影光に貰ったものだけど食べるか?」
 俺は数種類の味のチュッ〇チャプスを蝶麗あげはさんに差し出す。
 顔を合わせようとはしないが、視線だけをチュッ〇チャプスに向けるとその内の1つをゆっくりと手を伸ばしてサクラ味を取る。
 まるで警戒している猫のようだ。

「影光さんは未だにこれを?」
 残りのチュッ〇チャプスをアイテムボックスに入れていると突然話しかけられ、戸惑ってしまう。
 まさか蝶麗さんから話掛けて来るとは思っていなかった。

「ああ、大抵どんな時でも咥えているな。まったく甘党な侍なんてアイツぐらいだ」
「フフッ確かにそうね」
 俺の言葉に蝶麗さんは可笑しそうに笑みを零しながらチュッ〇チャプスの包み紙を剥がして咥えた。しかしどことなく切ない表情にも見える。
 もしかして蝶麗さんって影光の事が……いや、それを聞くのは野暮ってものだろう。
 だが、話の切っ掛けになるタネは見つかった。

「なぁ、道場に通っていた時の影光ってどんな風だったんだ?」
 そんな俺の言葉にどことなく首を傾げる蝶麗さん。
 突然話を振られたから驚いている感じではない。その意味……真意が理解出来ないって表情をしていた。

「どうしてそんな事を訊かれるのですか?」
「いや、ただの興味本位だ。あまりアイツは自分の事を語ろうとはしないし、訊いたとしても道場に通っていた普通の門下生としか言わないだろうからな」
「確かにそうですね」
 その時の影光の態度を想像して笑みを零し納得する蝶麗さん。

「もちろん一方的に教えて貰うのもあれだから、俺が影光と会った経緯やその後ギルドメンバーとしてアイツがどんな風に生活してきたのか教えて上げられるが、どうする?」
 申し訳なさとお礼と言う建前を元に俺は蝶麗さんに交渉を持ちかけてみる。
 正直俺は道場時代の影光の話に一切興味はない。ただ会話の無い一時が無くなれば良いなと思っているだけだ。

「ええ、構いませんよ」
「それは助かる」
 こうして交渉成立したので俺たちは互いに藤堂影光と言う男の事に付いて語り合った。
 時には笑いを零し、時には驚きの表情を浮かべ、時には悲しみを噛み締め、互いに互いが知らない影光について語り、聞き入っていた。
 一つでも話の話題が見つかると思いのほか時間を忘れて話せるもので気が付くと見張りの交代の時間になっていた。
 2つのテントからそれぞれアインと愛莉あいりが出て来た。
 次の見張りをする2人だ。

「話せて楽しかったよ蝶麗さん。ありがとうな」
「いえ、こちらこそ。今の事が知れて良かったです」
 そう言って蝶麗さんは軽くお辞儀をしたので俺も慌てて軽く会釈をする。
 まったく礼儀正しい人だな。
 さて、俺も寝るとしよう。これで後は日が昇るまで寝られるな。
 そんな事を思いながら隣のキャンプチェアに座ったアインの膝に銀を乗せて俺はテントに入ろうとした時だった。

「あれは何でしょうか?」
 と疑問府を浮かべて蝶麗さんは呟いた。
 俺たちは咄嗟に蝶麗さんが視線を向ける先に視線を合わせた。
 目に入って来たのは遺跡の一部、正確に言うのであれば壊れ瓦礫の一部が青緑色の光を放っていた。
 俺たちは互いに視線を合わせると軽く頷き直ぐに警戒態勢を取りゆっくりと近づく。
 青緑の光を放つ瓦礫を明確に目視出来る距離まで近づいた俺たちは光を放つ物体を明確にしるため、上に乗っている瓦礫を撤去する。
 ゆっくりと除けた瓦礫のしたにあったのは大きな石板だった。

「どうやら光の正体は文字だったようだな」
 石板の刻み込まれた文字に特殊なインクでも流し込んでいたのか、文字が青緑に発光していた。

「ええ、そのようですね」
 俺の呟きにアインが同意の言葉を口にする。
 それにしても一筆書きで適当に文章を書いたとしか思えない程の達筆で俺には読めない。
 だが、俺の仲間にはこの文字すら余裕で解読できるサイボーグがいる。
 だから心配する必要もなく俺はアインに問う。

「で、何て書いてあるんだ?」
「この地を統べる支配者は全世界の支配者なり、塩の湖、木々生い茂る大地、命枯れた大地の支配者なり、支配者死す時、新たな世界が開かれる。と書いてあります」
 ………まったく分からん。意味不明だ。

「誰か、分かった奴はいるか?」
 と、俺は3人に問いかける。

「塩の湖が海で、木々生い茂る大地が森で、命枯れた大地が砂漠って事ぐらいは理解出来ます」
「うん、俺もそう思っていた」
「支配者死す時、新たな世界が開かれるってのは、このフロアのクリアを意味すると私は思います」
「俺もそう思っていたぞ」
「海、山、砂漠全ての支配者……王と定義するのであったとしても私のネットワークにそのような魔物をいませんね」
「俺もそう思う……ん?どうかしたのか?」
 どういう訳か、全員が疑いの目を向けて来る。まさか俺が支配者とでも思っているのか?

「仁さん本当に分かっていました?」
 と愛莉が代表して訊いて来る。

「まさか俺がお前らに解読任せて適当に返答しているとでも思ったのか?」
「「「はい」」」
 俺は正直な彼女たちの言葉に胸を抉られた。
 酷い……俺ってそこまで馬鹿って思われてたの。
 確かに頭は良くないけど流石の俺もそこまで馬鹿じゃないよ。

「勿論、分かっていたぞ」
「「「………」」」
 と弁明したところで返って来たのが疑いの眼差しと沈黙。
 ああ、どうして人って他者を疑うんだろうか……。
 一筋の涙を流しつつ偽りの星空を見上げながらそう思った。
 疑いが晴れる事を願いつつ俺はテントで寝る事にした。
 この文章は起きてから皆で解くとしよう。


 公暦1327年2月21日水曜日午前6時20分
 枕元に置いていたスマホが発するアラームで目を覚ました俺はテントから出てグリードたちに朝の挨拶をしてから背伸びをする。
 寝袋のお陰で快適な睡眠が出来たが、それでもベッドに比べるとやはり体が固まっているな。ま、あの島での睡眠に比べれば天と地の差があるけど。
 外の世界と同じ動きをしている太陽は東から徐々に偽の空が青くなり始めており、すでに4割が青い。それでもやはり砂漠だからのかそれとも2月だからなのか、まだ寒さを感じる。
 キャンプチェアに座った俺は懐から取り出したタバコに火を着けて朝の一服を始める。あぁ~うめぇ~。
 あの一服で気分を落ち着かせながら俺は周囲を見渡す。
 既に起きているのは、最後の見張りをしていたグリードと萩之介の2人と綾香ちゃん。
 皇族の娘だからてっきりまだ寝ているかと思っていたけど、既に起きているなんて凄いな。フリーダムうちの連中にも見習って欲しいぜ。
 綾香ちゃんが何をしているかと言うと朝食の準備をしているグリードの手伝いだ。
 皇族が朝食の手伝いをするなんてほんと訳の分からない世界だな。
 もしかしてヤマト皇国の皇女の嗜みで料理を習っているとかなのか?いや、ベルヘンス帝国の王妃様たちも普通に料理を作っていたし、ただ単に皇族に料理好きが多いだけなのか?
 ま、どっちにしても将来良い嫁さんになる事は間違いないだろう。

「そう言えば影光はどこ行ったんだ?」
 テントから出る際に隣で寝ていた筈の影光の寝袋が空になっていた。まさか蝶麗さんが寝ているテントで寝ているのか!?いや、あの侍の夜這いをする度胸はないだろ。
 そもそもあの朴念仁侍が蝶麗さんの気持ちに気付いているとも思えないし、弥生さんと言う素晴らしい婚約者がいる時点で夜這いなんて考える奴じゃないだろう。もしもそんな度胸があればさっさと結婚しているだろうしな。
 そんな事を考えている俺にグリードが答えてくれる。

「あ、カゲミツさんなら朝の鍛錬ついでに周囲を見て来るって言ってましたよ」
「そうか」
 なんだ夜這いじゃないのか面白味の無い奴。
 そんなゲスい事を考えながらグリードが渡してくれたお茶を飲みながら昨夜、偶然見つかった遺跡の文章に出て来た支配者の正体について考える事にした。
 海、山、砂漠、その全ての場所で支配者と呼ばれる存在か……分からん。
 思考時間1分で俺は結論を出した。けして思考放棄をしたわけではない。
 吸い終わった煙草を焚火に投げ捨てて代わりにお茶を飲んでいると、後ろから話しかけられた。

「ほぉ、仁が早起きとは珍しい」
「影光か」
 どうやら見回りが終わって戻ってきたようだ。

「それで問題は無かったか?」
「これと言って危険な魔物は周囲に居なかったぞ。数種類の魔物の姿は見たがこちらに気付いた様子は無かった」
「そうか」
 そう報告しながら影光はグリードに手渡されたお茶を飲む。

「それより、何で頭を悩ませておったのだ?」
「ああ、昨夜偶然見つけた文章の意味だよ」
 そう言うと納得したのか、なるほどのと呟いた。

「アインに聞いて拙者も知ったが、まったく心当たりがないの」
「そうか」
 影光にも思い当たる魔物が居ないとすると相当珍しい魔物なのかも知れないな。

「そもそも、仁は頭を使うタイプでは無いだろ」
「それはそうだが……」
 確かに俺は馬鹿で頭を使う事に向いているとは思っていないし、面倒だからしたくない。だけど他人に言われるとイラっとするのはなんでだろうな。

「そう言った事はアインや他の連中に任せて拙者と一勝負どうだ?」
 軽く振り向いて後ろに立つ影光に視線を向けると不敵に笑みを浮かべていた。
 なるほどな。

「お前がただ俺と戦いたいだけだろ」
 そう言うと更にニヤリと笑う。

「なに朝の鍛錬だ。たまには付き合ってくれても構わんだろ?」
 まったく血の気の多い連中が仲間になったものだな。
 そう思いながら俺はコップに残ったお茶を飲み干してキャンプチェアから立ち上がった。

「ああ、たまには悪くないか」
 ダンジョン内と言う事もあり、ギルドの訓練場のように周囲に気を配る必要もない。
 影光の実力から考えればそれなりに良い汗が流せそうだな。ま、ダンジョン攻略に支障が無い程度に抑えるつもりだ。それは影光も分かっているだろうしな。
 こうして俺と影光は朝食が出来上がるまでの間、朝の鍛錬を行う事にした。
 20分ほど時間が経過したところで朝の鍛錬は終わった。
 互いに軽い痣や斬り傷を付ける程度で終わった俺たちがセーフハウスに戻ると殆どの奴らが目を覚ましていた。
 まだ寝ているのはクレイヴとヘレンぐらいだろう。あの2人は今回見張りが無かったのにまだ寝ているのか。次の見張りの時は他の奴らより長めにさせてやる。
 アイテムボックスから取り出した水とタオルで汗を拭きとる俺と影光を驚愕の表情で見つめる綾香ちゃんや萩之介たち。

「どうかしたのか?」
 体を拭きながら綾香ちゃんたちに訊くが、

「いや、大した事ではない」
 と返答が返ってくるだけだったので、さほど気にするような事でもないだろう。


「皆さん、朝食の準備が出来ましたよ」
 体も拭き終わり水分補給をしているとグリードから俺たちの耳に嬉しい報告を齎してくれた。
 しかし今すぐに食べたくても全員が揃っていない。

「アリサ、悪いがヘレンと――」
「朝ごはんなのだぁ~!」
 と覇気をまったく感じない声音を発しながらテントからヘレンが出て来た。
 寝ぐせもそのままの姿のヘレン。間違いなくグリードの一言で目を覚まして起きた事は明白だ。
 だが、これで起こすのはクレイヴだけで良くなった。

「アリサ、クレイヴを起こしてきてくれ」
「チッ、めんどくせぇな」
 と煙草を咥えたままぼやくアリサだが、キャンプチェアから立ち上がりクレイヴが寝ているテントに突入して行った。
 その間、ヘレンはと言うと何故か綾香ちゃんや蝶麗さんに寝ぐせを直して貰っていた。
 フリーダムメンバーでもないのにそこまでして貰うのは気が引けるが、どことなく楽しそうなので別に構わないだろう。てか、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?
 数分してようやくクレイヴも目を覚ましてテントから出て来た。

「ほれ、これで顔でも洗え」
 俺はペットボトルの水を投げて渡したながらそう言うと、まったく覇気のない返事が返って来る。まったくここがダンジョンだって事忘れてないだろうな。
 そんな不安を感じながらも時間は流れようやく全員の準備が整ったところで朝食を食べる事になった。
 朝食は鮭、昆布、明太子の三種のおにぎりと粗びきウインナー、サラダ、卵スープと栄養満点の内容となってた。
 昨夜とは違い焚火は無く、代わりに折り畳み式のテーブルが置かれているため皿やカップが多くても置ける場所があるため楽しく食べる事が出来た。
 因みに萩之介たちのおにぎりは俺たちフリーダムメンバーのとは違って一回り小さく、ちょっと歪な三角形のおにぎりだった。
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