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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第七十五話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ⑥

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「え?東雲って事は朧さんの……」
「はい、朧は私の妹です」
 聞き覚えのある苗字に俺は思わず問いかけてしまったが、弥生さんは気にする様子も無く答えてくれた。なるほど通りで雰囲気が似ているわけか。
 薄暗くてよく分からないが目もカーネリアン色の縦長の瞳確かに朧さんと同じだな。

「でも朧さんには耳と尻尾は無かった気がするが……」
「私と朧は獣人族と魔族の間の子なのですが、私は妖狐族の母の血を強く受け継ぎ、朧は魔族である父の血を強く受け継いで生まれて来ましたから」
 へぇ~なるほどな。必ずしも両方の特徴が見た目に出て来るわけじゃないのか。ボルキュス陛下のところは必ず両親の血を受け継いでいる事が分かるからてっきりそうなのかと思い込んでしまっていたのかもしれないな。

「ま、戦闘の方面で言えば私は父、朧は母の方の血を強く受け継いでいますが」
「戦闘面って事は弥生さんも?」
「はい、SSランク冒険者として活動しております」
 マジで?なんなの東雲姉妹……化物か。いや、女性に化物なんて言ったら殺されるから言わないでおこう。
 ん?待てよ。たしか朧さんは影光が通っていた神道零限流の妹弟子って言ってたよな。となると、

「弥生さんも神道零限流に?」
「はい、神道零限流槍術を免許皆伝しております。お久しぶりですね影光さん」
「う、うむ、そうだな」
 そう言って影光に優し気な眼差しを向ける弥生さんに対して影光はどこかぎこちない。と言うよりも弥生さんと視線を合わせようとはしない。これは何かあるな。

「ふふ、影光さんは相変わらずですね」
 弥生さんだけは影光の普段とは違う態度の理由を知っているようだ。

「弥生さん、俺たちにも分かるように説明して頂けると有難いんだが」
「それもそうですね。私は影光さんの許嫁なんです」
『え!?』
 予想外の言葉が弥生さんの口から放たれた事に俺たちの驚愕し影光に視線を向けたが、影光は居心地の悪そうに俺たちと視線を合わせようとせずそっぽを向いていた。

「ふふ、やはり影光さんは私の事を皆さんに伝えていなかったようですね」
 楽しそうな笑みでそう呟く弥生さん。
 影光の性格を知っているからこその言葉。弥生さんと影光は本当に知り合いなのだろう。

「さて、世間話もこの辺にして本題に移りましょう」
 涼し気な表情だがその目は真剣そのもの。それだけ今回のダンジョンは他のダンジョンと違うと察し、俺たちも頭を切り替えて弥生さんの視線と交える。

「朧から大まかな話は耳にしていると思います。その上で何か質問はありませんか?」
 朧さんが俺たちにどこまで話したかを明確に知りたいのだろう。
 そう思った俺は口を開き朧さんから聞いた話を纏めて説明した。

「なるほど、だいたい分かりました。では最新の情報をお伝えしましょう」
 そう言って咳払いの代わりに煙管を軽く吸う。

「私のギルドの中でも精鋭メンバーが2度『煉獄大迷宮』に挑み、ようやく15階層まで到達しました」
 弥生さんは淡々と答える声音にまったくの喜びを感じない。と言うよりもどこか怒気を含んでいると感じさせる程に。

「メンバーの報告によりますと11階層は3つに別れ、どの部屋からでも12階層に向かう事が可能です。しかし12階層に向かうためには待ち構えている階層主を倒す必要があります。ギルドメンバーが12階層に到達した際に入った部屋は樹海エリア。そのフロアボスは『白猿鬼びゃくえんき』と言う体長8メートルの猿型のモンスターです」
 白猿鬼か……俺は戦った事はないけどスヴェルニ学園時代に教科書基電子書籍に載っていたな。
 確か本来の大きさは1~2メートルと人間とさほど変わらない白い毛で全身を覆われ、額から1本の角を生やした猿型の魔物。亜種となるとサイズ弥生さんが言った通り5~10メートルのサイズになり大抵は群れのボスとなるって電子書籍に書いてあったな。
 売る覚えの記憶を掘り返しながら俺は思い出していた。
 でもその話が本当ならヤバいな。
 通常サイズの白猿鬼でも1体の強さはB-、ボスともなればB+にもなる。それが群れを成す事でA-~A+になるわけだが、それは通常サイズの白猿鬼がボスだったらの話だ。
 亜種がボスともなればボスだけでもランクAだ。そんなのが群れを成せばランクS-いやランクSにもなるだろう。
 樹海エリアの広さがどれほどのものか分からないが、ダンジョンって言う逃げ道が一か所しかない場所でランクSに匹敵する魔物と相対する事になると考えると最悪だな。
 それから俺たちは弥生さんから12階層~15階層までのフロア情報を教えて貰った。時折俺たちの誰かが質問を挟んだりしてダンジョンへ向かうために必要な物資の立案や対処法を考えたりしているうちに2時間以上も時が流れていた。

「物資の調達は部屋に戻ってから誰がするか決めるとして、出発は早くても2日後だな」
「分かりました。では物資調達の際は私がギルドマスターを務めている氷華のギルドメンバーの誰かを案内役としてお供させましょう」
 弥生さんも朧さんに劣らずSランクギルドのギルドマスターとして活躍してるんだったな。それにしても東雲家は冒険者としてだけでなく副業で旅館経営もしなければならない家系なのか?そうでないならなんでそんなに働いているのか俺には分からん。冒険者として活動が無い日まで副業で働き詰めとか過労死がしたいと思っているとしか思えないぞ。
 だけど心遣いは流石は朧さんのお姉さんだな。

「ありがとう、助かるよ」
「いえ、私は許嫁殿が怪我をしないか心配なだけですから」
「ああ、なるほど……」
 弥生さんのストレートな言葉に俺を含めた全員がニヤニヤとした表情で影光に視線を向けるが、影光は恥ずかしいのか顔を逸らすだけだった。
 結婚したら間違いなく尻に敷かれるな。
 部屋から出ようとした時俺はふと最初に感じていた疑問を弥生さんに訊ねる事にした。

「どうしてダンジョンの名前が『煉獄大迷宮』なんだ?」
 大抵ダンジョンの名前ってのはダンジョンの特徴や出現場所かから付けられる事が多い。しかしまだダンジョンの探索も終わっていない状況で名前を決めるとも思えないし、出現した土地の名前が煉獄って名前とも思えないからな。

「迷宮内の強さが他の迷宮と違い以上に高く生存率が低いと言うのも理由の1つらしいですが、1番の理由は地獄島ヘル・アイランドに1番近い迷宮だからだそうです」
「なるほどな」
 弥生さんから聞いた理由に納得してしまった。
 煉獄とは天国と地獄の中間にある存在とされているからな、地獄島ヘル・アイランドに1番近い=隣の煉獄。と言う事なのだろう。
 この名前を考えた奴はどういう思いで付けたかは知らないが、ダンジョンの強さを見なければなんとも言えないな。もしもこれでダンジョンのレベルが低かったらネーミングセンスが無いって罵ってやろう。
 弥生さんの部屋から出た俺たちは宿泊している部屋に戻って物資の調達するメンバーの組み分けを決めた。
 食料、医療道具の買い出しはグリードとアリサ。武器、弾薬はアイン、クレイヴ、銀。冒険者用のアウトドア用品は俺、影光、ヘレンとなった。
 さて明日に備えて寝るとしますか。
 こうして俺たちは明日に備えて就寝するのだった。


 公暦1327年2月19日火曜日午前10時11分。
 昨日一日で準備を整えた俺たちは蘭月に見送られながら幻楼館をチェックアウトした。それにしても随分と金が掛かった。
 弾薬は自腹だが食料、医療品、テントなどは経費だ。特に幻楼館の宿泊費は馬鹿に出来ない金額だ。これで攻略出来なければ間違いなく今回は赤字だろう。最低50階層まではクリアしなければ。いや、出て来る魔物のレベルから考えてそこまでは必要ないかもしれないが、出現する量が分からない以上油断は出来ないな。
 明日にでもダンジョン攻略をしたい俺たちにとって移動手段は考えなければならない。
 今回は依頼ではないため時間に制限があるわけじゃないが、血の気の多いフリーダムメンバーにとって移動の遅さは苛立ちを募らせるだけに過ぎないからな。特に影光は新たなダンジョンの出現に少し余裕を失い掛けているしな。
 そんなわけで俺たちは飛行機に乗り込み煉獄大迷宮が出現したヤマト皇国南東南の位置に当たる八ツ橋やつばし伍雨いさめ市に飛んだわけだが飛行機でも2時間も掛かるとか広島から北海道と同じ移動時間だぞ。でも国土がオーストラリアの1.6倍だからな、仕方が無いか。
 到着し空港の外で背伸びをして体を解した俺たちは電車に乗って更に移動する。今日一日は間違いなく移動で終わるな。
 そんな俺の予感は的中し煉獄大迷宮に一番近い都市に到着したのは夕方4時過ぎだった。ああ疲れた。もう嫌だ、速く布団で横になりたい。
 昨日買い物に出かける前に弥生さんに頼んで良い宿泊施設が無いか聞いてみたところ知り合いがしている宿泊施設があると態々予約までして貰ったのだ。東雲姉妹ほんと何から何までありがとうございます。
 そんなわけで俺たちは弥生さんから教えて貰った宿泊施設に向かった。まさか弥生さんや朧さんの家族じゃないだろうな。
 それにしてもこの国は街並みは全部こんな感じなのか知らないが皇都と何も変わらない。と言うよりも更に過去にタイムスリップしたんじゃないかと思える程だ。
 茜色の空の下を歩いているこの場所はバイクや車での移動が禁止されている区域のため移動手段は路面電車か人力車、自転車のみとなっている。
 しかしこの街に住んでいなければ自転車に乗って移動などしないし、人力車は観光客向けであって武器を持ち歩いている冒険者には不向きだし、近場で済ませる人たちは路面電車に乗ったりはしない。
 結果的移動手段が徒歩となるのだ。
 乗用車なら4台が余裕で並走出来るほどの道幅がある場所だが、油断すれば財布を掏られるほどの数の冒険者と思しき武器を持った連中とすれ違う。それも一人一人から感じる気配は実力者の気配だ。平均してBランクと言ったところだろう。ま、俺たちからしてみれば大した相手じゃないけど。
 それでもこんなに居るのはやはり新しいダンジョン出現の影響なんだろうな。
 それにしても故郷の国と言う事もあるのか影光に向けられる視線はベルヘンス帝国以上だ。特に女性冒険者からの視線が多い。流石は世界最強の剣豪なだけはある。ま、別に羨ましいなんて思わないさ、ただ弥生さんに言いつけてやるだけのこと。
 仲間と逸れないよう気を付けながら歩く事15分、大通りから外れ人気の無い路地を進んだ先にこれまた奇々怪々と言う言葉体現したかのような建物が建っていた。と言うよりこれはどうみても幽霊屋敷だろ。
 看板には血文字と勘違いしそうな書体で『幽麗荘ゆうれいそう』と書かれていた。
 まだ夏でもないのにどうして俺たちは肝試しをしなければならないんだ。

「ジンの大旦那、言っちゃ悪いが本当にここなのか?」
 煙草に火を着けたアリサが顔を顰めながら訊いて来る。俺だって信じたくないが残念ながらここで間違いない。
 弥生さんに教えて貰った住所はスマホのマップ機能が間違いなく此処だと指しているのだから。
 俺のスマホが壊れている事を祈ってアインに視線を向けるが、「ここで間違いありません」と返事が返ってくるだけだった。
 今すぐにでも別のホテルにでも泊まりたいがダンジョン出現でどこのホテルも冒険者で満員だ。そんな時期に弥生さんが教えてくれた場所だ。断るのは失礼だし新しい宿泊場所が見つかるとも思えない。

「仕方がない、入るぞ」
 灯が虫食いで穴の開いた隙間から漏れる提灯が扉の両脇に立てかけられているが気にする事無く、滑りの悪いスライド式の扉を開く。

「い、いらっしゃいませぇ~」
 扉を開けた瞬間背筋が凍りそうな冷気と共に一切覇気を感じられない震えた女性の声音が聞こえて来たので視線を向けると濡れた黒髪で顔が覆い隠された1人の女性がそこに立っていた。

「ひぃっ!」
 誰かの引き攣った悲鳴が後ろから聞こえて来るが、予想するまでもなくグリードだろう。この店構えを見た時から震えていたからな。大きな声で叫ばなかっただけでも褒めてやりたいぐらいだ。
 え?お前は怖くないのかって。まったく。
 別に痩せ我慢とかじゃなくまったく怖いと思わない。確かにこの宿屋の佇まいは不気味だがこの女性の姿は有名なホラー小説から出て来たと言っても過言ではないほどテンプレの姿をしている。これでは逆に怖いと感じたりはしない。
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