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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第七十三話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ④
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「蘭月、久しいな」
「お久しぶりです、影光義兄さん」
敵意や殺意は感じられない。なにより影光の知り合いのようだ。
警戒を解いた俺は楽しそうに話している影光に問いかける。
「で、彼は誰だ?」
「そうだったな。こやつは空閑蘭月と言ってな。拙者と同じ神道零限流の門下生でな。拙者がまだ道場に通いよった時の弟弟子だ」
なるほど、通りで気配の断ちかたが上手いわけだ。
「女将の使いとして参りました、空閑蘭月と申します。どうぞお見知りおきを」
「これはご丁寧に、鬼瓦仁です」
ただの自己紹介にも拘わらず深く頭を下げて来る蘭月にこっちも思わず丁寧口調で返してしまう。なんとも掴みどころのない奴だな。
俺のあとに続いてアイン達も自己紹介をする。アインはいつも通り興味がない素っ気ない態度で自己紹介をしていた。お前はほんと銀以外に興味がないな。
そんなわけで蘭月が用意してくれた大型貨物車を改造して作ったバスに乗り込み俺たちは今夜の宿屋に向かった。
夜でハッキリとした街並みは分からないが、ベルヘンス帝国とは違い建てられている建物はどれも低い。高いモノでも精々5階建てのものばかりだ。ここ一帯だけかもしれないが。
だが何より時々灯とともった建物を見ると本当に異国に来たのだと実感する。ベルヘンス帝国やスヴェルニ王国とは違い建物が全て木造建築で出来ている。前世の時に修学旅行で訪れた京都の街並みを見ているようだ。
やはりこういう街並みを見ているとヤマト皇国について少し気になって来る。
ならこの国の出身である影光にでも訊けば話は早いが、生憎と俺はこの国について他人に聞く事が出来ない。なんせ俺はこの国の出身と言う事になっているからな。
仕方が無いので俺はタブレットを開いて調べようとしていた時だった。
「なぁカゲミツの旦那。この国について教えてくれないか?」
「ん?そう言えばアリサとクレイヴはこの国に来るのは初めてだったな」
「ああ、だから頼むよ」
煙草を吸いながら頼み込む姿はどこか偉そうに見える。ナイス、アリサ!お前のお陰で調べる必要も無くこの国について知る事が出来る!
「そうだのぉ……ヤマト皇国総人口約9億4000万人の国。東の大国とも呼ばれており拙者たちが今居る皇都には約2億弱の人々が住んでおる」
9億4000万かたしか世界人口が約300億人で国の数が50だから平均すれば一国当たりの人口は約6億人。3億人越えと考えると確かに大国だな。
「ヤマトは300年ほど前までは大国でありながら鎖国国家だったらしいが今では他国と交流を深めて行っている」
昔は鎖国だったのか。どうして他の国と交流しようと思ったのかは分からないが、今はこうして観光や仕事で来る事だって可能になったからな。
「これはヤマト出身者ならではの考え方だが、拙者や蘭月が入門した神道零限流のようにヤマトには沢山の武術流派が存在する。それは他の国と違いヤマトでは一つの事を極める事が強者へと道と信じておるからだ」
「職人気質って事か?」
「言い換えれば、そうだ」
ベルヘンス帝国やスヴェルニ王国は魔力量+魔法属性の数が最強であると信じているのに対し、ヤマト皇国では一つの武術、1つの魔法属性を極める事こそが最強と信じているってわけか。
――数対質。
さて、最終的に勝つのはどっちなのかそれは戦ってみなければ分からないだろう。
「そして何よりヤマトは他の国に比べて圧倒的にダンジョンの数が多い。一国に出現しているダンジョンの数は平均6個。しかしヤマトは今回出現したダンジョンを含めて18個にもなる」
影光の説明にアリサたちは驚いた表情になる。当然だよな。数が圧倒的過ぎる。俺も表情に出さないようにするのに必死だったぐらいだ。
ヤマト皇国は国土が隣国に比べて圧倒的に広いため数が多いのは仕方がない。だがヤマト皇国より国土が広いベルヘンス帝国ですらダンジョンの数は全部で9個だ。ベルヘンス帝国の倍の数が存在しているとなると管理が大変な筈だ。
そうこうしていると車が停まった。信号で一時停車したかと思ったが「着きしました」と運転席から聞こえて来る蘭月の言葉で目的地に到着したのだと気づいた。
スマホで時間を確認してみると深夜ではなく既に朝の5時を過ぎていた。今日一日は宿で過ごして終わりそうだな。
2月と言う事もありまだ日が昇っておらず空は闇に覆われていた。しかし車から降りた俺たちの前に歴史を感じさせる旅館が待ち構えていた。
グリードが余裕で通れるほどの立派な門を潜ると遊郭と旅館を混ぜ合わせたような、前世の日本でも見た事の無い5階建ての木造建築物。まるでタイムスリップでしてきたかと錯覚してしまいそうなほどだ。
圧巻の光景に見惚れていたがどうにか我に戻った俺たちは蘭月の後ろに付いて行き隙間から光が漏れる暖簾を潜る。
『ようこそ、幻楼館へ』
朝の5時過ぎにも拘わらず廊下の両脇には数名の仲居さんたちが出迎えてくれた。朝と言う事もあり他の宿泊客の事も考えて声は抑えられていたが、それでも驚きを隠せない。
ヒノキに似た香りが鼻孔を擽り、綺麗に掃除され清潔に保たれている旅館内は俺たちを安らかな気持ちにさせてくれる。
「こちらの仲居が部屋までご案内致します」
蘭月の言葉に近くまで近づいていた2人の仲居が軽くお辞儀をする。
用意されていたスリッパに履き替えた俺たちは2人の仲居さんの案内で部屋に向かった。
イザベラの実家のような煌びやかな装飾品が置かれているわけでもなく、ベルヘンス帝国の皇宮のような近未来のような内装とも違う。まさに和と言った内装に元日本人としてどこか懐かしさを感じる。
旅館の内装に目を取られているとどうやら俺たちの部屋に到着したようだ。
「こちらの男郎花の間が男性方の部屋になっております」
次に、
「こちらの女郎花の間が女性方の部屋になっております」
花の名前が与えられた2つの部屋。どうやら俺たちは隣通しの部屋が用意されていたようだ。部屋のランクは分からないがきっとこれも朧さんが頼んでくれていたんだろう。これは何かお礼しないといけないな。
仲居さんにドアを開けて貰った男郎花の間に入りスリッパを脱いで襖を開けると8畳もの広い畳の部屋となっていた。
だがこの広さでは全員寝るには少し厳しいと思ったがどうやら隣の部屋が寝るスペースになっており既に布団が4つ敷かれていた。一つだけ大きさが全然違う事を考えるとあれはグリード用だろう。流石は異世界こんな布団まであるのか。
さっそく俺は座椅子に座りテーブルに置かれていたお茶菓子を食べながら寛ぐ。
「朝食、昼食は食堂でとなっておりますが、質問等は御座いませんか?」
「いや、今のところ大丈夫だ」
「畏まりました。ではごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
正座からの一糸乱れぬ見事なお辞儀をした仲居さんは音も立てずに部屋を後にした。それにしても作法が完璧だったがここの旅館の仲居さんたちのレベルは高いなと俺は温かいお茶を啜りながら思った。ぜひともお近づきになりたいとも思うがそんな事をすれば間違いなく叩き出されてしまうだろうし、なにより近づけたとして影光たちが部屋に居るのにいったい何処で行為を及ぶと言うんだ。
結局無理な事かと諦めた俺は隣の部屋に敷かれた布団に入る。
「もう寝るのか?」
と影光が訊いて来る。
「眠たいからな。ダンジョンの話は起きてからにする」
「分かりました」
と今度はグリードは返事をした。
長時間飛行機に乗っていたでけでなく時差ボケで頭が回らない俺は布団に横になるなり意識を闇の中へ沈めた。ベットでもないのにフカフカだな。
目を覚ました俺はまだ寝ているクレイヴとグリードを起こさないように隣の部屋に移動した。
座椅子に座って煙草に火を灯した俺はスマホで時間を確認する。
午前11時48分か。となると約6時間の寝ていたわけか。やはり時差ボケのせいであまり眠れなかったな、普段なら最低8時間は寝てると言うのに。
灰皿に煙草の灰を落とした俺は対面に座る影光に視線を向けた。
俺より寝るのが遅かった筈だが目を覚ましたら既に起きて刀のメンテをしていた。
「いったい何時間寝たんだ?」
俺は訊かずにはいられなかった。
「3時間だ。それだけ寝れば充分だ」
当たり前と言わんばかりに刀から目を逸らす事無く返事を返して来た。3時間って……よくそれだけで持つな。俺も緊急の依頼でも舞い込んできたなら別だが普段なら絶対に無理だ。
俺も年を取れば睡眠時間が減るのかもしれないが現在は肉体年齢が19歳だからな。
ヤマト皇国にあるダンジョンについて影光から話を聞きたいがグリードたちが起きてからにした方が良いな。
しかしそうなるとする事がない。
スマホでヤマト皇国に出ている依頼を見るが興味を惹く依頼が無い事も無かったが、数時間でクリアするには少し難しいだろう。グリードたちがいつ起きるか分からないからな。
アイン達の様子でも見に行こうかと思ったが行ったら間違いなく悪態を吐かれるのがオチだ。ならダンジョンについて話を聞くときにでも確認すれば良いだろう。
観光でもしようかとも思ったがそれはダンジョンを攻略してからで良いだろう。ま、どうせ買うのは地酒や肉ばかりになるだろうけど。
なら残るは一つだな。
「俺は風呂に入って来るが影光はどうする?」
「そうだな……直ぐにでも入りたいが今は止めておこう。クレイヴたちが目を覚ました時に拙者たちが2人とも居なければ心配するやもしれないからな」
「それもそうだな」
と言う事で風呂に入るついでに旅館内の散策をする事にした俺は部屋を出て露天風呂へと向かう。と言っても風呂場を知らない俺は途中すれ違った仲居さんに場所を聞いて迷いのない足取りで歩く。
それにしてもほんと立派な旅館だ。元日本人としては懐かしさと憧れを感じるな。もしも家を持つならこんな和を感じる木造建築の家に住みたい。勿論大きさは一軒家サイズで充分だ。これだけ広いと掃除が大変だからな。あ、でも風呂は大きい方が良い。足を延ばして湯船に浸かりたいからな。
今の俺なら将来叶える事が出来そうな夢を抱きながら風呂場へと向かっていると透明なガラス窓を挟んで中庭が目に飛び込んできた。
凄い……芸術に詳しいわけではないが俺でも目の前に広がる庭園は綺麗だと思う。たしか枯山水庭園って言うんだったか?修学旅行で京都に行った際に竜安寺で見た気がする。
もう少し眺めていたいが廊下で突っ立っていたら邪魔になりかねないからな。
食堂に向かっているのか他の宿泊客の姿が視界の端に入ってきた俺は眺めるのを止めて風呂場へと向かう。
露天風呂を堪能し今すぐにでも酒を飲みたい気持ちを押し殺して部屋に戻るとグリードが目を覚ましていた。
「あ、ジンさん露天風呂はどうでしたか?」
「ああ、最高だったよ。また夜にでも入るつもりだ」
「そうなんですね。それは楽しみです」
どうやらグリードも露天風呂に入るつもりのようだが、風呂に入る準備をしていないところみると夜にでも入るつもりなんだろう。
座椅子に座ってグリードが淹れてくれた冷たい緑茶を片手にスマホを弄る。風呂上がりの俺の為に冷たいお茶を用意してくれるなんてイオやセバスにも劣らない気遣いだ。
そんな事を思いながら時間を確認する。
12時56分か。ダンジョンの話もあるから早めに出るつもりだったが、あまりの気持ちよさに長湯をしてしまったか。ま、良いか。
そう言えば露天風呂に行く前レインの通知が複数入っていたな。
レインを開いた俺はメールの内容を確認する。
冒険者組合やレインの宣伝メールばかりだな。ま、読む理由もないな……お、フェリシティーからだ。ってメールが送られてきた日付が2週間以上前なんだが。今返信したら間違いなく棘のあるメールが返ってくる奴だな。だからと言って既読無視すれば怒られるだろうしな……仕方がない、読んで返信するか。
覚悟した俺は緑茶を飲みながらフェリシティーからのメール内容を読んでいく。
「………ブゥ―!!」
フェリシティーから届いたメール内容に俺は思わず飲んでいた緑茶を吹いてしまう。
「うわっ!」
「ジン、汚いぞ」
突然の事に俺の右斜め前の席に座ってスマホを弄っていたグリードが驚き、部屋の隅で座禅をしていた影光に注意されてしまう。
「わ、悪い」
謝りながら俺は口を拭う。
汚れたテーブルを拭いてくれるグリードに感謝しながら俺は改めに背筋が凍る内容が書かれたメールを読み直す。
「お久しぶりです、影光義兄さん」
敵意や殺意は感じられない。なにより影光の知り合いのようだ。
警戒を解いた俺は楽しそうに話している影光に問いかける。
「で、彼は誰だ?」
「そうだったな。こやつは空閑蘭月と言ってな。拙者と同じ神道零限流の門下生でな。拙者がまだ道場に通いよった時の弟弟子だ」
なるほど、通りで気配の断ちかたが上手いわけだ。
「女将の使いとして参りました、空閑蘭月と申します。どうぞお見知りおきを」
「これはご丁寧に、鬼瓦仁です」
ただの自己紹介にも拘わらず深く頭を下げて来る蘭月にこっちも思わず丁寧口調で返してしまう。なんとも掴みどころのない奴だな。
俺のあとに続いてアイン達も自己紹介をする。アインはいつも通り興味がない素っ気ない態度で自己紹介をしていた。お前はほんと銀以外に興味がないな。
そんなわけで蘭月が用意してくれた大型貨物車を改造して作ったバスに乗り込み俺たちは今夜の宿屋に向かった。
夜でハッキリとした街並みは分からないが、ベルヘンス帝国とは違い建てられている建物はどれも低い。高いモノでも精々5階建てのものばかりだ。ここ一帯だけかもしれないが。
だが何より時々灯とともった建物を見ると本当に異国に来たのだと実感する。ベルヘンス帝国やスヴェルニ王国とは違い建物が全て木造建築で出来ている。前世の時に修学旅行で訪れた京都の街並みを見ているようだ。
やはりこういう街並みを見ているとヤマト皇国について少し気になって来る。
ならこの国の出身である影光にでも訊けば話は早いが、生憎と俺はこの国について他人に聞く事が出来ない。なんせ俺はこの国の出身と言う事になっているからな。
仕方が無いので俺はタブレットを開いて調べようとしていた時だった。
「なぁカゲミツの旦那。この国について教えてくれないか?」
「ん?そう言えばアリサとクレイヴはこの国に来るのは初めてだったな」
「ああ、だから頼むよ」
煙草を吸いながら頼み込む姿はどこか偉そうに見える。ナイス、アリサ!お前のお陰で調べる必要も無くこの国について知る事が出来る!
「そうだのぉ……ヤマト皇国総人口約9億4000万人の国。東の大国とも呼ばれており拙者たちが今居る皇都には約2億弱の人々が住んでおる」
9億4000万かたしか世界人口が約300億人で国の数が50だから平均すれば一国当たりの人口は約6億人。3億人越えと考えると確かに大国だな。
「ヤマトは300年ほど前までは大国でありながら鎖国国家だったらしいが今では他国と交流を深めて行っている」
昔は鎖国だったのか。どうして他の国と交流しようと思ったのかは分からないが、今はこうして観光や仕事で来る事だって可能になったからな。
「これはヤマト出身者ならではの考え方だが、拙者や蘭月が入門した神道零限流のようにヤマトには沢山の武術流派が存在する。それは他の国と違いヤマトでは一つの事を極める事が強者へと道と信じておるからだ」
「職人気質って事か?」
「言い換えれば、そうだ」
ベルヘンス帝国やスヴェルニ王国は魔力量+魔法属性の数が最強であると信じているのに対し、ヤマト皇国では一つの武術、1つの魔法属性を極める事こそが最強と信じているってわけか。
――数対質。
さて、最終的に勝つのはどっちなのかそれは戦ってみなければ分からないだろう。
「そして何よりヤマトは他の国に比べて圧倒的にダンジョンの数が多い。一国に出現しているダンジョンの数は平均6個。しかしヤマトは今回出現したダンジョンを含めて18個にもなる」
影光の説明にアリサたちは驚いた表情になる。当然だよな。数が圧倒的過ぎる。俺も表情に出さないようにするのに必死だったぐらいだ。
ヤマト皇国は国土が隣国に比べて圧倒的に広いため数が多いのは仕方がない。だがヤマト皇国より国土が広いベルヘンス帝国ですらダンジョンの数は全部で9個だ。ベルヘンス帝国の倍の数が存在しているとなると管理が大変な筈だ。
そうこうしていると車が停まった。信号で一時停車したかと思ったが「着きしました」と運転席から聞こえて来る蘭月の言葉で目的地に到着したのだと気づいた。
スマホで時間を確認してみると深夜ではなく既に朝の5時を過ぎていた。今日一日は宿で過ごして終わりそうだな。
2月と言う事もありまだ日が昇っておらず空は闇に覆われていた。しかし車から降りた俺たちの前に歴史を感じさせる旅館が待ち構えていた。
グリードが余裕で通れるほどの立派な門を潜ると遊郭と旅館を混ぜ合わせたような、前世の日本でも見た事の無い5階建ての木造建築物。まるでタイムスリップでしてきたかと錯覚してしまいそうなほどだ。
圧巻の光景に見惚れていたがどうにか我に戻った俺たちは蘭月の後ろに付いて行き隙間から光が漏れる暖簾を潜る。
『ようこそ、幻楼館へ』
朝の5時過ぎにも拘わらず廊下の両脇には数名の仲居さんたちが出迎えてくれた。朝と言う事もあり他の宿泊客の事も考えて声は抑えられていたが、それでも驚きを隠せない。
ヒノキに似た香りが鼻孔を擽り、綺麗に掃除され清潔に保たれている旅館内は俺たちを安らかな気持ちにさせてくれる。
「こちらの仲居が部屋までご案内致します」
蘭月の言葉に近くまで近づいていた2人の仲居が軽くお辞儀をする。
用意されていたスリッパに履き替えた俺たちは2人の仲居さんの案内で部屋に向かった。
イザベラの実家のような煌びやかな装飾品が置かれているわけでもなく、ベルヘンス帝国の皇宮のような近未来のような内装とも違う。まさに和と言った内装に元日本人としてどこか懐かしさを感じる。
旅館の内装に目を取られているとどうやら俺たちの部屋に到着したようだ。
「こちらの男郎花の間が男性方の部屋になっております」
次に、
「こちらの女郎花の間が女性方の部屋になっております」
花の名前が与えられた2つの部屋。どうやら俺たちは隣通しの部屋が用意されていたようだ。部屋のランクは分からないがきっとこれも朧さんが頼んでくれていたんだろう。これは何かお礼しないといけないな。
仲居さんにドアを開けて貰った男郎花の間に入りスリッパを脱いで襖を開けると8畳もの広い畳の部屋となっていた。
だがこの広さでは全員寝るには少し厳しいと思ったがどうやら隣の部屋が寝るスペースになっており既に布団が4つ敷かれていた。一つだけ大きさが全然違う事を考えるとあれはグリード用だろう。流石は異世界こんな布団まであるのか。
さっそく俺は座椅子に座りテーブルに置かれていたお茶菓子を食べながら寛ぐ。
「朝食、昼食は食堂でとなっておりますが、質問等は御座いませんか?」
「いや、今のところ大丈夫だ」
「畏まりました。ではごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
正座からの一糸乱れぬ見事なお辞儀をした仲居さんは音も立てずに部屋を後にした。それにしても作法が完璧だったがここの旅館の仲居さんたちのレベルは高いなと俺は温かいお茶を啜りながら思った。ぜひともお近づきになりたいとも思うがそんな事をすれば間違いなく叩き出されてしまうだろうし、なにより近づけたとして影光たちが部屋に居るのにいったい何処で行為を及ぶと言うんだ。
結局無理な事かと諦めた俺は隣の部屋に敷かれた布団に入る。
「もう寝るのか?」
と影光が訊いて来る。
「眠たいからな。ダンジョンの話は起きてからにする」
「分かりました」
と今度はグリードは返事をした。
長時間飛行機に乗っていたでけでなく時差ボケで頭が回らない俺は布団に横になるなり意識を闇の中へ沈めた。ベットでもないのにフカフカだな。
目を覚ました俺はまだ寝ているクレイヴとグリードを起こさないように隣の部屋に移動した。
座椅子に座って煙草に火を灯した俺はスマホで時間を確認する。
午前11時48分か。となると約6時間の寝ていたわけか。やはり時差ボケのせいであまり眠れなかったな、普段なら最低8時間は寝てると言うのに。
灰皿に煙草の灰を落とした俺は対面に座る影光に視線を向けた。
俺より寝るのが遅かった筈だが目を覚ましたら既に起きて刀のメンテをしていた。
「いったい何時間寝たんだ?」
俺は訊かずにはいられなかった。
「3時間だ。それだけ寝れば充分だ」
当たり前と言わんばかりに刀から目を逸らす事無く返事を返して来た。3時間って……よくそれだけで持つな。俺も緊急の依頼でも舞い込んできたなら別だが普段なら絶対に無理だ。
俺も年を取れば睡眠時間が減るのかもしれないが現在は肉体年齢が19歳だからな。
ヤマト皇国にあるダンジョンについて影光から話を聞きたいがグリードたちが起きてからにした方が良いな。
しかしそうなるとする事がない。
スマホでヤマト皇国に出ている依頼を見るが興味を惹く依頼が無い事も無かったが、数時間でクリアするには少し難しいだろう。グリードたちがいつ起きるか分からないからな。
アイン達の様子でも見に行こうかと思ったが行ったら間違いなく悪態を吐かれるのがオチだ。ならダンジョンについて話を聞くときにでも確認すれば良いだろう。
観光でもしようかとも思ったがそれはダンジョンを攻略してからで良いだろう。ま、どうせ買うのは地酒や肉ばかりになるだろうけど。
なら残るは一つだな。
「俺は風呂に入って来るが影光はどうする?」
「そうだな……直ぐにでも入りたいが今は止めておこう。クレイヴたちが目を覚ました時に拙者たちが2人とも居なければ心配するやもしれないからな」
「それもそうだな」
と言う事で風呂に入るついでに旅館内の散策をする事にした俺は部屋を出て露天風呂へと向かう。と言っても風呂場を知らない俺は途中すれ違った仲居さんに場所を聞いて迷いのない足取りで歩く。
それにしてもほんと立派な旅館だ。元日本人としては懐かしさと憧れを感じるな。もしも家を持つならこんな和を感じる木造建築の家に住みたい。勿論大きさは一軒家サイズで充分だ。これだけ広いと掃除が大変だからな。あ、でも風呂は大きい方が良い。足を延ばして湯船に浸かりたいからな。
今の俺なら将来叶える事が出来そうな夢を抱きながら風呂場へと向かっていると透明なガラス窓を挟んで中庭が目に飛び込んできた。
凄い……芸術に詳しいわけではないが俺でも目の前に広がる庭園は綺麗だと思う。たしか枯山水庭園って言うんだったか?修学旅行で京都に行った際に竜安寺で見た気がする。
もう少し眺めていたいが廊下で突っ立っていたら邪魔になりかねないからな。
食堂に向かっているのか他の宿泊客の姿が視界の端に入ってきた俺は眺めるのを止めて風呂場へと向かう。
露天風呂を堪能し今すぐにでも酒を飲みたい気持ちを押し殺して部屋に戻るとグリードが目を覚ましていた。
「あ、ジンさん露天風呂はどうでしたか?」
「ああ、最高だったよ。また夜にでも入るつもりだ」
「そうなんですね。それは楽しみです」
どうやらグリードも露天風呂に入るつもりのようだが、風呂に入る準備をしていないところみると夜にでも入るつもりなんだろう。
座椅子に座ってグリードが淹れてくれた冷たい緑茶を片手にスマホを弄る。風呂上がりの俺の為に冷たいお茶を用意してくれるなんてイオやセバスにも劣らない気遣いだ。
そんな事を思いながら時間を確認する。
12時56分か。ダンジョンの話もあるから早めに出るつもりだったが、あまりの気持ちよさに長湯をしてしまったか。ま、良いか。
そう言えば露天風呂に行く前レインの通知が複数入っていたな。
レインを開いた俺はメールの内容を確認する。
冒険者組合やレインの宣伝メールばかりだな。ま、読む理由もないな……お、フェリシティーからだ。ってメールが送られてきた日付が2週間以上前なんだが。今返信したら間違いなく棘のあるメールが返ってくる奴だな。だからと言って既読無視すれば怒られるだろうしな……仕方がない、読んで返信するか。
覚悟した俺は緑茶を飲みながらフェリシティーからのメール内容を読んでいく。
「………ブゥ―!!」
フェリシティーから届いたメール内容に俺は思わず飲んでいた緑茶を吹いてしまう。
「うわっ!」
「ジン、汚いぞ」
突然の事に俺の右斜め前の席に座ってスマホを弄っていたグリードが驚き、部屋の隅で座禅をしていた影光に注意されてしまう。
「わ、悪い」
謝りながら俺は口を拭う。
汚れたテーブルを拭いてくれるグリードに感謝しながら俺は改めに背筋が凍る内容が書かれたメールを読み直す。
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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