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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第七十一話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ②

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 2ヶ月弱振りに帰って来た我が家だったが、ボルキュス陛下のせいでたった数時間で夜逃げをする羽目になってしまった。借金取りから逃げているのではなくマスコミからだけど。
 必要最低限必要な物を俺のアイテムボックスに入れ終えた俺たちは帝都を離れる事を考えたが、帝都外に向けて出発する電車は最終便がさっき出たばかりでもう乗れない。
 まだ夕方にも拘わらず電車が止まるわけは夜になれば魔物の活動が活発化するため帝都外行きの電車は本数が少ないのだ。帝都内であれば深夜まで運行している。
 なら飛行機で出ようとも考えたが行き先が決まっていないの人が密集している空港に向かえるわけもない。ただ居場所をマスコミに教えるようなものだからな。向かうなら予約してギリギリに向かうのが一番のベストだろう。
 ましてや普通の飛行機ではグリードが乗れないため亜人種専用旅客機に乗らなければならない。だが残念な事にこの時間帯に離陸する飛行機は無いようだ。
 そんなわけで俺たちが向かった場所は朧さんが経営している旅館『月香庵げっこうあん』である。
 ギルドを出る際に朧さんに連絡して急遽宿泊させて欲しいとお願いしたのだ。
 時期が時期だけにお客の入用が少なかった事もあり、大丈夫だと言われたが突然の頼みでもあったので謝罪とお礼の意味も込めてそこそこ良い部屋を2つ用意して貰ったのだ。別に問題が起きたりはしないだろうがこんな時だからな念のため男女別にしたのだ。ま、一番の理由はグリードが居るからなたった一部屋で全員で寝るのは厳しい。
 そんなわけで貨物車を改造したタクシーに乗り込み俺たちは夜月亭に向かった。それにしても貨物車のタクシーがあるとは流石は異世界。色んな種族に対応しているな。
 遠征や場所が遠い指名依頼の事を考えるならギルド専用の車を持っておいた方がいいだろう。今日みたいな時に足が無いのはキツいしな。
 だけど車買うとなると色々と考えなければならない。税金の問題もあるが一番はグリードが余裕で乗れる車と言う事だ。身長3メートル超えのグリードはギルドでもギリギリだ。背伸びすれば間違いなく頭が天井に届くレベルだからな。
 となると車は間違いなくこのタクシーのように貨物車になるだろう。ただ乗るだけならバスでも良いが、乗り降りを考えるなら貨物車の方が便利だ。それに遠征とかする事も考えるならキャンピングカーのようにした方が良いだろう。となると大型貨物車を改造してキャンピングカーにするしかないな。
 あとはキャンピングカーが余裕で入るぐらいの車庫が必要になるわけだが今のギルドの建物じゃ無理だな。入りきらないし、まず高さが足りないから無理だ。間違いなく入れようとすればビルに激突する。
 そうなるとビルの改装か。いや、いっそう建て直した方が良いな。そっちの方が便利になるだろう。
 となると一番の問題は金だな。最悪な事に全然お金が足りないな。仕方がない影光たちには悪いが依頼達成時のギルドへの報酬割合を上げさせてもらうしかないな。嫌だって言われるかもしれないが仕方がない。
 ま、その話は朧さんの旅館に到着してからで良いだろう。
 タクシーに乗り込んでから目的地に到着したのは50分弱の時間が経過したころだった。
 朧さんがギルドホームであり旅館でもある月香庵があるのは10区。カジノ街である7区や高級ブランド店が立ち並ぶ8区の傍にあるため客の殆どが貴族や富豪の高級旅館。
 何度かこの旅館には何度か来たことがあるが、表口から入った事はない。
 旅館の裏口がギルドとしての表口となっているからだ。
 だからこそ今回客として訪れた俺としては表口がどうなっているのか、旅館内がどうなっているのか楽しみだったんだが、何故かタクシーが停まったのは裏口の方だった。
 正確には表口に一度停まったんだが、裏口に回るよう言われたのだ。で結局俺たちは見慣れた裏口から入る事になってしまったのだ。楽しみだったんだがな。
 少し残念な気持ちになりながらも俺たちは家紋が描かれた暖簾を潜り旅館じゃなくてギルドホームの中へと入る。

『いらっしゃいませ』
 月香庵ではなく夜霧の月の入り口にも拘わらず、従業員数人でのお出迎えに少し驚いたが顔に出すほどでは無かった。
 出迎えてくれたのは月香庵の従業員ではなく全員がスーツ姿の冒険者だった。それでも礼儀正しい出迎えには間違いないけが。
 そんな事を思っていると出迎えてくれた犬耳が特徴的な女性冒険者が俺たちに近づいてきた。

「ようこそ夜霧の月へ」
 月香庵ではなく夜霧の月と名前を出した事を考えて入る入り口は間違ってないようだ。だが朧さんに頼んだ時俺は間違いなく匿って欲しいから泊めてくれ。と言った筈だ。なのになんで月香庵ではなく夜霧の月の入り口から入る事になるんだ。

「ギルドマスターの所まで案内させて頂きます」
 どうやら説明して貰えるようだ。ありがたい正直困っていたからな。

「ああ、頼む」
 俺はそう言って獣人女性の先導で朧さんの所に向かう。それにしても朧さんの所も良い人材が豊富だな。ゲンジやイスギもそうだが彼女もまた高ランク冒険者だろう。
 彼女の歩く姿はとても自然だが、背中から感じる気配は一切の隙が窺えない。
 記憶にある通路を通た先はこれまた記憶にある襖の前までやって来た。

「ギルドマスター、フリーダムの方々をお連れしました」
「入りなんし」
 襖越しに聞こえる朧さんの声に女性冒険者が襖を開ける。
 黒を基調とした着物を身に纏い、煙管を片手に出迎えてくれた。相変わらず妖艶な方だな。

「久しいでありんすな」
「そうだな、フェリシティーの時以来だから……2ヶ月以上になるか」
 今日は仕事の依頼で来たわけじゃないからな世間話をするのも悪くはない。

「それにしても見ない間に主さんは随分と有名になりんしたな」
 まるで狐が悪戯でも思いついたかのような顔でちゃかすように言ってくる。朧さんの事だから皮肉ではないだろうけど。
 朧さんは俺が知る限り一番の付き合いのある冒険者仲間だ。だが同じ冒険者仲間だからと言って同業者である以上仕事上ではライバル関係にも近いわけだ。
 ギルド創設時からお世話になっている朧さんから見れば出来たばかりの新米ギルドがこうも活躍するのは良い気分ではないのかもしれない。ま、SSランク冒険者の朧さんに限ってそんな事はありえないだろうが。

「別に有名になりたくて冒険者になったわけじゃない。でなきゃ朧さんにこんな頼みしたりしないさ」
「主さんも影光義兄さんと同じで目立つのが好かねえでありんすか」
 煙管を一吸いした朧さんはどこか楽しそうに言ってくる。

「それで朧さん俺は月香庵に泊めて貰えるものと思っていたんだが、これまた何故夜霧の月こっちに?」
 疑問に感じていた事を俺は朧さんに問い掛ける。

「主さんはマスコミ連中から身を隠したいんでありんしょ。なら他の客が居る月香庵あっちではなく夜霧の月こっちの方が主さんたちには都合がええと思っただけでありんすよ」
 まさに朧さんの言う通りだ。
 高級旅館ともなれば個人情報の扱いは最高レベルだろう。だから別に月香庵に泊まっても大丈夫だろうが、テレビを見たお客と出くわす可能性だってある。それを考えるならまさに俺たちには好都合と言うわけだ。
 朧さんの機転に助けられた事に俺は感謝して「助かった」と返事をした。

「なに気にしないで良いでありんすよ。その代わりわっちの頼みを1つ聞いてくりゃれ」
 突如甘えた声音で頼み込んで来る朧さん。最初に会った時と同じような態度に俺を含めた大半のメンバーが艶やかな態度に一瞬鼓動が強く跳ねる。
 昔からの知り合いである影光はただただ呆れたように嘆息し、同じ女性であるアリサやヘレンは朧さんの色気を見て「これが大人の女性か……」などと呟き、アインに至ってはまったく興味を示す事無く膝の上で寛ぐ銀を愛でていた。
 俺は平静を装い問い掛ける。

「内容を聞いてみない限り即答は出来ないが、俺たちに出来る事なら引き受けるつもりだ」
「主さんの事だからきっとそう言ってくれると思っていたでありんすよ」
 嬉しそうな声音で答える朧さんは煙管の火皿に刻み煙草を詰めて火を灯す。連続で吸うのか、煙草と比べて煙管の強さが分からないが間違いなく体には悪いだろうな。煙草を吸っている俺が言えた義理じゃないけど。
 一吸いし口笛を吹くかのように煙を吐いた朧さんは頼みごとを説明し始める。

「ま、頼み事と言うより情報提供でありんす。わっちの故郷、ヤマト皇国で新たな迷宮が発見されたでありんす」
 他人事のように言う朧さんの言葉に影光が言葉は発しないが呆れていた態度と打って変わって反応した。

「迷宮と言うとダンジョンの事か?」
「そうでありんす」
 ダンジョン探索か、ゲームや小説ではお馴染となって来たがこの世界に来てダンジョンに入るのは初めてだな。ま、一度ボルキュス陛下の依頼でダンジョンもどきには入った事があるけど。

「で、朧さんが俺たちにその情報を教えるって事はそのダンジョン普通のダンジョンではないんだろ?」
 自信満々に言い放つ俺の顔を見た朧さんもまた煙を吐いた口端を釣り上げ不敵な笑みを浮かべる。

「その通りんす。なんせ出現した事自体が異常でありんすから」
「どういう事だ?」
 朧さんの言葉に俺は首を傾げ疑問符を浮かべたが、俺の左隣に座る影光が即座に教えてくれた。

「ダンジョンと言うのは早々出現するものではない。これまでの記録では国に1つのダンジョンが出現してから次のダンジョンが出現するまでに平均200年~300年、長い時には500年と間を開けて出現すると言われておる。ヤマト皇国でも50年前に出現したばかりだ。なのにまた新しいダンジョンだと……」
 ダンジョン出現。それだけ聞けば確かになんの変哲もない出来事。
 ダンジョンの魔物が外に出てこない限り周辺地域に住む住民も怖がる事はなく冒険者にとっては新たな稼ぎ場が出来たと喜ぶ程度で、自然現象の一種として片づけられるだろう。だがこれまでの記録と照らし合わせるなら確かに異常だ。影光が真剣な面持ちになるのも頷ける。

「でも話はそれで終わりではありんせん。ダンジョン探索を行ってみるとどこにでもあるような普通のダンジョンと同じ構造で出て来る魔物もランクE~Bまでの魔物が単体、もしくは数体で襲ってくる程度」
 俺は一度もダンジョンに入った事が無いから分からないが、魔物のランクを聞く限り脅威に感じるほどではないな。俺が注意するなら狭い空間での戦闘と味方との連携ぐらいだろう。

「だが11階層からはまったくの別物だったでありんすよ」
「別物?」
 灰を捨て煙管を吸うのを止めた朧さんの顔から笑みが消え影光が同様に真剣な面持ちになっていた。だがそれでも妖艶だ。

「迷宮とは普通入り口から最終のダンジョンボスの部屋までは一本道でありんす。途中道が枝分かれしていたとしても行き止まりか罠が仕掛けられているなどで、正しい道は一本のみ。しかしその迷宮は10階層のフロアボスを倒しその先の扉を開け11階層へと向かうとさらに3つの扉がありんす」
 3つの扉……ね。間違いなくそのうちの2つは罠だろうな。開けた瞬間に何かが起こるか、入ってから起こるか分からないが。
 勝手にそう結論付けた俺だったが朧さんから出て来た言葉はまったく違った。

「最初その場所まで到達した冒険者たちも罠を疑ったでありんす。しかしどの扉を開けても全て次のフロアに繋がっていた。と耳にしたでありんすよ」
「おいおいそれは本当かよ」
「ほんざんす」
 朧さんの話が本当ならまさに異常のオンパレードだな。突如現れたダンジョン、必ず一本道の構造の筈のダンジョンがダンジョン内で3つとも次のフロアに行くことが可能なフロアの登場。まったく意味が分からん。

「それだけでは終わりんせん。3つのフロアを調べてみると1つ目は樹海フロア、2つ目は砂漠フロア、3つ目は渓谷フロアになっていんす」
 なんだよその3択は。ポ〇モンの最初のパートナー選びじゃないんだからよ。あまりの内容に頭を抱えたくなる。

「さらに11階層から急に魔物のランクが上がり最低でもランクB-でありんす」
「なるほどね」
 そりゃぁ完璧に冒険者を殺しに来てるな。
 10階層まで低ランクの魔物で油断させておいて慣れていないであろう環境と言う檻に閉じ込めてからランクの上がった魔物で殺す。このダンジョンを創った野郎は間違いなく性根が腐ってやがるな。
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