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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第七十話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ①

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 公暦1327年2月14日木曜日午後5時20分。
 ボルキュス陛下の依頼を達成した俺は今久々の我が家に帰って来た。え?帰って来るのが遅くないかって。そりゃ溜まりに溜まったエネルギーを放出していたからな時間が掛かってしまった。ま、そのお陰で財布と下半身が軽くなったが問題ない。
 一ヶ月半振りに帰って来たホームだが、何も変わっていなかった。嬉しような悲しいような。
 そう思いながら俺はグリードが用意してくれた温かい緑茶を飲んでいた。皇宮ではコーヒーか紅茶しか出なかったからな、元日本人としてはたまに緑茶も飲みたくなる。
 我がギルドには色んな国の出身者が居るヤマト皇国、ベラグール王国、ベルヘンス帝国、アルメティル王国、レグウェス帝国と様々だ。ま、最後の国は既に滅んでいるし、出身国と言うよりかは製造国と言った方が正確だろう。そんなわけで、各国の文化や習慣を取り入れていたりするためこうして我が家で緑茶を飲むことが出来るのだ。
 因みにこの緑茶の茶葉は朧さんに頂いた物だ。
 高級茶葉なのかはしらないが懐かしい味を堪能しながら周囲を見渡す。
 リビングで寛いでいるのは俺とヘレンだけで影光、アイン、アリサ、クレイヴの4人は珍しくパーティーを組んで依頼を請けているそうだ。Aランクのヘレンが参加していないのは今日の昼まで帝都を離れていたらしく参加出来なかったためらしい。で、グリードはキッチンで夕食の準備中である。
 寝室に戻るのも考えたが影光たちもそろそろ帰ってくるらしいからリビングでテレビでも見ながら寛いでいるとするか。
 テレビのスイッチを入れた俺は懐から取り出したタバコに火を灯して吸う。ついでにアリサが入社してから購入した煙草専用の空気清浄機にのスイッチも押す。

「ふぅ~」
 リモコンのボタンを色々と押して面白番組を探すがこの時間帯にしているのは子供向けの番組かニュースぐらいしかなかった。
 あまり気になる内容もやってないな。そう思った時緊急速報が入って来たたテレビを消すのを止めて見入る事にした。

『お伝えします。先日28区にある軍事墓地慰霊公園で起きた事件に関してボルキュス陛下より緊急記者会見が行われたもようです』
 おいおい俺は何も聞いていないんだが。
 あの事件の関係者の俺に一言もなく始めるってどういうこと。ま、相手は皇帝で俺は一介の冒険者だ。だけど一言ぐらいあるのが筋ってもんだろ。ま、言われたところで別に即座OKだったけど。
 テレビに映し出されるとそこにはボルキュス陛下がこれまた堂々とした態度で椅子に座っていた。よく見ると初めて謁見した際に見た宰相さんの姿もあった。

『先日起きた事件は我が娘ジャンヌ・ダルク・ベルヘンスの命を狙った襲撃であると判明した。既に犯人は討伐され娘も負傷はしたが命に別状はな――』
 威厳の塊と言った態度で状況を説明するボルキュス陛下。初めて謁見した時もあんな感じで怖かったんだよな。
 そんな事を思っている間もボルキュス陛下の話は続き、質問タイムとなった。陛下に質問って身分を弁えろ。って言われそうだけど大丈夫なのか?

『それでは質問させて頂きます。ジャンヌ皇女殿下の命を狙った襲撃とおっしゃっておられ、私どもの情報にも襲撃現場にジャンヌ皇女殿下らしき人物を目撃したと言う情報が入っております。しかしジャンヌ皇女殿下は地獄島ヘル・アイランド探索任務で部下を失ったショックで床に臥せっておられると言う話でしたが、ジャンヌ皇女殿下が完全回復したと言う事でよろしいでしょうか』
『娘の容態についての公式発表は後日行うつもりだが、そう遠くないうちに軍人として復活すると考えて貰って構わない』
『おおおぉ!』
 ボルキュス陛下の言葉に記者たちが騒めき出す。力のある有名人が復活するんだ、喜ばずにはいられないよな。

『ジュインプ放送局のハルトです。襲撃現場にはジャンヌ皇女殿下だけでなく冒険者が1人居たと言う情報がありますがそれに関してはどうなのでしょうか?』
『如何にも、その冒険者こそ我が雇ったカウンセラーだ』
『冒険者をカウンセラーとして雇ったと言う事ですか?』
 カウンセラーの資格を持っているかの問題は兎も角、冒険者に頼むと言う行為に質問したハルトと言う記者を含め全員が驚いていた。ま、当然だよな。俺も依頼を聞いた時は自分の耳を疑ったからな。

『我が信頼している冒険者だ。なんの問題もあるまい。それに奴は見事に依頼を達成してみせたぞ』
 見事に解決したのだから文句はあるまいと言う顔つきで答えるボルキュス陛下。その言葉に誰も意見を唱えられる者はあの場にはいなかった。

『グライシュ新聞のヤーシィです。襲撃犯は討伐されたとの事ですが、先ほどの話では襲撃犯の強さはSSランクの魔物に匹敵するとの話でしたが、そのような危険人物を1人の冒険者とジャンヌ皇女殿下の2人で討伐されたと言う事でしょうか?』
 ああ、また面倒な質問をするな。
 最初に戦っていたのはジャンヌだ。だがボルキュス陛下の答えによっては面倒な事になる。目立ちたくない俺としては殆どジャンヌが戦い俺はサポートに徹したと報道して欲しい。
 そう願う俺は煙草を咥えていた歯に力が入る。
 テレビ画面に映し出されているボルキュス陛下の顔に一瞬悪戯小僧のような不敵な笑みが零れたような気がした。

『襲撃犯に止めを刺したのは娘のジャンヌだが、奴の体力を消耗させ瀕死の状態にまで追い込んだのは我が雇った冒険者だ』
 その言葉に記者会見は騒々しくなっていく。拙い。頼むからやめてくれ。

『そ、それほどの力を持った冒険者となるとSランク、いえ、SSランク以上の冒険者と言う事でしょうか?』
『いや、奴はまだAランクの冒険者よ』
『え、Aランクですか!しかしSSランクにも匹敵する敵をAランクの冒険者が単独で瀕死にまで追い込めるとは到底思えないのですが』
『どれだけ力があろうと最初はGランクからのスタートだ。我が信頼する冒険者は冒険者になって日も浅い。しかし奴が持つ力は本物。そして奴は信頼に足る存在だと我は認めている』
 まるで自慢するかのように答えるボルキュス陛下。それに反応するように記者たちの騒々しさも増していく。頼むからやめてくれ!俺は目立ちたくないんだ!俺は自由自適に過ごしたいだけなんだ。別に名声や名誉が欲しいわけじゃないんだ!

『して、その冒険者の名前は?』
 頼む伏せてくれ。それだけは伏せてくれ。ベルヘンス帝国皇女を救った謎の冒険者としておいてくれ。別にそんなミステリアス性なんて欲しくはないが、目立つよりかは遥かにマシだから言わないでくれ。

『お主ら、悲劇の騎士と名付けられた人物の事を知っておるか?』
 何やら企んでいるかのような表情で問いかけるボルキュス陛下に記者たちは一瞬呆けたのか先ほどまで騒々しかった記者会見場に静寂が訪れる。

『確か……スヴェルニ王国で起きた事件ですよね?ルーベンハイト公爵家の令嬢を救った英雄でありながら王族を殴った罪で国外追放処分になった……まさか!』
 1人の記者が気付いたような反応にボルキュス陛下は不敵な笑みを零すと席から立ち上がり威風堂々とした態度で発表した。

『如何にも!我が娘を護り救ったのはギルド『フリーダム』ギルドマスター、オニガワラ・ジンである!』
 高らかに発表する姿はまさに一国の皇帝の姿。流石ですよボルキュス陛下。
 そう思いながら俺は吸っていた煙草を灰皿で火を消すなり天井を見上げた。確かに今回の事は口止めするようには頼んでいなかったし、事件が事件なだけに発表する必要性もある事も知っている。だけど俺が目立つ事が嫌いな事は知っているでしょ!

「どうしてこうなるんだよ!」
 頭を掻きながら俺は絶叫し、グリードは俺の声にビックリし、ヘレンはマイペースに「ジンの名前が出たのだ~」と嬉しそうに言っていた。
 依頼が達成されても上手く行かない事ってあるんだなと言う事を思い知らされた頃、ようやく影光たちが帰ってきたのだった。絶対にアインに何か言われるだろうな。もしかしたら他の奴らにも言われるかもしれない。そう思うと更に憂鬱になる。
 するとまるで俺の考えを神様が叶えたかのようにエレベーターがチィンッと音を鳴らす。
 俺は視線をドアに向けると同時に気配感知で確認するとエレベーターから3人の気配を感じ取る。1人は生命体ではないから気配は感じないが空中に浮いている1匹の気配がこちらに近づいてくる。ああ、間違いなく影光たちだ……。
 もうどうする事も出来なくなった事に俺は項垂れグリードが淹れてくれたお茶飲む。
 ドアが開かれ見知った顔の連中がやって来た。

「見知った気配があると思えばやはり帰っておったか」
 俺の姿を見て笑みを浮かべる影光たち。銀は久々の俺の姿にアインの腕から抜け出し俺の胸に飛び込んで来る。
 俺の姿を見て顔を顰めていたアインの顔が銀が俺の許へ来た事で更に苦虫を噛み締めたようななんとも言えないような顔になる。サイボーグの精巧に造られてるな。

「銀、久々に会ったが強くなったようだな」
「ガウッ!」
 俺の言葉に嬉しそうに反応する。ああ、我が家の癒し担当である銀を見るとほんと癒されるな。

「マスターそれ以上汚物に触れていると病気になってしまいます。さ、全てにおいて清廉な私の許へ」
 優しい表情で自分の許へ来るよう手を差し出したアインは自分を持ち上げ、俺をディスる。相変わらずの通常運転でなによりだよ。
 銀は一度アインの方を向くがフイッと顔を背ける。まるで銀が「嫌っ!」と言っているかのようだ。

「そ、そんな……あの数秒の間に汚物の臭いでマスターが洗脳されてしまった!やはり汚物は消毒あるのみですね」
「待て待て!」
 機械らしく目を輝かせたアインは亜空間から魔導軽機関銃ライトマシンガンを取り出し、俺を殺そうとする。
 俺を含め全員がアインの暴挙を止める。まったく久々に帰って来て早々我が家を壊されてたまるか!
 どうにかアインを宥め落ち着かせる事に成功した事に安堵した俺たちは全員ソファーに座ってグリードが用意した飲み物を飲みながら約2ヶ月弱の事を話し合った。

「護衛や討伐任務ではなかったからどうなるか心配してたんだが、杞憂で終わってなによりだ」
 記者会見は終わったがどこのニュース番組でもジャンヌ復活とその立役者として俺の事が報道されており、俺が説明するまでもなく既に知っていた。多分アインの脳内ネットで知ったんだろ。

「終わってねぇよ。なんだよあのニュース、あれじゃ目立っちまうじゃねぇか!」
「ま、記者会見で言われては仕方があるまい」
 頭を抱える俺に対してお茶を飲みながら言ってくる影光。

「影光、他人事だと思ってるだろ?」
「そりゃ、仁の事だからな。拙者には関係ない」
 やはりそうだろうと思ったよ。関係ありませんと言う顔をする影光とそれと同じような顔をするアインたち。

「ボルキュス陛下がフリーダムの名前も出したからな。間違いなくここにマスコミ連中が押しかけて来るぞ」
「なぬ!アインそれは真か!?」
 やはりアインから教えて貰ったようで慌ててアインに確認する影光。
 それに驚いていたのは影光だけではなく、アリサとクレイヴ、グリードもだった。
 グリードは両手を握ってオドオドしており、クレイヴはこれ以上にないほどの面倒臭そうと言う顔をしており、アリサも舌打ちをするなり「メンドクセェ」と煙草を吸いながら呟き、流石のヘレンもマスコミに囲まれるのは嫌らしく「それは嫌なのだ」と呟いていた。
 マスコミに関して言えば俺だけでなく全員が好きじゃないようだ。だから俺は目立つのが嫌だったんだ。マスコミは無駄に騒ぎ立てるだけでなく、根掘り葉掘り訊いて来るから超鬱陶しい。

「ええ、確かにフリーダムの名前を出してましたね」
 俺の膝の上に乗る銀を撫でながらこれまた他人事のように言ってくる。

「何故それを言わないんだ!」
「私には関係ありませんから」
「「関係あるだろ!」」
 俺と影光の声が重なる。
 互いにどれだけマスコミが嫌いなのかが分かる。

「お前ならちょっと考えればすぐに分かる事だろ!マスコミがくれば銀だってテレビに映るかもしれない。そうなれば銀を狙ってくる連中だっているかもしれないんだぞ」
「はっ!なんて事……私としたことがマスターの事を想っていてすっかり忘れていました……」
 事の重大さを理解したアインはあまりのショックに崩れ落ちていた。そこまで銀を世間に知られたくないのか。

「こうしてはいられない。今すぐにでもここから離れるぞ!」
『了解!』
 マスコミのお陰とは考えたくはないが、久しぶりに全員集合し団結力低下を心配していたのが必要なくなった。
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