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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第六十三話 眠りし帝国最強皇女 ㉞

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 あれからどれぐらいの時間が経ったかは分からない。
 1時間なのか、10分なのか、5分なのか、もしかしたら1分も経っていないのかもしれない。ただ分かる事はライアンたちがまだ到着していない事を考えると5分は経っていないんだろう。
 だが、戦闘ヘリのプロペラ音が僅かに聞こえる。もうそんなに長い間戦える時間は残っていないだろう。
 それにしても予想以上に頑丈な奴だな。
 互いに致命傷は与える事が出来ず、ただ外傷が増えていくだけだ。
 俺は口端を切って血が流れている事と右腕を打撲している程度だが、奴は薬を使う前に肋骨と顎にヒビもしくは折れている。もしかしたら薬の投与で治癒力が上がり自己再生をした可能性があるが、構わない。それ以上に攻撃をすれば良いだけだしな。
 膝や顔と言った場所に殴たり蹴ったりして俺と同じように口端から血が流れ、右膝には力が入らないのか震えている。
 あと少しで奴は動けなくなるだろう。だがライアンたちが来れば間違いなく人質にする可能性がある。この場には人質となり得る負傷したジャンヌが居るがその間に俺が立っているから人質にする事が出来ないでいるのだろう。
 だがライアンたちが来れば違う。意識が割かれ間違いなく反応が遅れる。そうなれば最悪死人だって出るし、逃がせば一般人にも被害が出る可能性だってある。それだけは避けなければならない。
 仕方がない。仕事として片づけるか。
 力開放量+2%
 力開放率10%
 久々に楽しめたぜ。
 人外化物野郎にお礼を心の中で口にした俺は対戦相手ではなく討伐対象として完璧に認識する。いや、少しは討伐対象として見てたよ。だけどあれだけ強くなるとね。これまでの欲求不満を解消しようと遊んじゃうですよ。
 ま、そんな言い訳は置いといて俺は人外化物野郎目掛けて走る。
 これまで以上に速くなった俺のスピードに驚く人外化物野郎は化物になってから使っていなかった魔法を使う。
 体が大きくなった事で魔法銃を握れないくはなったが、魔法を使えないわけではない。ましてや化物になった奴はこれまで以上に速く、そして高威力の魔法を放ってくる。
 しかし今の俺に躱せない攻撃じゃない。
 最低限の動作で躱すと人外化物野郎が放った水速針ウォーターニードルは20メートル後ろに生えていた木の幹を抉り倒す。おいおい威力がもう洗車の大砲並みだぞ。
 先ほどまで小さかった水速針ウォーターニードルは魔力増幅の影響なのか、長さ1メートル厚さ3センチとなっていた。もう針って言うより細長い杭だろ。と言うかあの細さで木を抉り倒すって威力ヤバすぎだろ。
 ってツッコんでる場合じゃないな。
 俺は討伐対象者である人外化物野郎の懐に入り込みむと奴のお腹に拳をねじ込むように思いっきり上空へと殴り飛ばした。

「ガハッ!」
 普通に殴り飛ばしていたら間違いなく周囲に被害が出ると思って上に飛ばした人外化物野郎は上空50メートル以上まで飛ぶとそのまま落下してくる。
 俺の居る場所まで落ちて来る時間は約3秒強。奴の身体能力なら地面に激突して潰れる事はないだろう。
 そしてそれは奴も分かっているのか空中で態勢を整え、俺に目掛けてではなくジャンヌ目掛けて大量の水速針ウォーターニードルを放つ。

「あのクソ野郎が!」
 俺は慌ててジャンヌの傍まで移動し降り注いで来る水速針ウォーターニードルを掴み無力化していく。

「ジンッ!」
 1秒の間高速で降り注いだ大量の水速針ウォーターニードルをどうにか命中するであろう範囲のだけを狙って無力化したが、全てを無力化する事は出来ず俺の左脚に貫通してしまう。
 それに気が付いたジャンヌが心配して名前を叫ぶが、大丈夫だ。

「安心しろ、この程度あの場所では日常参事だったからよ」
 10%も力を開放した今の俺の肉体は貫通させる事は出来ても吹き飛ばす事は出来ないぜ。
 俺にダメージを与えられた事が嬉しいのか歪な笑みを浮かべる人外化物野郎。とうとう真面に笑う事も出来ないようだな。
 そんな人外化物野郎が突如として爆発する。

「どうやら来たようだな」
 どことなく安心した声音で呟くジャンヌ。
 ああ、来ててしまったようだな。残念に思う俺。
 人外化物野郎の奥の上空を見ると数機の戦闘ヘリがこちらに向かって飛んできていたのだ。
 それから推測するにさっきの爆発は戦闘ヘリから発射された。対戦車ミサイルだろう。いや、この場合は対大型魔獣ミサイルと言うべきかもしれない。
 ま、突然上空に角の生えたオーガのような化物が現れたら攻撃するよな。
 だが残念な事にあの程度の攻撃じゃ、あの場所に住む連中にダメージを与える事は出来ない。そしてあの島に住む連中と同等の力を手に入れた人外化物野郎が殺やれるわけもない。
 黒煙の中から姿を現した人外化物野郎は無傷のまま落下していた。やっぱりな。

「やはり駄目か……」
 あの島で戦った事にあるジャンヌも想像していたんだろう。
 僅かな期待が敗れ去った事にガッカリしているが、ショックを受けたようすはない。これもある意味成長と言えるだろうな。
 そう思いながら俺はジャンヌ大して振り向く事無く言葉を発する。

「ま、奴は俺がなんとかする。だが――」
「っ!ああ、分かった。任せたぞ」
 ここに来て疑う事無く信頼の返答が来たことに喜びを感じ笑みを零した俺は落下する人外化物野郎の着地地点へ移動する。
 人外化物野郎も俺が着地の瞬間を狙っていると分かると俺に向かって手を翳すのではなく、左の拳を振り上げた。
 その左拳には水魔法で出来た棘付きの籠手で覆われていた。
 もう1秒も掛からないうちに俺と奴は衝突するだろう。だからこそ奴も致命傷が与えられない攻撃でなく確実な方法を選んだだろう。
 さぁ、最後の勝負だ!
 あの島に住む連中と同等の力+落下速度の威力を考えると、今の力では負ける可能性がある。ましてや俺は人外化物野郎の魔法攻撃で左脚を負傷し拳に力を伝えづらくなっている。最悪骨折どころかあの棘付きの籠手で貫かれる可能性だってある。
 なら、方法は1つだ。

「ジィネエエエエエエエエエエエエェェェ!」
 真面に言葉も発する事無くなっている人外化物野郎は雄叫びのような咆哮を上げながら左拳を振り下ろした。

「十八番其の伍、一本杭アバティス!」
 奴の攻撃に合わせて奴の顔ではなく左拳に目掛けて俺は五指突きと同じ手の形で左腕を突き出した。

「クッ!」
 先ほどの攻撃で開いた左脚の穴から激痛が走り、思わず苦痛の声が漏れる。
 なによりそこから血が流れだし、足が滑り踏ん張りが効かなくなり始めた。
 一本杭アバティスは五指突きから思いついたカウンター技。
 指先から肩までを気配操作技の1つ剛気ごうきで覆い、相手の力を利用して貫く技。
 技名は戦国時代に歩兵や騎馬隊を通さないために発明された逆茂木さかもぎから来ている。
 だが、この技は何より下半身の踏ん張りが必要だ。なんせ相手の力を利用して貫く技なのだから。だがそれは俺が持つ大半の技がそうだ。
 なら一番可能性のある技を使うのが通り。それにこの程度の怪我で殺られるほど俺はあの島で軟な生活をしていた覚えは無い!
 ましてや海辺付近に住む連中程度の力しかない人外化物野郎コイツに殺られるわけがないだろうが!

「オラッ!」
 痛みで力が抜け曲がっていた左脚に力を入れ膝を伸ばす。その勢いで俺の指先は人外化物野郎ヤツの籠手を貫きその先の腕まで貫いた、
 だが俺の攻撃はこれでは終わらない。
 俺は再度全身に力を篭め人外化物野郎ヤツの左腕を抉り取った。

「ガアアアアアアアアアァァァ!」
 これまで感じた事の無い激痛に枯れた絶叫を上げながら俺の横を通り過ぎ地面に激突する。だがこれでは終わらない。
 左腕を抑えながらのたうち回る人外化物野郎の右腕と両足を圧し折る。

「ガアアアアアアアアアァァァ!」
 別に怒りでやったわけじゃない。だいたい本気で怒っていたらこの程度で済ませるわけがない。
 腕と両足が折られ動けなくなった人外化物野郎は涙を流しながら未だ叫んでいた。やはり身体能力が上がって身体頑丈になろうと痛覚耐性だけはどうにもならなかったようだな。ま、あれは慣れだからな。
 そんな事を思いながら俺は人外化物野郎の胸を足で抑えつけ、質問する。

「答えろ、お前のその薬を与えたのは誰だ?」
「オネガイ……デス……ゴロザナイ……デ……」
 まるでオーガが人語を喋っているかのような片言の言葉で命の懇願をしてくる。ったくジャンヌを殺そうとした奴が本気で助けて貰えると思っているのか。
 そう思うと胸を抑えつける脚に力が入る。

「答えろ。そうすれば俺はお前を殺さない」
「アリガドウ……ゴザイ……マズ」
 助けて貰えると本気で思っているらしく安堵の表情が見える。これなら情報を引き出せるだろ。

「ならさっさと答えろ」
 催促していると言葉だけでなく抑えつける脚にも力を入れて肉体に教え込む。

ワダジガ私が……ジッデルノハ知ってるのは……アノグズリヲあの薬を……モッデギダノガ持って来たのが………グロイチョウバツノ黒い長髪の………オンナッデダゲデズ女ってだけです
 黒い長髪を持った女か。だが黒髪の女ってだけじゃ誰なのか分からない。せめて種族や他の特徴が無ければ探すなんて不可能だ。この国だけでも黒髪の女なんていっぱい居るからな。

「他に特徴は無いのか?顔は見たんだろ?」
ワガラナイ分からない……アノオンナハあの女は……ジロイガメンでガオヲ白い仮面で顔を……ガクジデイダガラ隠していたから………ダダただ………ワレワレガデヲガズ我々が手を貸す………ドイッデイダと言っていた
 我々……やはり1人じゃないようだな。と考えると組織か。いったいどれだけ大きい組織かしらないが、あんなヤバい薬を作る連中だ。相当頭のイカれた連中である事は間違いないだろう。

「ズべデバナジダ……ダガラダズゲデ……」
 もうまともに会話すら出来ないようだな。ならこの薬は力を得る代わりに脳が衰えていく薬と言うより魔物に近づいて行く薬と言うべきだろう。まったくこの薬を開発した組織は何がしたいんだ。

「そうだな」
 これ以上コイツから話を訊く事は出来ないだろう。元に戻せる方法が見つかるかもしれないが、治った所で暴れられる危険性と、どこに組織の人間が潜んでいるか分からない以上生かしておいて良い事はない。なんたって仮面の女は連隊長と接触しある程度の信頼を得るだけの話術を持った奴だからな。

「じゃあ後は任せたぞ、ジャンヌ」
「ああ……」
 悲し気な表情で俺の前に現れたジャンヌ。その手には氷の刃が生えている魔法剣が握られていた。

「ヤダ!ジニダグナイ!」
 ジャンヌの姿を見て理化したのか暴れようとする。しかし俺が脚で抑えているから逃げる事は出来ない。

「リュド、済まなかった……私が未熟だったばかりにお前をこんな姿にしてしまった」
「ジニダグナイ!ジニダグナイ!ジニダグナイ!」
 体の痛みを我慢し両手で握りしめた魔法剣の切っ先を人外化物野郎の胸に照準を合わせる。頼むから誤って俺の足は刺さないでくれよ。
 そんなジャンヌの姿に何度も何度も死にたくない。懇願の目で叫び続ける。

「だが、貴様がしでかした事は許される事ではない。罪を償って貰いたいところだが、今のお前では死んで償って貰うほかない。だからお前は先のあの世で部下たちに謝罪してこい。大丈夫だ、私のいつの日かそっちに行く」
「ジャンヌ皇女殿下……」
 どういう訳か知らないが、最後の一言だけ本当のリュドに戻った時の声だった。
 それの声はジャンヌにも聞こえていたのだろう。
 この男がどれかけの事をしでかそうと共に暮らしていた思い出が消えるわけじゃない。
 そんな思い出を思い返しながらジャンヌは涙を流しながらもリュドの胸に凍てつく氷の刃を突き立てた。
 化物と成り果てたリュドは動かなくなり、首に指をあてて脈が無いか確かめ死んだ事を確認した俺は俯き涙を流すジャンヌに、終わったぞ。と呟いた。
 そんな俺の言葉に更に涙を溢れ出させるジャンヌ。
 異様な姿でこの世を去ったリュド。
 その場に座り込み懐から取り出したタバコに火を着けて一服する俺。
 誰1人も喋ろうとしない3人に公園に降り立とうとする戦闘ヘリのプロペラの風が戦闘で熱くなった体を冷ますように通り過ぎて行く。
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