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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第五十九話 眠りし帝国最強皇女 ㉚

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 リュドの言葉は脳内に入っては来る。だが上手く機能しない悩に入って来たところで纏まるわけもなく、逆に悪化していった。

「私はずっと貴女の事が憎くて、妬ましくて、嫌いでした。だが正攻法では貴女を殺すことは出来ない。暗殺者を雇ったとしても上手く行く可能性は低い。最悪のは依頼したのが私だとバレてしまう危険性があることです」
 思考が纏まらない私に放置してリュドは苛立ちを含んだ声音で淡々と話し続ける。

「そんな時です、ある作戦を思いついたのは。貴女が満足する相手を求めている事、周囲が第304独立遊撃連隊の功績に沸いているこの状況を利用すれば、手を汚さずに貴女を確実に殺せると判断しました」
 先ほどとは違い弾んだ声で語るリュド。
 その言葉に脳内に1年以上前の記憶が蘇る。
 城門を潜れば笑顔で歓喜の声を上げて喜ぶ民たちの姿。その姿に喜びを感じつつもどこか納得の行かない自分が居る事も。
 そんな私に与えられた新たな任務――

「……地獄島ヘル・アイランド探索任務」
「ええ、そうですよ。もしかして私たちなら見事に任務を成し遂げられると思っていたのですか?勇者や魔王と言った傑物や迷い人、送り人と言った常人以上の才能に溢れ将来英雄になる可能性を秘めた者たちですら攻略が出来なかったあの地獄島ヘル・アイランドを本気で攻略出来ると思っていたのですか?」
 嘲笑うかのように語るリュドの姿。まるで最初から出来ないと分かっていたかのような口ぶり。
 それだけで先ほどまで機能していなかったが一瞬にして再起動した私の脳は理解した。
 あの任務の発案者がリュドだと知っている。なんせ会議にも一緒に参加していたのだから。
 あの事件の前からリュドは私の事を恨んでいた。そのためにあの案を考え、私の心理や状況を利用すれば許可が出ると考えた。そして実行した。

「結局殺す事には失敗しましたが、心が死んでいたので良しとしていたのですが、まさか復活してくるとは思いもしませんで。だから大樹喰らいフォレスト・イーターを使って貴女とあの生意気な冒険者を不慮の戦死として消そうと思ったんですがね、結局それも失敗に終わってしまいました」
 今度は呆れた物言いで語る。奴の表情がここまで変わるのを第304独立遊撃連隊の時にすら見たことがない。
 そうかずっと隠し続けてきたのか。

「私を殺すために……」
「ええ、そうですよ」
 地獄島ヘル・アイランドへと向かう私たちに歓喜にも似た声援を発する民たちに見送られる。
 その光景に嬉しくもあり、心強く感じていた。
 だがお前はテレビ中継を見ながら私たちを冷笑を浮かべていたのか。

「私を殺すためだけに部下まで巻き込んで……」
「邪魔でしかなかったので丁度良いとは思いましたが」
 まるでテーブルの上に置ていたゴミを面倒に感じながらも近くのごみ箱に捨てるかのような口調で答えるリュド
 次々と悲鳴と共に倒れていく大切な仲間たち。
 助けたくても、護りたくても、その全てを奪い去る圧倒的な力の前に絶望する私たちに、お前は愚かだとせせら笑いながら寛いでいたのか。
 大半の部下を失い、絶望しきって帰って来た私たちを見て嘲笑っていたのか。
 私の中で何かが切れたような気がした。
 怪我もしていないのに視界が赤く染まり、止めどなく殺意が湧き上がって来る。

「貴様アアアアアアアアアアアァァ!」
 私は腰に携えていた魔法剣を抜いて目の前のクズに襲い掛かっていた。
 奴の顔を捉え一刀両断しようと振り下ろしていたはずが、気が付けば腹部に強烈な鈍痛が襲い後ろに吹き飛ばされていた。

「クッ!」
 どうにか両足で着地したが、胃の中の物を全て吐きそうになるのを抑え込む。昼食を食べずに来て正解だった。食べていたら間違いなく吐いていただろうからな。
 先ほどまで怒りで我を忘れかけていたが、今の一撃で頭に上った血が冷めていき冷静さを取り戻せた。
 だからこそ理解出来ない。1年以上ものブランクがあるとは言え私が吹き飛ばされる可能性は低い。これは慢心でも油断でもない。確かに先ほどは怒りで雑な攻撃になっていたかもしれないが、それでも奴が止められる攻撃ではない筈だ。
 なのに奴は私が魔法剣を振り下ろすよりも速いカウンターを決めて来た。
 奴も1年で成長したって事か。いや、たった1年で私を追い抜けるだけの実力があるのならもっと強くなっている筈だ。
 ならいったいどういう事なんだ。

「皇女殿下、どうして私がこうして貴女の前に姿を現して正直に犯人だと告げたと思うんですか?」
 胸ポケットから取り出したクリーニングクロスで眼鏡を拭きながら問いかける。
 確かにそうだ。
 国家反逆罪と言う重罪を犯しておきながら素直に話すわけが無い。
 まさか罪悪感から?いやそんなわけが無い。それならもっと早く罪を償っているはずだ。
 なら何故?
 それに奴から感じる自信に満ちた余裕はなんだ。

「先ほども言いましたが、私は貴女が嫌いだ。人がコツコツと努力してようやく第304独立遊撃連隊の連隊長になるかと思いきや地位と才能だけの小娘にその座を奪われたのですから」
 第304独立遊撃連隊の連隊長になるには勿論文武両道に長けている事は勿論、他の者からの信頼や実績が必要。そしてそれら全てを精査し前連隊長だった者の指名で決まる。
 私が連隊長になる前の連隊長は向上心の強い人物だった。才能に胡坐を掻く事無く上へ上へと向かう人だった。しかし任務の負傷で部隊を抜けなければならなくなると、次の連隊長に大隊長でしかなかった私が示されたのだ。
 あの時は誰もが奴がなるモノだと思っていた。私ですら思っていたのだから。
 誰よりも真面目に取り組み努力も怠らず、この私ですら見習うべき事があると思っていた程に。しかし現実は私が指名された。
 正直、突然の事に驚きはしたが連隊長に指名されたからには私が出来る事はするだけだと頑張ったつもりだ。
 そしてその頑張りが実ように実績を上げ部下たちの信頼を獲得していったのだ。だがどうやら奴はそれが気に喰わなかったようだ。

「つまり貴様はたかが私に連隊長の座を奪われた嫉妬だけで死線を潜り抜けて来た部下たちを殺したのか!」
「たかが、だと……」
「っ!」
 眼鏡を拭く手を止め、これまで奴から感じたことのない殺気を向けて来る。

「ええ、そうでしょう。貴女からしてみればその程度でしょう。ですがそれが全てだった私にとってそれがどれほどの屈辱だったか貴女には分からないでしょうね!」
 怒りを露にすると手に持っていたクリーニングクロスを地面に叩き付けた。

「最初は納得していなかった戦友たちも貴女が功績を出すだけで直ぐに掌返しして、私の目の前の貴女の事を誇らしげに語る。私が一生懸命コツコツ努力している間に貴女は私から全てを奪ったんですよ!」
 そんな……事で貴様は部下たちを死地に送り出したのか。

「そう言えば、先ほどの答えをまだ言っていませんでしたね」
 何かを思い出すと不気味なほど怒りが収まり、いつもの平静とした立ち姿で拭き終わった眼鏡を掛ける。

「私は手に入れたんですよ。貴女を殺せるほどの力を。そしてもう第304独立遊撃連隊にも興味ありません。私はそれ以上の事を成し遂げるのですから。ですから貴女にはここで私の真の力を味わって死んでもらいます!」
 そう叫ぶと奴は懐から取り出した魔法拳銃で攻撃してきた。
 攻撃して来た魔法は水速針ウォーターニードル
 ウォーターカッターと呼ばれている工作機械がある。
 直径0.1ミリにも満たない穴から高圧をかけた水を吹き出す事でダイヤモンドですら切断してしまう威力のある世界最強の切断機である。
 その原理を利用して生み出された水速針ウォーターニードル
 直径1ミリ、長さ5センチの水針が音速を超えた速度で襲って来る。
 私はその攻撃を肉体強化魔法を使い躱す。
 水速針ウォーターニードルの弱点は射程距離と横からの衝撃に弱い事だ。しかしその発射速度、殺傷能力と貫通力は全ての魔法の中で上位に入るほどだ。
 危なかった。銃口を向けられた瞬間に回避行動を取って正解だった。
 それに奴が使う武器が魔導拳銃から魔法拳銃に変わっていた事には驚いたが、そのお陰で助かった。回避行動は取っていたが、魔導拳銃なら間違いなく私の脚を掠めていただろう。
 魔法拳銃は魔導拳銃や通常の拳銃よりも発射されるまでに一瞬のライムラグがある。それは魔力を魔法へと変化させ具現化するためにどうしても時間が掛かってしまうからだ。
 それを魔導拳銃と同等の時間で発動させるには魔力操作能力を向上させるしかない。
 ずっと魔導拳銃を使っていた者が突然魔法拳銃を使って即座に発射速度のタイムラグを無くす事は出来ない。
 個人差はあるが長い年月を掛けて反復練習するしかないのだ。
 だが、奴の魔法発射速度は異常だ。
 私に並ぶほどの魔法発動速度をたった1年で身に着けるのは不可能だ。それに急に魔導拳銃では無く魔法拳銃に変えたのは何故だ。急に魔力が増えるわけが……っ!

「貴様……大樹喰らいフォレスト・イーターに投与した薬を自分にも投与したのか!」
「驚きました。まさかそこまでご存じだったとは」
 目を見開いている姿を見る限りどうやら本当に驚いているようだ。

「ええ、そうですよ。大樹喰らいフォレスト・イーターに投与した薬とは別物らしいですが、それでも素晴らしい力が手に入りました。この力があれば貴女にだって勝てる!」
「チッ!」
 そう言うと奴は私目掛けて再び水速針ウォーターニードルで攻撃して来た。
 しかし先ほどとは違い。一発で止めるのではなく連発で攻撃してくる。確実に私を殺すためだろう。殺せなくても一発でも当たれば痛みで動きが鈍る事は間違いないからな。
 ギリギリのところで躱しながら私は接近出来る隙を窺う。

「走り回っているだけでは反撃は出来ませんよ」
 見下し、弄ぶかのように奴は愉悦に満ちた笑顔で言い放ってきた。
 その顔に苛立ちを覚え今すぐにでも反撃に転じたいが近づく事さえ出来ない。
 薬に頼るなんて情けない思いたいが奴から感じる魔力と気配は以前のものとは比べ物にならない。まるでSランクの魔物と相対しているような錯覚に陥りそうになるほどに。
 だが、どれだけ魔力量を身体能力を上げたところで人間の持つ感覚や癖が無くなるわけじゃない。
 その証拠に武器を魔導拳銃から魔法拳銃に変えてはいるが戦闘スタイルまでは変えてはいない。
 第304独立遊撃連隊の時には何度も模擬戦をした相手だ。そのぐらい最初の攻撃を見ればすぐにでも分かる。
 だからこそ奴が次どのような攻撃をしてくるのかもわかる!
 次、私の右足を狙って攻撃してくるはずだ……予想通り。
 私の移動スピードと距離、水速針ウォーターニードルの発射速度などを計算して偏差撃ちしてくる事はさっきからの攻撃で分かっていたが、狙っている箇所までは流石に予想しずらい。大まかな予想だけで構わないなら出来るが、それはヤツだと命取りになる。
 奴の戦略、戦術は卓越している。
 第304独立遊撃連隊時代から私が尊敬しアドバイスを乞うほどに。
 だからこそ分かる。第304独立遊撃連隊時代誰よりも奴の戦術戦略の話を見聞きしていた私は基本戦術を知っている。だからこそ逆算する事が出来る。
 そしてそれは相手も同じだろう。私が逆算してくることぐらい予想している筈だ。
 殺し合いとは己の肉体や武器を用いた戦略ゲームであり心理ゲームであると、どこかの冒険者が言っていたな。まさにその通りだ。
 相手がどう動くか予想しそれに対して対策する。
 それが基盤となり基本戦術となる。
 だがそれだけでは足りない。戦術や戦略を考える人物が変わればそれだけパターンが変わる。つまり相手の心理を読み取る必要がある。ましてその相手が共に背中を預け合っていた元戦友なら猶更。
 奴の攻撃を躱すと同時に方向転換して接近する。しかしその行動を読んでいたのだろう。慌てる様子も無く攻撃してくる。
 勿論私も読んでいた。
 だからこそ焦る事無く簡単な動作で躱して接近し続ける。
 それを繰り返し20メートル以上離れていた距離が残り5メートルほどまでになる。
 本来ならもっと短時間で接近する事だって出来るが、それを可能とさせない奴の射撃技術、魔法操作能力、基本戦術などが卓越のだ。
 フッ伊達に第304独立遊撃連隊の副連隊長をしていた事だけの事はある。
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