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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第三十九話 眠りし帝国最強皇女 ⑩
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「なんとも傲岸不遜な考えかただな」
俺の言葉を聞いて少し呆れたのかジャンヌは眉に皺を作って否定するように言葉を口にした。
「ああ、俺も最初はそう思ったさ」
俺の口から吐かれた肯定する言葉が意外だったのか、それとも理解出来なかったのかジャンヌを目を見開いて驚いた表情を向けて来た。こんな顔が見られるなんて、ちょっとだけ得した気分だな。
だが俺の表情を見て気が付いたのか、ムスッとした表情に変わってしまう。見た目は美人なのに性格は可愛くないな。
そんな事を思いながら口を開いた。
「俺にその言葉を伝えたのは師匠だ」
「師匠だと。貴様の師匠はいったい何を考えてるんだ」
先ほどよりも更に呆れたのか深く嘆息したジャンヌは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに感想を吐き捨てた。正直師匠を馬鹿にされるのは良い気しないが、事実なのでしかたがない。
傲岸不遜、傍若無人、唯我独尊。
これほど言葉が当てはまる奴はそうそう居ないだろう。
だが時に心を貫く程まで的を得た事を言う事があるから困る。
数年と短い間ではあったが、師匠と一緒に行動していると師匠がどういう人物なのか分かってしまう。確かに欠陥だらけの師匠だったさ。
俺を面白半分で弟子にしたが、実際にさせられた事と言えば奴隷のように扱き使われるだけだったからな。
それでも一緒に過ごしてるうちに楽しくなっていったのも事実だ。
たまに魅せる妖艶な笑みに俺は心を鷲掴みにされ、不敵な笑みを浮かべれば心が躍り、寝顔を見れば可愛いと思ってしまうほどまでに。
だからこそ師匠の言葉が今となっては何を意味していたのか理解できる。
師匠が言う言葉に深い意味なんてない。
単純にして明快。そのままの意味なんだからな。
そして今の俺はその言葉に同意見だと思ってしまう。ま、それもあの島で5年間過ごしているうちに俺の固定概念が壊された結果なんだろうが。
「ま、俺なりに師匠の言葉を解釈するのであれば、所詮力とは何かを成す道具でしかない。つまりは使い手次第と言う事だ」
「そ、それはそうだが……」
俺の言葉にジャンヌは理解できる部分があるんだろうが納得は出来ていないといった表情を浮かべていた。
しかし俺から見れば、それは迷っているように見えた。
なら、改めて問うとしよう。
「『全てを思い通りにしたいのであれば、力を手に入れるしかない』なら、ジャンヌにとって『全て』とはなんだ?」
突然の質問にジャンヌは困った表情をしながら膝に顎を乗せて考え始めた。
てっきり「貴様と言葉遊びをするつもりはない」と吐き捨てられるかと思っていたんだがな。
俺が勝手な思い込みをしてる間に考えがある程度纏まったのかジャンヌは顔を向けて口を開いた。
「私にとって全てとは家族、仲間、そしてこの国の民たちだ」
真っ直ぐにそしてハッキリと口にするジャンヌの目に迷いは無い。
そしてそれだけでジャンヌが俺が意味した問いをちゃんと理解していると分かった。
大抵さっきの言葉を言えば忌避的な意味で取られる事が多い。金、名誉、支配、そういった単語が頭に過る筈だからな。ジャンヌもそうだったしな。
それを問いにしてもに数分もしないうちに答えられる人間なんてそうそう居ないだろう。
だがジャンヌはハッキリと答えた。それも迷いすらない透き通った美しい瞳で。
きっとそれはジャンヌが皇族として生まれ育ち、そのための教育を受け、皇族として生きて来たからなのかもしれない。
もしくはジャンヌ・ダルク・ベルヘンス。という一人の女性の人格によるものなのかもしれない。
「だが、お前はそのうちの1つを奪われた。そうだろ?」
「………」
そんな俺の言葉に言葉にならない嗚咽が歪んだ口の隙間から小さく漏れる。
こんな状況で傷を抉るような事を言うのは間違っているのかもしれない。だが現実を直視させなければ前に進む事なんてできやしないからだ。
冒険者、軍人、戦場に立つ者が必ず出くわす状況とは敵と対峙し合う事だ。
そして考える。
どうすれば倒せるのか、自分たちに何が出来るのか、現状何があるのか、そういったあらゆる事を把握し思考し実行する。
つまり辛い過去、現実と言う名の敵と対峙しそれを如何に倒し乗り越えるか、ジャンヌにはそれを自分自身で受け止め考えて貰う必要があるのだ。
俺は立ち上がり口を開いた。
「でもよ、ジャンヌ。こうも言えないか?己の無力さ、未熟さ、そして自分より圧倒的に強い存在が居るって事を知る事が出来たとも言えないか?」
「っ!」
立ち上がった今の俺に俯くジャンヌの表情は角度的に見えない。だが体がビクッ!と反応した事だけは見ていて分かった。
ああ、それだけで良い。今は完璧にトラウマから立ち直らなくても構わない。
今はただまだ先があると言う事だけ自覚して欲しいだけだからな。
「確かにお前は大切な仲間を失った。それを取り戻すことは出来はしない。そんな事が出来るのは神ぐらいだろうよ」
いや、もしかしたら神ですら出来ないかもしれない。
あのクソ女神に再び会った時にでも聞いてみるか。
「だけど俺たちは今この場所で、この世界で生きている。辛い事も楽しい事も糧にして、自分が求める『全て』を手に入れてやろうぜ、ジャンヌ!」
俺は高らかにそう宣言しながらジャンヌに手を差し伸べた。
さぁ、立て!
そして俺に見せてみろ!女はその姿に憧れ、男はその美しさに跪く帝国最強の皇女の姿を。
「何度言えば分かるのだ」
ジャンヌは呆れながらも差し伸べた手を掴むと俺に顔を向け、
「貴様に呼び捨てを許した覚えはないぞ、ロクでなし冒険者」
瞳に希望を宿した皇女は立ち上がって呟いた。
そんな彼女を見つめながら俺は申し訳ありません、ジャンヌ・ダルク・ベルヘンス皇女殿下。と心の中で呟くのだった。
体の中で湧き上がっていた熱もすっかり冷めきってしまい、模擬戦は中断する事になったので、俺とジャンヌはボロボロになった訓練場を出て外に退避したボルキュス陛下の許へと向かった。あのまま戦っていたら崩壊した可能性もあったしな。
いやそれよりも修繕費の一部報酬から引かれたりしないよな?
そんな不安が頭を過ったが今はボルキュス陛下たちに会わないとな。
ボルキュス陛下が居たのは隣の休憩室だった。
そこには複数のモニターがありボロボロの訓練所が映し出されていたが、模擬戦の影響で一部は映っていなかった。どうやらこっちで観戦出来るようだな。
なら最初からこっちで観戦すれば良いだろうに。と内心思ったが今はジャンヌの事が最優先だからな。
ボルキュス陛下たちの表情は完全に不安が消えたわけじゃないが、嬉しそうに笑みを浮かべていた。シャルロットやレティシアさんに至ってはジャンヌを抱きしめていた。
俺はそんな彼女たちを見てモニターのお陰で最初から説明する必要はないな、と判断した。
即座に今後について話したいところだが、模擬戦で体は汗と埃まみれだ。そんな状態で皇族と話すわけにもいかないので俺とジャンヌは風呂に入るようレティシアさんたちに言われた。勿論風呂は別々だ。
1時間ほどして俺たちはプライベートフロアにあるリビングに移動していた。
内容が皇族の問題であるため外部の者に知られないためだろう。
風呂から上がったジャンヌは白を基調としたフーディーパーカーを身に纏っていた。うん、色違いだな。
ファッションに興味が無いのか、それとも俺を信頼してラフな格好をしているのかは分からないがレティシアさんを代表に女性陣はガッカリしたと肩を落とし、ライアンたちも言葉にしないが、やれやれと呆れた笑みを浮かべていた。
ジャンヌもボルキュス陛下たちがどうしてそんな顔をするのか理解はしているらしく軽く頬を赤らめていたが、私の自由だと言わんばかりに視線を逸らしていた。
「模擬戦での勝敗は着かなかったわけだが、どうするのだね?」
俺たちがソファーに座るなりボルキュス陛下がさっそく聞いて来た。無駄話はしないと言うわけだ。ま、この状況下で無駄話をするような奴はいないだろう。あったとしても話が終わったあとだろうしな。で、イオよ。お前はいつのまに俺たちの飲み物を用意したんだ?タイミング良すぎるだろ。
イオの行動力と洞察力に驚きつつも俺はボルキュス陛下からの問いについて考えていた。
確かに勝敗は決まらなかった。つまりは互いの提示した賭けも無効になったと言う事だ。正直こんな結果になるとは想像すらしていなかったからな。
「私はこの男の指導を受けようと思う」
『っ!』
後頭部を掻きながら悩んでいた俺を含め、この場に居た全員がジャンヌの言葉に驚愕の表情を浮かべた。だってそうだろ。誰が予想できる。
さっきまで俺に対して警戒心を体中から出していた女がいきなり俺の指導を受けるなんて、普通思わないだろ!きっと全員が日を改めての再戦になると思っていた筈だ。
「ジャ、ジャンヌ、いったいどうしたんだ。模擬戦で頭を強く打ったのか?」
一番驚いていたのはボルキュス陛下だった。と言うか動揺していた。皇帝がここまで動揺する姿を他人に見せるなんて普通ではありえないからな。
それとは反対に何故かシャルロットは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。何でそこまで笑顔になれるのか俺には分からないが、きっと目的が上手く行ったからだろう。
で、レティシアさんやエリーシャさんはボルキュス陛下の動揺する姿に呆れているようだ。
「別にこの男の事を完全に信用したわけではありません」
なんで説明でそんな言葉が最初に出て来るんだ。俺はちょっと悲しいぞ。
「ただ、このまま何もしなければ前に進めないのも事実。苦渋の決断だがこの男の教えを乞うのが一番の近道だと判断したまでだ」
顔を顰め俺を睨みながら説明した。本当に俺に教わるのが嫌なんだな。
怒りをも通り越して悲しみのみを感じた俺は気分転換にとコーヒーを飲むことにした。あれ、いつもより苦く感じるな。
「お前のトラウマをどうにかして欲しいと依頼したのは我だ。だが焦らずゆっくりで構わないのだぞ」
未だに混乱しているボルキュス陛下。
娘が心配なのは分かるがなんで止めようとしてんだ?
「いえ、お父様焦っているわけではありません。ただ大切な者を失いそれでも前に進むと言う意味ではこの男が先輩であると言うだけです」
その言葉に全員の視線が俺に向けられた。
好奇心を僅かに宿らせた瞳に俺は即座に気が付いた。だが言葉にしないのは不躾な質問だと思っているからだろう。
だがそれでも気になるのだろう。なんせ初めて食事をした時に俺はボルキュス陛下たちに言ってしまったからだ。
――俺を育ててくれた人は居なかった、と。
さて、どう説明したものか。ここで全部を話せば楽になるんだろうが、そうなるとイザベラとの約束を破る事になる。もしもバレたら絶対にお説教タイムだ。ああ……考えただけで憂鬱だ。
説明したくはない俺と聞きたくても聞きづらい内容に視線だけ向けて来る皇族たちの間に静寂が流れていたが、その流れを止めたのは皇族の代表たるボルキュス陛下だった。
「ジン、話したくはないだろうが教えてくれないか?」
ハッキリと言葉を口にするボルキュス陛下。これで俺は誤魔化すことも逃げる事も出来なくなった。
ここで誤魔化せば間違いなく俺と皇族たちの間に溝が出来てしまうだろう。
そうなれば俺の事を信頼して今回の依頼も無くなる可能性だってある。いや、それだけじゃない。今後の冒険者活動にも影響が出るかもしれない。
誰よりも信頼されているボルキュス陛下と皇族たちから信頼を失ったとなればこの国では冒険者としては致命的だからだ。
勿論ボルキュス陛下たちが俺たちに対して妨害工作なんてするはずがない。したところで皇族としての信頼を失う可能性の方が大きいからな。
正直話したくはない。だが話さなければ前には進めない。
そう思った俺は諦めと一緒に深く息を吐いた。
「ジャンヌが言っている事は間違いじゃない」
「では我たちに言った事は嘘だったと言う事か?」
俺の言葉に鋭い眼光と一緒に低い声音で問い返された。ま、そうだよな。
初めての夕食に招いた相手が嘘を言っていたとなれば信頼を失っても可笑しくはない事なんだから。
「いや、嘘は言っていない。ただ伝えなかっただけだ。それにアレを育てたと言うのは俺自身が納得出来ないってもあるからな」
拳を強く握りしめて抗うような表情をする俺の姿を見て困った表情になるボルキュス陛下たち。
だってあれはどう考えても育てたとは言わない。住処の掃除に食料の調達。そして虐待と言っても過言ではない一方的な暴力。俺はアレを育ててくれたなんて思いたくもない!
「だけど俺が5年間住んでいた場所での立ち回り方や暮らし方、そして魔物との戦い方を教えてくれたのは間違いなく師匠だからな。そこだけは感謝している」
「そうか……」
俺の言葉に誰もが柔らかな笑みを浮かべた。
誰もが、憎たらしい師匠だったが戦い方を教えてくれた事には感謝している。と思っているのだろう。ま、俺もそこだけは感謝しているが。
「で、その師匠とやらはどんな奴なんだ?」
だがどうやらここでは終わらなそうだ。
俺の言葉を聞いて少し呆れたのかジャンヌは眉に皺を作って否定するように言葉を口にした。
「ああ、俺も最初はそう思ったさ」
俺の口から吐かれた肯定する言葉が意外だったのか、それとも理解出来なかったのかジャンヌを目を見開いて驚いた表情を向けて来た。こんな顔が見られるなんて、ちょっとだけ得した気分だな。
だが俺の表情を見て気が付いたのか、ムスッとした表情に変わってしまう。見た目は美人なのに性格は可愛くないな。
そんな事を思いながら口を開いた。
「俺にその言葉を伝えたのは師匠だ」
「師匠だと。貴様の師匠はいったい何を考えてるんだ」
先ほどよりも更に呆れたのか深く嘆息したジャンヌは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに感想を吐き捨てた。正直師匠を馬鹿にされるのは良い気しないが、事実なのでしかたがない。
傲岸不遜、傍若無人、唯我独尊。
これほど言葉が当てはまる奴はそうそう居ないだろう。
だが時に心を貫く程まで的を得た事を言う事があるから困る。
数年と短い間ではあったが、師匠と一緒に行動していると師匠がどういう人物なのか分かってしまう。確かに欠陥だらけの師匠だったさ。
俺を面白半分で弟子にしたが、実際にさせられた事と言えば奴隷のように扱き使われるだけだったからな。
それでも一緒に過ごしてるうちに楽しくなっていったのも事実だ。
たまに魅せる妖艶な笑みに俺は心を鷲掴みにされ、不敵な笑みを浮かべれば心が躍り、寝顔を見れば可愛いと思ってしまうほどまでに。
だからこそ師匠の言葉が今となっては何を意味していたのか理解できる。
師匠が言う言葉に深い意味なんてない。
単純にして明快。そのままの意味なんだからな。
そして今の俺はその言葉に同意見だと思ってしまう。ま、それもあの島で5年間過ごしているうちに俺の固定概念が壊された結果なんだろうが。
「ま、俺なりに師匠の言葉を解釈するのであれば、所詮力とは何かを成す道具でしかない。つまりは使い手次第と言う事だ」
「そ、それはそうだが……」
俺の言葉にジャンヌは理解できる部分があるんだろうが納得は出来ていないといった表情を浮かべていた。
しかし俺から見れば、それは迷っているように見えた。
なら、改めて問うとしよう。
「『全てを思い通りにしたいのであれば、力を手に入れるしかない』なら、ジャンヌにとって『全て』とはなんだ?」
突然の質問にジャンヌは困った表情をしながら膝に顎を乗せて考え始めた。
てっきり「貴様と言葉遊びをするつもりはない」と吐き捨てられるかと思っていたんだがな。
俺が勝手な思い込みをしてる間に考えがある程度纏まったのかジャンヌは顔を向けて口を開いた。
「私にとって全てとは家族、仲間、そしてこの国の民たちだ」
真っ直ぐにそしてハッキリと口にするジャンヌの目に迷いは無い。
そしてそれだけでジャンヌが俺が意味した問いをちゃんと理解していると分かった。
大抵さっきの言葉を言えば忌避的な意味で取られる事が多い。金、名誉、支配、そういった単語が頭に過る筈だからな。ジャンヌもそうだったしな。
それを問いにしてもに数分もしないうちに答えられる人間なんてそうそう居ないだろう。
だがジャンヌはハッキリと答えた。それも迷いすらない透き通った美しい瞳で。
きっとそれはジャンヌが皇族として生まれ育ち、そのための教育を受け、皇族として生きて来たからなのかもしれない。
もしくはジャンヌ・ダルク・ベルヘンス。という一人の女性の人格によるものなのかもしれない。
「だが、お前はそのうちの1つを奪われた。そうだろ?」
「………」
そんな俺の言葉に言葉にならない嗚咽が歪んだ口の隙間から小さく漏れる。
こんな状況で傷を抉るような事を言うのは間違っているのかもしれない。だが現実を直視させなければ前に進む事なんてできやしないからだ。
冒険者、軍人、戦場に立つ者が必ず出くわす状況とは敵と対峙し合う事だ。
そして考える。
どうすれば倒せるのか、自分たちに何が出来るのか、現状何があるのか、そういったあらゆる事を把握し思考し実行する。
つまり辛い過去、現実と言う名の敵と対峙しそれを如何に倒し乗り越えるか、ジャンヌにはそれを自分自身で受け止め考えて貰う必要があるのだ。
俺は立ち上がり口を開いた。
「でもよ、ジャンヌ。こうも言えないか?己の無力さ、未熟さ、そして自分より圧倒的に強い存在が居るって事を知る事が出来たとも言えないか?」
「っ!」
立ち上がった今の俺に俯くジャンヌの表情は角度的に見えない。だが体がビクッ!と反応した事だけは見ていて分かった。
ああ、それだけで良い。今は完璧にトラウマから立ち直らなくても構わない。
今はただまだ先があると言う事だけ自覚して欲しいだけだからな。
「確かにお前は大切な仲間を失った。それを取り戻すことは出来はしない。そんな事が出来るのは神ぐらいだろうよ」
いや、もしかしたら神ですら出来ないかもしれない。
あのクソ女神に再び会った時にでも聞いてみるか。
「だけど俺たちは今この場所で、この世界で生きている。辛い事も楽しい事も糧にして、自分が求める『全て』を手に入れてやろうぜ、ジャンヌ!」
俺は高らかにそう宣言しながらジャンヌに手を差し伸べた。
さぁ、立て!
そして俺に見せてみろ!女はその姿に憧れ、男はその美しさに跪く帝国最強の皇女の姿を。
「何度言えば分かるのだ」
ジャンヌは呆れながらも差し伸べた手を掴むと俺に顔を向け、
「貴様に呼び捨てを許した覚えはないぞ、ロクでなし冒険者」
瞳に希望を宿した皇女は立ち上がって呟いた。
そんな彼女を見つめながら俺は申し訳ありません、ジャンヌ・ダルク・ベルヘンス皇女殿下。と心の中で呟くのだった。
体の中で湧き上がっていた熱もすっかり冷めきってしまい、模擬戦は中断する事になったので、俺とジャンヌはボロボロになった訓練場を出て外に退避したボルキュス陛下の許へと向かった。あのまま戦っていたら崩壊した可能性もあったしな。
いやそれよりも修繕費の一部報酬から引かれたりしないよな?
そんな不安が頭を過ったが今はボルキュス陛下たちに会わないとな。
ボルキュス陛下が居たのは隣の休憩室だった。
そこには複数のモニターがありボロボロの訓練所が映し出されていたが、模擬戦の影響で一部は映っていなかった。どうやらこっちで観戦出来るようだな。
なら最初からこっちで観戦すれば良いだろうに。と内心思ったが今はジャンヌの事が最優先だからな。
ボルキュス陛下たちの表情は完全に不安が消えたわけじゃないが、嬉しそうに笑みを浮かべていた。シャルロットやレティシアさんに至ってはジャンヌを抱きしめていた。
俺はそんな彼女たちを見てモニターのお陰で最初から説明する必要はないな、と判断した。
即座に今後について話したいところだが、模擬戦で体は汗と埃まみれだ。そんな状態で皇族と話すわけにもいかないので俺とジャンヌは風呂に入るようレティシアさんたちに言われた。勿論風呂は別々だ。
1時間ほどして俺たちはプライベートフロアにあるリビングに移動していた。
内容が皇族の問題であるため外部の者に知られないためだろう。
風呂から上がったジャンヌは白を基調としたフーディーパーカーを身に纏っていた。うん、色違いだな。
ファッションに興味が無いのか、それとも俺を信頼してラフな格好をしているのかは分からないがレティシアさんを代表に女性陣はガッカリしたと肩を落とし、ライアンたちも言葉にしないが、やれやれと呆れた笑みを浮かべていた。
ジャンヌもボルキュス陛下たちがどうしてそんな顔をするのか理解はしているらしく軽く頬を赤らめていたが、私の自由だと言わんばかりに視線を逸らしていた。
「模擬戦での勝敗は着かなかったわけだが、どうするのだね?」
俺たちがソファーに座るなりボルキュス陛下がさっそく聞いて来た。無駄話はしないと言うわけだ。ま、この状況下で無駄話をするような奴はいないだろう。あったとしても話が終わったあとだろうしな。で、イオよ。お前はいつのまに俺たちの飲み物を用意したんだ?タイミング良すぎるだろ。
イオの行動力と洞察力に驚きつつも俺はボルキュス陛下からの問いについて考えていた。
確かに勝敗は決まらなかった。つまりは互いの提示した賭けも無効になったと言う事だ。正直こんな結果になるとは想像すらしていなかったからな。
「私はこの男の指導を受けようと思う」
『っ!』
後頭部を掻きながら悩んでいた俺を含め、この場に居た全員がジャンヌの言葉に驚愕の表情を浮かべた。だってそうだろ。誰が予想できる。
さっきまで俺に対して警戒心を体中から出していた女がいきなり俺の指導を受けるなんて、普通思わないだろ!きっと全員が日を改めての再戦になると思っていた筈だ。
「ジャ、ジャンヌ、いったいどうしたんだ。模擬戦で頭を強く打ったのか?」
一番驚いていたのはボルキュス陛下だった。と言うか動揺していた。皇帝がここまで動揺する姿を他人に見せるなんて普通ではありえないからな。
それとは反対に何故かシャルロットは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。何でそこまで笑顔になれるのか俺には分からないが、きっと目的が上手く行ったからだろう。
で、レティシアさんやエリーシャさんはボルキュス陛下の動揺する姿に呆れているようだ。
「別にこの男の事を完全に信用したわけではありません」
なんで説明でそんな言葉が最初に出て来るんだ。俺はちょっと悲しいぞ。
「ただ、このまま何もしなければ前に進めないのも事実。苦渋の決断だがこの男の教えを乞うのが一番の近道だと判断したまでだ」
顔を顰め俺を睨みながら説明した。本当に俺に教わるのが嫌なんだな。
怒りをも通り越して悲しみのみを感じた俺は気分転換にとコーヒーを飲むことにした。あれ、いつもより苦く感じるな。
「お前のトラウマをどうにかして欲しいと依頼したのは我だ。だが焦らずゆっくりで構わないのだぞ」
未だに混乱しているボルキュス陛下。
娘が心配なのは分かるがなんで止めようとしてんだ?
「いえ、お父様焦っているわけではありません。ただ大切な者を失いそれでも前に進むと言う意味ではこの男が先輩であると言うだけです」
その言葉に全員の視線が俺に向けられた。
好奇心を僅かに宿らせた瞳に俺は即座に気が付いた。だが言葉にしないのは不躾な質問だと思っているからだろう。
だがそれでも気になるのだろう。なんせ初めて食事をした時に俺はボルキュス陛下たちに言ってしまったからだ。
――俺を育ててくれた人は居なかった、と。
さて、どう説明したものか。ここで全部を話せば楽になるんだろうが、そうなるとイザベラとの約束を破る事になる。もしもバレたら絶対にお説教タイムだ。ああ……考えただけで憂鬱だ。
説明したくはない俺と聞きたくても聞きづらい内容に視線だけ向けて来る皇族たちの間に静寂が流れていたが、その流れを止めたのは皇族の代表たるボルキュス陛下だった。
「ジン、話したくはないだろうが教えてくれないか?」
ハッキリと言葉を口にするボルキュス陛下。これで俺は誤魔化すことも逃げる事も出来なくなった。
ここで誤魔化せば間違いなく俺と皇族たちの間に溝が出来てしまうだろう。
そうなれば俺の事を信頼して今回の依頼も無くなる可能性だってある。いや、それだけじゃない。今後の冒険者活動にも影響が出るかもしれない。
誰よりも信頼されているボルキュス陛下と皇族たちから信頼を失ったとなればこの国では冒険者としては致命的だからだ。
勿論ボルキュス陛下たちが俺たちに対して妨害工作なんてするはずがない。したところで皇族としての信頼を失う可能性の方が大きいからな。
正直話したくはない。だが話さなければ前には進めない。
そう思った俺は諦めと一緒に深く息を吐いた。
「ジャンヌが言っている事は間違いじゃない」
「では我たちに言った事は嘘だったと言う事か?」
俺の言葉に鋭い眼光と一緒に低い声音で問い返された。ま、そうだよな。
初めての夕食に招いた相手が嘘を言っていたとなれば信頼を失っても可笑しくはない事なんだから。
「いや、嘘は言っていない。ただ伝えなかっただけだ。それにアレを育てたと言うのは俺自身が納得出来ないってもあるからな」
拳を強く握りしめて抗うような表情をする俺の姿を見て困った表情になるボルキュス陛下たち。
だってあれはどう考えても育てたとは言わない。住処の掃除に食料の調達。そして虐待と言っても過言ではない一方的な暴力。俺はアレを育ててくれたなんて思いたくもない!
「だけど俺が5年間住んでいた場所での立ち回り方や暮らし方、そして魔物との戦い方を教えてくれたのは間違いなく師匠だからな。そこだけは感謝している」
「そうか……」
俺の言葉に誰もが柔らかな笑みを浮かべた。
誰もが、憎たらしい師匠だったが戦い方を教えてくれた事には感謝している。と思っているのだろう。ま、俺もそこだけは感謝しているが。
「で、その師匠とやらはどんな奴なんだ?」
だがどうやらここでは終わらなそうだ。
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