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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第三十五話 眠りし帝国最強皇女 ⑥
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「どうかしたのか?」
ドアを見詰め続ける俺の行動が不思議だったらしくボルキュス陛下が怪訝そうに尋ねて来る。
「いや、なんでもない」
俺はそう言ってドアから視線を外して未だ寝ているジャンヌに視線を向けた。
しかし内心考えていたのはさっきのインテリ野郎――リュドとか言う奴の事だ。
これまで俺は数人の堅物な奴らと出会っている。壁際に立っているグレンダもその一人なわけだが。
そして大半の奴らが仕える主人に対して絶対的な忠誠心を持っている。だからこそ俺のような奴に対しては最初敵意を剥き出しにしてくるわけだが、あのリュドとか言う野郎はこれまで俺に対して向けてきたどんな奴よりも強く濃い敵意を擦れ違い様に向けてきた。
まるで俺が邪魔者であると言わんばかりに。
まったくあれほどまでに忠義に厚い奴に会うのは初めてだぜ。
ジャンヌがトラウマを克服出来るまでの間何度か会う事になるだろうが、面倒な奴と知り合ったものだな。
内心嘆息する俺は面倒な事は考えても仕方がないので頭を切り替えて本題に集中する。
目の前で寝ているジャンヌは深い眠りについているのか魘されている様子はない。
「いくつか質問しても良いか?」
寝ているジャンヌを不安げな表情で見つめていたボルキュス陛下は俺に視線を変えて、なんだ?と問い返して来た。
「今は魘されている様子はないが、帰還してから一度もなかったのか?」
最初の時は既に起きていたから気にする事もなかったし、本人は元気そうに振舞っていたからな無粋な事を聞いてトラウマを掘り返しても意味がないと思ったからな。
「いや、そんな事はない。帰還して最初の3ヵ月は毎晩のように魘されていた。薬で眠らさなければ体にも影響がでるほどにな」
やはりあの気まぐれ島での体験はそれだけジャンヌに精神的ダメージを与えたって事なんだろう。
ならなんで俺はトラウマになってないのかって?
平和な日本で育った人間がジャンヌですらトラウマを抱えてしまうほどの場所でどうして5年間も過ごせたのか、それには幾つか理由がある。
別に精神面が強かったわけじゃない。
最初はきっとジャンヌよりも弱かった筈だ。
なら何故トラウマになってないのかそれは、出口が無かったからだ。
この場合選択肢が無かったと言っても良い。
ジャンヌたちには気まぐれ島から逃げ出す方法があったが、俺にはそれが無かった。
たったそれだけと思うかもしれないが、それは違う。
簡単に説明するなら塀で囲まれた闘技場に立たされたとして、目の前に巨大な魔物が相手だったとする。
ジャンヌの後ろには闘技場から抜け出す出口があった。だが俺には無かった。
俺には戦って勝利を勝ち取る意外に生き残る方法が無かった。
案外人間は戦う以外の選択肢が無いと分かれば、その事だけを考えてしまう生き物なんだと俺は思う。
二つ目の理由としては戦いに対する知識量だ。
俺は平和な日本で生まれ育った。戦いなんて一番縁遠い国で育った。
柔道や空手を習った事すらなければ、自衛隊に入隊したことも無い。
それに対してジャンヌは戦場を駆け回っていた。
つまり同じ魔物と出くわしたとしても相手の力量を正確に感じ取る力は圧倒的にジャンヌの方が上だったと言う事だ。
それはきっと俺が感じた恐怖よりも圧倒的に上だったに違いない。
分からない恐怖よりも分かってしまう恐怖と言うのはプライドをズタズタにするものだからな。
そして3つ目は仲間の死だ。
これまで共に戦ってきた大切な仲間が死ぬ姿を目にしたジャンヌとあの島の価値観を植え付けられた後で大切な師匠を失った俺とでは精神的ダメージが違うのかもしれない。
もしも同じだったとして何故俺がこうして平気で居られるのか、それは救われたかまだ救われていないかの違いだろう。
俺は銀に救って貰った。だからこうして平然としていられる。
ま、他に違いがあるとすれば大切な者を失った際にどちらに行くかだろう。
怒りで我を忘れるか、恐怖に押し潰されて病んでしまうか。
俺は前者、ジャンヌは後者だった。それも違いの原因の一つと言えるだろう。
「それからは少しずつだが魘される回数も減っていき今では一週間に一度あるかないかと言うぐらいだ」
「そうか」
時間の経過とともに薄れて行っているて事だろう。だがそれだけじゃない。家族であるボルキュス陛下やシャルロットたちが心から心配し介抱した結果でもあるはずだ。
だが参った。
少しずつ回復しているジャンヌを完全に戻す方法なんて俺は知らない。
いや違うな。
一つだけ方法はある。
嫌な事は忘れる事に限る。
確かにその通りかもしれないが、ジャンヌは上を目指している人間だ。
そんな彼女に俺がしてやれる方法はトラウマを克服させるしかない。
だが、その方法はとてつもなく荒っぽいやり方だ。失敗すればこれまでボルキュス陛下たちが時間を掛けて回復させた努力が無駄になったとしても。
俺は一瞬だけボルキュス陛下たちに視線を向けて見渡す。
はぁ……絶対に恨まれるだろうな。
冒険者としてシャルロットの友人としてここに立っている以上、俺は手を抜いたりはしない。
それが依頼主の意に沿わなかったとしても。
ま、今すぐに始める事は無理だな。なんせジャンヌは寝ているからな。
今思えばジャンヌが目を覚ましてから俺を呼んでくれたら一番良かったのに。と思うが、ジャンヌの事が心配でそこまで考えが回らなかったんだろう。
このままここに居てもする事はないので俺は一旦ホームに戻るわけではなく、ボルキュス陛下に頼んで客室に泊まる事にした。
いつジャンヌが目を覚ますか分からない今の状況じゃ、ホームに戻ってまた来ていては時間の無駄にしかならない。
そこでジャンヌがトラウマを克服するまで俺は皇宮に泊まり込む事にしたのだ。
客室のベッドに座った俺はスマホを片手に影光たちに事情を説明していた。
『そう言う事なら仕方がないの。こっちは心配せずに依頼をこなして来ると良いぞ』
「ああ、助かるよ。それと銀の事は任せた。とアインに伝えておいてくれ」
『承知した』
微かに含み笑いがスマホから漏れる。
その意味は俺にも理解しており、きっと影光と同じ事が頭に浮かんでいたはずだ。
――言われるまでもありません。
きっとアインが口にする言葉だろう。
相変わらず傲慢不遜な奴だが、実力と銀に対する忠誠心は俺が考える以上に上だろう。だからこそ信頼できる。本音を言えば、銀の親代わりである俺にも少しは態度を改めて欲しいが、それこそ宝くじで一等を当てるより難しい願いだろう。
その日の夜、久々に皇族たち一緒に食事をした。どうやら俺が箸やフォークを使えない事を覚えていたらしく、俺の食事だけおにぎりやチキンナゲットだった。
質素なメニューに思えるかもしれないが、勿論使われている食材は最高級食材だ。それを質素な料理として出すのは逆に凄いと言えるな。
料理を堪能しているとボルキュス陛下がワイングラスをテーブルに置いてこちらに視線を向けて来るのが視界の端に入って来た。
「それでジンよ。お主にはジャンヌを救い出す方法かなにかあるのか?」
真剣な面持ちでそう問いかけて来るボルキュス陛下。
そんなボルキュス陛下を止めるようにエリーシャさんとレティシアさんが会話を遮るように入って来る。
「アナタ、別にその話は今でなくても」
「そうよ」
困った表情を見せる2人だが、ボルキュス陛下は気にする様子も無く、ただ淡々と言葉を発した。
「今だからこそだ。食事が終わればライアンやカルロスは仕事がある。我だってそうだ。それにこれは大切な家族の問題なのだ。それを家族に隠し事するぐらいなら全員が揃っている今以外あるまい」
「それはそうかもしれないけど……」
どう反応して良いのか困ったような表情を見せるエリーシャさん。
で、結果的に全員の視線は俺に向けられた。
はぁ……やっぱりこうなるよな。
ボルキュス陛下がジャンヌの話題を出した瞬間から話さなければならない事は分かっていた。だから話す覚悟は直ぐに出来ていたが、そう期待するような視線を向けないで欲しい。
なんせ俺はカウンセラーじゃないんだからな。
俺は口に含んでいたおにぎりをお茶で胃へと流し込み話せる状態にしてから口を開いた。
「方法が無いわけじゃない」
「それは真か!?」
ボルキュス陛下は勢いよく立ち上がったせいで座っていた椅子が倒れそうになるが、イオがそれを阻止する。いつの間にそこへ移動したんだ?
予想はしていたが、そんな期待されても困る。
「先に言っておくが必ず成功する保証はどこにもない。それにまずは本人と話してみない事にはなにも分からないしな」
「それもそうだな……」
娘がトラウマを克服する方法があると言う事に喜びを覚えるボルキュス陛下たちだが、俺の言葉にその喜びが焦燥であると自覚すると表情に影が落ちていた。
参ったな……正直に言えばこの重く暗い雰囲気は苦手だ。
これは何が何でもジャンヌのトラウマを消し去らないと最悪の場合は俺の人生も終了する可能性だってある。
改めて内容が高難易度の依頼であると自覚した俺は覚悟を決めた。
1月12日土曜日。
先日の夕食同様に朝食もご馳走になった俺は服装を鏡の前で確かめていた。
ホームとは違いここは皇宮だ。朝食を食べる時でもそれなりの身嗜みはしてからでなければならない。
にも拘わらずまたしても鏡の前で身嗜みをチェックしている訳は約50分ほど前にイオからジャンヌが目を覚ました、と連絡を受けたからだ。
すぐにでもジャンヌに会って話がしたかったが、女性には色々と準備があるらしく、1時間後にジャンヌの寝室に来て欲しいと言われたのだ。
皇女殿下の寝室に一介の冒険者が入室するなど禁忌に等しい行為に他ならないが、すでに入った事があるので誰かに咎められる事もない。
ベッドの上に置いていたスマホで時間を確認すると10時34分と表示されていた。
イオから知らせがあったのが9時40分頃だったはず。
ゆっくりとジャンヌの寝室に向かっていれば丁度良い時間になるだろう。
なんせこの皇宮は予想以上に広く複雑な構造をしているからだ。
複雑な構造をしている理由は他国やテロリストが直ぐには辿り着けないようにするためだろう。
日本のテレビ局と似たような構造と言う事だと俺は勝手に解釈している。
ま、そんなわけで客室を出た俺は寄り道する事無くゆっくりとジャンヌの部屋へと向かった。
数分歩いたところで皇宮内を勝手に歩いて良いものかと思ったがイオに1時間後に来て欲しいと言われたから大丈夫だろう。多分……。
それにどうやら俺が想像していた以上にこのプライベート階層もそれなりの対策がされているようだ。
俺は周囲に視線だけを向けて確認する。
今分かるだけでも10以上の視線を感じる。
だが現在俺が歩いているこの通路に人影は一切ない。
となると隠しカメラが設置されている可能性だが、皇族のプライベートフロアに隠しカメラを設置する方が法律的にアウトのような気がする。
もしかしたらこの皇宮が建てられた時、もしくは改築工事の時にその当時の現皇帝が許可した可能性もある。
それに隠しカメラはあったとしても盗聴はされていないかもしれないし、隠しカメラがあるのはこの通路と客室だけかもしれない。
だが俺も阿保だよな。
頻繁に来たことがあるわけではないが、それなりにこの場所には来ている。にも拘わらず隠しカメラの存在に気付いたのが今なんてな。
もしかしたらボルキュス陛下たちが一緒に居る際は機能を停止しているとかなのか?
もしくは皇族ではない人間が単独で行動する時のみ隠しカメラが動いている可能性だってある。
でもま、本当事を俺が知る事は出来ないだろうからな。気にしても仕方がないか。
************************
自室の複数のモニターを使って我は一人であるくジンの様子を見ていた。
この隠しカメラは我が確認するために設置させたものだ。
勿論娘や息子、我らの寝室に隠しカメラは設置していない。
設置しているのは一部の客室と通路のみだ。
そしてネットにも繋いでないため無線による覗き見も出来ないようにしてあるし、この映像が見れるのは我と二人の妻だけである。
別にジンが帝国に対してテロを画策しているなど思ってもいなければ、どこかの国の諜報員とも思ってすらいない。
だがどうしても約1年前からの過去が一切分からない事が不可解で仕方がないのだ。
だからこそ敢えて一人で行動させてみたが、何一つとして分かった事はなかった。
「やはり何も分からず仕舞いか……」
我はオフィスチェアの背もたれに体重を預けるように凭れ掛かる。
「ねぇ、この時のジン少し変じゃない?」
そんな我に一緒に見ていたレティシアが疑問を口にした。
ドアを見詰め続ける俺の行動が不思議だったらしくボルキュス陛下が怪訝そうに尋ねて来る。
「いや、なんでもない」
俺はそう言ってドアから視線を外して未だ寝ているジャンヌに視線を向けた。
しかし内心考えていたのはさっきのインテリ野郎――リュドとか言う奴の事だ。
これまで俺は数人の堅物な奴らと出会っている。壁際に立っているグレンダもその一人なわけだが。
そして大半の奴らが仕える主人に対して絶対的な忠誠心を持っている。だからこそ俺のような奴に対しては最初敵意を剥き出しにしてくるわけだが、あのリュドとか言う野郎はこれまで俺に対して向けてきたどんな奴よりも強く濃い敵意を擦れ違い様に向けてきた。
まるで俺が邪魔者であると言わんばかりに。
まったくあれほどまでに忠義に厚い奴に会うのは初めてだぜ。
ジャンヌがトラウマを克服出来るまでの間何度か会う事になるだろうが、面倒な奴と知り合ったものだな。
内心嘆息する俺は面倒な事は考えても仕方がないので頭を切り替えて本題に集中する。
目の前で寝ているジャンヌは深い眠りについているのか魘されている様子はない。
「いくつか質問しても良いか?」
寝ているジャンヌを不安げな表情で見つめていたボルキュス陛下は俺に視線を変えて、なんだ?と問い返して来た。
「今は魘されている様子はないが、帰還してから一度もなかったのか?」
最初の時は既に起きていたから気にする事もなかったし、本人は元気そうに振舞っていたからな無粋な事を聞いてトラウマを掘り返しても意味がないと思ったからな。
「いや、そんな事はない。帰還して最初の3ヵ月は毎晩のように魘されていた。薬で眠らさなければ体にも影響がでるほどにな」
やはりあの気まぐれ島での体験はそれだけジャンヌに精神的ダメージを与えたって事なんだろう。
ならなんで俺はトラウマになってないのかって?
平和な日本で育った人間がジャンヌですらトラウマを抱えてしまうほどの場所でどうして5年間も過ごせたのか、それには幾つか理由がある。
別に精神面が強かったわけじゃない。
最初はきっとジャンヌよりも弱かった筈だ。
なら何故トラウマになってないのかそれは、出口が無かったからだ。
この場合選択肢が無かったと言っても良い。
ジャンヌたちには気まぐれ島から逃げ出す方法があったが、俺にはそれが無かった。
たったそれだけと思うかもしれないが、それは違う。
簡単に説明するなら塀で囲まれた闘技場に立たされたとして、目の前に巨大な魔物が相手だったとする。
ジャンヌの後ろには闘技場から抜け出す出口があった。だが俺には無かった。
俺には戦って勝利を勝ち取る意外に生き残る方法が無かった。
案外人間は戦う以外の選択肢が無いと分かれば、その事だけを考えてしまう生き物なんだと俺は思う。
二つ目の理由としては戦いに対する知識量だ。
俺は平和な日本で生まれ育った。戦いなんて一番縁遠い国で育った。
柔道や空手を習った事すらなければ、自衛隊に入隊したことも無い。
それに対してジャンヌは戦場を駆け回っていた。
つまり同じ魔物と出くわしたとしても相手の力量を正確に感じ取る力は圧倒的にジャンヌの方が上だったと言う事だ。
それはきっと俺が感じた恐怖よりも圧倒的に上だったに違いない。
分からない恐怖よりも分かってしまう恐怖と言うのはプライドをズタズタにするものだからな。
そして3つ目は仲間の死だ。
これまで共に戦ってきた大切な仲間が死ぬ姿を目にしたジャンヌとあの島の価値観を植え付けられた後で大切な師匠を失った俺とでは精神的ダメージが違うのかもしれない。
もしも同じだったとして何故俺がこうして平気で居られるのか、それは救われたかまだ救われていないかの違いだろう。
俺は銀に救って貰った。だからこうして平然としていられる。
ま、他に違いがあるとすれば大切な者を失った際にどちらに行くかだろう。
怒りで我を忘れるか、恐怖に押し潰されて病んでしまうか。
俺は前者、ジャンヌは後者だった。それも違いの原因の一つと言えるだろう。
「それからは少しずつだが魘される回数も減っていき今では一週間に一度あるかないかと言うぐらいだ」
「そうか」
時間の経過とともに薄れて行っているて事だろう。だがそれだけじゃない。家族であるボルキュス陛下やシャルロットたちが心から心配し介抱した結果でもあるはずだ。
だが参った。
少しずつ回復しているジャンヌを完全に戻す方法なんて俺は知らない。
いや違うな。
一つだけ方法はある。
嫌な事は忘れる事に限る。
確かにその通りかもしれないが、ジャンヌは上を目指している人間だ。
そんな彼女に俺がしてやれる方法はトラウマを克服させるしかない。
だが、その方法はとてつもなく荒っぽいやり方だ。失敗すればこれまでボルキュス陛下たちが時間を掛けて回復させた努力が無駄になったとしても。
俺は一瞬だけボルキュス陛下たちに視線を向けて見渡す。
はぁ……絶対に恨まれるだろうな。
冒険者としてシャルロットの友人としてここに立っている以上、俺は手を抜いたりはしない。
それが依頼主の意に沿わなかったとしても。
ま、今すぐに始める事は無理だな。なんせジャンヌは寝ているからな。
今思えばジャンヌが目を覚ましてから俺を呼んでくれたら一番良かったのに。と思うが、ジャンヌの事が心配でそこまで考えが回らなかったんだろう。
このままここに居てもする事はないので俺は一旦ホームに戻るわけではなく、ボルキュス陛下に頼んで客室に泊まる事にした。
いつジャンヌが目を覚ますか分からない今の状況じゃ、ホームに戻ってまた来ていては時間の無駄にしかならない。
そこでジャンヌがトラウマを克服するまで俺は皇宮に泊まり込む事にしたのだ。
客室のベッドに座った俺はスマホを片手に影光たちに事情を説明していた。
『そう言う事なら仕方がないの。こっちは心配せずに依頼をこなして来ると良いぞ』
「ああ、助かるよ。それと銀の事は任せた。とアインに伝えておいてくれ」
『承知した』
微かに含み笑いがスマホから漏れる。
その意味は俺にも理解しており、きっと影光と同じ事が頭に浮かんでいたはずだ。
――言われるまでもありません。
きっとアインが口にする言葉だろう。
相変わらず傲慢不遜な奴だが、実力と銀に対する忠誠心は俺が考える以上に上だろう。だからこそ信頼できる。本音を言えば、銀の親代わりである俺にも少しは態度を改めて欲しいが、それこそ宝くじで一等を当てるより難しい願いだろう。
その日の夜、久々に皇族たち一緒に食事をした。どうやら俺が箸やフォークを使えない事を覚えていたらしく、俺の食事だけおにぎりやチキンナゲットだった。
質素なメニューに思えるかもしれないが、勿論使われている食材は最高級食材だ。それを質素な料理として出すのは逆に凄いと言えるな。
料理を堪能しているとボルキュス陛下がワイングラスをテーブルに置いてこちらに視線を向けて来るのが視界の端に入って来た。
「それでジンよ。お主にはジャンヌを救い出す方法かなにかあるのか?」
真剣な面持ちでそう問いかけて来るボルキュス陛下。
そんなボルキュス陛下を止めるようにエリーシャさんとレティシアさんが会話を遮るように入って来る。
「アナタ、別にその話は今でなくても」
「そうよ」
困った表情を見せる2人だが、ボルキュス陛下は気にする様子も無く、ただ淡々と言葉を発した。
「今だからこそだ。食事が終わればライアンやカルロスは仕事がある。我だってそうだ。それにこれは大切な家族の問題なのだ。それを家族に隠し事するぐらいなら全員が揃っている今以外あるまい」
「それはそうかもしれないけど……」
どう反応して良いのか困ったような表情を見せるエリーシャさん。
で、結果的に全員の視線は俺に向けられた。
はぁ……やっぱりこうなるよな。
ボルキュス陛下がジャンヌの話題を出した瞬間から話さなければならない事は分かっていた。だから話す覚悟は直ぐに出来ていたが、そう期待するような視線を向けないで欲しい。
なんせ俺はカウンセラーじゃないんだからな。
俺は口に含んでいたおにぎりをお茶で胃へと流し込み話せる状態にしてから口を開いた。
「方法が無いわけじゃない」
「それは真か!?」
ボルキュス陛下は勢いよく立ち上がったせいで座っていた椅子が倒れそうになるが、イオがそれを阻止する。いつの間にそこへ移動したんだ?
予想はしていたが、そんな期待されても困る。
「先に言っておくが必ず成功する保証はどこにもない。それにまずは本人と話してみない事にはなにも分からないしな」
「それもそうだな……」
娘がトラウマを克服する方法があると言う事に喜びを覚えるボルキュス陛下たちだが、俺の言葉にその喜びが焦燥であると自覚すると表情に影が落ちていた。
参ったな……正直に言えばこの重く暗い雰囲気は苦手だ。
これは何が何でもジャンヌのトラウマを消し去らないと最悪の場合は俺の人生も終了する可能性だってある。
改めて内容が高難易度の依頼であると自覚した俺は覚悟を決めた。
1月12日土曜日。
先日の夕食同様に朝食もご馳走になった俺は服装を鏡の前で確かめていた。
ホームとは違いここは皇宮だ。朝食を食べる時でもそれなりの身嗜みはしてからでなければならない。
にも拘わらずまたしても鏡の前で身嗜みをチェックしている訳は約50分ほど前にイオからジャンヌが目を覚ました、と連絡を受けたからだ。
すぐにでもジャンヌに会って話がしたかったが、女性には色々と準備があるらしく、1時間後にジャンヌの寝室に来て欲しいと言われたのだ。
皇女殿下の寝室に一介の冒険者が入室するなど禁忌に等しい行為に他ならないが、すでに入った事があるので誰かに咎められる事もない。
ベッドの上に置いていたスマホで時間を確認すると10時34分と表示されていた。
イオから知らせがあったのが9時40分頃だったはず。
ゆっくりとジャンヌの寝室に向かっていれば丁度良い時間になるだろう。
なんせこの皇宮は予想以上に広く複雑な構造をしているからだ。
複雑な構造をしている理由は他国やテロリストが直ぐには辿り着けないようにするためだろう。
日本のテレビ局と似たような構造と言う事だと俺は勝手に解釈している。
ま、そんなわけで客室を出た俺は寄り道する事無くゆっくりとジャンヌの部屋へと向かった。
数分歩いたところで皇宮内を勝手に歩いて良いものかと思ったがイオに1時間後に来て欲しいと言われたから大丈夫だろう。多分……。
それにどうやら俺が想像していた以上にこのプライベート階層もそれなりの対策がされているようだ。
俺は周囲に視線だけを向けて確認する。
今分かるだけでも10以上の視線を感じる。
だが現在俺が歩いているこの通路に人影は一切ない。
となると隠しカメラが設置されている可能性だが、皇族のプライベートフロアに隠しカメラを設置する方が法律的にアウトのような気がする。
もしかしたらこの皇宮が建てられた時、もしくは改築工事の時にその当時の現皇帝が許可した可能性もある。
それに隠しカメラはあったとしても盗聴はされていないかもしれないし、隠しカメラがあるのはこの通路と客室だけかもしれない。
だが俺も阿保だよな。
頻繁に来たことがあるわけではないが、それなりにこの場所には来ている。にも拘わらず隠しカメラの存在に気付いたのが今なんてな。
もしかしたらボルキュス陛下たちが一緒に居る際は機能を停止しているとかなのか?
もしくは皇族ではない人間が単独で行動する時のみ隠しカメラが動いている可能性だってある。
でもま、本当事を俺が知る事は出来ないだろうからな。気にしても仕方がないか。
************************
自室の複数のモニターを使って我は一人であるくジンの様子を見ていた。
この隠しカメラは我が確認するために設置させたものだ。
勿論娘や息子、我らの寝室に隠しカメラは設置していない。
設置しているのは一部の客室と通路のみだ。
そしてネットにも繋いでないため無線による覗き見も出来ないようにしてあるし、この映像が見れるのは我と二人の妻だけである。
別にジンが帝国に対してテロを画策しているなど思ってもいなければ、どこかの国の諜報員とも思ってすらいない。
だがどうしても約1年前からの過去が一切分からない事が不可解で仕方がないのだ。
だからこそ敢えて一人で行動させてみたが、何一つとして分かった事はなかった。
「やはり何も分からず仕舞いか……」
我はオフィスチェアの背もたれに体重を預けるように凭れ掛かる。
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