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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第三十四話 眠りし帝国最強皇女 ⑤

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 地獄島ヘル・アイランドがどういう場所なのか身を持って体験すれば塞ぎ込むのも無理はない。
 俺だって最初はあんな場所早く出たい。一生隠れていたいと思った程だからな。だけどそうはいかなかった。
 生きていく上で死活問題だった水と食料を手に入れるには戦うしかなかったからだ。
 結果的に俺は師匠と出会い強くなれたわけだけど。
 丁度良い温度になったお茶をゆっくりと飲み干した俺はソファーから立ち上がり、

「さて、もう一眠りするか」
「まだ寝るのか……」
「この穀潰しの怠惰野郎が」
 俺のそんな一言に影光は呆れた声を漏らし、アインに至ってはゴミを見るような目で罵倒を吐き捨てた。アインよ、俺はここのギルドのギルドマスターだぞ。つまりは会社の取締役兼CEOだ。俺がどうしようと勝手だ。ましてや冒険者は自分たちで依頼を受諾してする職業だ。俺がいつ仕事をしようと俺の勝手な筈だ。

「お前たちも休みたかったら休んでも良いんだぞ」
 俺の言葉に嘆息する声が4つに崇めるような視線が一つ。この視線はクレイヴだな。
 いや、それよりもなんで嘆息されるんだ?てか、アインと影光意外に嘆息する奴って誰だ?ま、どうでも良いか。
 だが今回ほど楽な仕事はなかったな。
 俺の正体がバレそうになったが、それもどうにか誤魔化せたし、なにより依頼が達成できたからな。
 皇宮に行ってジャンヌに会っただけで依頼達成とかこれほど美味しい仕事はないな。また似たような仕事はないだろうか。
 そんな事を思いながら俺は寝室へと向かった。


 1月11日金曜日午前10時30分。
 あの後一度も起きる事無く熟睡していた俺は風呂に入ってからリビングに向かった。
 何気に真面目に働く気になったかって?
 断じて違う。
 俺がこうして身支度を整えてまでリビングに向かったのは来客がまたしても来たからに他ならない。
 今思い出してもアインのあの苛立ちを覚える起こし方には慣れない。
 と言うか、無駄にストレスを与えられている気がする。それも故意的に。
 そんな憂鬱な気分になりながらも表情を引き締めてリビングに繋がる扉を開けた。
 ソファーに座っていた者は俺の姿を確認するなり立ち上がり軽く見事なまでの綺麗な一礼をしてから口を開いた。

「ジン殿、昨日に続き突然の来訪をお許しください」
 謝罪の言葉を口にしたのは黒のタキシードに完璧に着こなしたイオ。
 本心を言えば、まったくだ。と言いたいところだが、イオの声音と連絡も無しにやって来た事を考えれば緊急事態である事ぐらい俺にでも分かる。
 ましてや皇族が一介の冒険者に連絡などする必要などないと思うかもしれないが、それは違う。
 逆に皇族であるからこそ階級に関係無く先に連絡をすると言う礼儀作法が求められるのだ。
 そんな礼儀作法をすっ飛ばしにするほど今回の要件が緊急を要するものだと言う事だ。ま、俺が連絡に出ないと言う可能性も考慮したうえでなのかもしれないが。
 俺はイオにソファーに座るよう促してから対面する形で俺もソファーに腰を下ろした。
 そのタイミングでグリードがホットコーヒーを出してくれる。イオやセバス程ではないにしろ周囲に対する観察力とそれに伴う未来予測が日に日に上がっているような気がする。
 それが戦闘でも活かせるようになれると俺としてはとても嬉しいが、今はイオの話に集中するとしよう。

「それで、イオがここに来たって事はジャンヌに問題があったのか?」
 そんな俺の言葉にイオは一切表情を変える事はなかったが、一瞬だけ瞳が揺らいだように見えた。
 どうしてそんな反応を見せたのか分からなかったが、深く考える余裕もイオが口を開いた事により無くなってしまった。

「その通りにございます」
 やはりか。
 イオが肯定の言葉を口にした瞬間俺はそう思ってしまった。
 そんな俺の内心など知る由もないイオは再び口を開き話の続きを説明し始めた。

「再びジャンヌ様のトラウマが再発してしまったのです」
 真剣な表情で口にしたイオの言葉に話を聞いていた影光たちの鋭い視線が俺に突き刺さる。
 分かってるよ。
 だからそんな、治ってないじゃないか。って責めるような視線を頼むから向けないでくれ。
 ま、正直に言えば何となくそんな気はしていた。
 憶測の域を出ないものだったけど。
 1年間も塞ぎ込んでいた人間があんな簡単にトラウマから解放されるならカウンセラーなんて必要ない事になってしまうんだからな。
 だが、会った時のジャンヌを見る限り治ったようにしか見えなかった。
 にも拘わらず、俺がホームに帰宅して次の日になった今になってトラウマが再びジャンヌを襲うってのはどう言う事なんだ?

「詳しく話してくれ」
 俺はどういう状況でトラウマが再発したのか知るべく、指を組んでイオに問いかけた。

「トラウマが再発したのは約1時間前の事です。軍人として復帰すべく軽くウォーミングアップを済ませたジャンヌ様は素振りをするべく愛剣を手にした瞬間、剣を落とし幻覚を見たのか錯乱状態に陥りました」
 帝国最強の軍人が錯乱状態って大丈夫なのか?
 いや、ジャンヌの心配じゃなくて錯乱した事によって周囲に被害が出なかったのかって意味な。

「皇宮から膨大な魔力が不安定なまま放出されていましたが、なるほどそう言う事でしたか」
 アインが銀を撫でながら納得するように言葉を口にした。
 おいおい、魔法や魔力操作に長けたアインと言えどここから皇宮までどれだけの距離があると思ってるんだ。それに気づくほどって被害が想像出来ないんだが。
 視線をアインの隣に座る影光に向けると少し驚いたような表情をしていた。どうやら影光も気づいてはいなかったようだ。
 ま、俺は魔力が無いから魔力を感じる事すら出来ないんだけど。

「はい。皇宮勤めの軍人たちとライアン様たちの尽力によりどうにか眠らせる事に成功はしましたが、今後の事を考えるとジン殿に来て頂くほかないと言う事になりまして」
「なるほどな」
 家族としては二度と戦場に立って欲しくはないはずだ。
 年齢から考えても結婚して安全な場所で暮らして欲しいはずだからな。
 だがジャンヌがそれを望むとは思えない。その証拠に目を覚まして次の日に早くも訓練を始めようとしたぐらいだからな。
 だからどうにかしてジャンヌのトラウマを解決して欲しいわけか。
 まったく父親として娘に甘いな、ボルキュス陛下。
 正直に言えば面倒でしかないが、これだと依頼を達成した事にはならないだろう。
 それは冒険者としての俺のプライドが許さない。
 ならここはちゃんと依頼を完遂するしかないだろう。
 俺は残り半分以下になっていたホットコーヒーを飲み干してソファーから立ち上がった。

「分かった、今すぐ皇宮に向かうぞ」
「ありがとうございます」
 そんな俺の言葉にイオも立ち上がり深々と頭を下げて感謝の言葉を口にする。
 別にお礼を言われるような事じゃない。俺は冒険者として依頼をこなすだけなのだから。
 俺はさっそくイオが運転する黒の高級車の後部座席に乗って皇宮へと向かった。
 40分ほどして到着した皇宮はいつも見てもデカく帝国の威厳を感じさせる荘厳な建造物だと、車内から眺めていた俺はそう思った。
 地下駐車場に到着した俺は高級車から降りてエレベーターに乗り換えると、イオが上の階へと上がるためのボタンを押したらしく、一瞬浮遊感を味わいながら俺とイオは到着その時まで上へと上がって行く。
 エレベーターを乗り換えてプライベートフロアへと到着した俺はイオの案内で通路を歩いていた。
 この道はどう見てもジャンヌの寝室へと向かう道だ。てっきりボルキュス陛下に挨拶するものだと思っていた俺は応接室を通り過ぎた瞬間にどうやらボルキュス陛下たちもジャンヌの寝室に居るものだと予想した。
 そんな俺の予想は正しかったようで、ジャンヌの寝室の扉をノックしたイオが俺を連れて来た事を伝えると扉の向こうからボルキュス陛下の声が返って来た。
 入室の了承が出たところでイオが扉を開きながら横へと下がり、俺の視線を向ける。どうぞ、お入り下さい。と言う事なのだろう。
 分かったよ。
 内心軽く嘆息しつつも俺は無言の指示に従ってジャンヌの寝室へと入った。
 そこにはベッドで寝ているジャンヌとそんな彼と不安な表情を浮かべるボルキュス陛下と皇族たちが囲んでいた。
 ここに居るのは世界でも有名な人たちの筈だが、今彼らが纏う皇族としてのオーラは微塵も無く、ただ一人の家族を心から心配するどこにでもいる普通の家族風景と言えた。まったく感嘆したくなるほどの家族愛だな。
 そう思いながら俺は初めて見る1人の男性に視線を向けた。
 向こうも好奇心からか、入室して来た俺に視線を向けていた。
 彼の印象を一言で言うのであれば、インテリ眼鏡野郎だ。
 エピナール色の髪に180後半の長身にスーツの上からではハッキリとは分からないが鍛えられた肉体を持っている事が分かる。
 そして何よりブリッジをクイッと持ち上げる姿なんて頭の堅そうなインテリ野郎にしか見えない。
 分かりやすく言うのであれば、以前フェリシティーを誘拐しようとしていたブラック・ハウンドのリーダーをもっと精密なインテリ野郎にした感じと言えば分かるだろうか。
 そんな風貌から分かる情報を互いに行っていた分析も時間にすれば僅かに1秒にも満たない時間だろう。
 それだけ把握と処理速度がずば抜けている。と言うわけでもない。そんな事が出来るのは俺が知る限りアインぐらいだろう。いや、もしかしたらこの男はそれだけの分析力を持っているかもしれないが。
 では何故分析を止めたかと言うとそれはボルキュス陛下が椅子から立ち上がりながら俺の名前を口にしたからだ。

「ぉおっ!ジンよく来てくれた!」
 これほどまでに来てくれた事を歓喜する声音を吐くボルキュス陛下を見るのは初めてだ。それほどまでにこの状況がボルキュス陛下、そしてシャルロットたちにとって苦痛なのだろう。

「依頼を完璧に終えたわけじゃなかったんだ。そりゃあ来るさ」
 俺はいつも通りの口調で答えると、そんな俺に顔を顰めた表情を向ける者が居た。
 グレンダじゃない。アイツもこの部屋に居るが、もう俺の性格を分かっているのかただ軽く嘆息するだけだ。それもそれでどうかと思うが今はどうでもいい。
 俺に顰めっ面を向けるのはインテリ野郎だ。どうも俺はこの世界に来て、正確にはこの大陸に来てから真面目な性格の奴とは相性が悪い。まるで水と油のように。
 その証拠にロイドとグレンダとも最初は仲良くは出来なかった。ま、その話は今はどうでも良いか。
 そう思いながら俺はボルキュス陛下に意識を戻し話の続きを進めようとした。

「貴様、皇帝陛下に対してその口の利き方はなんだ」
 声を荒立ててはいないが、完璧に怒気を含んだ声音でインテリ男は俺に対して叱責の言葉を投げつけて来た。
 ったく、面倒な。
 俺はそう思いながら内心嘆息し反論しようとしたが、その前にボルキュス陛下が口を開いていた。

「良い。ジンは我が信頼している冒険者の1人だ。この口調も我は気に入っている」
「しかし陛下、それでは皇帝としての威厳が!」
 インテリ男にとっては我慢ならないのかボルキュス陛下に反論する。
 そんな彼の言葉にボルキュス陛下は一睨みして一言発するだけだった。

「くどい」
「っ!し、失礼しました……」
 失言してしまったと気が付いたのか、それともボルキュス陛下の一睨んで怖気づいてしまったのかは分からないが、先ほどまで放っていたオーラが完璧に消えていた。
 一人の父親であろうと流石はベルヘンス帝国の皇帝と言わざるおえないな。

「それで陛下、この男はいったい?」
「そう言えば君は知らなかったな。彼の名前はオニガワラ・ジン。フリーダムと言うギルドのギルドマスターを務め、今回は我の依頼でジャンヌのカウンセラーとして来てもらっている」
 そう言ってボルキュス陛下は簡単に俺の説明はした。どうせ後で俺の事を調べるのだろう。と踏んでの事なんだろうけど。

「そしてジン、彼の名前はリュド・バン・ジュデール。304独立遊撃連隊の現隊長であり、ジャンヌが隊長だった時の補佐、つまり副隊長だ」
 おいおい、マジかよ。こんなインテリ野郎が304独立遊撃連隊の隊長だと。
 どう見ても軍人と言うよりかは一般サラリーマンにしかみえないぞ。
 軍に入っていたとしても情報科や会計科のような事務仕事ばかりしてそうな雰囲気なんだが。
 とても意外だ。
 インテリ野郎は左手首に付けていた腕時計で時間を確認するとボルキュス陛下に視線を向けた。

「皇帝陛下、そろそろ私は職務に戻ります」
「そうか、態々見舞いに来てくれてありがとうな」
「勿体無きお言葉にございます。それでは」
 そう言うとインテリ野郎は一礼するとドアを開けて出て行った。
 俺はそんなインテリ野郎が出て行ったドアを見つめていた。
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